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■愛すべき殺人鬼の右手<7>■

哉色戯琴
【4563】【ゼハール・―】【堕天使】
「あら、皆さんの様子を見に行かれるんですか?」

 零がいつものように可愛らしい微笑を浮かべ、そう声を掛ける。デスクで煙草をふかしながら新聞を読んでいた草間が、ちらりとこちらを見た。眼鏡の奥の眼は、疲労しているように見える。まあ、当たり前か。苦笑を浮かべれば、溜息を吐かれた。

「ご苦労なことだな。終わった事はもう終わったことだ。気にするまでもない。むしろ俺は暫く連中の顔を見たくないな――嫌でも思い出しそうで」
「そう言っちゃいけませんよお兄さん、別に誰が悪かったわけでもないんですから、今回の事件は。私は少し怖かったですけれど、もう終わったことですし」
「終わったこと、ねぇ――」

 ふぅっと紫煙を噴出した草間は、どこか含みのある言葉を漏らす。

「完全に終わったわけじゃないってのが、中々に痛いところだな。結局あれは残ってんだから」
□■□■ 愛すべき殺人鬼の右手<7> ■□■□



「あら、皆さんの様子を見に行かれるんですか?」

 零がいつものように可愛らしい微笑を浮かべ、そう声を掛ける。デスクで煙草をふかしながら新聞を読んでいた草間が、ちらりとこちらを見た。眼鏡の奥の眼は、疲労しているように見える。まあ、当たり前か。苦笑を浮かべれば、溜息を吐かれた。

「ご苦労なことだな。終わった事はもう終わったことだ。気にするまでもない。むしろ俺は暫く連中の顔を見たくないな――嫌でも思い出しそうで」
「そう言っちゃいけませんよお兄さん、別に誰が悪かったわけでもないんですから、今回の事件は。私は少し怖かったですけれど、もう終わったことですし」
「終わったこと、ねぇ――」

 ふぅっと紫煙を噴出した草間は、どこか含みのある言葉を漏らす。

「完全に終わったわけじゃないってのが、中々に痛いところだな。結局あれは残ってんだから」

■IO2(?)■

「るんたったにジェノサイドー♪ 始めましょうか皆殺し、終わりましょうか神殺し、さてさて始まる享楽たーいむー♪」
「…………」
「きゃー麒麟ちゃんかーわいい、よく歌えてるねー」
「…………」
「ぐらいの事は言えないものなのかな、おじさん。そんなに仏頂面でいるともてないだろう? ああ、それとも渋さで売り出し中だったのかな、ならば悪いことをしたね。僕も頑張ってハードボイルドにサングラスでも掛ければ釣りあうものなのかな?」

 くすくす笑う鴉女麒麟は、鬼鮫の後ろをてこてこと歩いていた。コートを翻し、カツカツと足早に進んで行く彼に付いて行く麒麟の足取りは、非常にゆったりとしたものである。脇を歩くアルマジロも自分のペースを保ち続けているようにしか見えないが、それでも二人の間には一定の距離があり、それ以上広がることも狭まることも無い。
 鬼鮫の顔はぴくぴくと引き攣っていた。化け物との戦闘でどうにか事件を収束させて、被害者の増加もストップし、監禁されていた少女の救出も成功。事件は終わった、終結した、嫌々ながらに手を組んでいた興信所の連中とも手を切って、いつものようにIO2の次の仕事に戻る――そのはずだった、のに。

 後ろには、黒いワンピースの少女がぴったりと。
 何故に。
 何故に、付いてくる。

 即席の血生臭い歌を適当に口ずさみながらマイペースに歩いている相手。超的な再生力と、周囲の温度に対して干渉の出来る異能者。異能、彼がもっとも嫌悪する、人類の害悪。それが、ぴったりとくっ付いているのだから――神経の逆撫で具合は激しい。蓄積が秒単位で進んで行く。

 麒麟は段々と殺気に似たものを零し始めている鬼鮫の後ろを歩きながら、くつくつと笑っていた。

 経験、記憶なんて、一通り愛でたら忘れてしまうものだ。骨董の類と同じ、手元に置いて好きなだけ鑑賞し干渉したら後はどうとなっても構わない。そんなものを手にしていたことすらもすぐに忘れて朧な思い出にしてしまう。別にそれでも困る事は無い、同じものを手に入れて繰り返していても、それが『繰り返しである』ことにさえ気付かなければ、全ては満たされるのだから。結果的に暇が潰れてくれれば後はどうでも良い。骨董は売り払う、記憶は、忘れる。
 アルマジロがちゃんと足元を付いて来ている事を確認しながら、麒麟はくんっと軽く顎を上げた。首が反らされ、空が見える。春先に多い薄曇り、花曇り。路地裏から見上げる狭い青。最近は夜空ばかり見上げていた気がする、夜の活動が多かったからだろうか。そう言えば、あの殺人鬼の名前はなんと言ったっけ。儚く砂に消えた殺人鬼。堕天使も居た。だけど、もう名前も顔も禄に思い出せない。別段困ることは、無いのだけれど。

「今日も今日とて面白可笑しく何かしろの犯しいモノを探すため、愛想の欠片もない渋面おじさんに麒麟ちゃんは付いていくのでした」

 くすくすと笑っての独り言すら、目の前り男の精神を逆撫でするには丁度良いモノになっているのだろう。自分が自分である、それだけで相手には気に入らない。何かしなくても、こうやって歩いているだけで、相手はまた手を出してくるだろう。次は何処を何分割されるのだろうか。それともそれとも何か面白いことを仕掛けてくるのか、どうなのか。一寸先の事を想像して空想して、それだけでも楽しいと言うのは中々に御機嫌な状況だ。

「小娘。いい加減に帰れ、目障りだ」
「いやん。おぢさん僕を傷物にしておいてそのまま襤褸雑巾の如く捨てるつもりとは、大人の風上にも置けないね。ほろほろ、あの時の痛みはまだ忘れられないのに。腕六分割」
「…………」
「さ、そんなことはどうでも良いから、僕にもっと楽しいトラブルを提供して欲しいな。血沸き肉踊る血祭り騒ぎを希望中――規模宇宙って言うとちょっと偉大な感じでいいかもね」

 歩き続ける、付いて行く。
 ぶち、と何かが切れる音がするのもそう遠い未来ではない。多分二十四時間以内には聞こえるだろう。下手をすれば三秒以内だ、何と言っても足元をてこてこと付いているだけだったアルマジロが駆け出した。ブーツの音を荒く立てて、こちらを振り切ろうと早足になる鬼鮫の足元に全力疾走。漏れる笑いを必死に押さえ、気付かれないように、気付かれないように。

 どべしッ。
 べしゃッ。

「おぢさん大丈夫、どうして転んでるの?」
「…………」
「手を貸そうか、それとも肩? ああ、どうして足元に僕のアルマジロをくっ付けてるんだい? はッ、まさか今流行のペット誘拐をしようとしたの?」
「…………貴様、いい加減に」

「IO2の鬼鮫だな?」

 聞こえた声に顔を上げれば、角から若者数名がゆったりとした動きで出てくる。その全員が半分白目を剥いた状態で、足元が覚束ない様子だった。ナイフやバットを持っている手だけが妙に力みなぎる様子である。どうやら何者かに操られているものらしい、IO2が手掛ける事件の関係者か――ニィ、と麒麟は笑った。体勢を立て直した鬼鮫が、愛用の日本刀をコートの中から取り出す。

「さてさて、本日の享楽と狂楽を発見、かな?」
「…………」
「おぢさん、相棒に返事ぐらいするものだよ」
「誰が相棒だ」
「ぷー」

 戯言を吐けば、青年達が一斉にその身体を進めてくる。
 麒麟は笑いながら、踏み込んだ。

■あやかし荘■

「ああ、こんにちは、お二人共」

 高峰心霊学研究所からの帰り、あやかし荘に立ち寄った神山隼人は、その縁側で恵美と並んでいる綾和泉汐耶に軽く声を掛けた。彼女に手を握られていた恵美が、一瞬ぼぅっとした表情を見せてから遅れて黙礼する。苦笑して、隼人は汐耶の隣に腰を下ろした。

「どうなさったんですか、神山さん。確か今日は高峰さんのところに行くと聞いていたのですが」
「ええ、その帰りですよ。恵美さんの様子は、どうでしょう?」
「まだ少しぼぅッとしていますけれど、錯乱や恐慌の傾向は無いようなので安心はしています。あまり、油断はしていられませんが……こういうものは、後で来るとも言いますし」

 言いながら汐耶は、ぽんぽん、と軽く恵美の背を撫でた。恵美は草木の深い庭をぼんやりと眺めている。ショックの後にはとにかく平穏な時間を過ごさせるのが良いだろう――それが判っているのか、ここ数日のあやかし荘は静かなものだった。いつもは恵美を怖がらせてからかう様々の妖物達が、めっきり身を潜めている。柚葉や綾と言った住人達も、恵美の仕事を分担して片付ける始末だった。
 もっともその皺寄せのように三下が弄り倒されていることには触れない。彼にはそれがいつものことなのだ。そんな様子に恵美は薄っすらとした微笑を浮かべるようになっているのだから、もう少し待てば完全に落ち着くだろう。

 隼人は汐耶の様子に小さな笑みを浮かべ、庭を見遣る。そろそろ咲き始めた花が、明るい色合いを躍らせていた。

「結局、この一件で一番良い思いをしたのはゼパルとその下僕だったのでしょうね。それを思うと少し釈然としないものが残りますが、終わりよければ、と言うものなのでしょうか」
「……全然、良くなんてない終わりですよ。恵美さんも傷付けられましたし、無関係の女性が何人も殺されました。先日鬼鮫さんからファックスを頂いたのですけれど、最終的な犠牲者の数は二十人に達したそうです。私や麒麟さん、恵美さんを抜いた数、ですが」
「おや、二十人に届きましたか」

 十名は超えていたがそこまで行ったとは思っていなかった。隼人の声に、汐耶は沈痛な面持ちで頷く。
 事件の顛末を纏められたら送って欲しいと頼んだのは、彼女の方だった。一応後学のためにもなるし、自分の持っている情報が断片なのならば、補完された全容と言うデータにも目を通しておきたかったから。受け取ったファックスは七枚。最終的な犠牲者は、二十三名。調査員や恵美を含めれば、二十六人。その内十二人は結社の人間で自業自得だが、それにしても、異常な数字だった。
 こういった事件に関わるのは初めてではないながらも、慣れはしない。人が傷付いたり死んだりすることは慣れて良いものではないし、本当ならば多発してはならないものだ。人が傷付く様子など、見ていたくはない。自分の危険に関しての慣れは、悲しくも滑稽なことに別だけれど。

 大本である手を始末出来なければ、同じような事件が繰り返されるのかもしれない。浄化の類が通じるのならばどうにかしたいが、狙われた身では研究所に顔を出すのも躊躇われた。迂闊な刺激をすればどうなるか判らない。だからせめて、後のケアを請け負っておこう――自分に出来ることを、精一杯に。要申請閲覧図書の規制も、少し強めないと。ぽむぽむ、考えながら一定のリズムで恵美の背中を叩く。

「おお、客が居ったのか? 恵美、ちゃんと挨拶はしたかえ?」
「おや嬉璃さん、お邪魔していますよ」
「うむ、まあ寛ぐがよいっ。汐耶、麦茶と菓子を持って来たぞ、恵美と一緒に食うのぢゃ!」

 箸より重いものを持ちたがらない我侭座敷わらしの嬉璃は、言ってグラスと菓子の乗った盆を縁側に下ろした。彼女には重かったのだろう、ふうっと息を吐いている。隼人は、おや、と首を傾げた。
 乗っているグラスは四つ。この場にいるのは、恵美と、嬉璃と、汐耶と、隼人。だが嬉璃は彼が来ていることに今気付いたはずなのだから、残りの一つは彼の物ではない――しゃらん、と涼しげな音が鳴った。金属の擦れるようなそれに彼は振り向く。

「あら、いらっしゃいませ、神山様」

 ゼハールが、お盆に林檎を盛った皿を乗せて佇んでいた。

「……。で、今度は誰に呼び出されたので?」
「ああ、違いますよ神山さん。どうやらゼハールさん、一日だけこちらで遊ぶことを許されたらしくて……今朝から色々家事をして下さっているんです。多分無害ですよ」
「多分ですか。確かに多分ですね。でも結局最終的に裏切ってますからねぇ、前回とか」
「まあ酷い、私はそんなつもりございませんでしたのに……よよよ。本当は掘り出し物のヴィジュアル系CDを買いに行ったり遊びに行きたい所を、せめてここで働いてご恩返しと。嬉璃様、神山様がいぢめますわ!」
「こりゃ、男がおなごを泣かすでない! 嬉璃の鉄槌ぱーんち!」
「いや、嬉璃さん、女に見えてそうでもないですから! あいたたた」

 嬉璃にぐりぐりと頬をつつかれる隼人を見ながら、ゼハールは笑う。肩が揺れると同時に、しゃらん、と首から垂れる鎖が音を鳴らした。風鈴のような風流さは無いものの、涼しげな音である。彼にとっては慣れ親しんだ日常の音の一つ、だが。

 魔道に落ちた魂二つ――ゲインと名も無き魔術師のものを手に入れたゼパルは、大層満悦していた。今は魔界で、それから新しい悪魔を作り出すための準備を進めているだろう。八つ切りにした林檎をフォークに刺し、ゼハールは恵美にそれを差し出す。小さな子供のように、彼女はそれを受け取った。ふわふわと笑う様子に、彼もまた微笑する。
 今回の事件もまたゼパルのスクラップブックに記され、それは、ゼハールに託された。今回は魂を手に入れられただけで充分な収獲だった。この資料は、あの女に保管して貰う事としよう。補完と同時に、保管を。あの女、高峰沙耶に。
 ゼハールからスクラップブックと幾つかの資料、主に人皮のマスクやスーツといった加工品を受け取った沙耶は、何も言わずにただ微笑していた。ゼハールはぼんやりと思い出す。黒衣のドレス、閉じられた眼、そして、黒猫。どこか硬質の美貌。どこかで人外染みた空気を発していた、女性。何者なのか、魔王は知っていたようだが、ゼハールには見抜くことが出来なかった。だが、高峰は何処か――何もかもを、見通していたような素振りさえあった。

 まあ、関係は無い。
 今はとりあえず、許された時間をここで楽しんでおこう。

「美味しいですか、恵美様」
「はぃ……おぃし、です」
「それは何よりですわ。午後は、少しお散歩にも出ましょうか。綾和泉様も、柚葉様も嬉璃様も一緒に」
「はぃ」

 ふわり、恵美が笑った。

■小径■

 あやかし荘に向かった理由は大したものではない。ただ、自分の周りの環境保全の一種でしかなかった。隼人はぼんやりと、高峰の言葉を思い出す。何もかも見透かすようでいて、決して目を開けなかった黒衣の貴婦人。それほど若いわけでもないだろうがけっして年老いてはいなかった、魂の気配。悪魔である彼にも、よく判らない存在である、女性。

「享楽主義は罪悪では無いけれど、害悪ではあるかもしれないわね」
「そうですね。遊んで暮らすことは罪ではありません」
「他人を巻き込むのは、多少頂けない事かも知れないけれど」
「さて。私には、なんのことやら」
「では、そういうことにしておきましょう。お茶など如何かしら。あの右手を始末する方法、思い出せるかもしれませんわ」
「遠慮しておきます。これからあやかし荘に向かいますので」

 本当は別に必要などなかった。あの時、ステージの地下で意識を奪った際、恵美の記憶は消しておいたのだから。数日は意識の混濁する状況が続くだろうが、じきにすっきりと忘れるだろう。ストレスも手伝って、綺麗にさっぱりと、彼女は今まで通りおっかなびっくりにあやかし荘で暮らす。
 これからも色々と面白いものを見せてくれるだろう、きっと。彼女も、あの右手も。

 だが今回は失敗もあった。気が立っていたのか飽きていたのか、いつものスタンスを崩してスーツを汚してしまうなんて。オーダーメイドだっただけに少しクリーニング代が高く付いた、まあ、ちゃんと経費で落とさせたが。今月の草間興信所の経済状況を思うと笑いが込み上げる、麒麟のワンピース代三着分もあるのだし。

 あやかし荘の玄関を潜り、庭に抜ける。
 縁側が見えた。
 彼は、声を掛けた。

■高峰心霊学研究所■

「おや誠君、どうしたのですか? そんなところに転がって」

 セレスティ・カーニンガムの言葉に、七枷誠は億劫そうな視線を向けた。いつものように閉じられたセレスティの眼は、だが笑みを浮かべている。完全にからかうような様子に、ふぅ、と誠は細い溜息を漏らした。

「見ての通り、伸びている」
「伸び伸びしていますね」
「すくすく育っているものだから」

 謎会話だった。

 身体は空気すらも重圧に感じているように動かない。動けないわけではないながらも、どうにも調子が悪かった。少々短期間で言霊を使用しすぎたらしい、精神力が空になっているようなイメージは、初めてのものではない。能力の枯渇、使用の不能。だがあまり無防備にしてもいられない――誠はくるり、身体を傾ける。セレスティの視線から逃れれば、小さな笑みを零された。

 思えば広範囲の刻印や神霊の名を用いると言うのは、少々『人』のキャパシティに余る力だったのかもしれない。矛盾は己の身に返ると言うことなのだろうが、それでもこの状態は少々の苦痛だった。意識はあるのに身体がそれに伴って動かないというのはジレンマを生むが、それが問題と言うわけではない。勿論、寝返りも迂闊には打てなくて床擦れが心配だ、と言うわけでも。

 身体が動かないと言う事は、イコール何をされても抵抗が出来ないと言う事である。高峰は流石に何か仕掛けてくることは無かったが――いや、してきたか。食事の時間にスプーンを差し出すあの様子は明らかに遊んでいる。だがそれはまだ可愛い部類であると言わざるを得ない。

 まずは『手』が動き出して襲ってくることを期待しつつ入り浸っていた麒麟に遊ばれた。鼻を抓まれたり額に『精肉』と書かれたり、とにかく古典的かつ下らない、精神力の浪費空費を誘う数々。怒鳴り飛ばす余裕も無く、油性ペンの文字は残された。高峰が拭いてくれたのは何故か翌日だったし。むしろ何故ただの肉でなく精肉なのか、そこを激しく突っ込みたい。
 次に、何かの届け物と称してやってきたゼハールにいぢられた。メイドなのは良い、世話好きなのは良い。騒動が一段落している状況なのだから、特別警戒もしない。だが、恥らってくれとは思う。介護もメイドの職業の内なのかもしれないが、トイレに運ばれそうになった時は流石に全力で暴れた。風呂も同上。純粋な介護だったのか、からかいだったのか、それは今ももって謎である。
 そしてつい先ほど帰って行った隼人には、若いツバメ扱いを受けた。マダムに飼われる高校生とは倒錯的だのなんだのと、人が動けないのを良いことに言いたい放題――こうしてみると、一番単純だった麒麟がまだあしらいやすかったのかもしれない。いつまでこの状態が続くのか、何か違う意味で不安になってくる。

「セレスティさんは、何をしに……?」
「ええ、少々レポートを読ませてもらおうかと。誠君はここで何を? 見たところ、能力が一時的に枯渇しているように感じられますが」
「その通り……回復するまで、ここで休ませて貰ってる」
「言えば私の別荘を貸しましたのに。少年を囲うのは倒錯的で楽しそうです」
「待たんかい」
「はっはっは」

 声の突っ込み。
 ただし相手にダメージはゼロ。
 何だか今回、突っ込んでばかりだったような走馬灯が。

「それで、誠君――結局君の言う『矛盾』の原因は残ってしまったようですが、それはどう始末を付けるつもりなのです? とは言え、その状態では積極的な行動も酷のように思いますが」
「ああ、それは、それなりに簡単な方法があるんだが……確かにこの状態は、どうにかしておかないと、だな」
「ほう?」

 セレスティが待つように言葉を漏らす。
 誠は身体を傾け、視界に彼を入れた。
 一人掛けのソファーに腰掛け、こちらを見ている視線を確認する。

「それなりに簡単、とは?」
「……触れる、だけで、充分だ」
「触れる――?」
「元々栄光の手を模して作られた紛い物、人間と言う『存在そのものが矛盾の塊』とも呼べるものに触れらてしまえば、その存在は夏の雪より儚い存在……矛盾は、より大きな矛盾の前では消えるほかは無い。扱い手がいない現状ならなおさらにね――元々、それほど力が残っている状態ではない、ようだし」

 手を回収したのは高峰だったが、彼女も一般的な人間の範囲にいる者だとは思えない。れっきとした人間の手でなければ、おそらくは意味が無いのだろう。観察対象を逃すことに対して高峰は苦笑するだろうが、恐らくは、それだけだ。

 だから、今はとにかく、安置場所まで歩ける程度に回復することが先決である。
 始末は、出来れば自分の手で付けておきたい。

「誠君」
「ん……?」
「無理はせずに、ともかく身体を労わって置いて下さい」
「……ん」
「元気になったら囲われに来ても良いですからね」
「それは光の速さで遠慮しておきます」

 ドアの向こうでは、高峰が笑みを零していた。
 その腕には、右手が抱えられている。
 もがくように一度動いたそれを軽く叩き、彼女は、ドアを開けた。



■□■□■ 参加PC一覧 ■□■□■

3590 / 七枷誠          /  十七歳 / 男性 / 高校二年生・ワードマスター
4563 / ゼハール         /  十五歳 / 男性 / 堕天使・殺人鬼・戦闘狂
2667 / 鴉女麒麟         /  十七歳 / 女性 / 骨董商
1883 / セレスティ・カーニンガム / 七二五歳 / 男性 / 財閥総帥・占い師・水霊使い
2263 / 神山隼人         / 九九九歳 / 男性 / 便利屋
1449 / 綾和泉汐耶        / 二十三歳 / 女性 / 都立図書館司書

<受付順>


■□■□■ 配布アイテム ■□■□■

これが勝利への鍵だ!
☆高峰沙耶のお守り(全員)


■□■□■ ライター戯言 ■□■□■

 最終回は当社比それなりに短く纏めることに成功致しました、ライターの哉色です。一ヶ月強お付き合い頂きありがとうございました、一応これにて完結、です…お疲れ様でした。
 結社側、殺人鬼側のプレイングは想定外だったので、意外ではありましたが、その分物語に幅が出すことも出来、楽しく書き進めることが出来ました。
 ともあれ、少しでもお楽しみ頂けていれば幸いです。それでは失礼をば。