■とりかえばや物語?■
ひろち |
【3626】【冷泉院・蓮生】【少年】 |
その日、めるへん堂には少々珍しい客が来ていた。
「あれ?蓮さん、どうしたんですか?」
買い物から戻ってきた夢々はアンティークショップの店主・碧摩・蓮に声をかける。栞と話していた蓮は、夢々の方を向くと少しだけ笑って見せた。
「いわく付きの本を届けに来たのさ。この子がどうしても譲って欲しいと言うからね」
「はあ」
「それじゃあ、用もすんだしあたしは帰るよ」
蓮の背中を見送ってから、夢々は栞の方を見た。やたらと嬉しそうに机の上に置かれた本を眺めている。古ぼけた本の表紙には、これまた古ぼけた字でこう書いてあった。
「とりかえばやものがたり・・・・・・?」
「平安時代の作品ですね。作者は不明ですが」
本を棚に押しこめながら氷月が解説してくれる。
「で、栞さん。この本がどうかしたわけ?」
「だから、いわく付きなんですよ」
「どんな」
夢々の問いに「ふふふ」と笑う栞。訊かなければ良かったと後悔したが、もう遅い。
「何でも、この本を一緒に開いた二人は体が入れ替わってしまうとか」
「は?何それ。信じられないんだけど・・・・・・」
「ですから、それを実験してみようと思ってるんですけどね」
「実験って・・・・・・誰で?」
まさか俺じゃないだろうな。
身構えた夢々だが、栞の答えは彼の想像の範疇を遙かに越えていた。
「次に来たお客様限定二名」
「こらあああっ!!」
夢々が全力で説得に入る前にドアが開く音がした。
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とりかえばや物語?
■冷泉院・蓮生〜あたたかな場所〜■
その店に入ったのは本当に偶然だった。
天界への土産物を探していたのだが、早朝で開いている店がそこしかなかったのだ。
それとなく入ってしまったのが運の尽きか。
まさかこんな面倒なことになってしまうとは・・・・・・
「こーんな愉快なことになるとはなあ。はははっ」
「笑っている場合か」
少しも動じることもなく、ヘラヘラしている自分に冷泉院・蓮生は頭が痛くなった。正確には自分の姿をした桐生・暁という男にだが。
「・・・自分の声がこんなに不快に聞こえるとはな・・・」
「何だよ。それって俺のせいかあ?」
「他に誰が居る」
嫌味を言ってやっても自分の・・・暁の表情は変わらない。
入れ替わったのが彼のような人間でなければ、もう少し冷静で居られたのかもしれないが・・・
「まったく・・・何故こんなことに・・・・・・」
そう、入れ替わったのだ。
この暁という男とお互いの体が。
偶然入った古書店。そこの店長は栞という名の若い女性だった。彼女は店の中にいた蓮生と暁を呼び寄せると、古ぼけた本を差し出して言った。
『この本をお二人で開いてみてくださいませんか?』
不審といえば不審だったが、断る理由も見つからず素直に従った。そして気づいた時にはこれだ。
どうやら栞の実験に巻き込まれてしまったらしい。
『まあ、いいじゃないですか。多分一日もすれば元に戻ると思うので、それまでお互いの振りをして過ごせばいいでしょう?』
そんな無責任な話があるだろうか。
呆然としていた蓮生だが、暁に引っ張られ店の外に出ると大分頭が冷えてきた。
「さて・・・と。さっそく作戦会議しないとな」
「・・・作戦会議?」
「そ。俺はあんた、あんたは俺に成りすますわけだから、お互いのことを良く知っとかないと駄目だろ?」
「まあ、確かにな・・・」
何から話すべきか考えていると、両頬をつままれた。
「・・・何の真似だ。返答によっては地に沈めるぞ」
「俺さ。笑顔がチャームポイントなわけよ」
「はあ?」
「だから、そんな頬をひきつらせちゃ駄目ってこと。眉間に皺寄せるのもなしだぞ。こう、にかーっと。できるだろ?」
そんなことを言われても。
暁がにこにこ笑ってくるので、無理矢理笑顔を作ってみる。
「こうか?」
「うーん・・・?まあ、合格・・・かな」
あまり使わない表情なので疲れるが・・・まあ何とかなるだろう。
その後、今日の予定・自分の性格等を事細かに伝え合い、蓮生と暁はそれぞれ行動を開始することにした。
どうも暁という男は女癖が悪そうなので、天女達が無事でいられるか激しく心配である。
「彼女達に変な気は起こすなよ」
「わーってるって!」
ひらひらと手を振る暁にかなりの不安を残しつつ、蓮生は彼が通っているという学校へと向かった。
学校というものにはまったく馴染みが無い。見知らぬ人間が大勢いる場所があまり得意でない蓮生は気を重くしながら門をくぐった。
「おっはよう!」
肩を突然叩かれてよろける。目を丸くして振り返ると暁の身長よりは僅かに上背のある少年が片手を挙げて笑っていた。恐らく暁の友人だろう。
「ああ。おは―――」
「あ・き!おっはよ」
今度は別の方向から女生徒が声をかけてくる。校舎に入るまでにかなりの数の生徒に声をかけられた。随分と知り合いの多い男だ。調子の良さそうな彼のことである。きっと愛想を振りまいているのだろう。
「・・・・・・あ」
一番に声をかけてきた友人―友人Aとでもつけておこうか―が靴箱に手を伸ばすのを見てはっとする。
そういえば、教室の場所は聞いたが、靴箱の位置は聞いていなかった。
「おい。何ぼーっとしてんだよ、暁」
「・・・・・・俺の靴はどこだ?」
「はあ?そこの一番端だろ。どーしたんだ、お前。新しいジョークか?」
「・・・そうか」
指示された靴箱を開け、上履きに履き替える。
顔を上げると友人Aが不思議そうにこちらを見ていた。
「暁。お前、ぜってえおかしいって!」
友人Aが声をあげると、周りに居る生徒達も同意するようにこくこくと頷いた。
「何か急に真面目になっちゃった感じ」
「いつもの元気がないよなあ」
「難しい顔してるし」
女生徒の一人―友人Bとしておこう―が顔を覗きこんできた。
「具合でも悪いの?」
「・・・いや、特には」
「やっぱり悪いんだ。保健室行こう!」
腕を引っ張られ、無理矢理立たされる。そのまま引き摺られるように保健室とやらに連れていかれた。友人Bの勢いに押され、ベッドに入る。
「いい?大人しく寝てなさいよ。元気になるまで出てきちゃ駄目だからね」
「いや、俺は・・・」
「強がらなくていいのっ。何か暁って絶対弱み見せないんだもん。たまには甘えてもいいんだよ?私達、友達なんだから」
「・・・友達・・・」
友人Bはにこっと笑うと保健室を出て行った。帰り際に一言。
「早く元気になってね」
何やら激しく勘違いをされてしまったらしい。そんなに暁になりきれていなかっただろうか。
「友達・・・か」
呟いてみて、何だか複雑な気分になった。
あんなに大勢の友人に囲まれた暁。彼はどんな想いで、日々を過ごしているのだろう。
自分の生活とはあまりにも違い過ぎて。
「・・・わからないな・・・」
蓮生はベッドから下りた。
教室に戻るとすぐに、先程の友人達が集まってきた。
「ちょっと暁。大丈夫なの?」
「ああ。もう大丈夫。心配をかけてすまなかっ・・・じゃなくて、ごめん」
なるべく暁の口調を真似しつつ、自分的に最高な笑顔を浮かべて見せた。
「まったく、お前なあ。冷や冷やさせやがって。このっ」
友人Aが首に腕を回してくる。軽く絞められたが、悪い気はしなかった。友人Aも周りの友人達も皆楽しそうに笑っていたからだ。次々と手が伸び、頭を撫でられたり頬をつねられたり。
ああ、何だろう。
自然と笑みが浮かんでくる。
これは楽しい?それとも嬉しい?
何となく温かいものを感じた。
暁がほんの少し、羨ましかった。
本当なら部活の助っ人を色々とやらなければならなかったらしいが、体調不良を理由に全て断ってしまった。
正確には「病み上がりはやめろ」と友人達に押し切られたのだ。気付いた時には友人Aが全て話をつけてしまっていた。
そんなわけで今、蓮生は養成所に向かう道を歩いている。暁に渡された地図に目を落とし、だがまたすぐに上げた。誰かに見られているような気がしたのだ。
「・・・誰だ・・・?」
目の前にいるのは暁が通う高校の制服を着た少女だった。明らかにこちらを睨んでいる。
「誰だ?ですって。あんな酷い振り方しておいて、よくそんな・・・そんな・・・っ!」
少女の顔は怒りで歪んでいた。
振った?誰が・・・ってそんなのは暁に決まっているが。
なかなか綺麗な顔をした少女だ。女好きそうな暁なら放っておかないと思うのだが・・・。
「振ったって・・・?」
「とぼけないで!眼中にないって言ったでしょ!しかもむかつくくらい爽快な笑顔で!!」
「・・・それは酷いな」
「はあ?」
少女に顔をしかめられ、しまったと口を閉じた。今は自分が暁なのだ。彼女に同意してどうする。
「まあ、いいわ。あたし、あんたを絶対に許さないからね!」
指をつきつけられた。蓮生は首を傾げるしかない。
「許さないとはどういう意味だ?」
「一生恨んでやるってことよ」
「恨むとは?」
「何度殴っても足りないってこと!」
「それは駄目だ。殴るのも殴られるのも気分の良いものではない」
首を横に振ると少女はきょとんとした。
「・・・あなた・・・本当に暁くん・・・?」
「俺は・・・」
応えようとして、はっとした。キキキキキと何かが激しく擦れる音がしたのだ。咄嗟に少女を突き飛ばしたのと、車がクラクションを鳴らしたのがほぼ同時だった。
轢かれるかと思ったが、それは無く、上手く受身まで取れた。暁の運動神経の良さは相当のもののようだ。
「・・・無事か?」
少女は頭を抑えながら起きあがると「何とか」と応える。
「そうか。良かった」
軽く微笑んだだけだったのだが、少女の顔がみるみるうちに赤くなった。
「・・・暁くんってずる過ぎる」
「え?」
「本当に別人みたいじゃない。こんな急に優しくなって・・・こんなんじゃ、あたし・・・」
突然強く肩を掴まれ、思わず一歩後ずさる。少女が怖いほど真剣な顔で、見つめてきた。
「な・・・何だ・・・?」
「眼中になくてもいいわっ!そのうち眼中に入ってみせるから、あたしと付き合って!」
「いや・・・ちょっと待・・・」
少女の手に力がこもる。そのまま押し倒されそうな勢いだ。
「ねえ、お願い!好きなの。駄目?」
「駄目という問題では・・・」
「じゃあいいの!?」
「だから、そうじゃなく・・・」
頭の中が混乱してきた。
この少女は先程まで明らかに悪意をこちらにぶつけてきていた。それが今は好きだと?
わけがわからない。
世の中にはやはり蓮生の知らないことがまだまだ沢山あるようだ。
――ああ、何だか気が遠く―――
「え?」
気付いた時には少女の姿はなくなっていた。代わりに夕暮れに染まる小さな街を見下ろしていた。
「ここは・・・」
「蓮生様、どうかしましたか?」
「え」
横を向くと天女の一人が不思議そうな視線を向けている。
「何故、お前がここにいる?」
「何を仰いますか。蓮生様が連れてきてくださったのでしょう?」
「彼女を連れ出して良いと誰が言った・・・?」
「や。だってさ。人間界にも綺麗なものがあるんだよーって教えてやりたくて」
天女を天界に帰してすぐめるへん堂に行くと、予想通り暁と合うことができた。
「俺の方こそ驚いたぜ?いきなり女の子に押し倒されてるし」
「あれは・・・」
事情を説明すると暁は「くくく」とおかしそうに笑った。
「酷い振られ方をされたと言っていた。暁は彼女のことなど覚えていないのだろう?」
「いーや。覚えてるよ。ばっちりね。忘れるわけがない」
「なら何故・・・」
「あんな綺麗な子、俺にはもったいないよ」
そういう暁の顔はどこか寂しげで何かを諦めているような雰囲気があった。
「他は他!何か面白いことはあったか?」
「それは・・・」
面白いこと。実際に面白かったのかは良くわからないが・・・それでもどこか温かくて、心地よいと思った場所。
「友達・・・とは・・・なかなか良いものだな・・・と思った」
「なるほど」
暁は視線を夜の空に向け、にやっと笑う。
「それはかなりの大収穫だな」
「暁」
「はい、何でしょ」
「友達・・・になってはくれないか?」
「あんたが望むなら、喜んで?」
「そうか。ありがとう」
「そう!それだよ、それ!」
「何だ?」
「あんた、絶対笑ってた方がいいって。天女も言ってたよ。何かもう天使の笑みっていうか?まあ、俺には負けるけどね〜」
「まったく説得力が無い」
「あははっ」
どこか温かくて、心地よいと思った場所
もう少しだけ、まどろんでいてもいいだろうか?
fin
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【3626/冷泉院・蓮生(れいぜいいん・れんしょう)/男性/13/少年】
【4782/桐生・暁(きりゅう・あき)/男性/17/高校生アルバイター、トランスのギター担当】
NPC
【本間・栞(ほんま・しおり)/女性/18/めるへん堂店長】
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■ ライター通信 ■
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初めまして、こんにちは。ライターのひろちという者です。
今回はありがとうございました!
「とりかえばや物語?」はまだ始めたばかりのシナリオで、実際に書いたのは今回が初めてです。記念すべき初入れ替わり!ということで、気合を入れて書かせて頂きました。
世間知らずの蓮生さん。今回はお相手が高校生の方だったので、学校生活・・・特に友達関係を中心に書きました。
いかがでしたでしょうか?
楽しんで頂けたのなら幸いです。
本当にありがとうございました!
またご縁がありましたら、その時はよろしくお願いしますね。
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