■黄泉還りの第二夜/獣達の啼く夜sideβ■
水貴透子 |
【2512】【真行寺・恭介】【会社員】 |
私が人間じゃなくなった時、精神崩壊を起こさなかったのはあの子がいたから。
研究所で同じ被検体として連れて来られたあの子。
あの子がいたから、私は私でいられた。
だけど、ある日…研究者の一人からあの子は死んだと聞かされた。
だから、私は研究所を逃げた。
私を支えるあの子のいない場所で、私は私でいられる自信がなかったから。
優しいあの子の名前はそう…菊花という名前だった…。
※※黄泉還りの第二夜※※
「菊花?」
生梨覇が優の持っていた一枚の写真を見ながら問いかける。
「そう、菊花。可愛くて…優しい子だった。もう死んだけれど…」
優が俯きながら言うと、生梨覇が気まずそうに「ごめんなさい」と答えた。
「いいよ、あの子が死んだから私は研究所を逃げる事を決意したんだ…」
優が無理しながら笑顔で答える。その姿が痛々しくて生梨覇はポンと優の頭を撫でるようにした。
「そういえば、海斗は?」
優雅回りをキョロキョロと見回しながら生梨覇に問いかける。
「海斗なら買出しに行ってるわ。お腹空いたでしょ」
確かに、と優は呟く。時計を見れば時間はもう昼過ぎ。優や生梨覇だけじゃなくてもお腹が空く時間だ。
その時、ガタンッ!という音と共に海斗が倒れこむようにして部屋に入ってきた。
「海斗!?」
生梨覇が慌てて海斗に駆け寄ると獣から引っかかれた傷のようなものが体中についていた。
「…ど、どうしたのよ、これは…」
「……俺なら心配ない、見た目の傷が派手なだけで実際はそんなにダメージはないから」
イタタ、と顔を歪めながら海斗は「よっ」と掛け声をあげて壁に背を預ける。
「…生梨覇…その写真は…?」
海斗がその写真をみながら小さな声で呟く。
「…?あぁ、この写真はあの子のモノよ。研究所で知り合った子らしいわ…もう死んだらしいけれど…」
生梨覇の言葉に「……そうか」と海斗は呟いて部屋を出ようとする。
「どこに行くのよ…」
「アイツのところ。ここはアイツの家だから薬箱とかどこにあるか分からないし」
そう言って貴方の部屋に来た海斗が告げてきた事実は優にとって、もっとも残酷な事だったのかもしれない…。
「よぉ、仕事か?悪いけど薬箱貸してくれないか?ちょっとドジっちまってさ。それと…一つ言っておく事がある。まだ生梨覇にも、もちろん優にも言ってない事だ」
―俺を襲ってきたのは、優が研究所で親しく、そして死んだはずの『菊花』という少女だった。
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黄泉還りの第二夜/獣達の啼く夜sideβ
オープニング
私が人間じゃなくなった時、精神崩壊を起こさなかったのはあの子がいたから。
研究所で同じ被検体として連れて来られたあの子。
あの子がいたから、私は私でいられた。
だけど、ある日…研究者の一人からあの子は死んだと聞かされた。
だから、私は研究所を逃げた。
私を支えるあの子のいない場所で、私は私でいられる自信がなかったから。
優しいあの子の名前はそう…菊花という名前だった…。
※※黄泉還りの第二夜※※
「菊花?」
生梨覇が優の持っていた一枚の写真を見ながら問いかける。
「そう、菊花。可愛くて…優しい子だった。もう死んだけれど…」
優が俯きながら言うと、生梨覇が気まずそうに「ごめんなさい」と答えた。
「いいよ、あの子が死んだから私は研究所を逃げる事を決意したんだ…」
優が無理しながら笑顔で答える。その姿が痛々しくて生梨覇はポンと優の頭を撫でるようにした。
「そういえば、海斗は?」
優雅回りをキョロキョロと見回しながら生梨覇に問いかける。
「海斗なら買出しに行ってるわ。お腹空いたでしょ」
確かに、と優は呟く。時計を見れば時間はもう昼過ぎ。優や生梨覇だけじゃなくてもお腹が空く時間だ。
その時、ガタンッ!という音と共に海斗が倒れこむようにして部屋に入ってきた。
「海斗!?」
生梨覇が慌てて海斗に駆け寄ると獣から引っかかれた傷のようなものが体中についていた。
「…ど、どうしたのよ、これは…」
「……俺なら心配ない、見た目の傷が派手なだけで実際はそんなにダメージはないから」
イタタ、と顔を歪めながら海斗は「よっ」と掛け声をあげて壁に背を預ける。
「…生梨覇…その写真は…?」
海斗がその写真をみながら小さな声で呟く。
「…?あぁ、この写真はあの子のモノよ。研究所で知り合った子らしいわ…もう死んだらしいけれど…」
生梨覇の言葉に「……そうか」と海斗は呟いて部屋を出ようとする。
「どこに行くのよ…」
「アイツのところ。ここはアイツの家だから薬箱とかどこにあるか分からないし」
そう言って貴方の部屋に来た海斗が告げてきた事実は優にとって、もっとも残酷な事だったのかもしれない…。
「よぉ、仕事か?悪いけど薬箱貸してくれないか?ちょっとドジっちまってさ。それと…一つ言っておく事がある。まだ生梨覇にも、もちろん優にも言ってない事だ」
―俺を襲ってきたのは、優が研究所で親しく、そして死んだはずの『菊花』という少女だった。
視点⇒真行寺・恭介
はっきり言って、恭介はまだ小日向優という少女のことを完全に信用はしていなかった。
見ず知らずの相手を無条件で信用できるほど恭介も馬鹿ではない。中にはそういう風に近寄ってきて会社のことを聞きだそうとする奴も過去には存在した。
「とりあえず、西脇製薬会社から調べてみるか…」
恭介が溜め息を一つついてパソコンに向かおうとした時、海斗が部屋に入ってきた。
傷だらけで帰ってきた海斗に恭介は少しだけ驚いたが、表情には出さなかった。
そして、話を聞けば襲ってきたのは優が写真を持ち歩いている『菊花』という名前の少女、そして…死んだはずの少女だと聞かされた。
海斗の傷は見た目は派手だったが、実際のダメージはそこまでなさそうだった。傷口などから読み取ると獣のような引っかき傷が無数についていた。攻撃のダメージは少ないけれど、襲ってきた『菊花』という人物は確実に急所を狙っている事が分かった。
一通り傷口などを調べると「薬箱はそこだ」と奥の棚を指差す。
「……そりゃ、ご親切にどーも」
棒読みで海斗がお礼の言葉を告げる。彼なりの嫌味なのだろうが恭介は気にすることなくパソコンの画面に視線を移した。
先ほどの海斗の言葉で疑問が一つだけ浮上してきた。
海斗を襲ったのが優が研究所にいた時に仲の良かった『菊花』という少女、それは別に問題じゃない。そういう研究所ならば優を連れ戻すために優が戦いにくい相手を選ぶのは当たり前だから。
疑問は次の言葉だった…、死んだはず…確かに海斗はこう言った。考えられるのは次の事…。
@ 実は死んでいなかった。
A 或いは別のモノになって蘇った。
B 実験の結果。
C 上の三つとは関係なく、全くの偶然。
考えれば考えるほど、憶測の域を出ない。分からない事を考えても仕方ないと思い、先のことを考え始める。
海斗が襲われたという事は、既に自分達の居場所や恭介、生梨覇の事まで知られている可能性が高い。すぐに隠れ家を手配するべきだと判断した恭介は隣の部屋にいる生梨覇を自室に呼んだ。
「何か用?」
ドアに凭れながら呟く生梨覇に恭介は「隠れ家の手配を頼む」と一言だけ告げた。頭の良い彼女はそれだけで状況を察したのか「分かった」と短く返事を返してきた。
「…それと…」
菊花の事を生梨覇に言っておいたほうがいいと考えた恭介は先ほど海斗を襲った『菊花』のことを話した。
「……なるほどね、写真を見た海斗の様子がおかしかったからこんなことじゃないかと思ったわ」
恭介のベッドに座りながら傷の手当てをする海斗を横目で見ながら生梨覇は溜め息まじりに呟いた。
「とりあえず、生梨覇はすぐにでも隠れ家を手配して、海斗と優を連れて行ってくれ。俺は菊花との接触を試みてみる」
恭介の言葉に海斗と生梨覇は驚いたように目を見開く。
「ダメよ、そんな…危険よ。相手は…バケモノなのかもしれないのよ?」
生梨覇が慌てて恭介を止めようとするが、恭介の意思が変わることはなかった。危険は百も承知の上の言葉だった。リスクはもちろんあるが、逃げてばかりでは対策も講じられない。
「…無理はするなよ?」
包帯を結びながら海斗が言う。
「…あぁ、それと…『菊花』の事はまだ優には伏せていたほうがいい、これ以上の刺激を今与えるのは彼女が壊れかねないからな」
かつて、優を支えていたものが敵となって海斗を襲った、その事実を知ったら優はどうなるだろう?精神崩壊を起こして、彼女の隠された能力に自分達が巻き込まれる可能性も考えられない事はない。『菊花』のことを伏せておくのは自分達の身の安全のためでもあった。
「…でも、いつかは知る事になるわよ?」
生梨覇がつらそうな表情で呟く、確かに生梨覇の言う通りだと恭介自身も思う。
だけど『今』知ってしまう事と、『後』から知る事では差は大きいと思う。優は今、崖っぷちに立っているようなものだ。それを突き落とすような真似はできなかった。
「じゃあ、私は部屋の手配に行くわ、良さそうな物件を見つけたらすぐに連絡するから、その時は海斗、優を連れてきてちょうだいね」
そう言い残して生梨覇は部屋から出て行った。
「俺は傷の手当ても済んだし、優と話でもしてくるわ」
海斗も恭介のベッドから腰を上げて、優のいる部屋へと足を向けた。
「…さて」
恭介は小さく呟きながらパソコンのキーを叩き始める。部下が郵便物で届けてくれたCD−Rに西脇製薬会社についての資料が全て収められているとの事。恭介はそれをプリントアウトして読み始める。ネットなどで調べると相手に気づかれる可能性もある。それだけは何としてでも避けなければならなかった。
西脇製薬会社は一度倒産の危機に瀕していたが、ある時を境に持ち直した。恐らくはこの辺りで優などが使われた人体実験を始めたのだろう。…そうは言っても弱小会社が一人でできる芸当ではない。やはり優の言う通り政府や警察関連で行われているのだろう。
最期の一行に、かつて西脇製薬会社に忍び込んだ人間の言葉が書かれていた。
『合成遺伝子生命体、それは人間と動物の遺伝子を組み合わせたイキモノ、そこまではこれまでの報告で分かっていることだろうと思う。しかし、彼らにも誤算が起きた。様々な投薬を進めていくうちに自分達を破滅に導くイキモノが生まれてしまったのだ…ここにその被験者の名前を記しておく……………………』
文章はそこで終わっていた。そういえば部下がCD−Rを渡す時に言っていた。
『最期の文章は切れています。ミミズがのたくったような文字で読み取れなかったので資料にいれなかったんです』……と。
この切れた文章が西脇製薬会社を失脚させる重要な手がかりになると思うのだが、恭介はそう心の中で呟き、この文章を書いた人間を少し恨めしく思った。
とりあえず、調べる事は調べたとパソコンを切った時に生梨覇から電話が入る。
「部屋、見つけたわ。そういえばさっき家のところで奇妙な人間を見たわ。危ないからすぐに移動した方がいいんじゃないかしら」
恭介は生梨覇の言葉に電話を置き、カーテンの隙間から外の様子を見る。確かにうろうろと挙動不審な人物がいるのが目に入った。
「分かった、海斗と優を向かわせる。場所は?」
恭介が場所を聞き出し、すぐに電話を切って二人の所へ行くと「ここは早く出たほうがいい」とすぐに準備をするように促す。準備と言っても荷物はないから部屋を出るだけなのだが。
自宅のドアを開けて、外に出ようとすると先ほどの不審人物が玄関の前に立っていた。長いレインコートのようなモノを着て、フードを深く被っているので顔までは見えないが…どう見ても味方、という雰囲気ではない。
「海斗、優を連れて行け。ここは俺が時間を稼ぐから」
海斗は恭介の言葉を聞くと、優を抱えて走り出そうとする…がそれを優が「待って!」と止めた。
「気をつけて…ください…」
優が差し出したのは牙の形をしたアクセサリーのようなモノだった。
「…お守り、気をつけて」
優が言葉を言い終えると、海斗は生梨覇が用意した隠れ家へと走っていった。不審人物も後を追おうとするが、恭介に立ちはだかれてしまって二人の後を追うことができなかった。
「………邪魔、しないでクださイ」
聞こえてきたのは、まだ幼い少女のような声。その少女は小さく呟くと視界の邪魔になるのかフードを取った。
「………やっぱり…」
フードを取った後に見えた顔は優が持ち歩いていた『菊花』という少女の顔だった。
「何故、優を狙う?」
「…ユウ、連れテいク、それ、菊花ノおしゴと。邪魔、させナイ」
そう言って菊花は自身の爪を鋭く伸ばして恭介に襲い掛かってきた。
「なるほど、海斗を傷だらけにしたのはその爪か」
納得したように恭介が呟き、菊花の爪が恭介の頬を掠める。
チリっとした痛みに少し表情を歪めるが、近寄ってきた菊花を投げ飛ばす。
「甘んじて攻撃を受けるほど、俺は優しくない」
投げ飛ばされた菊花は軽い身のこなしで着地する。
「……ユウ、いなイ。菊花、おしゴと、ナイ。戦う、利口チガウ」
菊花はそれだけ呟くと、走って近くに停めてあった車の後部座席に乗り込んだ。
優の持っていた写真に写っていた菊花、そして今、自分の前にいた菊花、あまりにも差がありすぎてどちらの姿が本当なのか分からずにいた。
「…逃がしたか…」
恐らく、西脇製薬会社はまた菊花を送りつけてくるだろう。菊花が自分を狙っている、そう知った時、彼女はどうするのだろうか…。
そう思いながら、恭介は先に隠れ家に行った三人を追いかけるために足を動かし始めた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
2512/真行寺・恭介/男性/25歳/会社員
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■ ライター通信 ■
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真行寺・恭介様>
いつもお世話になっております、瀬皇緋澄です。
今回は『黄泉還りの第二夜』に発注をかけてくださいまして、ありがとうございました^^
内容の方はいかがだったでしょうか?
少しでも楽しんでくださると幸いです^^
それでは、またお会いできる機会がありましたらよろしくお願いします^^
−瀬皇緋澄
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