■ファイル−2.5 殺生石。■
朱園ハルヒ |
【3480】【栄神・万輝】【電脳神候補者】 |
伝説上の人物――その大半は俗に言う『妖怪』だ。
数多にわたるその存在の中に、玉藻前と言う美女がいた。
九尾の狐の化身であり、『封神演義』では殷の紂王を惑わせ、国を滅ぼした話はあまりにも有名だ。
その後天竺から中国を経て、日本に渡った彼女は鳥羽上皇の寵妃となったが名のある陰陽師に正体を見破られ、逃げ込んだ那須野で追っ手の矢に射止められ死に至る。
死してなお、石と化した彼女の霊は殺生を続け、人はその石を「殺生石」と呼んだ。
「――その後は、玄翁っつうぼーさんがこの石を割って、玉藻の霊を浄化してやってな。そいつも成仏出来て嬉しいってぼーさんの枕元に立ったって言う話なんだが…まだ続きがあってな」
文献と自分の記憶を頼りに話を続けるのは、特捜部の中で一番永きを生きる、ナガレだった。
他のメンバーは黙って彼の話に耳を傾けていた。それが、最も重要な事になるからだ。
「ぼーさんが割ったその石…3つに飛び散って残ってるって話なんだよ。有毒ガスが漏れてて、鳥とか虫は近づくだけで死ぬらしいんだけどな」
「……じゃあ、その欠片が…今回の石と同じもの…?」
「でもタマモの話って、伝説上の作り話なんだろ? それがどうして現実になって現れるわけ?」
ナガレの話から槻哉が言葉をつなげると、早畝が遅れをとらずに疑問を投げかけてくる。
「しかもナガレの話じゃ小動物と虫が死ぬ程度の毒ガスなんだろ? でも例の石は人間も…だったよな。ガイシャは死んだんだっけ?」
「いや…かろうじて、であるが、息のある状態ではある」
「…どっちにしたって重体であるには変わらんねーって事だろ」
デスクを囲む、いつもの面子の顔色はいいとはいえない状態にあった。いつも冷静な槻哉でさえ、今日は表情を濁らせている。
そう、これは『事件』なのだ。
趣味で妖怪話をしていた訳ではない。
特捜部にその事件の依頼が持ち込まれたのは、つい2時間前の事。
突然、街中に現れた巨大な石。それを触った者たちが次々と倒れ、病院へと運ばれた。見るからに禍々しい石からは、毒ガスのようなものが滲み出ており、現在は誰も近づけない状態にあると言うのだ。
先に様子を見てきたのは、ナガレだった。そしてその石から感じ取った空気に身に覚えがあり、下調べをしたところ、先ほどの話へと繋がっていったというわけなのだ。
「作り話と言ってもね…そう言った『有り得ない事件』を背負うのが僕らの仕事だろう? 今まで請け負ってきた事件で、『まとも』な内容が、一つでもあったかい?」
「…それは、無いけど。まったく」
ふぅ…と一度深く息を吐いた槻哉が、厳しい視線で早畝へと言葉を投げかける。柔らかい口調ではあるが、彼の雰囲気からは少しも余裕は感じられなかった。
早畝も少しだけ引き気味に、彼の言葉に小さい声で答えることしか出来ずにいる。
「どう足掻いたって、俺たちが解決するしか他に手が無いんだろ。身の危険もあるが、やるしかねーじゃん」
半ば諦めたような口調でそう言ったのは、ナガレだった。
その言葉に、斎月も『同感だな』と続ける。二人はすでに、覚悟を決めているらしい。
「…十中八九、敵はキツネだと思ったほうがいい。伝説がどうであれ、そう言う妖怪は存在するんだ。俺は何度も、そんなやつ等を見てきた」
「うん…解った。俺たちで解決できるように、頑張ろう!」
ナガレの言葉に、早畝も腹を括ったのか握りこぶしを作りながら言葉を強調させてそう言った。
それが合図になったのか、斎月やナガレも決意も新たに、姿勢を正して槻哉を見つめ頷いていた。
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ファイル−2.5 『殺生石』
伝説上の人物――その大半は俗に言う『妖怪』だ。
数多にわたるその存在の中に、玉藻前と言う美女がいた。
九尾の狐の化身であり、『封神演義』では殷の紂王を惑わせ、国を滅ぼした話はあまりにも有名だ。
その後天竺から中国を経て、日本に渡った彼女は鳥羽上皇の寵妃となったが名のある陰陽師に正体を見破られ、逃げ込んだ那須野で追っ手の矢に射止められ死に至る。
死してなお、石と化した彼女の霊は殺生を続け、人はその石を「殺生石」と呼んだ。
「――その後は、玄翁っつうぼーさんがこの石を割って、玉藻の霊を浄化してやってな。そいつも成仏出来て嬉しいってぼーさんの枕元に立ったって言う話なんだが…まだ続きがあってな」
文献と自分の記憶を頼りに話を続けるのは、特捜部の中で一番永きを生きる、ナガレだった。
他のメンバーは黙って彼の話に耳を傾けていた。それが、最も重要な事になるからだ。
「ぼーさんが割ったその石…3つに飛び散って残ってるって話なんだよ。有毒ガスが漏れてて、鳥とか虫は近づくだけで死ぬらしいんだけどな」
「……じゃあ、その欠片が…今回の石と同じもの…?」
「でもタマモの話って、伝説上の作り話なんだろ? それがどうして現実になって現れるわけ?」
ナガレの話から槻哉が言葉をつなげると、早畝が遅れをとらずに疑問を投げかけてくる。
「しかもナガレの話じゃ小動物と虫が死ぬ程度の毒ガスなんだろ? でも例の石は人間も…だったよな。ガイシャは死んだんだっけ?」
「いや…かろうじて、であるが、息のある状態ではある」
「…どっちにしたって重体であるには変わらんねーって事だろ」
デスクを囲む、いつもの面子の顔色はいいとはいえない状態にあった。いつも冷静な槻哉でさえ、今日は表情を濁らせている。
そう、これは『事件』なのだ。
趣味で妖怪話をしていた訳ではない。
特捜部にその事件の依頼が持ち込まれたのは、つい2時間前の事。
突然、街中に現れた巨大な石。それを触った者たちが次々と倒れ、病院へと運ばれた。見るからに禍々しい石からは、毒ガスのようなものが滲み出ており、現在は誰も近づけない状態にあると言うのだ。
先に様子を見てきたのは、ナガレだった。そしてその石から感じ取った空気に身に覚えがあり、下調べをしたところ、先ほどの話へと繋がっていったというわけなのだ。
「作り話と言ってもね…そう言った『有り得ない事件』を背負うのが僕らの仕事だろう? 今まで請け負ってきた事件で、『まとも』な内容が、一つでもあったかい?」
「…それは、無いけど。まったく」
ふぅ…と一度深く息を吐いた槻哉が、厳しい視線で早畝へと言葉を投げかける。柔らかい口調ではあるが、彼の雰囲気からは少しも余裕は感じられなかった。
早畝も少しだけ引き気味に、彼の言葉に小さい声で答えることしか出来ずにいる。
「どう足掻いたって、俺たちが解決するしか他に手が無いんだろ。身の危険もあるが、やるしかねーじゃん」
半ば諦めたような口調でそう言ったのは、ナガレだった。
その言葉に、斎月も『同感だな』と続ける。二人はすでに、覚悟を決めているらしい。
「…十中八九、敵はキツネだと思ったほうがいい。伝説がどうであれ、そう言う妖怪は存在するんだ。俺は何度も、そんなやつ等を見てきた」
「うん…解った。俺たちで解決できるように、頑張ろう!」
ナガレの言葉に、早畝も腹を括ったのか握りこぶしを作りながら言葉を強調させてそう言った。
それが合図になったのか、斎月やナガレも決意も新たに、姿勢を正して槻哉を見つめ頷いていた。
ピロリン、と可愛らしい音が、パソコンから聞こえた。
「にゅ?」
猫の姿の千影がそれに気がつき、パソコンが置いてある机の上へと飛び乗った。
「あ、斎月ちゃんからだ」
先ほどの電子音は、メールを受信したことを知らせるものだったのだ。それを知っている千影は、前足でマウスを上手く操作し、メールボックスを開く。
【千影へ。
ちょっと厄介な事件が起きた。もし暇なら、手伝ってくれないか? 敵は九尾の狐の化身だ。】
「…狐さんなの? お揚げ持って行ったほうがいいのかなぁ?」
小首をかしげながらマウスを動かすと、簡単なメールの文章の最後に、現場の住所が記されている。それを千影は頭の中に入れ、尻尾をふった。
「お仕事、お仕事♪」
彼女はご機嫌で机から飛び降りた。そして人型へと体を作り変え、姿見に自分の姿を映し、くるりとその場で一回転をする。ヒラヒラと膝元で揺れる黒のスカートが彼女のお気に入りで、それを確認したかったらしい。鏡に向かい『えへへ』と笑った千影は、その後に部屋を後にする。
…斎月からのメールは、開かれたままで。
「……チカ? いないの?」
入れ違いで部屋へと戻ってきた万輝は、その空間内にいつも感じる気配を感じ取れなくて眉根を寄せた。
「あれ…メール…?」
自分のパソコンのメールボックスが開かれたままになっているのにいち早く気がついた万輝は、そのメールの内容を見て顔色を変えた。
簡単な内容、住所。差出人の名前を見て、さらに表情を歪ませる。そして…最後に追伸があるのに気がついた。
【現場は危ないだろうから、万輝に連れてきてもらえよ】
「…普通、こういう肝心な部分は、最初に打つもんでしょ…」
ぽつり、とモニタの向こうの差出人へと文句を言う。そして彼は椅子にかけてあった上着を掴み取り、足早に部屋を後にした。
―――ようやく見つけた。妾の願いを受け入れてくれる者を。
鼻歌交じりで、足取りも軽くメールにあったとおりの場所へとたどり着いた千影。
「あれぇ…この辺だよね…? チカ、間違ったのかなぁ」
ひらり、と身軽にアスファルトへと足をつけた彼女は、特捜部のメンバーの姿がその場にいないことに首をかしげた。場所は間違ってはいない。
物々しさも、取り巻く空気も千影にここから立ち去るな、と呼びかけているように聞こえた。
「…斎月ちゃんたち、遅刻してるぅ〜」
ぷぅ、と頬を膨らませながら、千影は独り言を繰り返す。きょろ、と辺りを見回すと目に付いたものは巨大な石。…言わずと知れた殺生石だ。
「おおきな石…なんだろ…?」
目にしたときから、何かに捕らわれたような。
そんな感覚になった千影は、ふらり、と足を向ける。
―――…近う。
「ふにゅ…?」
好奇心にあふれた少女は、躊躇いも無くその石へと近づいていく。導かれるままに。
石は静かに、千影を…彼女だけを近づけさせた。
――近う、妾の下へ。
千影の瞳には、一人の女性が移っていた。
それは至上の美姫。彼女――玉藻前の美貌は、誰であっても惑わされてしまうもの。しかし、千影は美しさに惹かれたわけではない。呼び寄せられたから、答えるために近づいているだけだ。
「……狐、さん…?」
千影はそろり、と自分の手のひらを差し出した。挿げてくれる手が、その先にあるから。
「―――千影っ! そいつに触るなッ!!」
「…え?」
背後から投げかけられた声に、千影はビクついた。そして、振り向こうとしたその瞬間に…。
彼女は玉藻前の手によって、彼女の持ち合わせる空間の中へと取り込まれてしまった。
「千影…!!」
重なるような叫び声は、斎月とナガレのもの。
そして…その後に凍りつくような声音で続いたのは…
「………チカ…!?」
千影の主である、万輝だった。
「チカ…ッ 千影ッ!!」
殺生石の真上で姿を消した千影を追い、万輝は大声を張り上げてその場へと飛び込んでしまうような勢いだった。
「…万輝っ 落ち着け、突っ込んでも無駄だ!!」
それを止めに入るのは、千影にメールを送りつけた本人である斎月。
その斎月の声を耳にした万輝は彼へと向き直り、もの凄い剣幕で斎月を睨みあげてきた。
「……あんたが、チカにあんなメール送りつけるからっ!!」
「はいはい、わかったから落ち着け万輝。悪いのは全部コイツだしな」
ぽむ、と万輝の額に何かが置かれた。それに視線をやると白くてふさふさしたものが目の上にある。それは斎月の肩口から姿を現したナガレの前足だった。
「…おい」
「いいから、あんまり万輝を煽るなよ」
「……、……」
斎月はナガレの言葉に眉根を寄せるが、それすらもナガレは軽く受け流してため息を吐いた。
万輝は押し黙ったままでいるが、勢いが治まったわけではない。
『……その勢いは、若さゆえか…?』
やや、間をおいて。
彼ら達の背後に現れた者。
それに振り返ると、そこには玉藻前らしき女性がニタリ、と笑いながら佇んでいた。よく見ればその彼女の姿は空気に溶けるかのようにゆらゆらとしていて、不安定なものだった。本体ではないのかもしれない。
「…お前が、チカを…!」
「万輝っ 落ち着けって」
玉藻前の姿を認めた途端、万輝がまた突っ込んでいこうとした。それを寸でで止めに入るのは斎月。
その斎月の腕を振り払おうとも、万輝より一回りも大きな彼には見合った力があり、なかなか思うようには行かない。
「…ちっ……」
万輝は歯がゆさから、その場で舌打ちをして見せた。
普段の彼からは、予想もできない行動だった。
(……千影ひとりで、ここまで違うとはな…)
間近で万輝の様子を見ているナガレが心の中でそう呟く。
いつもは十四歳とは思えないほどの落ち着きを持った万輝が、ここまでその姿を崩すとは。それだけ、半身とも呼べるべき存在である千影が、大切だと言う事。
この状況下でありながら、ナガレは誰にもわからないように小さく笑った。
『この者がそれほどまでに大事か…? ならば、取り戻してみよ、妾の手から…』
「……! チカッ!!」
玉藻前は高らかに笑いながら、彼らの目の前に千影の姿を浮かび上がらせる。彼女は気を失っているのか横たわったまま、身動きもしないでいた。
その姿を目の当たりにした万輝は、一瞬にして自分の周りの空気を変えた。
「――離せッ!!」
「!」
そのオーラは、怒りから生まれたもの。
万輝は腕を掴んでいた斎月に怒鳴りつけると、バシン、と音を立てて彼を弾く。電流に似た、それで。
斎月は手のひらに衝撃を感じて、一歩彼から離れてしまう。
「……まいったな。こうも性格変わっちまうとは思わなかったぜ」
自分の手のひらを見ながら斎月は苦笑する。ナガレがそれを見上げると、彼の手の甲へと流れてきているものは、赤い液体。
「…オイ」
「ま、怪我なんてもんは、茶飯事だろ?」
苦笑しながら、ナガレに視線を落とす斎月。左手で右手首を握り締めて、止血を始める。先ほどの万輝の『力』で、右手のひらをぱっくりと切ってしまったようなのだ。
「…悪かったな、シールド張る余裕も無くて」
「俺のことより、今は万輝だろ。千影が『いない』今、お前が守らなくてどうする」
「なんだ、お前も気がついてたんだな」
「ったりめーだろ。…ほら、行けって」
斎月は肩の上にいるナガレを、万輝へと向かわせるためにそう言う。そして自分は着ているシャツの裾を破り、大雑把にそれを手に巻きつけた。
思わせぶりな、二人の言葉――。
そう、今万輝が対峙している玉藻前の前にいる千影は、本物ではない。おそらくは玉藻前が生み出す幻影か、何か。そして玉藻前自身も、そこにはいないのだろう。本物の千影を捕らえ、幻影の後ろにいると考えても間違いではない。
ただ、頭に血が上っている今の万輝に、それを気づかせることが出来るかどうかが、問題なのだが。
「……万輝。おい万輝ッ 聞こえてるか?」
「…邪魔するならあんたも斬るよ」
斎月の肩から万輝の肩へと飛び乗ったナガレが、玉藻前だけを見据えている万輝へと声をかけると、背筋が凍るほど冷たい声で、彼は返事をしてきた。…あまり、逆上させないほうがいい。
「………帰してもらおうか。それは僕のものだ」
『よほど大切だと見える。…ならば何故、先に守れなかった? そなたの力不足のせいではないのか…?』
(…だから、煽るなって……!?)
玉藻前がほほほ、と笑う。
万輝にはその怪しげな微笑みすら、邪魔だ、と。
次の瞬間には、頭の奥で何かが弾けた音がしたように、思えた。
(…ヤバイ…ッ)
「――万輝ッ 挑発に乗るな―…ッ!!」
爆発したかのような、万輝のオーラ。
先程まで赤くゆらゆらとしていたそれは、今ではどす黒い色に変わっている。ナガレはその勢いに弾き飛ばされる中で、万輝に声をかけるが、彼には届かないようであった。
すぅ、と伸ばした手の先にあるものは、負の感情の塊。
万輝は自分の感情を具現化させ、ボールのようなものを作り上げているのだ。
緑色の瞳が、仄暗く輝き…玉藻前へと向けられる。その表情は、うっすらと口の端だけをあげた残忍な笑みに変わっていた。
「…万輝っ…目を覚ませ! 千影はあそこにはいない…!」
「……なんであんたにそんなことが解るの? その目で見たって言うの? …僕より先に、チカを見たって言うの…!?」
ナガレが声をかけたことにより、万輝の標的は一時的に彼へと変わった。
だがそれは、ナガレがわざと、したことだった。
「…ナガレ…ッ!」
その光景に、斎月が珍しく声を荒げた。
万輝の手の中の負の感情は、迷いも無くナガレへと投げ込まれていく。そしてその場は…大きな爆発音とともに黒い風が吹き荒れていった。
『……、そなた…純粋な人間ではないな…?』
今まで余裕を見せていた玉藻前も、その光景に驚き言葉を発した。
俯いたかのように見えた万輝は、彼女の問いににやり、と笑いながら
「……さぁ?」
と答え、すらりとした腕を再び持ち上げる。その手の中には、先日手に入れたばかりの『力』である漆黒の弓が握られていた。
「………いってぇ…さすがだな…万輝は」
「…何やってんだお前…! わざわざ万輝の攻撃食らう真似なんかしやがって」
爆風で飛ばされた先へ、斎月が慌てて駆けつけるとナガレはよろけながら姿を現した。直撃は免れたらしいが、シールドでも防ぎきれなかったらしく、傷だらけになっている。
「…万輝は?」
「見てのとおりだ。手ぇつけらんねーよ」
「……ヤバイな、まだ何かやるつもりか。
千影があいつの後ろにいるだろうから、その中への攻撃は避けようと思って俺が囮になったんだけどな…」
そう言うナガレはボロボロだった。体に土ぼこりがまとわりついて、嫌そうにしている。
「チカを離せ。さもないとお前をこれで打ち抜く」
『……いいだろう、放ってみるがよい』
「…マズイ…っ 万輝、待て…!!」
いつの間にか弓を構えていた万輝が、玉藻前の言葉に乗るかのようにキリキリ、と矢を引いた。
それに気がつくのが一瞬遅れたナガレが、斎月を通り抜けて駆け出す。
「……ダメっ 万輝ちゃん…ッ!!」
何処からともなく聞こえた千影の声。そして、パァンと弾かれた弓の音。
次の瞬間には、その場は強い光に包まれていた。
光に目をやられた斎月たちは、暫く万輝たちの方へと目をやることができずにいた。
「……何が…起こったんだ…?」
ナガレは首を振りながら、前方を見据える。
「チカ…!?」
光に包まれた先からは、万輝の声がきこえる。それを頼りに足をむけると、万輝の腕の中には倒れた千影の姿があった。「千影…!」
その姿に慌てて駆け寄る斎月とナガレ。
万輝の肩越しから彼女を覗き込めば、千影は肩に万輝の放った矢を受け、苦しそうにしていた。
「チカ……なんで…?」
自らが放った弓矢で倒れた千影。その光景を目の当たりにした万輝は、そこでようやく自我と取り戻したらしい。
「万輝ちゃん、これはね…チカのお仕事だよ。だからね、万輝ちゃんがやっちゃ駄目なの」
万輝の腕の中で、千影は弱々しく笑いながらそう言う。
仕事の依頼を受けたのは、自分だと。
「千影、大丈夫か…?」
「うん…平気だよ」
ナガレが千影の傍に寄り声をかけると、えへへと健気に笑う。それを見ながら、万輝は今にも泣きそうな顔をした。
「…なんて顔してんだよ。オトコだろー?」
そんな万輝をからかうのは、斎月の役目。
にか、と笑って彼の頭をぐしゃぐしゃと撫で回す。
「…斎月ちゃん、万輝ちゃんをお願いね」
「ああ、任せておけ」
千影はゆっくりと身を起こしながら斎月に向かい微笑んだ。いつの間にか肩に刺さった矢は形を無くしている。
「万輝ちゃん…玉藻ちゃんにいじめられたから、あんなに怒ったんだね…。
玉藻ちゃん、どうして万輝ちゃんを苛めるの…?」
万輝の前へと立ち上がった千影は、凛々しく見えた。万輝はそれを、不思議な感覚で見上げる。
『妾を恨むであろうな…と申しただろう…?』
千影の言葉に答えた玉藻前は、寂しげな表情であった。斎月たちへと見せていた表情とはずいぶんと違う。その顔は、千影だけが知っているものだ。
「万輝ちゃんはね、チカの大切な人なの。とっても優しいの。…こんなに怒ること、殆ど無いんだよ。そして…斎月ちゃんやナガレちゃんを傷つけたりだって…本当はしなくなかったの」
千影はゆっくりと玉藻前の傍へと歩き出した。そして自然に…彼女の本来の姿である黒獅子へと変容し…漆黒の翼を羽ばたかせる。
『……美しいものよのぅ…最後にそのような姿が見れて妾はよき存在を見つけたといえよう』
玉藻前には、戦意は全く感じられなかった。全てを諦めてしまっているような…そんな表情。斎月たちに見せていた戦闘的な彼女は…まるでわざと作り上げていたかのように。実際、そうだったのだが。
「玉藻ちゃん…ごめんね。でもチカは…皆が大好きなの。万輝ちゃんが大好きなの」
『――………』
千影は玉藻前の微笑を見た。
獅子の姿の千影は、一度地を蹴り、上空へとあがった。そして玉藻前が、殺生石があるところへと急降下し…彼女と石を、叩き壊すのだった。
辺りが落ち着きを取り戻すまでに、そう時間はかからなかったように思える。
玉藻前が微笑みながら姿を消していき…千影が少女の姿へと戻る頃には、砕けた石からも毒気はすっかり消えている状態にあった。
「……ママ様の所へいこう、きっと淋しくないから…」
千影は飛び散った石の欠片を拾い上げ、胸の辺りでそれを抱きしめたまま小さくつぶやいた。その言葉には自愛が満ちていて、黙ってみていた斎月もナガレも、小さく笑う。
万輝はそんな二人を見上げ、それから千影を再び見た。少しだけであるが、いつもの千影が違って見えるのは、気のせいではないのだろう。
「…ひとつ学習になっただろ。一回暴走しちまったんだ、今度からは歯止めが出来るようになるさ。千影が大人に見えるようになっているんなら、お前も同様に成長したってことだぜ」
そういうのは、斎月だった。ぽんぽん、と万輝の頭の上に掌を置き、笑いかけてくる。
「……あの…」
「うん?」
自分の頭の上に置かれている掌が右だと気がついた万輝は、慌てて斎月へと振り返る。そしてばつの悪そうに口を開いた。
「すみません、でした…」
「……お? 随分可愛らしくなったじゃねーか。
怪我のことなら気にすんなって。こんなもんいつものことだしな」
満足そうに笑った斎月が、再び万輝の頭を乱暴に撫でる。それを黙って受けていると千影が
「あ、斎月ちゃんてば、万輝ちゃんをいじめちゃダメ〜」
と駆けてくる。
千影の肩の上を借りていたナガレは、そんな光景を見て小さく笑った。
そしてこの二人の未来を、ほんのりと期待してみたりもする。
揃った4人とも、見れば満身創痍なっていた。事件解決の報を受け、現場へとやってきた槻哉や早畝がそれを見て、驚きを隠せずにいる。
「二人ともお疲れ様だったね。着替えとお茶を用意させるから、特捜部へと寄っていくといい」
「…ありがとうございます」
「わ〜い♪」
千影の元気な声が、現場で響き渡る。
それを聞いた特捜メンバーたちは、皆揃って笑顔になる。
万輝はそれを黙って見ていたが、うっすらと口元が緩んだのを見た千影は『自分だけの宝物』と心の中で呟き、満足そうに微笑んでいた。
-了-
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登場人物
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【整理番号 : PC名 : 性別 : 年齢 : 職業】
【3480 : 栄神・万輝 : 男性 : 14歳 : モデル・情報屋】
【NPC : 斎月】
【NPC :ナガレ】
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ライター通信
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ライターの桐岬です。今回は『ファイル-2.5』へのご参加、ありがとうございました。
個別と言う事で、PCさんのプレイング次第で犯人像を少しずつ変更しています。
栄神・万輝さま
千影ちゃんとご一緒にご参加くださり有難うございました。納品が遅くなってしまい申し訳ありません(涙)。
万輝くんが少しだけ成長、とプレイングにありましたのでそれに近くなるように書いてみたのですが…イメージと違っていたら申し訳ありません。
今回も途中で万輝くんと千影ちゃんでお話が分かれております。両方を読んで繋がる話になっていますので楽しんでいただければ幸いに思います。
よろしければご感想など、お聞かせくださると嬉しいです。今後の参考にさせていただきます。
今回は本当に有難うございました。
※誤字脱字が有りました場合、申し訳有りません。
桐岬 美沖。
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