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■戦争の犠牲者■

【3968】【瀬戸口・春香】【異能者専門暗殺者】
 男はその数ヶ月前まで、戦場に立つ兵士でした。
 彼は武器を持って戦闘の最前線に立ち、その手で何人もの人間を殺めました。
 ――いえ、その時彼が手に掛けたのは人ではありません。味方からは「敵」として認識されていました。
 殺人は殺人ではなく、「敵」を殺すのは当然のことで、斬り伏せた時に噴き上がる血を汚らわしいとさえ思っていました。
 ――同じ人間のものであるにも関わらず。

 戦はやがて終結を迎え、男には再び平穏が戻って来ました。30前後で、未だ独り身の男には既に両親はいなく、彼は町外れの山に程近いところに住んでいました。静かなその場所で、男はほとんどの時間を読書や散策などに当てて、のんびりと過ごしていました。
 ところがある日、男は自分の手に赤い血がべっとりと付着しているのを見ました。
 それは一瞬のことで、単なる錯覚にすぎず、3日も経てば忘れるだろうと男は自分に言い聞かせていたのですが。
 3日後、今度は着ていたシャツが真赤に染まったのでした。
 3日ごとに症状は酷くなり、シャツから床へ、床から壁へとどんどんと見える範囲は広がっていきました。
 男は徐々に生気を失い、少しずつ少しずつ、狂い始めていったのでした。
「誰か……誰か俺をどうにかしてくれ!!」
 叫ぶ男はやつれ果て、まるで餓鬼のようでした。
戦争の犠牲者


【0.オープニング】

 男はその数ヶ月前まで、戦場に立つ兵士でした。
 彼は武器を持って戦闘の最前線に立ち、その手で何人もの人間を殺めました。
 ――いえ、その時彼が手に掛けたのは人ではありません。味方からは「敵」として認識されていました。
 殺人は殺人ではなく、「敵」を殺すのは当然のことで、斬り伏せた時に噴き上がる血を汚らわしいとさえ思っていました。
 ――同じ人間のものであるにも関わらず。

 戦はやがて終結を迎え、男には再び平穏が戻って来ました。30前後で、未だ独り身の男には既に両親はいなく、彼は町外れの山に程近いところに住んでいました。静かなその場所で、男はほとんどの時間を読書や散策などに当てて、のんびりと過ごしていました。
 ところがある日、男は自分の手に赤い血がべっとりと付着しているのを見ました。
 それは一瞬のことで、単なる錯覚にすぎず、3日も経てば忘れるだろうと男は自分に言い聞かせていたのですが。
 3日後、今度は着ていたシャツが真赤に染まったのでした。
 3日ごとに症状は酷くなり、シャツから床へ、床から壁へとどんどんと見える範囲は広がっていきました。
 男は徐々に生気を失い、少しずつ少しずつ、狂い始めていったのでした。
「誰か……誰か俺をどうにかしてくれ!!」
 叫ぶ男はやつれ果て、まるで餓鬼のようでした。


【1.訪問者】

 ざくざくと枯葉を踏む音だけが聞こえる。およそ生き物の気配の感じられない林の中を、春香は一人黙々と歩を進めていた。量のある大きなリュックと分厚いジャンバーという登山者の格好で、教えられた道を時折わざとはずれながら、着々と目的地へ近付いていく。
 彼が目指す先は小さな山小屋だった。話しによるとそこには過去に自分と同じ陣営で戦っていた軍人が住んでいると聞く。
 話し――というよりは、情報か。と春香は皮肉げな笑みを微かに浮かび上がらせた。今回の彼の目的は、その男の監視だ。とはいえ、何も長い間滞在するわけではなく、精々1日2日の話なのだが。
 思索に耽っている間に大分目的地に近付いたようだった。3本目のクヌギを目にして、そういえばこの辺りで広葉樹林なんて珍しいなと考える。
 それにしてもやけに静かだった。冬眠の時期はとうに過ぎているというのに、兎1頭鳥1羽、虫の1匹すらいない。不自然なくらいに生き物の気配がなく、気温よりずっと薄ら寒いように感じられた。
「どうしました?」
 突然背後から掛けられた声に、春香はびくりと肩を震わせた。異能者専門の暗殺者として生活をしている自分が、気配すら感じ取れなかったのだ。……ゆっくりと振り返ると、そこには写真で見せられたのよりずっとやせ衰えた男の姿があった。あるいは別人かと見紛うほどに、その容貌には翳りがある。
 春香はすっと息を吸いこんで、眉尻を下げて言った。
「登山に来たんですが……それ以前にここで迷ってしまって」
 苦笑を浮かべた春香に微笑んで返すと、もう日が暮れるから今晩は自分の家に泊まるといい、と男は山小屋へ春香を案内した。


【2.発作】

 山小屋は木々の生い茂ったところに隠れるようにして建っていた。木造のバンガローを前にして、春香は途中で男に遭遇したのは幸運だったと息を吐く。
 玄関から続く短い廊下の突き当りには、予想とは反してなかなか設備の整ったLDKがあった。カーテンのない窓際には西日が僅かに射し込んで、外に生えている木の葉の影が映っていた。部屋の中は清潔に保たれてはいるが、生活感のなさがかえって寒々しく見せている。
 男は右奥の階段に足を掛けた体勢で、春香に向かって手招きをした。案内されるがままに階段を昇ると、左側のドアを開いた男が、客室だから好きに使っていいと言って自分はさっさと取って返した。登山客の格好をしているし、確かにこの家に食料が豊富にあるとは思えなかったから、春香は男の後姿に礼を言って部屋の中に足を踏み入れる。ここも綺麗だが薄ら寒い。どうしようかと迷ったあげく、春香は夕食は摂らずに荷物を解いて大き目の紙を一枚取り出した。今回の調査の報告書だ。
 男の体力が低下しているらしいこと以外にはこれといって特筆すべき点はないように思えたが、なるべく仔細に状況を書き記した。一通り書き終えて、今日はこんなものかなとペンを置いた時、1階から派手なガラス音が耳に届く。
「何だ……?」
 何か異変でもあったのだろうかと階下へ降りると、日も落ちてすっかり暗くなった部屋の中で、男が床に座り込んでいた。
 血臭がする、と春香は鼻をひくつかせた。座り込んでいる男を覗き込むと、床に散らばったグラスの破片のひとつを握り込んで、一心不乱に掌や指先を切りつけている。その一種異様な光景に、春香はすぐさま男の手からガラス片を取り上げた。床に散らかったままの他の破片も、靴の裏で粉々に砕いて使えなくする。
 男は暫く呆けたように自分の掌を見つめていたが、やがて正気を取り戻してゆっくりと春香を仰ぎ見た。
「……発作か」
 ほとんど断定口調で春香が問うと、男はこくりと頷いた。
「血の幻影を見るんだ」
 その言葉だけで春香には男の状態が理解できた。戦争経験者なら誰しもが――その影響の強さに差はあれど――経験するものだからだ。


【3.償い】

「俺も幾らか戦争を経験して、数多くの人を殺した。それとは関係なく犯罪者を殺したこともある。俺だって幻影を見ることはあるさ――でも思うに、例え苦痛と困難が伴っても自覚と恐怖があるのなら、克服することもできるんじゃないだろうか?……駄目だと思うなら、俺が暫くは監視しているから、いつでも楽にさせてやれるけれど」
 薪をくべた暖炉に火を入れながら、男を見ないままに春香は告げた。椅子に腰掛けた男は切れた掌の痛みに顔を顰めつつも、春香の入れたコーヒーに静かに口をつける。
「死にたい者に生きろとは言わない。だから、これを俺に向けるのも、返すのも自由。……選ぶといい。これが俺にできる最大限の親切だよ」
 そう言って春香はテーブルの上に、一丁の拳銃をことりと置いた。

「――ならこいつを使って今すぐ俺を殺してくれないか?」
 暫くの沈黙の後に男が発したのは、死を望む言葉だった。けれどもそこに悲嘆はなく、疲れや怯えもなく、ただ安らかな顔で男は告げる。その時春香は直感的に、男を実際の意味で救うには既に遅過ぎるのだと悟った。
「悪いけど、俺の分まで背負ってくれよ」
 苦笑した男の顔は明るい。今日見た表情のどれよりも――。
「……わかった」
 1度しっかり男と目を合わせて、春香は了承の言葉を告げた。テーブルの上に差し出したばかりの銃を取り、ハンマーを上げて目を閉じた男の眉間に焦点を合わせる。

 銃声が、轟く。

 ――男の最後の表情は、奇妙に歪んだ泣き笑いだった。


 >>END



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3968/瀬戸口・春香(せとぐち・はるか)/男/19才/小説家兼異能者専門暗殺者】<訪問客
(※受付順に記載)


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■         ライター通信          ■
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 初めまして。ライターの燈です。この度は『戦争の犠牲者』へのご参加、どうもありがとうございました!
 ……何か大分プレイングを生かしきれていない感じがしますが……(汗)今回は淡々とした表現を目標に書き進めてみました。春香さんはクールな感じのキャラなのかなぁと勝手にイメージしてましたので。
 戦争の犠牲者は他に3作あるのですが(このシナリオは1人参加に限定してますので)、中でも最も静かな感じのお話になりました。……参加者年齢的には春香さんが1番お若いのですが(笑)

 それでは失礼致します。少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
 よろしければ、またの機会に。