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■奇兎−逆−■

千秋志庵
【4584】【高峯・燎】【銀職人・ショップオーナー】
――何故か、当に失った筈の空の眼窩が疼いた。

「最悪ですね」
情報屋はぼそりと呟いて、苦笑する。
「まさか“狩り”の対象者に“狩られて”しまうとは、思ってもいませんでした」
「そうね。でも自業自得」
“奇兎”の少女は言って、笑った。
銀髪紅眼、黒い上下に身を包んだ幼い少女は言って、手にしている銃を情報屋に向ける。白い煙を何度かあげ、うずくまった情報屋の眉間に銃口をポイントする。
「“狩り”から引く気はないでしょ? なら死んで。それで解決するわ」
「でも、こちらの仕事もありますしね」
言って、情報屋はコートのポケットを指し示す。
「貴重な“奇兎”のデータの入ったMOです。依頼者に渡す約束でして」
「そう、私達のデータね。ワザワザ手渡しなんて、古臭いわ。でも折角だから私が渡しといてあげる」
「いいえ、こちらもサービスの一環ですので、謹んでお断りさせていただきます」
窮地に陥っても浮かべる笑顔に、少女は引きつった笑みを浮かべた。
既に情報屋に向けて銃の球は放っている。両肩と両足。まだ殺しはしない、と。その言葉に慣れすぎた恐怖を感じ、情報屋は自嘲気味に笑った。
「でも、僕の能力を侮りすぎていますよ」
何か言おうとする少女を遮って、情報屋は続ける。
「“時空転移”は僕の十八番です」
じじじ、と蟲の翅のような音を残し、情報屋は一瞬にして姿を消す。
逃がした獲物。
その単語に唇を噛み切り、少女の紅い唇から血がつうっと流れ落ちる。手の甲で拭い去ったときには、既に少女の目には常なる色がうつりこんでいた。それを確かめて、少女は誰にともなく言い聞かせるように呟く。
「まあいい、どうせあの傷では大して遠くに行けないだろうしね」
……適当に人質を取って、おびき寄せるのもいい。あの男は私達の存在を隠したがっていたみたいだし、ちょっと脅しをかければすぐやってくるだろう。
思って、少女は笑った。
丁度視線にはニンゲンの姿。
「幸運なニンゲンね」
少女は言って、軽い足取りでその“人質”へと向かっていった。
奇兎−逆−
 銃を構える少女は、路地へとやってきた男に銃を向けた。
「“人質”にならない?」
 少女の中でとびきり“大人の女性”の笑みを浮かべ、拳銃を眉間に合わせて微笑む。抵抗しようものなら容赦なく撃つという意を示しながら、だが微動だにせずに少女を見続ける男に苛立ち始めていたのもまた事実であった。
 何かを言うでもなし。
 逃げるでもなし。
 単に少女を観察しているような様子に、少女は拳銃をくるりと回して銃身を掴んで男の頬を殴り飛ばした。呆気なく地面に腰を落とす男に向け、少女はどうしうようもなく困惑した顔を見せた。
「弱っ、男なんだからもっとシャンとしなさいよー」
 少女の叱責に、犬尾延義は頬の怪我をさすりながら苦笑した。
「そんなこと言われても、仕方ないッスよ」
 両手を少女に向けて必死に否定をしていた。
「それより暴力反対」
「五月蝿い。兎に角付いてきて」
 問答無用でしょっぴかれた。その途中、延義は少女に一つだけ問うた。

 あなた、人間じゃないでしょう?

 立花という男から貰った情報によると、高峯燎を襲うように依頼をした人物はこの建物内にいるらしい。古い建造物でありながら強固に出来たその前に、彼は仁王立ちをして見つめている。情報屋に対して別にどうこうしようという訳ではないが、一発くらい殴るだけの理由を燎は持ち合わせていた。
 アンティーク風のドアノブに手を掛け、燎は一気に引っ張った。が、びくともなく反応はない。居留守かと思って、蹴破ろうと扉に蹴りを幾度も食らわすが、無反応。結界なのか鍵や扉自体が頑丈なのかは分からないが、どちらにせよ留守というは確かなのだろう。
「基本的に“客”ならば誰でも入れるから、そこんとこは心配いらねえよ。入れない場合は例外なく留守だ」
 とは立花の言葉だが、疑う理由も同様に存在しない。別口で知ったのだが、“立花”という名の自称仕事人が例の情報屋の手先となっているらしく、無碍に彼の進言を否定する訳にもいかない。これ以上侵入しようとすればそれなりの反作用が生まれる、と。そういうこと指しているのだろう。
 不服そうにその場を去ろうとして、だが燎は見知った人物に出くわした。
 犬尾延義……彼の使い走りの男が、まだ幼い少女の後ろについてこちらにやって来たのだ。頬に青い痣が出来ているが、彼はそういう仕様ではなかったはずだから、少女にやられたのだろう。
「おい、延義。それはどういうつもりだ」
 燎は嘲笑にしか取れぬ笑みを浮かべた。
「人質」
 延義は困り果てたように答えた。
「……そういう趣味だったのか」
「違う」
 一生懸命に慌てながら否定する延義を見て、少女はくつくつと笑いながら言った。
「あたしはそこの情報屋に用あるの。君、邪魔。人質君は欲しけりゃ返すわよ。でも、ね」
 両手に持っていた銃を燎に向け躊躇いもなく引き金を引き、少女は苦笑した。銃弾の軌跡を読み直前に避けた行為に、少女は驚嘆と共に敬意を示した。
「愉しませてくれるじゃない」
 少女は嬉しそうに地を蹴った。両手の銃を鈍器のように燎へと振りかぶり、だが僅かに外す。引き金を引けばその分生まれるコンマ以下の隙を、恐らく燎は見逃さない。故に敢えて銃器を「銃」ではなく「鈍器」として扱った。
「っまた外した! 避けるな、お前!」
 少女の罵倒が風の中で猛る。
「んなこと出来るか!」
 燎の叫びが途切れ途切れに響く。
 延義は戦闘の邪魔にならない端で頬を抑えながらその様子を眺め、未だにじんじんとする頬を擦っていた。

 ニンゲンでありたいと、思ったこともない。

 先程の問いに答えた少女の顔を思い出し、延義は顔を顰めた。その理由を訊ねようとはしなかったのが不味かったのか、少女は延義に対してそれ以降の道のりで口を開こうとはしない。介入されるのが厭なのかと始めは思っていた故の行動だったのが、どうやらこの少女は違うらしい。
「そこは子供なんすね」
 ぼそりと口に出してみた。
 眼前で急に燎が倒れる音に、延義は急いで思考を現実に戻す。駆け寄りその身を挺して護ろうとするが、
「無理だよ、お前には」
 燎に阻まれ、仰向けの侭で彼の手で横に追いやられる。上半身をゆっくりと起こしながら、燎は少女に向けて愉しそうな笑みを浮かべた。
「強いな、お前」
 少女は銃を普通の持ち方に戻し、とんと肩の上に乗せて軽く笑った。
「そうよ。バケモノだもん、知らなかったの?」
「……そういうことは、言っちゃいけない」
 延義の声に、少女はあからさまに笑って見せた。一通り笑って、寂しそうに漏らした。
「事実を否定するのにはもう飽きたの」
「理由が何であれ、一人でいる限り殺し合いで解決したら最後には自分が殺されるだけっすよ。常に背後に迫る死と戦うのが……幸せとは思えない」
「あたし達を甘く見ないで。あたしみたいなバケモノは、少しずつ増えてるの。増えてって、独自のネットワークを作ってるから、独りじゃない」
「でも殺すのはよくない。それはいつか自分に……」
「でも、ね。これしか方法ないの。あの情報屋が持っているあたし達のデータが漏れたら、全てが終わりなの。安全な場所が存在しなくなるし、生きていけなくなる。それだけじゃない、晴れて人間兵器の大量生産の始まり。人間が兵器として闘える時代の到来」
「それってどういう意味なんだよ?」
「異能者を人工的に作るの。そのためには、そのデータが必要って訳」
 延義が息を呑む音が静寂の中によく響く。少女に協力する、とも言いかねない雰囲気の中、代わりに燎は口を開いた。
「仲間はもっと必要か? それも飛び切り強い奴」
「今はまだ。でも、いつかは」
「そんときゃ俺らんとこ来い。お前よりは弱いが、次は負けねえ」
 口元だけ笑みを浮かべ、少女は頷いた。
「助かる」
 一言言って、少女は建物に近付いた。情報屋が潜伏していると思しき場所の扉に手を掛け、一気に引こうとした。が、扉は頑丈で一向に開く気配がない。忌々しそうに少女は拳銃を鍵に向けて、引き金を引いた。だが銃弾は扉の前で急速に速度を落とし、小さな傷一つ付けることなく地に落ちた。
「あの情報屋、小癪な真似を」
 吐き捨て、再び銃口を向ける。だがそれを燎の腕が抑え付けた。むっとした顔で手を払いのけ、少女は何をしているのかと訊ねる。
「情報屋んトコ留守だぜ。さっき俺も試してみた」
 呆気ない燎の答えに、少女はきょとんとした後に激高した。
「留守!? 早く言ってよ莫迦!」
「莫迦っつた方が莫迦なんだよ莫迦!」
 少女は銃を燎の額にポイントする。
「帰る」
 引き金は引かない。行動に伴わない台詞に、燎は愉しそうに口元を歪めた。
「そうか、帰れ」
「今度会ったときは、手加減なしだよ」
「おう、今度は返り討ちだな」
 銃口を下げ、少女は振り返ると延義に軽く頭を下げた。
「つまらないので、今度はもう少し抵抗してください」
「それは難題」
 苦笑染みた笑みに、少女は微笑み返し、雑踏へと身を消した。姿はものの数秒で見えなくなり、だがまた別の悲鳴が聞こえることはなく、静かな夜が漸く到来した。
「何だったんだ、あれ」
「さあ」
 残された二人は簡潔に感想を述べ合い、思い出したように鳴り始めた腹の音に顔を見合わせた。見合わせたのちに、どちらともなく帰路の道へと進む。延義は自分の手にコンビに弁当を持っていたことを思い出す。コンビニで温めてもらった弁当は少し冷めていたが、まだ許容範囲内だろう。むしろ、食べられればそれでいいと思っている人間が傍にいて、しかも腹を空かしていれば温める暇すらなく平らげてしまうだろう。……その前に、俺の夕食はどうなるんだろうな。延義は苦笑しつつも、燎に袋を差し出した。
「……あの子、大丈夫かな」
「心配だったら追いかけりゃ良かっただろ」
「あの足の速さには付いてけないッスよ。それに、名前すら知らないし」
「エフ」
「F?」
「エフっつーんだってよ、あいつ」
「……何で知ってるんだ?」
「立花情報。弱いのに必殺仕事人やってる莫迦。情報屋やる方がもうかりそうなのにな」
 愚痴りながらも燎は言い、
「パシリとしては延義に敵う奴はいねーけどな」
「冗談はやめろって」
 更けていく夜と昇りゆく月を眺めながら、二人は帰路に着いた。
 ただ脳裏に残る少女の言葉が、延義の中に蘇る。

 君みたいな人があそこにもいたら、少しはマシだったかもね。

 そういう場所が日本にも幾つもある。
 発展しすぎた科学技術の、カス。
 汚れに満ちた、ゴミ。
 それは歴史の裏で暗躍し、少女らのような“兵器”を生んでいる。それを止めたいと思うのは人間としての感情か、自分より強いバケモノが誕生されることへの危惧か。
「……エフは間違ってるんすかね」
 何も間違っていない。
 燎はそれだけ言って、進む速度を速めた。速め、止めた。後方からゆっくりとやってくる延義に、珍しくも落ち着いた声で訊ねた。

「ならさ、延義はどう思うんだ?」





【END】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【4739/犬尾延義/男性/19歳/フリーター(異世界からの追跡者)】
【4584/高峯燎/男性/23歳/銀職人・ショップオーナー】

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■         ライター通信          ■
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お久し振りです、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。

“奇兎”という“異能者”狩りの話でしたが、如何でしたでしょうか?
この二人のやり取りが好きです。
色々な意味でどうしようもなく好きです。
何がどう好きなのか具体的に答えろと言われたら困りますが。
似たもの同士のコンビよりもでこぼこコンビの方が補える部位が多く、故に1+1=2には決してならないところが形式的ではなく、型にはまってないということが理由の一つなのかもしれません。
見た目よりも内面で補い合うコンビ。
と様々な理屈を付けてみても、やはり好きなものは好きなんです(笑。
書いていて、愉しかったです。
兎にも角にも、少しでも愉しんでいただけたら幸いです。

それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。

千秋志庵 拝