■とりかえばや物語?■
ひろち |
【4757】【谷戸・和真】【古書店『誘蛾灯』店主 兼 祓い屋】 |
その日、めるへん堂には少々珍しい客が来ていた。
「あれ?蓮さん、どうしたんですか?」
買い物から戻ってきた夢々はアンティークショップの店主・碧摩・蓮に声をかける。栞と話していた蓮は、夢々の方を向くと少しだけ笑って見せた。
「いわく付きの本を届けに来たのさ。この子がどうしても譲って欲しいと言うからね」
「はあ」
「それじゃあ、用もすんだしあたしは帰るよ」
蓮の背中を見送ってから、夢々は栞の方を見た。やたらと嬉しそうに机の上に置かれた本を眺めている。古ぼけた本の表紙には、これまた古ぼけた字でこう書いてあった。
「とりかえばやものがたり・・・・・・?」
「平安時代の作品ですね。作者は不明ですが」
本を棚に押しこめながら氷月が解説してくれる。
「で、栞さん。この本がどうかしたわけ?」
「だから、いわく付きなんですよ」
「どんな」
夢々の問いに「ふふふ」と笑う栞。訊かなければ良かったと後悔したが、もう遅い。
「何でも、この本を一緒に開いた二人は体が入れ替わってしまうとか」
「は?何それ。信じられないんだけど・・・・・・」
「ですから、それを実験してみようと思ってるんですけどね」
「実験って・・・・・・誰で?」
まさか俺じゃないだろうな。
身構えた夢々だが、栞の答えは彼の想像の範疇を遙かに越えていた。
「次に来たお客様限定二名」
「こらあああっ!!」
夢々が全力で説得に入る前にドアが開く音がした。
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とりかえばや物語?
■いつかまた〜谷戸・和真〜■
いつも通りに居候を学校へと送り出すと、店の前に「準備中」の看板を立て掛けた。今日は少々用事があるのだ。それを済ませてから店を開くことにしよう。
用事があるのは同業である古書店「めるへん堂」。珍しい本が大量に置いてあるので、たまに覗きに行っているのだ。
だが今回はどうにもタイミングが悪かったらしい。
まさか、こんな・・・
「こんなことになるなんて・・・・・・」
めるへん堂の前。清々しい朝の空気の中で、谷戸・和真は頭を抱え込んでいた。
「ああちょっとキミ、そちらに行くと危な―――」
ごんっ
という大きな音が響き渡った。額をめるへん堂の看板にぶつけたのだ。普段の自分ならぶつける心配などないのだが。
そうだった。今の自分は身長190センチだった。
「何でこんな無駄に馬鹿でかいんだ、この体・・・」
「新たな世界が見れて楽しいだろう?」
「楽しいも何も・・・」
そんなことを思える余裕が無い。
めるへん堂に入ってすぐに、店長である本間・栞に手招きされた。彼女はすでにそこに居た客―狩野・宴と和真に1冊の本を差し出したのだ。
『これをお二人で一緒に開いてみてくださいませんか?』
随分と古ぼけた表紙には「とりかえばや物語」というタイトル。胡散臭い。胡散臭過ぎる。
そうは思ったものの、女性の頼みはどうにも断りきれず従ってしまった。
そしたらこれだ。
つまり和真と宴の体が入れ替わってしまったのである。
『まあ、一日もすれば元に戻るでしょう。それまでお互いの振りをして乗りきってください』
そんな無責任な!と叫びたくなったが、栞が変人だということは知っていたので結局何も言わなかった。
「はあ・・・何だかなあ・・・」
「まあまあ、こういうものは楽しんでしまった者勝ちだよ。異性になれるなんてなかなか体験できるものではないからね」
「そりゃ確かにそうですけど・・・・・・って・・・はい?」
和真は思わず宴を凝視していた。自分の顔が意味ありげに微笑んでいるのを見るのは何だか妙な感じだ。それから、自分の・・・宴の体を見まわす。
めるへん堂で初めて見た時、背が高くて綺麗な顔立ちをしているから、さぞかし女の子にもてるんだろうなと思ったのだ。思ったのだが・・・
恐る恐る胸に触れてみた。明らかに男のものではない感触がする。
「あ・・・あの・・・ひょっとして女の子・・・・・・?」
「子と呼ばれるような歳ではないけどね」
「うえええええええええ!?」
人体の神秘についてかなり真剣に考えながら、和真は目的地に向かっていた。
あの後、お互いの予定や振舞い方を話合った。宴は学園で講師をしているらしい。
「授業なんてできっこないですよ!」
と焦る和真に宴は
「なあに、適当に雑学でも何でも話せばいいさ。何せ私には人望があるからね。どんな話題でも生徒達は喜んで聞いてくれるよ」
「はあ」
そんなんでいいのか。
まあ、それはそれとして。
外見がほとんど男な上に、和真より身長が高かったりするのでそれ程焦ることはなかったが、さすがに女性の体は落ちつかない。
何かに脅えるようにびくびくしながら学園内に入った。その途端―――
「狩野先生、おはようございます!」
「宴先生!おはよーございますっ」
「先生!」
「せんせーい♪」
「え?」
女の子達の声・声・声。自分が呼ばれたことに気付いた時には囲まれてしまっていた。
「お・・・おはよう」
とりあえず軽く笑って挨拶してみせる。女生徒達から黄色い悲鳴があがった。凄い人気だ。
――狩野・宴、侮り難し・・・っ
確かにそこらの男なんかよりずっと魅力的な人物だとは思うが。
こんな大勢の女性に囲まれたことなど当然のようにない和真だ。緊張で体が硬直してしまい、どうにもならない。
「そ・・・それじゃあ私は授業の準備があるので失礼するよ・・・」
何とかそれだけ言って、逃げるようにその場を去った。
――マズイ・・・。これ、絶対心臓もたねえ・・・
どうしたものかと途方に暮れていると・・・
「やだ〜、もうっ」
楽しそうに笑う女の声にびくっと振り返る。また囲まれるのかと思ったがそうではなく・・・
「あれ・・・?」
廊下の一角に人だかりができていた。女生徒達の笑い声はそこから聞こえてきているようだ。様子を伺いに行き、絶句した。見間違いかと目を擦る。目を細める。頬をつねる。頭を叩いてみる。
何をしてもその事実が消えることはなかった。
和真が・・・つまり和真の姿をした狩野・宴がそこにいたのだ。ぽかんとしたまま様子を見ていると、巧みな話術で女生徒達を次々と魅了している。
自分はこんなに格好良かったのかと錯覚してしまったくらいだ。中身が違うだけでこんなにも違うものなのか。
――って、感心してる場合じゃねーだろ、俺!
和真が一歩前に出ると、宴はやっとこちらに気付いたらしく軽く手を上げた。
「ああ。1時間ぶりだね」
和真は無言で宴の手を掴み、そのまま人気のない所まで引っ張っていく。誰も周りにいないのを確認すると宴に詰め寄った。
「こんな所で何やってんですか!?店番を頼んだはずでしょう!?」
「ああ・・・そういえばそうだったね。ついついいつも通りに来てしまったよ」
「しかもそれ!それは何ですかっ」
「これかい?」
宴はグラスを手に持っていた。中には透明の液体が入っている。
「お酒」
「俺・・・未成年なんですけどね・・・」
「まあまあいいじゃないか」
そう言いつつ、宴はグラスの酒を喉に流し込む。
「あああああ。そんなに飲んだら・・・」
和真の言葉はそこで途切れた。甲高い女性の悲鳴と何かが割れる音が聞こえてきたのだ。
「何だ!?」
咄嗟に駆け出す。
食堂がかなりの騒ぎになっていた。窓が割れ、生徒達が逃げ惑う。その中心にいるのは・・・
「あれは・・・・・・鬼・・・か?」
それも低級の。あの程度ならすぐに片付けられそうだ。切裂丸を抜こうとして空振った。
「あ」
そうか。今は自分の体ではないのだ。
「宴さんっ」
後ろを振り返ると宴が辺りを見まわしている。
「これはまた・・・凄いことになっているね」
「宴さん、切裂丸を抜いてください」
「ん?」
「俺の体ならあいつを何とかできます。早くっ!」
宴は頷くと切裂丸を構えた。だが、その剣先が小刻みに震えている。
「・・・宴さん・・・?」
「うーん。これは困ったねえ。キミ、もしかしてお酒弱い?」
「そんなこと聞かれても・・・」
宴のように大量に飲んだことはないのでわからない。
「あの・・・まさか・・・?」
「これはかなり酔ってるね。ハハ」
「笑い事じゃないですよっ!」
「まあ、これくらいなら大丈夫だよ」
宴は一歩前に出る。その足取りが覚束無い。本当に大丈夫なのだろうか。
「でもね、和真くん」
「はい?」
「手加減なんて器用なことはできないからね」
「え・・・」
宴が床を蹴る。鮮やかに跳躍し、テーブルを飛び越え鬼の前に降り立った。刀が勢い任せに振り下ろされる。
――駄目だ、あれじゃ・・・っ
和真は走り出す。間に合うか。間に合わないか。
――間に合え・・・!!
ぽつんぽつんと赤い液体が床に滴り落ちた。
「まさか素手で掴むとは思わなかったな」
宴の呟きに和真は苦笑する。和真が刀から手を離すと、宴はゆっくりとそれを鬼の体から引き抜いた。深く刺さる前に止めた為、致命傷にはならなかったはずだ。
「はあ・・・ギリギリセーフ・・・」
「だから言ったろう。手加減はできないって」
宴はあまり呂律の回っていない声で言う。確かに、こんな状況で手加減など不可能だろう。
「それにしても・・・そこまでして鬼を助けるとはねえ」
「殺すわけにはいかないですよ。そりゃ・・・ちょっと皆を混乱させたりしたかもしれねーけど、まだこいつは誰も傷つけていない。あるべき場所に戻してやれば、ここに来ることは二度とないですよ、きっと」
「なるほどね」
宴はクスクスと笑う。和真の目を真っ直ぐに見て言った。
「キミはなかなか魅力的な人間なようだ」
「そんなこと・・・」
「いやいや、本当に。キミを好きになる女の子は幸せ者だろうね」
実際に魅力的な人物にそういうことを言われるのは悪い気はしない。頭をかこうとして、手が血だらけなことに気付いた。
「あの・・・すいません、宴さん。手、怪我させてしまって・・・」
「それくらい構わないよ。多分・・・こちらも迷惑かけるだろうからね」
「え・・・?」
その後、学園の騒ぎがすっかり落ちつき、生徒達が家に帰るころには体は元に戻っていた。
そしてその次の日、和真は酷い二日酔いに襲われたのだ。
――どれだけ飲んだんだ、あの人は・・・
重たい頭を抱えながらも、何故だか悪い気はしない。
逆に何だか清々しい気分になって、思わず笑みを零す。
分れ際、彼女は言った。
「20歳になったら会いにおいで。キミにぴったりなお酒を用意しよう」
お酒はいいけど、二日酔いは二度とごめんだな・・・
そんなことを思いながら、和真は枕に顔を押し付けた。
fin
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【4757/谷戸・和真(やと・かずま)/男性/19/古書店『誘蛾灯』店主 兼 祓い屋】
【4648/狩野・宴(かのう・えん)/女性/80/博士・講師】
NPC
【本間・栞(ほんま・しおり)/女性/18/めるへん堂店長】
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■ ライター通信 ■
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初めまして、こんにちは。ライターのひろちという者です。
今回はありがとうございました!
このシナリオはまだまだ始めたばかりなので色々と手探り状態で書いています。
今回、和真さんが入れ替わった相手は女性ながらなかなか男らしい方(笑)だったので、和真さんもあまり焦ることは無かったようです。
それでもきっと内心はドキドキしていたんでしょうね。
話の流れでかなりコメディタッチだった上に二日酔いまで経験させてしまいました・・・。
和真さんのイメージを壊していないか少々不安ではありますが・・・。
楽しんで頂けたなら幸いです。
本当にありがとうございました!
またご縁がありましたら、その時はよろしくお願いします!
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