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■【フォルティシモ】の或る1日■

くろ
【1564】【五降臨・時雨】【殺し屋(?)/もはやフリーター】
一体誰から広まった噂なのか。
東京某所にある雑居ビル。
本来そこは5階建てのビルで、地下のフロアはない。
しかし、そのビルのエレベーターに乗ると、「B1F」というボタンがあるのだという。
誰もがそのボタンを見ることができるわけではない。
とても困っている者、悩んでいる者。
そういった人にだけの前にだけ現れるというボタン。
それを押せば二度とこの世に戻れないとか、まるで別人になって戻ってくるとか……噂の結末は実に様々だ。

「……まったく、人間の想像力には恐れ入るね」
真夜中の2時を回るころ。
こんなナレーションで放映されているテレビの怪談番組を眺め、苦笑する男が一人。
「人の店をまるで怪奇スポット呼ばわりじゃないか」
勘弁してほしいよ、とぼやきながら彼は辺りを見回す。
いくつかのテーブルと椅子、それに、彼が座っている前には5席分ほどのカウンター。
現在客はいない。
そのたたずまいは、ごく一般的なショットバー。
「……まぁ、あながち間違っちゃいないんだが……。そのおかげでマトモに求人応募者がここにこれるかどうか、微妙だな」

その店がある「はず」のビルには「スタッフ募集」という張り紙が貼られていた。その内容はこうだ。

■募集条件
年齢不問、性別不問
特技を一つもしくは複数、持っている方

■業務内容
ホールスタッフ、バーテンダー、外部スタッフ
※外部スタッフに常勤の義務はありませんが、急に呼び出される場合もあります。

■給与、待遇、勤務時間など
応相談

「さて、どうなるかねぇ」
そうマスターがつぶやいたとき、不意に入り口のドアベルが「カラン」という音を立てた……。
【フォルティシモ】の或る1日 〜 五降臨・時雨の場合 〜

■月夜の訪問者

 それはある月の綺麗な夜。都内のある私鉄駅前。住宅街の多い、この当たりは深夜12時を回ると人通りもほとんどない。

 そんな駅前の通り沿いに立つ1軒の雑居ビル。  そのビルの「あるはずがない」地下1階。
 重厚な木製の扉。その前に人らしき影が1つ、佇んでいる。
「ここが<フォルティシモ>なんだ……。噂には聞いたことはあったけど、本当にあったんだね……」
扉に掛けられた、<Bar Fortissimo>と彫りこまれた真鍮のプレートを眺めているのは、燃えるような赤い髪を長く伸ばした青年だった。
漆黒のロングコートを纏ったその青年は、随分と長身だ。ざっと見積もっても2メートルはあるのではないだろうか。
 夜の闇に溶け込むように黒い、皮の手袋をはめたその手には1枚の紙が握られている。
「もう少し怪しげなところなのかなと思ってたんだけど……意外と普通のお店だったんだー……」
確かめるように、ゆっくりとドアを開ける。「カラン」という乾いたベルの音。ドアの奥は、間接照明でほんのりと薄暗い程度の明るさに調整された空間が広がっていた。
「いらっしゃいませ、お1人様ですね……」
カウンターの奥から声がかかる。落ち着いた雰囲気のバーテンダーがそこにいた。見た目からして20〜30代位だろうか。
「あの……」
きょろきょろとひとしきり店内を見回し、彼はマスターに声をかける。
「……」
そして、しばし沈黙。
「……?」
何処か具合でも悪いのだろうか?
それとも誰か待ち合わせなのだろうか……?

 そんな風に思ったのだろう。バーテンダーは怪訝そうに、青年の表情を伺う。
と、不意にその青年は再び口を開いた。
「仕事を探していて……。まだ、募集はしている、の?」
 その言葉を聞き、バーのマスターはにこりと微笑む。
「ああ、まだ募集しているよ。そうだね……ひとまずそこに座って」
そう言って店の奥にある、ボックス席の一つを指した。


■げに珍妙なる採用面接

 マスターに促されるまま、ボックス席の一方に座る青年。その反対側にマスターが座る。
 最初、彼が手に握っていたのは履歴書なのかと思われたが、どうやら募集チラシだったらしい。履歴書などは特に持ってきていないようだった。
通りすがりにチラシを見つけてそのまま飛び込んだのだ、とその青年はのんびりとした口調で言った。
「ま、履歴書はうちの場合、そう重視してないからいいんだけどね。じゃあ、早速はじめようか。
 俺は、ここのオーナーだ。よろしく。そうだね、まずは君の名前から聞いておこうかな?」
「……五降臨・時雨」
静かな口調で答える青年。静か、というより微妙な間があると言ったほうが良いだろうか。
「ごこうりん・しぐれ、ね。希望の仕事とかあるの?」
随分とおっとりした雰囲気に、あまり接客には向かなさそうだな、と景は思ったが、一応の希望を尋ねてみる。
時雨は、ええと……、としばらく考えてからほややん、と微笑んで答える。
「時給が高いものなら……なんでも。東京って、意外とお金がかかるから」
 なんでもねぇ……、と時雨のいでたちをざっと眺め、景はにやりと笑みを浮かべる。
「時給が高い奴、ね。それなら、きっとうってつけの仕事があるよ」
時雨のような服装をした人物が好む仕事 − いわゆる怪奇事件の調査だとか、怪異な物の怪退治だとか − はこの店には掃いて捨てるほど流れてくる。
「独特の匂いが漂っているしね」
 きっと、彼もそういった情報を希望なのだろう、とマスターは目星をつけて言ったつもりだった。

……が。

時雨は、ほんの一瞬目を丸くして答える。
「……やっぱり、においますか?」
「ああ、そうだね、強いて言うなら、『血のにおい』……かな」
「そうですよね……」

またもやほんの少しの沈黙。そして、

「……今日は一日、スーパーの精肉部でバイトしてたから」

−ごがしゃっ!

派手な音。
盛大にマスターがずっこけていた。
「あ……大丈夫ですか? 店長さん」
まさか、自分の発言がその原因だとはこれっぽっちも思ってないのか、首をかしげて怪訝そうに見つめる時雨。
「そ、そうか……。大変だったね。結構バイトは掛け持ちしているの?」
何とか気持ちを持ち直し、平静を装って、次の質問を投げかける。
「今日は、特売日だったから駆り出されて……。掛け持ちは……ベビーシッターとか、他にも色々……かなぁ」
見た目は女性受けしそうな美形の青年だというのに、このキャラとは……。
「じゃあ、え、えっと……そうだね、特技は何かあるかな?」
この個性こそすでに特技だ、ということは今はあえて伏せておくことにしたらしい。
「えっと……子供と動物に好かれることかな……?」
時雨は、相変わらず、ほんわか空気を維持したままだ。
まさに、「天然ボケ」と呼ばれる属性の人間が持つ、独特の空気だ。
確かに、この性格ならかなり好かれそうだ。
「子供と動物かー……。そうだなぁ、うん、女性にももてそうだけどね」
あくまで容姿が良い、というつもりで言ったことは言うまでもない。
が、
「うん、ベビーシッターのバイトで行く、お母さん達はすごく良くしてくれるよ。お仕事が終わってもついつい話し込んじゃったり」
流石に2回目ともなれば彼のボケに対して身構えることはできたが、期待通りにボケてくれる時雨の様子を見つつ、マスターは考えた。

(案外……このほにゃららぶりで女性客の心を掴める気がするな……)


■さて、果たして彼の希望職種は?

「そうだなぁ……。じゃあ、ひとまずはホールスタッフからでいいかな? 店に定期的に来てくれていればもう少し割の良い仕事もまわせると思うよ」
「割の良い仕事?」
「ああ、気の向いたときだけで構わないしね。そうだね、例えばちょっと変わった事件を調べてくれたりとか」
と、そこまでマスターが説明したところで、しぐれは「あぁっ!!」と大きな声を上げた。
「そういえば、ここは怪奇事件の情報も扱ってたんだね。……やっぱり、そういう仕事の方が、割がいいのかな……」
「そ、そうだね……。まぁ、気が向いたときにおいで」
お約束という言葉があまりに似合うタイミングでボケをかっ飛ばす彼。もはや、マスターには抵抗も、突っ込む気力も根底から打ち砕かれたらしい。

マスターは、店の奥から一着の制服を出し、
「じゃあ、これからよろしくね」
そう言って時雨に手渡したのだった……。

- END -

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号|PC名|性別|年齢|職業】

1564|五降臨・時雨|男性|25歳|殺し屋(?)

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■         ライター通信          ■
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このたびはご参加誠にありがとうございました。
見目麗しい美青年と思いきやボケ倒し、という面接内容で、
さすがの<フォルティシモ>マスターも勝てませんでした。

今回はお出しできない魅力も多々ございましたが、また、いつかどこかで当異界とすれ違う機会が出来ましたら幸いです。