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■Calling 〜水華〜■

ともやいずみ
【2734】【赤羽根・希】【大学生/仕置き人】
 鈴の音が耳元でした。
 祭事に使う、そのおごそかな、神聖な音。
 振り向いて、そこに立っている人物を見遣る。
 その人物は、手に黒いモノを持っていた。あれは……武器? それとも……。
 よく見ればその人物の足元には水が溜まっている。
「?」
 怪訝そうにしたが、まだ耳元で音がした。
 刹那。
 そこには誰も居ない。
 水の跡。
 それは、もしや。
「ゆ、ゆうれい……?」
 恐る恐る呟き、逃げ出す。
Calling 〜水華〜



 赤羽根希は上空を見上げた。
 なんか、降ってくる。
「え……え……? え、ええーっ!」
 仰天して大声を上げる彼女は、思わず地に伏せて頭を両腕でかばった。
 激突するかと思われたのに、いつまで経っても衝撃はこない。
「……?」
 恐る恐る瞼を開け、希は顔をあげる。目の前に靴があった。
(あっれ〜……? 靴?)
 スニーカーが目に入ったのだ。ゆっくりと視線をあげると、そこには少年の姿。
 黒い髪に眼鏡の、秀麗な少年が立っていた。
 希は勢いよく立ち上がると、彼をじろじろと見つめる。
「さっき降ってきた人!」
 指差すと、少年は希に気づいて顔をこちらに向けた。色違いの瞳がかなり印象的だ。
(う、わぁ……)
 よく見れば顔が整っていて、十分見惚れるに価する。
 ぽかーんとしてしまう希を不審そうに見遣る彼が、口を開いた。
「降ってきた……?」
「えっ? そうそう! だってさっき空からこっちに向けて!」
「……ああ」
 眼を細めて彼は納得する。
「敵に吹き飛ばされただけだ。ぶつかってないが……怪我はないか?」
「え? ないない」
 手を振って言うと、彼はさらに目を細める。
「……ならいいが」
(……どうやって着地したんだろ……)
 凝視する希から視線を外すと、少年は歩き出す。驚いた希は慌てて追いかけた。
「ね、ねえ!」
「……? なんでついてくる?」
「敵って? あたし、力になれるかも!」
 発火能力があるのだ。ここで役立てられるなら、使うべきだろう。
「結構だ」
「待ってってば!」
「……ついてくるな」
 痺れを切らしたように低い声で言われるが、希は諦めない。
「待ってって、言ってるでしょ!」
「ついてくるなと、何度言わせる!」
 とうとう立ち止まって、彼は希に向き合った。
「あんたには関係のないことだろう?」
「それはあんたの決めることじゃないわ」
 希ははっきり言うと、笑みを浮かべる。
「あたし、赤羽根希。あんたは?」
「……遠逆和彦」
 それを聞いて希は「へえ」と感じた。
(遠逆和彦かぁ……。名前、似合ってるなぁ……)
「和彦くん、事情を説明して」
「……か、かずひこくん……?」
 怪訝そうに呟く和彦が、はあ、と大仰に溜息をつく。
「……どうせ言うまで諦めないんだろ、赤羽根さんは……」
「そんなことないけど」
「……そんなことあるだろ」
 ぼそっと呟いた和彦は、仕方なさそうに口を開いた。
「そこの公園の噴水に、憑物がいるんだ」
「つきもの?」
「妖怪や悪霊、人間に害を与えるものを憑物と俺は呼ぶ。
 そこの公園で戦闘になったんだが……手違いで吹き飛ばされたんだ」
「ふーん。で、そういうの退治してるってことは、和彦くんはその専門の人なんだ」
「……確かに専門家では、ある」
 言い難そうな和彦の様子に、希は首を傾げた。
「なになに? 専門家じゃないの?」
「専門家だが、遠逆家は表には出てこないから……」
「そうなの?」
「……そう、だな」
「よーし! じゃあその憑物、とりあえず退治しよう! あたしも協力する!」
 拳を握りしめて言う希に、和彦は唖然とした。
「協力するって……」
「それを退治するのが和彦くんのお仕事なんでしょ? それに……」
 なんだか、放っておけない。
 そう心の中で洩らす。
(和彦くんにせっかく出会ったんだし、これも縁よね)
 困惑している和彦は、視線を伏せていた。それをチラリと希は見る。
(……うーん。やっぱり)
 そこらにいる男子よりかっこいい。



「ここ?」
「ああ」
 結局和彦は希と共に来ていた。
 公園には人がいない。和彦が結界を張ったらしいのだ。
「うっわ。確かにあの噴水、汚い〜」
「……根城になっているみたいだからな」
「よーし! じゃ、憑物退治、開始ね!」
「……なんでそんなに元気なんだ……?」
 不思議そうにぼやく和彦を置いて、希は木の陰から飛び出した。和彦がぎょっとする。
 片手から炎を出現させた。
(噴水から引きずり出してやるわ……!)
「赤羽根さん!」
 和彦の慌てた声が耳に入る。すると噴水からざばりと水が起き上がり、希に向けて迫ってきたのだ。
「えっ!? あ、う」
 突然のことで硬直する希の炎が、水にあっという間に消されてしまう。
「危ない!」
 希の体を抱え、和彦が横跳びして水をかわした。
「あ、ありがと、和彦くん」
「無謀な行動はやめてくれ」
 顔をしかめた和彦は、向きを変えてこちらに迫る水に舌打ちする。
「赤羽根さんは、ここにいろ」
「え? 和彦くんは?」
 和彦は希を一瞥すると、不敵な笑みを浮かべる。
「憑物退治の専門家だと、言っただろ」
 そう言うなり彼の足もとの影が浮き上がって形を作った。槌だ。
「さっきは油断してあの水の竜巻に吹き飛ばされたからな……。ようは」
 和彦の手の槌がみるみる大きくなる。驚きに目を丸くする希。
「根城を叩き潰せばいいんだ」
 迫ってくる水を無視し、離れた場所の噴水目掛けて槌を投げる。まるで砲丸投げのようだ。
 巨大な槌が噴水に激突し、派手に壊れる。
「やること派手〜」
「そうかな」
 驚く希の言葉に、無感動に言う和彦だった。
 噴水が壊された途端、迫っていた水の竜巻がぴたりと停止し、ばしゃっと地面に落ちる。「つめたっ」と希が小さく悲鳴をあげた。
 水に濡れても平然としたまま和彦は壊れた噴水を眺める。
「……そうか」
 何かに気づいたように呟いた和彦は、一気に噴水まで駆けた。その手に武器が握られている。
 漆黒の、槍。
「逃がすか!」
 鋭いセリフと共に、彼の槍が何かを貫く。
 噴水から飛び出した瞬間を、彼が仕留めたのだろう。
 希は確かに見た。
 彼の槍の刃が突き刺さっているのは、ボールだ。苔で汚くなった、子供の遊ぶボール。
 和彦はさっと巻物をどこからか取り出し、広げた。それだけで、ボールは消え失せてしまったのだ……。

「さっきの、ボールが原因なの?」
「……長い年月が経った物や、使用者の強い気持ちが影響して妖怪になる物もある」
「あっれ〜? さっき、ほら、和彦くんが持ってた武器や巻物は?」
 和彦をじろじろと見る希にも、彼は表情を崩さない。
「そんなのどうだっていいだろ」
「よくないわよっ」
 強く言われて和彦がたじろぐ。
「まだ会って少しだけど、和彦くんについてわかったことあるわ」
「……は?」
「表情が硬い! 笑ったら絶対いいのに」
「……余計なお世話だ。面白くもないのに笑えるか」
「それにその口調! もっと柔らかくならないの? 女の子に嫌われると思うわ、あたし」
「それこそ放っておいてくれ。だいたい初対面の相手に気軽に話すほうが変じゃないか」
 面倒そうに言う和彦は、壊した噴水の破片を集めていた。希もそれを手伝っている。
 一箇所に集めて噴水を復元させるらしい。まあ希にはよくわからない。和彦がそう言うのだから、できるのだろう。
「黙って手を動かせ」
「喋ってても手は動かせるわよ」
「……」
 む、とする和彦が、大きく溜息をついた。
「あんた本当にお節介でお喋りだな」
「少なくとも、和彦くんよりしっかりしてる自信はあるけどね。年上だし」
「…………分別があるとは思えないんだが……」
「なんか言ったー?」
 振り向く希に、和彦は背を向けて破片を拾う。
「ねえねえ、和彦くんはさ、小さい頃からこんなことしてるの?」
「……してる」
 どうやら質問に答えてくれる気になったようだ。希はそれに気づいて嬉しそうにする。
「どうして?」
「どうして……? そうだな……呪われてるから、かな」
 呟きに、希の手が止まる。そして彼女は彼を振り向いた。
「なに!? 呪われてるっ?」
 あまりにも大きな声を出したからか、彼が手を止めてこちらを肩越しに見遣る。黒い右眼で希をぼんやりと見ていた。
「ああ……呪われてる」
「どうして!?」
「どうして、と言われても……生まれてからもう呪われてたからな」
「なにそれ!」
 憤慨する希に、和彦は怪訝そうにした。
「なんであんたが怒るんだ?」
「だって! どうして和彦くんが呪われなきゃならないの? おかしいじゃない!」
「おかしいと言われてもな……」
 そう。和彦本人に責任はないのだろう。
「どうやってその呪いを解くの?」
「四十四体の憑物を、さっきの巻物に封じれば解けるらしい……」
「らしい?」
「……そう言われただけだからな」
「……それは、もうすぐ終わりそうなの?」
 希の心配そうな様子に、和彦は少し考えるように視線をさ迷わせた。
「いや。もう少しかかるな」
「じゃあ、あたし手伝うっ!」
 意気込んで言う希の言葉に、彼は動きを止める。そして迷惑そうに希を見遣った。
 嫌だと言われても、手伝う。
 希はそう決めたのだ。
「頑張って呪いを解こう! ね?」
「…………だから、なんでそんなに元気なんだ? 赤羽根さんは」
 はあ、と溜息混じりに呟いた和彦だったが。
「よーしっ。やる気出てきた! やるぞー!」
 と言って破片を集め始めた希を見遣って苦笑したのだ。
(ダメだと言っても、きっと赤羽根さんは手伝うんだろうな……)
「手伝うのはいいが……俺がどこで憑物封じをするかわからないだろ?」
「だーいじょうぶだって」
 自信満々に言う希。
「和彦くんに出会ったのだって、きっと偶然じゃない。縁の成せることだと思うもの」
「縁? 縁……か」
 呟く和彦が、諦めたように息を吐き出す。
「わかったわかった。じゃあ手伝ってもらう」
「えっ? ほんと?」
「嘘は言わないが……条件がある」
 条件?
 希は首を傾げた。
「危ないと思ったら逃げること。無謀な行動をしないこと」
 小さく笑いを含んで言う和彦の言葉に、希は振り向く。彼は希を見もせずに破片を拾っていた。
 だからわからない。彼が、今どんな表情をしているかなど。
(……わらってる……?)
「無茶なことはしないこと。危険なことに進んで首を突っ込まないこと」
「ちょっとー! それじゃまるであたしが無茶なことに喜んで身を投じてるみたいじゃないのよー!」
「……そうじゃないのか?」
 あ。
 希の胸がどきりと鳴る。
(いま……)
 確かに彼は、わらった。
 わかってしまった。
「ち、違うって! 力になってあげる必要がある時に……!」
「ふぅん」
「わ、笑ったわね!」
「……ほんと、元気だけはあるんだな」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【2734/赤羽根・希(あかばね・のぞみ)/女/21/大学生・仕置き人】

NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 初めまして、赤羽根様。ライターのともやいずみです。
 赤羽根様の明るさのおかげか、和彦が多少柔らかい感じになっております。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
 和彦の憑物封じにお付き合いくださり、ありがとうございます!

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!