■Calling 〜水華〜■
ともやいずみ |
【0413】【神崎・美桜】【高校生】 |
鈴の音が耳元でした。
祭事に使う、そのおごそかな、神聖な音。
振り向いて、そこに立っている人物を見遣る。
その人物は、手に黒いモノを持っていた。あれは……武器? それとも……。
よく見ればその人物の足元には水が溜まっている。
「?」
怪訝そうにしたが、まだ耳元で音がした。
刹那。
そこには誰も居ない。
水の跡。
それは、もしや。
「ゆ、ゆうれい……?」
恐る恐る呟き、逃げ出す。
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Calling 〜水華〜
神埼美桜は、噂を耳にしたのだ。
鈴の音と共に現れる者のことを。
「…………」
従兄弟にその不思議な噂を相談しようと向かっていた美桜は、足を止める。
(……え?)
音がした。鈴の――。
振り向いた彼女は小さく目を見開く。
ずぶ濡れの少年が居た。美桜と年が変わらないくらいの、少年。
少年の口から一筋血が流れる。それに気づいて美桜はハッとした。
「あ、あの、ケガをなさって……!」
駆け寄る美桜に気づいた彼は怪訝そうにするものの、掌を向けて美桜の動きを止めた。
「来なくていい」
「で、でもっ。ケガをされているのでは?」
「こんなもの、すぐ治る」
ぐっと口元を拭った彼は、胸元に手を置く。その動作を視線で追った美桜が気づく。
(肋骨が……)
折れていたのだ。口から血を流すということは、肺でも傷ついたのかもしれない。
瞼を閉じる少年の胸元から音がする。それは骨が元に戻る音だ。
それを聞いた美桜は少年を信じられないような瞳で見遣る。
(自己回復能力者……? で、でも……)
痛くないわけではないだろうに。
「あの、私、治癒能力がありますから少しは楽にできます……っ」
精一杯の勇気を振り絞った美桜を、少年は見る。瞳が色違いだ。
「ケガが治るとはいえ、痛いものは痛いですから……」
「…………」
じっと見ていた彼が、苦笑した。
「お節介な人だな、あんた」
「え……?」
「こんなこと、いつもだ。気にするな」
そう言った彼が姿勢を正す。胸に置いていた手を降ろした。どうやら、完全にケガが治ったようだ。
「悪かったな。他人に治してもらうより、自分の能力のほうが早いんだ」
少年の言い分はもっともである。恐ろしい速さで彼の身体は元に戻った。
「名前は?」
「は……?」
突然尋ねられ、美桜は反応が遅れてしまう。少年は無表情になってしまっていた。
「……おっと。ひとに名を尋ねる時は自分が先にするものだったな。礼を欠いてすまない」
「え……」
「俺は遠逆和彦。あんたは?」
「わ、私は……神崎、美桜です」
「カンザキ、ミオさん……ね」
ふぅんと小さく洩らす少年に、美桜は尋ねる。
「遠逆さんが……もしかして、噂の方なんですか?」
「ウワサ?」
なんのことだと不審そうにする彼に、美桜はためらいつつ説明した。鈴の音と共に現れる人物のことを。
それを聞いた和彦は片眉を吊り上げる。
「……鈴? そうか……同調者にはそういう音に聞こえるのかもな」
「同調者?」
「……こちらのことだ」
冷ややかに言う少年の雰囲気に、美桜は息を詰まりそうになった。
この人は血のニオイがする。
(暗い……闇のにおいが……)
する。
それは、美桜の記憶の中にある、こびりついた恐怖を刺激するのだ。
牢の湿った空気を微かに思い出して美桜は俯いた。
「神崎さん? 大丈夫か? 顔色が悪い」
和彦の声に、俯いたまま苦笑いを浮かべた。
「だ、大丈夫……です」
「…………」
美桜の様子を眺めていた和彦が視線を彷徨させ、それから口を開く。
「神崎さん」
「は、はい」
顔を少しあげる美桜の近くに、和彦の顔がある。驚いて身を引く美桜に、彼は己の眼鏡をすいっとかけた。
瞬きをする美桜は、その眼鏡に度が入っていないことに気づいて和彦を見遣る。
彼は言う。
「度は入っていない」
「はい……入っていませんね」
どうしてそんなものをつけているんだろうか、彼は。
「深呼吸だ」
「深呼吸?」
「早く」
指示されたように、ゆっくりと深呼吸を一つ。
「たった一枚だが、レンズが入ると世界が変わるだろ?」
「え……。はい。なんだか、世界と離されているような感じがします」
たった一枚なのに。
「まあ気休めなんだがな」
小さく言う和彦の気遣いに、美桜は彼を見つめる。
(心配……してくれてるんでしょうか)
もしかして、この人は見かけほど冷たい人ではないのかもしれない。
「あの……噂の人は、やはり遠逆さんなんですか?」
「認めたくはないが、たぶんそうだろうな」
「……もう一つ訊いてもいいですか?」
「なんだ」
「……ケガの原因はなんですか……?」
肋骨が折れるほどのケガなど、そうそうしないものだ。
和彦はきょとんとする。
「なんだ、そんなことが聞きたいのか?」
「そんなこと、ですか? 肋骨が折れるほどですけど」
「俺は、憑物を封じるためにこの地へやってきた」
「つきもの?」
「人に害を与える……妖怪や化け物のことだな」
「そんなものを封じるために……?」
「俺は呪われているから」
彼の言葉に美桜は目を見開く。
彼は続けた。
「この地で四十四体の憑物を封じることで、その呪いを解くことができる」
「そうなんですか……?」
それは大変だろう。
美桜は俯き、それから思案する。
自分でも少しは彼の力になれるかもしれない。けれども。
あの、牢の、におい、が。
ぎしり、と体の中で音がしたような。そんな、感じが。
「さあ……本当に解けるかどうかはよくわからないな」
「え? わからないんですか……?」
あまりにあっさりと彼が言うので、美桜は仰天する。
呪いなんて大変なことを、まるでなんとも思っていないような口調だった。
「まだ解けていないし、憑物も集まっていないからな」
結果が全てだというような口ぶりである。
「……結果、どうなるかはまだわからないな。呪いが解ければいいとは、思うが」
「あの、私……」
手伝います。その封印作業を。
そう言いかけた美桜が、動きを止めた。
背筋がざわりとする。
「神崎さん?」
血の気が引く美桜に気づいた和彦が、は、として顔を引き締めた。
その足もとの影が浮き上がり、彼の手に集まって凝固する。
「遠逆さん、後ろです!」
美桜の言葉を疑いもせず、彼は振り向きざまに漆黒の刀を振るう。
刀が相手をすり抜けた。そして、敵の姿が消え失せる。
「な……!?」
目を見開く和彦。美桜は思念を探す。
今のは和彦の攻撃が当たる直前で、殻だけ残したようなものだ。とかげで言うなら、しっぽ。
胸元で両手をきつく握り締め、美桜は周囲へと自分の能力を広げていく。
どこに? どこにいるの?
(少しでもこの人の役に立ちたい……)
「遠逆さん、上です……!」
美桜の言葉に彼は上空を見上げる。
電線の上に立つパーカー姿の子供がいる。いいや、子供ではない。
覗く顔は緑色だ。目は爬虫類のそれで。
美桜は目を見開く。相手の考えが流れ込んできた。
逃げる。逃げるつもりだ。
(どうすれば……私の力で……)
操れば。
そう思って重い気持ちになる。和彦を助けたい気持ちと反するそれに、美桜は戸惑う。
だがその刹那、和彦の手の武器が大きく変形した。
「助かった、神崎さん」
そう言うや彼の武器が棍へと成る。棍はぐんぐん伸びた。なんという長さなのか……!
和彦は棍を振り上げて電線の上の者を叩き落した。彼はさらに棍を別のものに変形させる。
鋭い瞳で。
「貫け」
柄の長い槍が落下中の敵を見事に貫いた。
槍の刃に突き刺さって停止した敵を、彼は冷ややかに見つめる。両手を武器から離すと、武器がどろっと溶けて地面に染み込んだ。
どさりと和彦と美桜の間に落下してきたそれを、美桜は恐々と見つめる。
(これは……とかげに似てますけど……)
和彦は無言で巻物を広げた。すると敵の姿が忽然と消えてしまう。
「今のは……」
「今のが封印」
和彦が巻物を軽く上へ投げた。すると巻物がふっと姿を消す。
役に立てなかったと、落ち込む美桜がしゅんとうな垂れた。
「すみません、あまりお役に立てなくて」
「は?」
美桜の言葉に彼は不思議そうにする。
「助かったと、言ったじゃないか」
和彦の声に美桜は彼を見つめた。そういえば、相手に攻撃する直前にそう言っていたような。
それに。
(この人……私の言葉を疑わなかった……!)
躊躇すらしなかったのだ。
「わ、私……!」
「?」
「遠逆さんの封印、お手伝いさせてもらえないでしょうか……? たいしたことはできないとは思うんですけど」
「…………」
唖然。
と、する彼が美桜を見つめた。
「ダメだ、と言ったら?」
「……そ、それは……」
「冗談だ」
軽く笑って和彦は美桜から眼鏡をすいっと取る。今まで美桜は彼の眼鏡をかけたままだったのである。
眼鏡をかけた和彦は言った。
「まあ……危ないと思ったら、すぐに逃げてくれるなら」
「……は、はい」
きっとそうしないだろうなと美桜は思う。和彦だけ危険にさらすなんてこと、自分は絶対しない。
だがここで頷かなければきっと彼は美桜の申し出を拒否するだろう。
「あんた……変わってるな。俺みたいな見ず知らずの男の手助けをするなんて」
「えっと……」
「まあいいさ」
困る美桜の言葉を遮るように和彦は言い放ち、背を向けた。
それに対して美桜は呼び止めようと口を開くものの、すぐに閉じてしまう。呼び止めてどうするのか……。
(どこかで少し休みませんか……と言って、遠逆さんに迷惑にならないか気になります……)
どうしよう。
いや、でも。
拳に力を入れて美桜は口を開く。
「あの、よければどこかで少し休みませんか?」
ぴたり、と彼の足が止まり、こちらを振り向いた。驚きに目が見開いている。
*
「ほら」
「ありがとうございます」
和彦が近くの自動販売機から買ってきたジュースを受け取る。
和彦は美桜の横に座った。二人で土手に座って河原を眺める。
上着を脱いで横に置く和彦。濡れたままだったため、乾かすために脱いだのだろう。
(……どうしましょう。何か、何か話題を……)
「遠逆さんのお名前、お似合いです。和彦さんって」
美桜の振った話題に彼は飲んでいた缶コーヒーの手を止めてこちらを見遣る。そして呆れたような表情になった。
「……名前を褒められたのは初めてだ」
「そうですか?」
話題に失敗したかと冷や冷やするものの、和彦は邪険にするでもなく頷く。
「神崎さんは、下はミオだったな」
「はい。美しい桜、でミオなんです」
「……桜」
漢字を思い浮かべているらしい和彦が感心したように「へえ」と呟いた。
「似合ってるのは、神崎さんのほうみたいだな」
「え……?」
「名前」
二人の間を心地よい風が吹く。
美桜は河原に視線を戻し、もらったジュースに口をつけた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【0413/神崎・美桜(かんざき・みお)/女/17/高校生】
NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/高校生+退魔士】
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■ ライター通信 ■
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初めまして、神崎様。ライターのともやいずみです。
初の和彦との同い年の女性PCさんということで、かなり緊張して書きました。和彦もそこまで警戒していない様子となっています。
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
和彦の憑物封じにお付き合いくださり、ありがとうございます!
今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
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