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■White Maze■

佐伯七十郎
【4896】【四谷・想司】【作家】
 道を歩いていたら、空からひらりと一枚の紙が降って来た。紙はまるで、自分に取ってくれと願っているかのように目の前をゆっくりと舞い、足元に落ちる。
 妙な存在感を放つその紙に目を惹かれ、無視することも出来ずに手に取った。裏面を見せていた紙を裏返すと、そこには可愛らしい桃色で、こう書かれていた。


  白イ迷路ハジメマシタ。
  迷路ハ迷ウ道。
  迷イ迷ッテ、三ツノ困難ヲ越エタ先ニ、
  貴方ノ望ムモノガ在リマス。
  是非トモヨウコソイラッシャイマセ。
                      』

 文字の横には身体の透けたピエロのイラストが描かれている。何だか面白そうだ。そう思ったとき、ピエロのイラストが動いて、自分に頭を下げた。

 瞬間、周りの全ての物の時間が止まり、世界が白く塗り替えられて行く。突然のことに驚いて辺りを見渡すと、目の前にイラストと同じピエロが舞い降りてきた。身体のない、服だけのピエロは、自分を見てゆっくりと頭を下げる。

「いらっしゃいませ。白い迷路へようこそ。ここでは貴方が持っている全ての能力を封印させて頂いております。ここで使える力は、この五枚のカードに封印されたものだけ。貴方にはこのカードを使って三つの困難を乗り越え、この迷路を脱出して頂きます。白い迷路はそういうゲームです。簡単でしょう?」

 ピエロはそう言って、自分に五枚のカードを見せた。赤、青、黄、緑、紫の五色のカード。

「カードに封印されている力がどんな力なのかは使うときにしか判りません。そしてカードの使用は一度きり。ただし、使えるカードはこの五枚のうち三枚だけで、カードの中にはハズレもあります。良いも悪いも貴方の運次第。お好きな三枚をお選びになって下さい。」

 言われて、自分はカードを三枚選ぶ。すると、ピエロはくるりと宙返りをして、手のひらで『START』と黒文字で書かれた場所を指し示した。

「カードが決まりましたら、スタートへどうぞ。『白い迷路』が始まります。」
White Maze

 ひゅるりと冷たい風が吹いて、川西・雪夢(かわにし・ゆきむ)は思わず肩を竦めた。世間では桜も満開になった頃だが、日差しは暖かくとも吹く風はまだ肌寒い。極度の寒がりである雪夢にとっては、まだコートとマフラーの手放せない時期であった。寒そうにマフラーに首を埋めた雪夢に気付いて、前を歩いていた四谷・想司(よつや・そうし)が振り返る。
「大丈夫?」
 そう言って四谷が、風に乱れた雪夢のマフラーを巻き直してやると、雪夢は少し顔を赤らめてコクリと頷いた。完全防備の雪夢に比べて、隣を歩く四谷の服装は極めて簡素だった。よれよれのワイシャツに安物のジャケット。一見して、妙な組み合わせの二人である。
「ごめんね、付き合わせちゃって。……全く、あの人も酒くらい自分で買ってくればいいものを……」
 ぶつぶつと呟きながら、四谷は目の前の酒屋に入っていく。
 と、そのとき、自動ドアを潜った四谷の眼鏡に、何やら白いものが張り付いた。突然見えなくなった視界に、四谷はうひゃあっと叫んで飛び上がる。
「な、何だ?」
 慌てて眼鏡に手をやり、張り付いたものを取って見ると、それは一枚の白い紙だった。カラフルなピエロのイラストと、可愛らしい桃色で何やら文字が書かれている。


  白イ迷路ハジメマシタ。
  迷路ハ迷ウ道。
  迷イ迷ッテ、三ツノ困難ヲ越エタ先ニ、
  貴方ノ望ムモノガ在リマス。
  是非トモヨウコソイラッシャイマセ。


「白い迷路?」
 紙を見下ろして呟く四谷に、雪夢も首を傾げる。瞬間、二人の足元から白い光が溢れ出し、一瞬にして世界を真っ白に染め上げてしまった。天地の境目も判らない白の世界に、四谷は目を見開いて後退る。
「んなっ! なななな!?」
「……白……」
 不可思議な現象にオドオドとする四谷の横で、雪夢が少し複雑そうな顔で辺りを見回す。すると、突然何もない頭上から身体の透けたピエロが現れ、二人に向かって頭を下げた。
「ようこそ、白い迷路へ」
「うわぁ! 何か出たぁ!!」
「……白い迷路……?」
 楽しそうにふわふわと浮くピエロを、四谷は怯えた表情で見上げる。それを庇うように雪夢は四谷の前に立ち、ピエロを無表情で見つめた。
「はい。ここでは貴方が持っている全ての能力を封印させて頂いております。ここで使える力は、この五枚のカードに封印されたものだけ。貴方にはこのカードを使って三つの困難を乗り越え、この迷路を脱出して頂きます。白い迷路はそういうゲームです。簡単でしょう?」
「は、ははは……夢でも見てるのかな……」
 説明するピエロに、四谷が自分の頬を抓って涙目になっている。
「カードに封印されている力がどんな力なのかは使うときにしか判りません。そしてカードの使用は一度きり。ただし、使えるカードはこの五枚のうち三枚だけで、カードの中にはハズレもあります。良いも悪いも貴方の運次第。お好きな三枚をお選びになって下さい」
「……四谷さん?」
「ううう……こ、ここは年長者の俺がしっかりしないと!」
 不安そうな雪夢に、四谷は自分に喝を入れてカードに近づく。そして数分迷った末に、三枚のカードを選び出し、ピエロから受け取った。
「カードが決まりましたら、スタートへどうぞ。『白い迷路』が始まります」
 そう言ってピエロが後ろを指し示すと、そこに黒色で『START』と書かれた場所があった。二人がそれを踏むと、周りに真っ白の壁が現れ、四谷の肩が派手に跳ねる。
「し、心臓に悪い……」
「……大丈夫……?」
「だ、大丈夫! 大丈夫だよ!」
 心配そうに覗き込んでくる雪夢に、四谷は無理矢理ビクつく身体を押さえて歩き出した。それにクスリと笑いながら、雪夢も四谷を追いかけて行く。
 迷路は迷路らしく幾つも分岐点があり、四谷はその度に悩んで、何度も突き当たりにぶつかったりしていた。わたわたと慌てる四谷の後ろから、雪夢は楽しそうについて行く。
 と、暫くして奥の長い道に辿り着いた二人は、そこに黒いカードが浮かんでいるのを見た。白の中にぽつりとある黒は酷く目立ち、妙に不安感を煽る。
「も、もしかして、あれが困難ってやつかな?」
 ぽつりと四谷が呟いたとき、黒いカードが狂ったようにぐるぐると回り始め、鈍い爆発音と共に真っ黒の煙が噴出した。
「うひゃあ!」
 思わず叫ぶ四谷だが、はっと気付いて慌てて雪夢を背中に庇う。
「な、ななな何が出てこようがー! ゆゆ雪夢ちゃんは俺がー!」
「……カード……」
「ふわっ! そうだった! か、カード、カード!」
 雪夢に言われて、四谷は急いでポケットからカードを取り出した。少しずつ薄れていく煙に向かって一枚のカードを投げつける。カードは青く輝き、白い狩衣を着た男の子の姿に変わった。男の子は可愛らしい狐の尻尾を揺らし、飛び上がる。
「邪魔はさせないよっ!」
 言いながら、男の子は眼下に向けて炎を放つ。それに立ち向かうのは、巨大な先割れスプーンを構えた、オレンジ色の物体。まるで蜜柑を縦に伸ばしたかのようなアンバランスな物体は、放たれた炎をスプーンで打ち返す。
「甘いっ!」
 だが、打ち返した炎は男の子にするりとかわされ、オレンジ色の物体はいつの間にか炎に囲まれてしまっていた。
「今のうちに行くといいよ、お兄ちゃんたち」
「え!? あ、有難う御座います……」
 炎に囲まれ、香ばしい香りに包まれつつある物体を横目に見ながら、四谷は雪夢の腕を取り、駆け抜ける。
「…………」
 その捕まれた腕を見下ろし、雪夢がほんのりと頬を赤く染めたとき、再び黒いカードが現れた。
「連続ですか!?」
 立て続けの困難に、もうどうにでもなれといった気分で、四谷がカードを投げつける。赤いカードはぐるぐると回る黒いカードにぶつかり、ボンッという爆発音の後に、連続的な銃声が響いた。
「なななな!?」
 煙から雪夢を庇いながら四谷が目を凝らすと、晴れていく煙の中から倒れている男性と、その横に立っている女性の姿が見えてくる。男性は綺麗な金糸の髪をボサボサにし、気絶しているようだった。
「任務完了です……どうぞ、先へお進み下さい」
「は、はいっ!」
 機械的な翼を背中に生やした女性は、四谷に無機質な言葉を向ける。それに慌ててお辞儀をして、四谷は半分混乱した頭で横を駆け抜けていった。
「ははは早くこんなところ抜け出そう雪夢ちゃん!」
 完全に涙目になりながら、四谷は雪夢の手を引いて道を進む。が、二度あることは三度あるという言葉もあるように、やはり目の前には黒いカード。
「またですかー!?」
 叫びながら、四谷は最後に残ったカードを投げつける。黒い煙の中に黄色の光が混ざった。
「これでもくらえーい!」
「うわ!? げほっ! これは……」 
 バッと煙から飛び出してきた青い髪の少女が、持っていた巨大な瓢箪から何やら白い粉を四谷と雪夢の周りにぶちまけた。途端、四谷の目の前が暗く霞む。
「そうは行くか!」
 慌てて口を塞いだ四谷の前に、一人の少年が降り立った。和服姿のその少年は両手を広げると、掌に生み出した炎を撒き散らかった白い粉に投げつける。炎は白い粉を次々と飲み込み、蒸発させて行った。
「ああー! 何てことするんだよう!」
「ごめんね!」
「うわぷっ!」
 燃えてなくなっていく白い粉にショックを受ける少女に向かって、少年が残っていた白い粉を風を操ってぶつける。それを直に食らった少女は頭をくらくらと揺らし、ばたりと倒れた。
「なん……」
「さ、ゴールだよ」
 少年に言われて、四谷が道の奥を見ると、そこに黒い文字で『GOAL』と書かれているのが見える。四谷は雪夢を庇いながら、そろそろと『GOAL』に近づき、そこを踏み越えた。
 瞬間、周りからざっと壁が消え、初めに来たときのように天地の境目も判らない、真っ白の世界に変わる。
「クリアおめでとう御座います!」
「うひゃはぁ!」
 ぼんやりと辺りを見回す四谷の後ろに突然、パンパカパーンッとやけに陽気なファンファーレを鳴らしながら、ピエロが現れた。
「三つの困難を乗り越え、見事ゴールまで辿り着きましたあなた様には、あなた様の望む賞品を与えます!」
 そう言ってピエロは、まだ目をぱちくりさせている四谷に向かって、掌を向ける。途端、白い世界がざわりと歪んで、気付いたときには見慣れた公園に立っていた。
「ここは……?」
 それは二人が初めて会った公園で、何度も行ったことのある、今日だって通ったばかりの公園だったが、どこかが違った。何だか、世界から断絶されたような、この世界に二人きりだけのような。
「……四谷さん」
「え?」
 袖を引かれて四谷が振り向くと、雪夢はベンチを指差した。四谷は軽く頷いて、雪夢と共にベンチに並んで座る。さわさわと鳴る風に混じって、どこからか桜の花びらが舞い落ちていた。
「静かだね……」
 呟いて、四谷は目を瞑る。ぽかぽかと暖かい日差しの中で、キツイ仕事もなく、うるさい居候の声もなく、雪夢と二人きり。
 そっと、雪夢が四谷の手に自分の手を重ねてきた。四谷はそれに少しだけ驚きつつも、雪夢の小さな手を握る。そうして握り合った手のぬくもりを感じつつ、二人は顔を見合わせて微笑んだ。

 突然、ふっと空気が変わる。ふたりがはっと気付いたとき、見詰め合う二人の後ろを沢山の人が通り過ぎて行った。目の前には酒屋。
「ゆ、夢見てたみたいだね、あはははは」
 顔を赤くしながら誤魔化す四谷に、雪夢もはにかんで俯く。
「じゃ、じゃあさっさと買い物して戻ろうか」
 言いながら酒屋に入っていく二人の間では、しっかりとお互いの手が握られていた。










★★★

ご来店有難う御座います。作者の緑奈緑で御座います。
クリアおめでとう御座います! でも納品遅れて申し訳ありませんでした(滝汗)代わりと言っては何ですが、時間かけた分気合は入ってますので、楽しんで頂けたなら幸いです。

今回出演して頂いたNPCさま。お貸し頂いて有難う御座いました。
青色のカード→狐族の銀さま
赤色のカード→玉響さま
黄色のカード→桐鳳さま
困難1→いよかんさんさま
困難2→皇帝さま
困難3→三日月・社さま

★★★