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■White Maze■

佐伯七十郎
【4878】【宝剣・束】【大学生】
 道を歩いていたら、空からひらりと一枚の紙が降って来た。紙はまるで、自分に取ってくれと願っているかのように目の前をゆっくりと舞い、足元に落ちる。
 妙な存在感を放つその紙に目を惹かれ、無視することも出来ずに手に取った。裏面を見せていた紙を裏返すと、そこには可愛らしい桃色で、こう書かれていた。


  白イ迷路ハジメマシタ。
  迷路ハ迷ウ道。
  迷イ迷ッテ、三ツノ困難ヲ越エタ先ニ、
  貴方ノ望ムモノガ在リマス。
  是非トモヨウコソイラッシャイマセ。
                      』

 文字の横には身体の透けたピエロのイラストが描かれている。何だか面白そうだ。そう思ったとき、ピエロのイラストが動いて、自分に頭を下げた。

 瞬間、周りの全ての物の時間が止まり、世界が白く塗り替えられて行く。突然のことに驚いて辺りを見渡すと、目の前にイラストと同じピエロが舞い降りてきた。身体のない、服だけのピエロは、自分を見てゆっくりと頭を下げる。

「いらっしゃいませ。白い迷路へようこそ。ここでは貴方が持っている全ての能力を封印させて頂いております。ここで使える力は、この五枚のカードに封印されたものだけ。貴方にはこのカードを使って三つの困難を乗り越え、この迷路を脱出して頂きます。白い迷路はそういうゲームです。簡単でしょう?」

 ピエロはそう言って、自分に五枚のカードを見せた。赤、青、黄、緑、紫の五色のカード。

「カードに封印されている力がどんな力なのかは使うときにしか判りません。そしてカードの使用は一度きり。ただし、使えるカードはこの五枚のうち三枚だけで、カードの中にはハズレもあります。良いも悪いも貴方の運次第。お好きな三枚をお選びになって下さい。」

 言われて、自分はカードを三枚選ぶ。すると、ピエロはくるりと宙返りをして、手のひらで『START』と黒文字で書かれた場所を指し示した。

「カードが決まりましたら、スタートへどうぞ。『白い迷路』が始まります。」
White Maze

「おめでとうございます! グアム二泊三日旅行券プレゼント! どなたと行かれますか?」
「そうですね、やっぱり家族とですかね!」
「家族と……かぁ……」
 テレビの中で四十代後半くらいの男性が、満面の笑みでクイズ番組の司会者に答えているのを見て、宝剣・束(ほうけん・つかね)はため息を吐いた。ダラダラとテーブルに肘をつき、湯飲みに入ったお茶を一口飲んで煎餅に手を伸ばす。
 学校が春休みに入り、久しぶりに帰った実家は若い女性客で賑やかだった。母親が経営する実家兼民宿はシーズンともなれば引っ切り無しに客がやって来て大忙しになる。卒業旅行シーズンのこの時期、せっかく娘が帰って来たというのに、母親は客の相手でゆっくり話も出来ていなかった。父親は出稼ぎで家にいないし、束は暇で暇でしょうがない。ついつい、叶わないと判っている願いを呟いてしまう。
「私も、一度でいいから家族旅行、してみたいなぁ……」
 軽くため息を吐きつつ、束は煎餅を齧る。と、そのとき、目の端に白いものがチラついた。束が怪訝に思ってその方向へ目を向けると、どこから落ちてきたのか、一枚の白い紙が舞っているのが見えた。
「何だ?」
 テーブルに手をついて身体を伸ばし、白い紙を掴む。見ると、その紙にはピエロの服と、可愛らしい桃色の文字が書いてあった。


  白イ迷路ハジメマシタ。
  迷路ハ迷ウ道。
  迷イ迷ッテ、三ツノ困難ヲ越エタ先ニ、
  貴方ノ望ムモノガ在リマス。
  是非トモヨウコソイラッシャイマセ。


「白い迷路? 新しいアトラクションのチケットかな?」
 そう思って束が紙をひらひらと振ったとき、束の膝元からまるでペンキが滲み出したかのように真っ白に染まって行き、気が付いたときには天地の境目すら判らない、真っ白の世界に来ていた。
「え? あ、あれ? 何、ここ!」
 突然のことに束が驚いて立ち上がる。すると、頭上に身体の透けたピエロが現れ、優雅な仕草で頭を下げた。
「ようこそ、白い迷路へ」
「へ? ここが?」
 束が目をぱちくりさせながら問うと、ピエロは楽しそうに宙返りをする。
「はい、そうです。ここでは貴方が持っている全ての能力を封印させて頂いております。ここで使える力は、この五枚のカードに封印されたものだけ。貴方にはこのカードを使って三つの困難を乗り越え、この迷路を脱出して頂きます。白い迷路はそういうゲームです」
 言って、ピエロが束に赤、青、黄、緑、紫の五色のカードを見せた。
「へぇ……何だか面白そうね」
「カードに封印されている力がどんな力なのかは使うときにしか判りません。そしてカードの使用は一度きり。ただし、使えるカードはこの五枚のうち三枚だけで、カードの中にはハズレもあります。良いも悪いも貴方の運次第。お好きな三枚をお選びになって下さい」
「えーっと、黄色とー緑とー、オレンジは無いのか…じゃあ赤で」
 ピエロの説明を聞いて楽しくなって来た束は、目を輝かせながらカードを選ぶ。すると、ピエロはくるりと回転して、束の後ろを手で指し示した。そこには黒く『START』と書かれていた。
「カードが決まりましたら、スタートへどうぞ。『白い迷路』が始まります」
 言われて、束が『START』の文字を踏む。すると、白だけだった世界に影が現れ、周りに壁が出来たことを知った。
「何か、すっごいところだなぁ……」
 呟きながら、束はうねうねと曲がりくねった道を、ほとんど直感で決めながらてくてくと進む。物珍しそうに辺りを見回しながら歩いていくと、遠くの白の中に一点の黒が見えた。
「何だ? あれ」
 首を傾げ、束が小走りに黒へ近付くと、それはピエロに渡されたものと同じようなカードだった。不思議そうに見上げていると、カードは壊れたおもちゃのようにぐるぐると回り始め、ぼんっという音と共に爆発し、黒い煙を撒き散らした。
「うわわわっ! な、げほっ! 何!?」
 煙に巻かれ、束は咳き込みながら煙を手で払う。すると、その煙の中から何やら細長い影が現れた。束は思わず身体を硬くし、煙の中にいる影が近付いてくるのを恐々見つめた。が、次の瞬間、束は呆気に取られたように目を見開き、口が半開きになる。
 それはオレンジ色が美味しそうな蜜柑が、ぐにーっと粘土の如く縦に伸ばされたような、妙な生き物だった。生き物は、糸のような細い足でステップし、細い手でシャドーボクシングをして、束を威嚇してくる。
「……な、何これ、可愛いー!」
 だが、やる気満々な生き物とは逆に、束は自分の腰より下にある小さな生き物を勝負の対象としては見ていなかった。子犬に群がる女子高生の如く、触りたい撫でたい抱きしめたいと手を広げて近付いて行く。その予想外の反応に生き物はビクリと全身を揺らし、慌てて飛び上がると身体をくの字に折り曲げた。瞬間、柑橘のフルーティな香りと共に、オレンジ色の汁が霧状に束に浴びせられる。
「わたたた! 目が痛いっ! 何なのー?」
 突然の生き物の攻撃に、束は眼鏡を取って目を擦った。オレンジの霧をもろに浴びた眼鏡は爽やかな良い香りがする。束は残念そうにため息を吐くと、眼鏡をティッシュで拭いて、カードを取り出した。
「これが困難ってやつなのね……」
 呟きながら、生き物に向かってカードを投げる。すると、カードは赤い光を放ち、光は一人の女性の姿に変わった。頭の上で纏めた紺色の長い髪を簪で留めた女性は、ステップで威嚇する生き物を見下ろし、びんっと音を立てて生き物のオデコを指で弾く。弾かれた生き物はビクンッと手足を硬直させ、後ろに倒れこんだ。女性はそれを見計らって、生き物の長い身体の上に座り込む。
「うわー……可哀想だけど、可愛い……」
 女性に椅子にされてジタバタともがく生き物を、束がしゃがみ込んでほんわかと見守っていると、女性から早く行けと顎で示された。
「あ、そっか。行かなきゃ駄目なんだっけ」
 それに束がやっとゲームのことを思い出し、慌てて立ち上がる。諦めたのか、ぐったりとしている生き物をもう一度覗き込んで、女性に頭を下げると、束は先へと進んだ。

 うねうねとした道を、また直感で曲がりながら、束はポケットからカードを取り出す。
「さてっと。次は何を使おうかなー。黄色がいいかなー、緑がいいかなー。ハズレもあるって言ってたからなぁ。どっちもハズレだったら嫌だなぁ」
 カードを両手に持ち、うんうん悩みながら歩いていると、奥の方に再び黒いカードが浮いているのが見えた。束は「よしっ」と頷いて、緑色のカードをポケットに戻す。
「黄色にしようっと」
 言いながら、ぐるぐると回る黒いカードに近付き、黄色のカードを投げつけた。ぼんっという爆発音と共に、黒い煙が広がり、その中に黄色の光が混ざる。
「さー、次はどんなのかなー?」
 わくわくと目を輝かせている束の目の前に、機械的な白い翼が広がった。ゴシックな洋服と着物が合わさったような服を着た小柄な女性が束を守るように立ち、黒い煙の中に佇む敵を見つめた。
「相手の能力をコピー、応戦します……行きます」
 小柄な女性は翼を広げ、黒い煙の中に飛び込んでいく。束がそれを不安そうに見ていると、煙が少しずつ晴れ、中から物凄く明るい、目に痛い色彩が現れた。
 それは、蛍光ピンクの毛皮を見につけ、キラキラと輝く服と派手な羽飾りのついたウエスタンハットを被った、色んな意味で痛い人物だった。
「おーういえーっす!あなたが私のお相手ディースかー?」
「は? え?」
「アナタガ私ノオ相手ディースカー?」
「……って、ええー!?」
 突然、痛い人物に話しかけられて、束が思わず身構えると、その横から同じような口調で先程の小柄な女性からも話しかけられ、束はびっくりして叫び声を上げた。
「え!? 何なの!? 何が起こったの!?」
「何が起こったんでしょうネー」
「何ガ起コッタンデショウネー」
 全く同じ仕草と口調で束に話しかけてくる二人に、束はぐるぐると回る頭をフル回転させて考える。
「そう言えばさっき、あの人、相手の能力をコピーとか何とか言ってたっけ……」
 それを思い出した束は、まるで鏡か双子かのように痛い人物と同じ仕草をする小柄な女性を恐る恐る見上げた。自分を守ってくれる筈の小柄な女性は、敵の筈の人物と一緒に、自分を捕まえようと手を伸ばしてくる。
「サー、あなたも一緒にレッツダンシング!」
「ダンシング!」
「ま、待って、ちょ、いやー!」
 わきわきと近付いてくる手に、束が叫んで頭を抱え込むと、突然周りの壁が無くなって、元の真っ白なだけの世界に変わった。そろそろと顔を上げると、目の前には派手な人物ではなく、ピエロが浮かんでいた。
「残念でしたね。ゲームオーバーで御座います」
「げ、ゲームオーバーでも良かった……ちょっと、本気で怖かった……」
 ピエロの言葉に、束ははぁーっと長いため息を吐いてしゃがみ込む。
「また宜しかったら遊びにいらして下さい」
 そう、ピエロが言った瞬間、ぱんっと風船が弾けるような音がして、白い空間が一瞬にして見慣れた実家の部屋に変わった。束がそれを呆然と見ていると、廊下から母親が自分を呼ぶ声が聞こえた。
「束ー、暇なんだったら手伝ってくれない? ……どうしたの? ぼーっとして」
「え? あ、何でもないの。今行くわ」
 母親の声に慌てて頭を振り、束が立ち上がる。すると、先を歩いていた母親は何だか嬉しそうな顔をして、束を振り返った。
「そうそう、今日お父さん帰って来るんですって」
「そうなの?」
「三日間だけだけど休暇貰ったからって」
「へぇー」
 何でもないように話す母親も、答えた束も、久しぶりに家族が揃うことに喜びを隠せないでいた。旅行には行けないけれど、家族が揃うだけでこんなにも嬉しい。束は足取り軽く、母親の後を追いかけて行った。










★★★

ご来店有難う御座居ます。作者の緑奈緑でございます。
神聖なるアミダクジの結果、今回は残念ながらクリアーならずとなってしまいましたが、楽しんで頂けていたなら嬉しいです。ご家族との旅行、させてあげたかったのですが……もしまたご利用の際は、今度こそ家族旅行を目指して頑張って頂きたいです(笑)。

今回出演して頂いたNPCさま。お貸し頂いて有難う御座いました。
赤色のカード→尭樟生梨覇さま
黄色のカード→玉響さま
困難1→いよかんさま
困難2→マドモアゼル・都井さま

★★★