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■流れ星を追いかけて■

朝霧 青海
【4471】【一色・千鳥】【小料理屋主人】
「やはりこんな都会の中で、綺麗な星空を期待するのは無理だな」
 Y・Kカンパニーの社長・夜月 霞は、本社ビル80階にある自室からシティの濁った夜空を眺めていた。
「社長、それは無理ですよ、夜も眠らないこの都会のど真ん中で、星なんて見えるわけないですよ」
 社長秘書の若い男性が、霞の背中越しに話す。
「郊外の高原の方へ行けば、見えるかもしれないですけどね」
 そう呟きながら、書類を片付ける音が霞の後ろで聞こえてた。
「なるほどな。よし、では高原へ行くぞ」
 霞は窓を閉めると、そばの棚から電車の路線図を取り出した。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!明日の朝一番で会議があるんですよ?まさか、これから行くって言うのではないでしょうね?」
「これからだ。というよりも、今日行かなければ意味がない。新聞やテレビでやってただろう、今夜は流星群が出現するのだ。しかも、20年に一度の大出現の年らしいぞ。今から向かえば、その時間に充分に間に合う。むしろ、ちょっと余裕ぐらいだろ?」
「社長、明日の会議は我が社の来年度のプランをまとめる大事なプランをまとめるんですよ!?」
 秘書の顔に、不安の色が浮かび上がっていた。
「来年度のプランと、20年に一度の天体ショーと、どっちが大事なんだ!?この私に、あと20年我慢しろと言うのか?私はもう行くと決めたのだ」
 霞は秘書を睨みつけつつ、大きなかばんに化粧品だのお菓子だのレジャーシートなどを詰めている。
「では、留守番を頼むぞ。誰かから連絡があったら、緊急出張で明日の昼までには帰ると伝えてくれ。それから、どうせ高原まで行くのだ、皆で騒ぎながら過ごした方がいい。同行者を募集しておいてくれ」
「社長、お願いですから」
 大きなため息をついてがっくりと肩を落とす秘書に、霞はにっこりと笑顔で答えて見せた。
「心配するな。ちゃんと土産は買ってくる。私はお前を頼りにしているんだぞ。お前が留守を守ってくれると思えば、私は安心して外出をする事が出来る。じゃ、後はよろしくな」
 微苦笑を見せている秘書の横を通り過ぎて、大きな荷物をかつぎ、霞は地上への直通エレベーターに乗り込むのであった。
「流れ星を追いかけて」



「流星群が来るんですね」
 東京の片隅にある、小料理店山海亭の料理人兼主人である一色・千鳥は、そのニュースを聞きながら顔を輝かせた。
 大きな流星群が来るという事で、数日前からメディアがこの流星群の事を大きく取り上げており、一日に数回は流星群の事を聞く様になっていた。
 千鳥は、山海亭の食器を片付けながら、昔の事を思い出していた。もう10年以上も前になるだろう、千鳥がまだ幼い頃に、今日この日と同じように、流星群が出現すると騒がれた事があった。幼い千鳥はその流星群を見たい為に、普段は眠っている時間帯に頑張って起きていたのだが、とうとう眠気に勝つ事が出来ずに眠ってしまった事があった。朝起きた時には、大人達が口々に、千鳥が眠っている間に見たであろう天文ショーの話題を交わしているのを聞いて、千鳥は悔しい思いをした記憶が今、蘇ってきた。
「あんなに我慢して起きていたのに、何で自分は寝てしまったんだと悔しく思ったあの時も、今は懐かしい思い出ですね。今日を逃せば、また長い事待つ事になりそうです。流星群自体はそんなに珍しいものでもないですが、ここまで大きな出現は、本当にまれですしね」
 全ての皿を片付け負えた千鳥は、昼間買い物で近くにあるY・Kカンパニーの前を通った時に、本社ビルの前にある掲示板に、この流星群を見に行くツアーの事が書かれていた事を思い出した。
「皆でわいわいと騒ぎながら行くのも、楽しいかもしれませんね」
 そう呟くと、千鳥はエプロンを外し、外出する支度を調えた。
「せっかくのチャンスですからね、少し店を早めに閉めて、私も行ってみましょう、Y・Kカンパニーの方と一緒に。きっと良い思い出になるに違いないですしね」



「初めまして。私の名前は一色・千鳥と申します。このそばで山海亭という料理屋を営んでいる者です。どうぞ、よろしくお願いします」
 Y・Kカンパニーの社長である、夜月・霞を見るのは初めてであったが、今、千鳥の目の前にいるのは、大きなリュックサックを背負った、セーターに地味なマフラー、Gパンという姿の、社長というよりもどこかの学生、といった感じであった。化粧さえしていなければ、本当に学生と間違えたかもしれない。
「なるほど、お前もあの掲示板を見たってわけだな。今日は忙しいんだろうな、私も突然今日の事を決めたし。私とお前と2人だけだが、まあいいだろ。星を見に行く事には変わりないからな。こちらこそ、よろしくな!」
「そうなんですか。いえ、私も突然お邪魔してしまいましたし。そうだ、何か食材など必要ではないですか?キャンプもやると聞きましたので、向こうで皆で食事を作るのも楽しそうですしね。私の料亭でお世話になっている業者様へお願いして、食材を格安でしかも大量に仕入れる事が出来ますよ」
 千鳥がそう言い終わった時、霞が口元ににやりとした笑みを浮かべる。
「ほぅ、これは奇遇だな。お前も千里眼を持っているのか」
「ええ、そのようですね」
 霞の笑みにつられ、千鳥もにっこりと笑顔を見せる。
「私も気づいておりましたよ。本当に偶然ですね、同じような能力を持った者同士で星を見に行くなんて。でも、私達の能力があれば、どの場所でどの時間帯にどれだけの流星が見られるか、ばっちり予測出来ますね」
「そうだな、確かにその通りだ。これはなかなか、楽しくなってきたぞ」
 霞がふっと笑ってみせた。
「では、早速業者様に連絡をして、食材の手配をしておきますね。私と霞さんだけですから、そんなに沢山は必要ないですよね」
 千鳥はそう答えると、いつも仕事でやっているのと同じように、馴染みの業者へと連絡をし、野菜や肉、果物や魚に季節の食べ物を加えて発注をするのであった。



「社長という仕事は大変ではないですか?」
 Y・Kシティを離れ、電車に揺られながら千鳥と霞は、ボックス席を陣取って会話を交わしていた。千鳥の頭の上にある網棚には、巨大な袋がひとつ置かれ、その中に千鳥が買い付けた食材が沢山入っていた。
「大変といえば大変だが、楽しいと言えば楽しい。そんなところか、社長と言うのは。だが、私は一人ではないからな」
「そうですね、あんなに大きな会社なら、沢山の人の助けが必要でしょうね」
 すでに仕事をしている立派な社会人同士である千鳥と霞は、お互いの自己紹介をしているうちに、それぞれの仕事の話になっていた。
「何か大きな事がやりたいと思ったのが始まりだよ。あの会社の中には、私の事を良く思っていない人間もいるだろうが、好きとか嫌いってだけでは、組織は動かせないだろ?お前はどうなんだ?」
「私の店は、私一人でやっておりますからね。掃除から会計、下ごしらえから調理まで、全部一人でやらないといけないのですが、こういうのも楽しいですよ」
 いつも、仕事をしている自分を思い出しながら、千鳥が霞に答える。
「そうか、一人ではまた、大人数と違った楽しみがあるんだろうな。お前の店はどこにあるんだ?今度食べに行かせてもらうぞ」
「東京の片隅ですよ、知る人ぞ知ると言った店ですが。でも、楽しみにしておりますよ。歓迎いたしますので、是非お越しください」
 千鳥がそう言うと同時に、電車が小さく揺れて、徐々にスピードを緩めていく。
「着いたみたいですね」
 社内アナウンスが流れ、他の席に座っていた人々のほとんどが一斉に立ち上がり、網棚や足元に置いてある荷物をかかえて外へ出て行く。
「皆さん降りるようですね。目的は私達と一緒なのでしょうね」
 自分の荷物を降ろしながら、千鳥はまわりにいる、年齢も雰囲気も様々な人々の動きに視線を動かす。
「まあ、わかってはいたけどな。ずっと騒がれていたし、お前も知っているだろう?数十年に1回きりの、大出現みたいだ、これは見逃す事は出来ないだろうからな」
 荷物を抱えて、電車を降りた千鳥の目には、都会とはまったく違う、すでにオレンジ色に染まりかけている緑の大地と青い空が飛び込んできた。
「綺麗な所ですね。たまにはこういう場所もいいものです」
 空を見上げながら、千鳥が言葉を続ける。
「この高原は避暑地なんですよね?」
「そうだ。だから夏にはかなり多くの観光者が来るらしいぞ。私も一度は来たいと思っていた場所だ、少々寒いが、この時期に来るのもまた違った意味で楽しいかもしれない」
 観光地らしく、駅前には様々な土産品や旅行関係の店が並んでおり、千鳥達と一緒に降りたであろう人々が、それらの店をのぞいたり、売っている物を手にとったりしている様子が見えていた。
「では、行こうか。さっきから腹が鳴って仕方がないんだ、お前の料理、星を見るのと同じぐらい、私は楽しみにしているんだぞ」
 霞が楽しそうにそう言うと、二人は駅から離れて、高原へと歩き出した。



「ほぉ、さすがだな。少し手伝おうかと思ったのだが、私のようなへたくそに入る隙はないな」
 千鳥の鮮やかな料理手さばきを見て、霞が目を丸くしていた。
「これが私の仕事ですからね。いえ、霞さん、果物を切って頂けませんか?」
「よしきた!これぐらいなら私も出来るぞ」
 高原にあるキャンプ施設で、千鳥達は食事の準備をしていた。キャンプ用の調理場がいくつも用意されているその場所には、カップルから家族連れまで、平日にも関わらず他にも沢山の人がおり、それぞれが楽しそうに食事を楽しんでいる。「料理はよくやるのですか?」
 鍋の中身をかき混ぜながら、千鳥が霞に尋ねた。
「最低限はな。忙しい事を理由にしてはいけないのだろうが、やっぱり忙しくてな。食事は外食がほとんどだし、家に帰っても弁当頼んだりとかな」
「御自分で作られるのも、楽しいと思いますよ」
 出来上がった料理を、千鳥は丁寧に皿へ盛り付ける。霞のむいた果物を別の皿に乗せると、次々にテーブルへ並べた。
「出来ました、さあ頂きましょうか」
「これはうまい!」
 真っ先に焼いた肉を口にした霞が、声を大きくして喜んでいる。
「良かったです、沢山作りましたから、どうぞ」
 千鳥と霞は、仕事の事や、これから見る流星の話をしながら食事を続けた。
 やがて、あたりはすっかり暗くなり、気温が下がって暖かいものが恋しくなってくる。千鳥は荷物の中から茶の入ったポットを取り出し、暖かいお茶を注いだ。
「やはり冷えますね」
「ああ、そうだな。厚手の服を持ってきて正解だった。しかし、この雲行き」
 シートを敷き、そこに寝そべって空を見上げていた千鳥達であったが、急に空の彼方から薄い雲が流れてきて、ちょうど千鳥達の頭上を覆ってしまっていた。雲は薄いので、所々の雲の切れ間から星が見えていた。
「星がとても綺麗ですね。都会の3倍ぐらいは星が見えますよ」
 それでも千鳥は、都会では決して見ることの出来ない星空に目を奪われていたのだ。
「うまく雲が流れてくれるといいのですが」
「風があるみたいだからな。何とかなるといいのだが」
 霞も不安そうに空を見上げていた。雲を眺めたまま、時間が過ぎていった。雲は相変わらず空を隠したままであった。
「それにしても、さっきより人が増えてるな」
 霞の言うとおり、さっきはまばらであったのに、千鳥達がいるあたりはレジャーシートを敷いた人で沢山になっていた。
 中には酒を飲んでいるグループもあり、星というよりは宴会を楽しんでいるようにしか感じない。女性グループに声をかけている男性まで現れる始末だ。
「子供もいるのに。霞さん、これではまるで花見みたいですね」
「星見なんだけどな。星を見たいというのはわかるが」
 しばらくの沈黙。空はまだ隠れている。
「一色」
「霞さん」
 二人が同時に声を出した。
「きっと、同じ事を言おうとしたのですね」
「それなら話は早い。さあ、行こうか」
 荷物をまとめ、シートを引き払い、人々の間を蛇行するように抜けて、千鳥と霞はさらに奥まった場所を目指した。あまり人の寄り付かない、夜の真っ黒な林を抜けて、木々を分け、坂道を登りながら千鳥達はずっと歩き続けた。
「ここだ」
「この場所ですね」
 高台になっている場所であった。草原を一望する事が出来、空はさきほど千鳥達がいた場所よりもさらに近く感じる。高原にある林の奥の土地が盛り上がっており、しかもほとんど森と言えるような林であるから、昼ならともかく夜はあまり人が近寄らないのだろう。
 千鳥は全てを見通すその能力で、この場所を発見した。霞もまた同様なのだろう。
「あ、見てください。あそこ!」
 千鳥は空の一点を指差した。空にぱっと明るい輝きが現れ、筋を描いて消えてゆく。かと思うと、また別の場所から光が現れ、夜空に光の筋を描く。
「私達が林を歩いている間に、雲がどこかへ移動したのですね」
 空を覆っていた雲は、遠い空の彼方へ去っていた。輝く光…流星はその数をさらに増やし、それは次第に光の雨のように降り注いだ。下の方に見えているキャンプ場で、感嘆の声が木霊していた。宝石箱を引っくり返したような、その輝きは誰の目に見ても美しく見えるのだろう。
「これを私は待っていたんだよ」
 地面に横たわったまま、霞が小さく答える。
「ええ、幼い頃の望みが、ようやく叶いました。ここまで来て良かったです」
 現れては消え、また現れては闇夜に消えていく流星を、千鳥達は夜が明けるまで、ずっと眺めていた。(終)



◆◇◆ 登場人物 ◆◇◆

【4471/一色・千鳥/女性/26歳/小料理屋主人】
【NPC/夜月・霞/無性別/280歳/大企業社長】

◆◇◆ ライター通信 ◆◇◆

 一色・千鳥様

 初めまして、新人ライターの朝霧・青海です。「流れ星を追いかけて」ゲームノベルに参加下さり、有難うございました!
 星というと、夏のイメージの方が強いでしょうか?私は冬の星も好きです。空気も澄んでますしね。今回のノベルは、多少私の実話が入ってたりしますが(笑)、楽しませて書かせてもらいました。千鳥さんの能力を多少、ここで使わせて頂いたのですが、うまく描写されていればいいな、と思っています。
 会話を中心に、星の幻想的な雰囲気を少しでも楽しんで頂ければ幸いです。では、今回は有難うございました。