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■Calling 〜水華〜■

ともやいずみ
【4929】【日向・久那斗】【旅人の道導】
 鈴の音が耳元でした。
 祭事に使う、そのおごそかな、神聖な音。
 振り向いて、そこに立っている人物を見遣る。
 その人物は、手に黒いモノを持っていた。あれは……武器? それとも……。
 よく見ればその人物の足元には水が溜まっている。
「?」
 怪訝そうにしたが、まだ耳元で音がした。
 刹那。
 そこには誰も居ない。
 水の跡。
 それは、もしや。
「ゆ、ゆうれい……?」
 恐る恐る呟き、逃げ出す。
Calling 〜水華〜



「雲……」
 小さな傘から顔を覗かせ、日向久那斗は空を見上げる。もう夜に近い。
「速い……」
 雨が降るかもしれない速度だ。風で久那斗の髪が揺れる。そんな彼は、ふと気づく。
 前を、向いた。
 雨が、一滴彼の傘を打つ。
 久那斗と数メートル離れたところに立っているのは女性だ。水を滴らせている。
 彼女の足もとの地面にじわりじわりと広がっていく水を見遣った後、久那斗は彼女を見つめた。
「かわいいのね、坊や」
 女は虚ろな瞳で久那斗のほうを眺め、薄く笑う。
「私の死んだ坊やもね、あなたくらいだったのよ」
「…………?」
 不思議そうに見ている久那斗を無視し、女は近づきもせずにその場でぶつぶつと呟いている。
「ひどいのよ……。あの子ったら私に逆らってばかりで……ふふふ。うふふふふ」
 突然だ。
 女の爪が伸び、久那斗へと迫った。
「返してよ! あの子を返してっ!」
 悲鳴と共に放たれた鋭い爪が、途中で止められる。
 久那斗の前に立ち、爪を刀で受け止めていたのは長い髪の少女だった。濃紺の衣服の、少女だ。
(……? 誰……)
 久那斗は少女を見上げる。
 不思議な雰囲気を持つ少女だ。
「おのれええっ! また邪魔をするかあ!」
 怒声をあげる女が少女目掛けて迫ってくる。
 少女はその場から駆け出した。
「ここにはあなたの子供はいません!」
「うるさいうるさいっ! どうしてなの! どうしてなのよ!」
 少女は女との距離を詰めるものの、刀を振るう手を止めた。そしてすぐさま刀を別の方向へ振る。
 久那斗に向けて放たれた水のつぶてを、彼女が刀で弾いたのだ。
「一緒に来て……一緒に来て……! お母さんと一緒に……!」
 悲鳴のような声をあげる女性の側頭部に、少女の蹴りが入る。ぐらり、と女が揺れた。
 ぎょろり。女の眼球が少女を捕らえる。
「おまえから殺してやる!」
「関係ない者を巻き込むのはやめなさい!」
 二人の戦うさまを、久那斗はぼうっとして見つめている。それに気づいて少女が声をあげた。
「早く逃げなさい!」
「……逃げる?」
 わけがわからないという口調の久那斗に少女は驚愕し、己の手に持つ武器を大きく変化させる。
 逃げない久那斗を見て決着を早々につけようとしたのだろう。武器は巨大なナタになったのだ。
 女性の首を跳ね飛ばすつもりの少女の攻撃に、女は悲鳴をあげた。
 ざん! と女の体が地面に落ちる。
「!? 水に……?」
 少女の呟き通り、女は少女の攻撃をすり抜けて落ちた。水になって。
 少女は手を下ろし、嘆息する。
「…………また逃がしましたか。そう遠くへは行っていないようですが……」
 呟いていた彼女は久那斗を見遣った。そして近づいてきて眉間に皺を寄せる。
「なにをぼうっとしているんですか、あなたは! 死ぬ気ですか!」
 口調が冷たい。
 見上げる久那斗を見て、彼女は驚いたように目を見開く。
「こども……?」
「…………」
「子供が、どうしてこんなところに……」
「誰……?」
「え? あ、私は遠逆月乃ですが」
 少女は慌てて屈み、久那斗と同じ目線にする。こうしてよく見れば彼女は非常に顔が整っていた。
 久那斗は己を小さく指差す。
「久那は、日向久那斗」
「ひゅうがくなと?」
 こくり、と頷く久那斗。彼女はハッとして彼の手を強く引っ張った。
 久那斗が居た場所に、大量の水がばしゃ、と降ってきたのだ。
「こっちへ!」
 月乃が手を引いて走り出す。久那斗はそれに黙って従った。
(つきの……)
 目の前を走る少女を、彼はじっと見つめた。今まで会ったどの人間とも、少し違うような気がする。

「ここでおとなしくしていてください。いいですか?」
 ポストの横まで引っ張って来られて、久那斗は月乃を見遣る。
「つきの……」
「はい?」
 久那斗は空を見上げて手をあげ、指をさす。
 雨を少しだけ降らす空の、雲の切れ間から見える……淡い色の月。
「月?」
「え……」
 月乃は久那斗の指を目で追い、空の月を見上げる。彼女は目を細めた。
「……はい。私の名は、あの月と同じものです」
「月……」
「そうです。私は、夜にだけはっきりと見える……あの月のようなものですから」
 寂しそうに微笑する月乃は、すぐに表情を引き締めた。
「いいですか。ここから動かぬように……」
「月乃……」
「いいですね」
 強い口調で言ってから、彼女は困ったように苦笑した。
 なぜあんな表情で笑うのか、久那斗にはわからない。
 わかりは……しないのだ。



(弟がいたら、あんな感じなんでしょうか……)
 ぼんやりとそう思いつつ、月乃は闇の月を見上げる。
 小雨の中、薄暗い。
(月……。そう、私は月です。……太陽の対で、太陽の光でなければ照らされぬ……月)
 久那斗が月を指差したあの姿を思い出す。
(……はっきりと、言い当てられた気がしました)
 表に出て来れない者だと。
 人との繋がりなど、ないに等しい自分。なんと……さみしいことか。
「哀れなのは――――」
 彼女は顔をあげる。頬に伝わって流れる、雨。
「あなたも、です」
 ぽつんと立つ女。女は月乃を見遣る。濁った白い瞳で。
「……鳴り止まないの」
「…………」
「あの音が」
 あの音が。
「あの子を轢いた、あの音が」
 あの音が。
「雨の日と、水が憎い」
 憎い。
 月乃は静かに足もとから影を集めて形を作り、握りしめる。
 巨大な刃を持つ、鎌だ。
 月乃は瞳を鋭くさせると、そこから駆け出した。



 久那斗はぴくりと反応して、顔をあげる。
 目の前に月乃が立っていた。
「月乃……」
 沈んだ表情の月乃に、彼は近づく。
「月乃……」
「…………」
 彼女は視線を逸らす。そのまま口を開いた。
「家まで送ろうと思ったんですが、そうはいかなくなりました……すみません」
「月乃……怪我……」
 彼女は血を滴らせている。地面に指先から落ちている血は、闇の中でもよく見えるのだから。
 普通の人間は、怪我をしていたら痛がるはずだ。それなのに。
「……女……?」
「……あの人は、お子さんを亡くされていたんです」
 ぽつりと言う月乃は、前髪を払う。雨でべっとりと顔についていたためだ。
「日向さんを、お子さんと勘違いされたんですね」
 哀しそうに微笑する月乃は、屈んだ。久那斗と視線の高さが同じになる。
「……日向さん、普通の方ではないんですね」
「…………」
「そばにいると、なんだか暖かいような気がします」
 小さく微笑する月乃の頭を、久那斗が軽く撫でた。
 唖然とする月乃だったが、久那斗をじっと見つめて苦笑した。
「元気……だせ」
「はい」
 立ち上がって月乃は気づく。
「あ。雨、止んだみたいですね」
「止んだ……」
「やっぱり送ります、日向さん」

 手を引いて歩く月乃の手は冷たい。
「日向さんはどうしてぼんやりと憑物の攻撃を見ていたんですか?」
 歩きながら月乃が尋ねてくる。久那斗は三秒くらいしてから反応した。
 無言でいる久那斗を見遣り、月乃は不思議そうだ。
「月乃……戦う……なぜ?」
「憑物を封じるためです」
 あっさりと月乃は言う。その瞳が氷のように冷えていた。
「憑物……」
「私には呪いがかかっていますから」
 呪いという言葉に月乃が悪意のようなものを込めたのが久那斗にもわかる。
「呪い……?」
「…………」
 黙っていた月乃は顔をあげた。月夜が彼らを照らした。
「私は、憑物……いえ、妖魔の類いに狙われ続けているんです。よくわからないんですが、妖魔のようなものが興奮するような体質みたいで……」
「体質……」
「気にしないでください」
「…………」
 久那斗はぼんやりとした瞳のまま、頷く。
「憑物……月乃……好き?」
「え? あ……どうでしょうか……」
「……」
「…………四十四体の憑物を封じれば、色んなことに悩まなくて済むのはわかっているんですけどね……」
「悩む……?」
「例えばなんですけど」
 そう呟いた月乃は、瞬間的に足もとの影を手元に収束させて武器にする。弓矢に変化した影を、彼女は構えた。
 ぐっと弦を引いた月乃は矢を放つ。
 矢はまっすぐ飛んで、嫌がる女性に迫っていた男の頬を掠めた。
 男は動きを止め、その頭から黒い霧が出ていく。
「追い払う程度の邪念ならいいんですけど……。
 実体化されると、どうあっても人間に害が出ますからね」
「退治……」
「……退治してるんでしょうか……。邪念は人間が発した悪意ですからね。
 なくなったりはしません」
「退魔……」
 久那斗の呟きに月乃は自嘲するように笑みを浮かべる。
「どうやら……お喋りが過ぎたようですね」
 低く笑ったあと、月乃の瞳からは優しさや温もりが一切消えていた。
「さて、行きましょう」
「…………」



 黙って歩く月乃は、久那斗を駅前まで送ってくれた。
「ここでいいですか? 人も多いですし、妙な気配もないですから」
「……ここ……いい」
「そうですか」
「月乃」
「…………なんでしょう」
 淡々と言う月乃は、久那斗を見下ろす。
「右眼……危ない」
 久那斗に言われてから、月乃は右眼をゆっくりと手で覆う。
「わかってます。言われなくても」
「奪う……時間」
「お見通しですか。怖いですね、あなたは」
 呟いて、月乃は久那斗に背を向けた。
「無防備なのはいいですけれど……気をつけてください」
「月乃……帰る……?」
「帰ります。それでは」
 歩き出した月乃は、数歩歩いて人込みに紛れるや、気配を完全に絶ってしまった。
 残された久那斗はぼんやりと呟く。
「月乃……かわいそう……」
 なぜ、そう思ったのかは……久那斗ですらわからない。

 久那斗と別れた月乃は、駅前からかなり離れた場所の街灯の下にいた。
「…………」
 手が、痛い。
(日向さん……ですか)
 彼を自分の子供と勘違いしていた憑物は、何度も彼に攻撃をしていたものの……きっとそれらが久那斗に届くことはなかっただろう。
 月乃の取り越し苦労だったというわけだ。
(……私の手が痛くなるほど、力が強いんですから……)
 悪しき力を退ける力を持つ。
(私が眩しく思うほどに…………)
 そして鈴の音が響いた。月乃の姿は、そこにはない――――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【4929/日向・久那斗(ひゅうが・くなと)/男/999/旅人の道導】

NPC
【遠逆・月乃(とおさか・つきの)/女/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 初めまして、日向様。ライターのともやいずみです。
 初対面ということですが、外見が幼いということもあって月乃がかなり優しいです。
 互いに少し気になるという感じとして描かせていただきましたが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
 月乃の憑物封じにお付き合いくださり、ありがとうございます!

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!