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■黄泉還りの第二夜/獣達の啼く夜sideβ■

水貴透子
【4757】【谷戸・和真】【古書店『誘蛾灯』店主 兼 祓い屋】
 私が人間じゃなくなった時、精神崩壊を起こさなかったのはあの子がいたから。
 研究所で同じ被検体として連れて来られたあの子。
 あの子がいたから、私は私でいられた。
 だけど、ある日…研究者の一人からあの子は死んだと聞かされた。
 だから、私は研究所を逃げた。
 私を支えるあの子のいない場所で、私は私でいられる自信がなかったから。
 優しいあの子の名前はそう…菊花という名前だった…。


※※黄泉還りの第二夜※※


「菊花?」
 生梨覇が優の持っていた一枚の写真を見ながら問いかける。
「そう、菊花。可愛くて…優しい子だった。もう死んだけれど…」
 優が俯きながら言うと、生梨覇が気まずそうに「ごめんなさい」と答えた。
「いいよ、あの子が死んだから私は研究所を逃げる事を決意したんだ…」
 優が無理しながら笑顔で答える。その姿が痛々しくて生梨覇はポンと優の頭を撫でるようにした。
「そういえば、海斗は?」
 優雅回りをキョロキョロと見回しながら生梨覇に問いかける。
「海斗なら買出しに行ってるわ。お腹空いたでしょ」
 確かに、と優は呟く。時計を見れば時間はもう昼過ぎ。優や生梨覇だけじゃなくてもお腹が空く時間だ。
 その時、ガタンッ!という音と共に海斗が倒れこむようにして部屋に入ってきた。
「海斗!?」
 生梨覇が慌てて海斗に駆け寄ると獣から引っかかれた傷のようなものが体中についていた。
「…ど、どうしたのよ、これは…」
「……俺なら心配ない、見た目の傷が派手なだけで実際はそんなにダメージはないから」
 イタタ、と顔を歪めながら海斗は「よっ」と掛け声をあげて壁に背を預ける。
「…生梨覇…その写真は…?」
 海斗がその写真をみながら小さな声で呟く。
「…?あぁ、この写真はあの子のモノよ。研究所で知り合った子らしいわ…もう死んだらしいけれど…」
 生梨覇の言葉に「……そうか」と海斗は呟いて部屋を出ようとする。
「どこに行くのよ…」
「アイツのところ。ここはアイツの家だから薬箱とかどこにあるか分からないし」

 そう言って貴方の部屋に来た海斗が告げてきた事実は優にとって、もっとも残酷な事だったのかもしれない…。
「よぉ、仕事か?悪いけど薬箱貸してくれないか?ちょっとドジっちまってさ。それと…一つ言っておく事がある。まだ生梨覇にも、もちろん優にも言ってない事だ」

 ―俺を襲ってきたのは、優が研究所で親しく、そして死んだはずの『菊花』という少女だった。


黄泉還りの第二夜/獣達の啼く夜sideβ

オープニング

 私が人間じゃなくなった時、精神崩壊を起こさなかったのはあの子がいたから。
 研究所で同じ被検体として連れて来られたあの子。
 あの子がいたから、私は私でいられた。
 だけど、ある日…研究者の一人からあの子は死んだと聞かされた。
 だから、私は研究所を逃げた。
 私を支えるあの子のいない場所で、私は私でいられる自信がなかったから。
 優しいあの子の名前はそう…菊花という名前だった…。


※※黄泉還りの第二夜※※


「菊花?」
 生梨覇が優の持っていた一枚の写真を見ながら問いかける。
「そう、菊花。可愛くて…優しい子だった。もう死んだけれど…」
 優が俯きながら言うと、生梨覇が気まずそうに「ごめんなさい」と答えた。
「いいよ、あの子が死んだから私は研究所を逃げる事を決意したんだ…」
 優が無理しながら笑顔で答える。その姿が痛々しくて生梨覇はポンと優の頭を撫でるようにした。
「そういえば、海斗は?」
 優雅回りをキョロキョロと見回しながら生梨覇に問いかける。
「海斗なら買出しに行ってるわ。お腹空いたでしょ」
 確かに、と優は呟く。時計を見れば時間はもう昼過ぎ。優や生梨覇だけじゃなくてもお腹が空く時間だ。
 その時、ガタンッ!という音と共に海斗が倒れこむようにして部屋に入ってきた。
「海斗!?」
 生梨覇が慌てて海斗に駆け寄ると獣から引っかかれた傷のようなものが体中についていた。
「…ど、どうしたのよ、これは…」
「……俺なら心配ない、見た目の傷が派手なだけで実際はそんなにダメージはないから」
 イタタ、と顔を歪めながら海斗は「よっ」と掛け声をあげて壁に背を預ける。
「…生梨覇…その写真は…?」
 海斗がその写真をみながら小さな声で呟く。
「…?あぁ、この写真はあの子のモノよ。研究所で知り合った子らしいわ…もう死んだらしいけれど…」
 生梨覇の言葉に「……そうか」と海斗は呟いて部屋を出ようとする。
「どこに行くのよ…」
「アイツのところ。ここはアイツの家だから薬箱とかどこにあるか分からないし」

 そう言って貴方の部屋に来た海斗が告げてきた事実は優にとって、もっとも残酷な事だったのかもしれない…。
「よぉ、仕事か?悪いけど薬箱貸してくれないか?ちょっとドジっちまってさ。それと…一つ言っておく事がある。まだ生梨覇にも、もちろん優にも言ってない事だ」

 ―俺を襲ってきたのは、優が研究所で親しく、そして死んだはずの『菊花』という少女だった。


視点⇒谷戸・和真


 その日の和真はとても不機嫌だった。
 なぜなら古書の整理をしている所に血まみれの海斗が来たから。何とか血がつく前に古書を移動させたから被害はなかった。
「いきなり血まみれで現われるな」
 和真が冷たく言うと「…怪我して帰ってきた人間に言う言葉か?それ…」と小さな声で海斗が呟いた。
「仕方ない、そこに座れよ、手当てをしてやる」
 和真はそう言って椅子を取り出し、海斗に座るように言う。そして棚の奥から薬箱を取り出して器用に手当てをしていく。
「…優の事を気遣っているのか?」
 消毒液を傷口に塗りながら和真が問いかける。和真は先ほどの優と生梨覇の話を聞いていた。盗み聞きしたわけではないが、隣の部屋で喋っていたので聞こえてきた、といった方が正しいだろう。
 和真の問いかけに海斗は「はぁ…」と大きく溜め息をついてみせる。
「…だって、そうだろ?優は人体実験でつらい目にあった。その次はその時の自分を支えていた菊花が俺を襲ってきた…あいつは…どう思う…」
 確かに、と和真も相槌を打つ。これがただの同じ被験者だったら問題はなかった。だけど、海斗を襲ってきたのは優が心を許していた少女。その事実の重さに耐えられるだろうか…?
「その菊花という少女、どんな様子だった?」
 包帯をギュっと巻き終わり、和真が呟く。
「ん?ん〜…外見はそこらにいそうな普通の女の子、だけど様子がおかしかったな…」
「おかしかった?」
「あぁ、何かブツブツ独り言みたいなのを言ってたんだ。そして、ユウを返せって言って襲い掛かられた」
 海斗の話を聞く限り、その菊花という少女が正気でない可能性は高い。それに気になることはもう一つある。
 さっきの優と生梨覇の話を聞く限りでは菊花は死んだ、確かにそう言っていた。優の話がウソではないとすると、その菊花という少女は生き返った事になる。
 実験の成果か…もしくは…優を連れ戻すワナとも考えられる。
「とりあえず、優に話を聞くしかないだろ」
 和真が立ち上がり、優と生梨覇の所に行くために足を動かそうとすると「待て」と海斗が呼び止めてきた。
「おまえ、優に菊花のことを話すつもりなのか?」
「…?そのつもりだけど?」
「…優が壊れたらどうする、お前に責任が取れるのか?」
 海斗の言葉にクッと笑って答えてやる。
「そうだな、確かに優の生い立ちは過酷なモノだ。だけど…それで優を労わっているつもりか?優に菊花のことを話すのは残酷だ、それは俺も同感だけど…。そこで止まったら終わりだろ?」
 隠すのは菊花のためにならない、そう言って和真は優と生梨覇のいる部屋へと消えていった。

「優、これから俺が話すことは凄く残酷なことだと思う。それでもいいか?」
 和真の真剣な表情と言葉に優は少し驚きながら首を縦に振った。
「菊花、優と仲の良い女の子だったんだよな?その子が……海斗を襲った」
 和真の言葉に優は驚き、持っていた写真をスルリと床に落とした。
「……和真?…本気で言ってるの?」
 生梨覇も驚いているようで声が少しだけ震えていた。
「…だから、さっき海斗の様子がおかしかったのね…」
 和真の部屋に行く時の事を思い出したのか、納得したように生梨覇は溜め息まじりに呟いた。
「…菊花が…海斗を…傷つけたの…?」
 優は震える声を抑えながら和真に問いかける。
「海斗が襲ってきた奴の顔を見ていた。間違いはない、だろう…」
 和真が言うと優は「…そっか…」と小さく呟いた。
「つらいとは思うが、聞かせてくれ、菊花は本当に死んだのか?」
 優に菊花の事を聞くと「和真っ、今聞かなくても…」と生梨覇が服の袖を掴んで言ってくる。
「生梨覇、あたしは大丈夫。菊花は…確かに死んだよ。あたしが看取ったんだもん…。でもあの研究所は何でもアリだったから生き返ったのも不思議じゃない、かも…。そっか、菊花…生き返ったんだ…」
 気丈に振舞ってはいるが、心の中では動揺しているのだろう。その証拠に優の手がカタカタと小さく震えていた。
「菊花、殺しちゃうの?」
 優が短く、そしてつらそうに目を閉じながら和真に問いかけてきた。
「俺は菊花をこちら側に引き込もうと思っている」
 和真の言葉に生梨覇、そしてこっちの部屋に来た海斗も驚いていた。
「………………え………?」
 少しの間をあけてから優が顔を上げて和真を見つめる。
「俺は菊花を殺すのを望んでいない。海斗の話を聞く限り…その菊花という少女が正気でない可能性が高い」
 海斗も襲われたときのことを思い出しているのか「確かに…」と短く呟く。
「……菊花とまた…会えるの…?」
 涙が混じった声で優が弱々しく呟いた。
「あぁ、そういえば…」
 和真は思い出したように「何で写真があるんだ?」と問いかけた。
「…これ、研究所の奴らに隠れて盗ったたった一枚の写真。ばれた時は凄く怒られたけど…」
 優は呟いて、写真を大事そうに持った…その時、自宅の窓ガラスが割られ、一人の人物が部屋の中に入ってきた。
 その人物はレインコートのようなモノを着ていて、フードを深く被っている。
「……菊花っ!」
 その人物が被っていたフードを取ると同時に優が叫んだ。フードの中から現れたのは優と同じか、それとも優より年下の少女だった。
「…ユウ、研究所ニ連れてイく。それ、キッカのお仕事」
 それだけ言うと菊花は優に襲い掛かってきた。
「危ないっ!」
 気が動転して動けない優を生梨覇が優を突き飛ばし、優の代わりに生梨覇が傷を負う。傷と言っても深いものではなく掠り傷程度だった。
「生梨覇っ」
 優が慌てて生梨覇に駆け寄る。
「…海斗、生梨覇と優を別室に連れて行ってくれ」
 和真の言葉に何で?と言いたそうな海斗に言葉を付け足した。
「手荒な事はしないつもりだけど、それでも優に見せたくないだろ」
 その言葉を聞いて納得した海斗は生梨覇と優を連れて和真の自室に身を潜めた。
(…あんまりここで騒がれるとせっかくの古書がゴミ切れにされちまう、それだけは何としてでも避けねば…)
 菊花の攻撃は鋭く伸ばした爪でこちらを狙ってくるというものだった。訓練も何もされていないから攻撃方法が荒く、避けるのは簡単だったが避けるたびに古書がゴミにされている。
 そして、菊花の瞳を見ると、予想通りで何かに操られているようだった。
「仕方ない…」
 和真は自分の身体に眠る堕ちた神としての能力で操られている、洗脳されているという概念を喰らい、救出した。
 操りの糸を失った菊花は糸が切れたマリオネットのようにその場にドサと音をたてながら倒れた。
「菊花っ!」
 倒れた音が聞こえたのか優雅部屋から飛び出して菊花に駆け寄った。
「…洗脳は解けたの?」
 生梨覇も傷のついた腕を押さえながら和真に話しかけてくる。
「もう操られている事はないだろ、次に目が覚めたときは以前のように戻っているはずだ」
「…和真、大丈夫?」
 涙で汚れた顔を服の袖で拭いながら優が聞いてくる。
「…これ、和真にあげる。鋭いものから身を守るオマモリ」
 そう言って優が差し出してきたのは牙の形をしたアクセサリー。
「…ありがたくもらっておくよ」
 恐らく、この後も優、次からは菊花も狙ってくるだろう追っ手は人間以外の生物に違いない。
 そして、追っ手としてくるのは…かつて優と同じように人体実験で扱われた人間達。非情な研究をする科学者達ならば被験者の感情を消して送りつけてくるだろう。今回の菊花のように…。
(やれやれ、考える事は沢山あるな…。厄介ごとはごめんだったのに…)
 和真は心の中で呟きながらはぁ、と大きな溜め息を漏らした。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

4757/谷戸・和真/男性/19歳/古書店・誘蛾灯店主兼祓い屋

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■         ライター通信          ■
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谷戸・和真様>

こんにちは^^
先日はご感想を送ってくださり、ありがとうございます^^
この場を借りてお礼を申し上げます。
今回の『黄泉還りの第二夜』はいかがだったでしょうか?
少しでも楽しんでいただけると幸いです^^
それでは、またお会い出来る機会がありましたらよろしくお願いします^^

            −瀬皇緋澄