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■おそらくはそれさえも平凡な日々■

西東慶三
【1376】【加地・葉霧】【ステキ諜報員A氏(自称)】
 個性豊かすぎる教員と学生、異様なほど多くの組織が存在するクラブ活動、
 そして、「自由な校風」の一言でそれらをほぼ野放しにしている学長・東郷十三郎。

 この状況で、何事も起きない日などあるはずがない。
 多少のトラブルや心霊現象は、すでにここでは日常茶飯事と化していた。

 それらの騒動に学外の人間が巻き込まれることも、実は決して珍しいことではない。
 この物語も、東郷大学ではほんの些細な日常の一コマに過ぎないのである……。

−−−−−

ライターより

・シチュエーションノベルに近い形となりますので、以下のことにご注意下さい。

 *シナリオ傾向はプレイングによって変動します。
 *ノベルは基本的にPC別となります。
  他のPCとご一緒に参加される場合は必ずその旨を明記して下さい。
 *プレイングには結果まで書いて下さっても構いませんし、
  結果はこちらに任せていただいても結構です。
 *これはあくまでゲームノベルですので、プレイングの内容によっては
  プレイングの一部がノベルに反映されない場合がございます。
  あらかじめご了承下さい。
それぞれの道、それぞれの想い

〜 過去へと続く道 〜

「僕に何か聞きたいことがあるんだろ?」
 歌姫の顔を見るなり、加地葉霧(かじ・はきり)はそう切り出した。
 予期せぬ訪問に驚いている、といった様子は微塵もない。
 その様子に、歌姫は「彼が全てを知っている」という確信をますます強くした。

 失われていた過去の断片は、確かに見つけることができた。
 とはいえ、知りたいことは、まだまだたくさんある。
 そこに至るまでの経緯であるとか、その後何があったのかとか。

 それを知っている人物がもしいるとすれば、それは葉霧でしかあり得ない。
 だから、歌姫は、直ちに葉霧の所に乗り込んだのだった。





 歌姫が詰問すると、葉霧は意外なほどあっさりと口を割った。
「まず、歌姫クンの両親に協力を依頼したのは、他ならぬこの僕なんだ」
 最初の一言にしては、あまりにも重すぎる一言。
 その言葉が本当ならば、歌姫が風野時音(かぜの・ときね)と出会うよりずっと前から、彼はこの件に関与していたのだろうか?
「そのせいで、あんなことになってしまって……本当に、申し訳ないことをしたと思っている」
 いきなり謝られても、これは全くの予想外だっただけに、すぐには許すとも許さないとも言いかねる。
 歌姫が黙っていると、葉霧はそれを歌姫が納得したものと解釈したのか、さらに衝撃的なことを言い出した。
「それから、キミと時音クンの記憶を閉鎖したのも、実は僕なんだ」

 両親の件とは違い、こちらはかすかに予期してはいた。
 だが、両親の件よりも、こちらの方が衝撃は大きかった。

 なぜ、どうしてそんなことを。
 なおも歌姫が問いつめると、葉霧はその理由についてこう説明した。

「あの場に発生していた時間の歪みのせいで、二人とも精神を汚染されかけていたんだ。
 それを食い止めるためには、こうするしかなかった」

 時間の歪みというのは、あの結界とは違うものなのだろうか?
 もし同じものなら、歌姫の歌によって、どうにかできたのでは?
 歌姫はそうも考えたが、葉霧は首を横に振る。

「確かに、キミの歌には精神汚染に対抗しうる力がある。
 けれども、当時のキミはまだ幼すぎて、力を制御することはできなかった」

 言われてみれば、確かにそうだ。
 当時からあの力を制御できる技術があったら、そもそも時音があんなになるまで黙って見ていることなどなかっただろう。

「それでも、その制御の効かない歌を使って、キミは必死で抵抗した。
 時音クンを守ろうとしたんだと思うけど……あの時は、本当に大変だったよ」
 そう言いながら、加地は悲しげに笑って……やがて、もう一度深々と頭を下げた。
「すまない」

 今さら、そのことについて彼を責める気は毛頭無い。
 第一、そのおかげで二人が助かったのだとしたら、感謝する理由こそあれ、恨む理由などあるはずもない。

 だから、そのことは、もういい。
 なにより、歌姫が一番知りたいのは、そんなことではなく、あの「過去のかけら」の前後を補完できるピース……特に、「自分と時音の本当の関係」という部分なのだ。

 しかし、それだけは、ついに得ることができなかった。
「残念ながら、それは教えられない。
 それによって、精神汚染が再度開始されるかもしれないからね」
 諭すようにそう告げてから、葉霧はこうつけ加える。
「もっとも、自然に思い出せるのであれば、浄化がすでに完了した証でもあるから、何も問題はない。
 心配しなくても、いずれ時が来れば思い出すだろう」

 無理に知ろうとするべきではない。恐らく、彼はそう言いたいのだろう。
 時が来るまで、自然に思い出すまで待てと。

 それでも、歌姫にはそうするつもりはもちろんなかった。





 しばしの後。
 葉霧に礼を言うと、歌姫は直ちに時音の所へ向かった。

 最後に残った手がかりは、あの過去の映像にも出てきた懐中時計。
『彼も、キミも、生き延びたいなら、そのことについてだけは聞かない方がいい』
 加地もそう言っていたし、もちろん不安がないわけではないが、今さら立ち止まるわけにはいかなかった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 懐中時計と「混沌の王」 〜

「前衛芸術部……?」
 扉にある文字を見つめて、時音が呆れたような声を出した。
 その気持ちは、歌姫にもよくわかる。

 東郷大学には、奇妙な連中も多い。
 そのこと自体は歌姫も聞いていたが、実際に来てみると、その奇怪さは彼女の想像を軽く超えていた。

 構内を練り歩く大名行列(?)に、突然始められるゲリラライブ。
「空飛ぶ絨毯研究会」の飛行実験や、ひよこの大群と戯れる「ひよこセラピー研究会」などというものも見た。
 そんな理解に苦しむ光景をさんざん見せられた後に、この「前衛芸術部」の文字である。
 はたして本当にこの扉を開けていいのかどうか不安になったとしても、それはむしろ当然の反応といえた。
 そして実際、この扉を開けるのは、ものすごく危険な行為なのである。

 意を決して、ドアをノックする。
「どうぞ」
 返ってきたのは、ごく普通の、どちらかといえば優しげな声。
 念のために、「何が起こっても驚かないように」ともう一度時音に念を押して、歌姫はおそるおそる扉を開いた。

 室内の様子を一目見て、歌姫は自分の間の悪さを嫌と言うほど思い知らされた。
 部室の中央にあったのは、どこからどう見ても「この世界に存在してはならない物体」にしか見えない、異様な形状と色彩のオブジェ。
 精神の弱いものなら、これを見ているだけでも精神が汚染されかねない。
 そう思わせるに十分な破壊力を持つ「それ」は、しかし、いかなる悪魔の産物でも、また、誰かに対して危害を加えることを前提として制作されたものでもない。
 この部屋の主、前衛芸術部部長の笠原和之が、ごく普通の「芸術品」として制作したものなのである。
「ちょうどいいところに来ましたね。たった今完成したところなんです」
 満足そうな顔でそう言うと、和之は嬉しそうに二人を手招きした。 
「さ、どうぞ中へ」
 もちろん、二人がその招待を丁重にお断りしたのは言うまでもない。





 キャンパスの片隅にある、小さなカフェテラス。
 どうにかこうにかそこに場所を移した後、時音は改めてこう話を切り出した。
「実は、和之さんに見てもらいたいものがあるんです」

 和之に、あの懐中時計を見せれば、何かわかるかもしれない。
 特に根拠はないのだが、歌姫はそう確信していた。

 霊感というものは、一種芸術に属するところもある。
 ならば、一説によれば「自らの作品のみを用いて時空をねじ曲げた」とまで言われる「テンサイ芸術家」の和之ならば、この時計から何かを感じ取れるかもしれない。
 歌姫は、そう考えていたのである。

「この懐中時計です。何かわかりませんか?」
 時音が時計を手渡すと、和之は興味津々と言った様子でそれを調べ始めた。
「なんでしょうね。何か、不思議な感じを受けます」
 竜頭や裏蓋なども注意深く観察した後で、もう一度文字盤の所に戻り、適当な言葉を探すようにこう呟く。
「こう、何となく優しくて、それでいて少し哀しくて」
 その感じは、歌姫にも理解できる。
 そう感じさせているものが何なのか、それが知りたいのだ。
 そんな歌姫の気持ちも知らず、和之はまるで自ら彫像にでもなったかのようにじっと時計を凝視して、やがて、静かに口を開いた。
「例えて言うなら……そう、『時間を彷徨う多くの想い』というところでしょうか」

 時間を彷徨う多くの想い。
 もしかすると、それこそがこの時計の力の源なのだろうか。
 
「私にわかるのはこのくらいですね。まあ、全て私の推測に過ぎませんが」
 和之はそう苦笑したが、少なくとも歌姫が判断する限りでは、その推測は十分な説得力を持っているように思えた。

 と。
 先ほどからしきりに外を気にしていた時音が、こんな事を言い出した。
「ところで、さっきから表が騒がしいのですが……」
 言われてみれば、先ほどから断続的な破壊音のような音が聞こえてきているような気もする。

 ひょっとしたら、何者かがこの懐中時計を狙ってきたのかも知れない。
 時音の顔に、緊迫した表情が浮かぶ。

 ところが、和之は全く動じた様子もなく、軽く苦笑しながら肩をすくめた。
「映画の撮影か、UMA研が何か逃がしたか、ロボ研の試作機が暴走したか。
 でなければ諜報部と裏研の抗争か、戦術研の演習か……いずれにせよ、いつものことです」
「いつものこと……なんですか?」
 呆れたように聞き返す時音に、和之はさらっとこう答えたのだった。
「最初は驚きますけど、三年もいれば慣れますよ」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 蜃気楼の絆 〜

 東京郊外にある、私立東郷大学・東京キャンパス。
 その周囲を囲むように広がっている森の中で、蒼乃歩(あおの・あゆみ)は時音が来るのを待っていた。

 人の多いキャンパス内に踏み込めば、余計な騒ぎを起こしかねない。
 それよりは、この森の中で待ち伏せて、時音たちが通りかかったところを包囲した方が、遙かに作戦成功率が高まる。
 部下たちにはそう説明していたし、その言葉にも嘘はない。

 しかし、歩の本当の目的は、他にあった。
 
 時音を説得するつもりであることは、まだ誰にも話していない。
 その試みが成功するまでは、そのことを他人に知られるわけにはいかなかったのだ。

 やがて、キャンパスよりの地点に待機していた部下から、時音たちがこちらに向かっているとの連絡が入った。
「お前たちは少し離れた場所で待機していろ。敵の増援や民間人の動きを監視するんだ」
 部下たちにそう命令し、自分の周囲から遠ざける。
 これで、誰にも話を聞かれる心配はない。
 歩は一度呼吸を整えると、時音たちが姿を現すのを待って、静かに二人の前に歩み出た。

「歩!?」
 姿を見るなり、時音が臨戦態勢をとる。
 その姿が、今の二人の間を隔てる壁を、歩に改めて実感させた。

 自分と時音とは、敵同士なのだ。

 だが、それももうすぐ変わる。変えてみせる。
 その決意を胸に、歩は一言こう告げた。
「時音……私と来い!」

 驚いたように、時音が歩を見つめる。
 どうやら、全く脈がないというわけではなさそうだ。
 そう思った次の瞬間、時音の後ろにいた歌姫が、時音の肩にしがみついた。

 なぜか、胸が痛んだ。
 理由はわからない。
 あるいは、わかりたくないだけかも知れない。

「私と来るんだ! その女も一緒に!!」

 歌姫の能力については、歩も知っている。
 彼女も同じ異能者じゃないか。仲間じゃないか。
 時音と一緒に彼女を迎え入れても、何の問題もないじゃないか。
 胸の痛みをこらえながら、懸命に、自分にそう言い聞かせる。

 その甲斐あってか、ついに、時音が話を聞く姿勢を見せ始めた。
「どういうことだ?」
 戸惑いながらも、ゆっくりと構えを解く。
 二人の間にある壁が消えつつあるのが、歩には見えるようだった。

 もちろん、まだ「時音を説得する」という難関が残っていることは間違いない。
 けれども、歩はその点については特に心配していなかった。
 話さえ聞いてもらえれば、きっとわかってもらえる。
 そんな確信にも似た思いが、彼女にはあったのだ。
 もっとも、それは本当は確信などではなく、彼女自身の願望であったのかもしれないのだが。

 と、その時。
 不意に、三人の横手に強い殺気が生まれた。
 歩と時音が、ほぼ同時にそちらの方を向く。

 そこにいたのは、IO2の戦闘騎兵と、跳躍者とおぼしき男だった。

「ちっ!」

 よりによってこのタイミングで、それも敵方の跳躍者に奇襲されるとは。
 自分の不幸を呪う歩の目の前で、跳躍者の男が勝ち誇ったように言いはなった。
「風野時音と……異能者か。一石二鳥とはこのことだな」
 その言葉が、二重の意味で神経を逆なでする。
 彼我の戦力すら見極めることのできない小物に、千載一遇の機会を邪魔されたとは。
 やり場のない怒りをこらえつつ、歩は一言こう言い返した。
「二兎を追うもの一兎をも得ず、とも言うぞ?」

「どうやら、こいつを倒すことが先決のようだな」
 時音の言葉に、歩は小さく頷いてみせる。
「ああ。一時休戦といこうか」
 戦闘騎兵がこちらに向かってきたのは、それとほぼ同時だった。





 戦闘騎兵の強さは、歩の当初の予想を大幅に超えていた。
 ところが、歩と時音の強さは、それすらも軽く超越していた。

 一人ずつであれば、恐らくかなりの苦戦を強いられたであろう相手。
 その相手を、二人は息のあった動きで見事に翻弄したのである。

 自分と時音とはもはや敵同士。
 心には、そう言い聞かせていても。
 二人が共に戦った日々のことを、身体はしっかりと覚えていた。

 致命傷を負った戦闘騎兵が、がくりとその場に崩れ落ちる。
「風野、時音……」
 二人の目の前で、戦闘騎兵は最後の力を振り絞って顔を上げ、時音に向かってこう言った。
「結界の真実を知りたければ……さる山奥にある我々の研究所まで来い……。
 場所は……お前なら、すぐに、わかる……」
 その顔に浮かぶ不敵な笑みが、歩をひどく不安にさせる。

 時音を行かせてはならない。そんな気がした。
 それなのに、今の歩は、時音を止められる立場にはなかった。

 ちぎれた絆の端は、離れたと思えば近づき、近づいたかと思えばまた離れて、いつも掴めそうで掴めない。

 それでも、構うものか。
 離れようとしていても、手を伸ばして、掴まえて、結び直す。

(説得が成功すれば、自分は時音を止められる立場になれる)
 そう思い直して、歩が時音の説得を再開しようとした、その時だった。

 己の役割を終えた戦闘騎兵が、突如自爆した。
 その爆音を聞きつけて、周囲に配置してあったはずの部下たちが続々と集まってくる。
「今のは……まさかIO2の!?」
「ご無事ですか!?」
 これでは、とても時音を説得することなどできるはずもない。
「あの程度の相手に後れをとる俺じゃない……が、ここはひとまず退いた方がよさそうだな」
 部下たちにそう告げると、歩は時音たちに背を向けた。
「歩! まだ話は……」
 背後から聞こえてくる時音の声に、振り返りもせずにこう答える。
「済んだことだ!」

 離れたと思った絆の端が、また近づいてきて。
 手を伸ばせば、掴まえられるところまできているのに。
 こんな時に限って、手を伸ばすことが許されないとは。

 後ろ髪を引かれる思いで、ほんの少しだけ、後ろを振り返る。
 視界に飛び込んできたのは、時音と、彼に寄り添う歌姫の姿。

 自分がいたはずの、そして、自分がいるはずだった場所に、今は別の人物がいる。
 そのことがたまらなく悲しく、寂しく、悔しく、そして腹立たしく。
 それ以上見ているのが辛くて、歩は直ちにその場を離れた。

 涙ひとつ出てこないのが、自分でもすごく不思議だった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 1376 / 加地・葉霧 / 男性 / 36 / ステキ諜報員A氏(自称)
 1219 / 風野・時音 / 男性 / 17 / 時空跳躍者
 1355 / 蒼乃・歩  / 女性 / 16 / 未来世界異能者戦闘部隊班長

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■         ライター通信          ■
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 撓場秀武です。
 この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。
 また、ノベルの方、大変遅くなってしまって申し訳ございませんでした。

・このノベルの構成について
 このノベルは全部で三つのパートで構成されております。
 このうち、最初のパートだけは各PC個別となっております。

・個別通信(加地葉霧様)
 今回はご参加ありがとうございました。
 今回は話の内容を考え、いつもよりも軽さ控えめな感じの描写になってしまいましたが、こんな感じでよろしかったでしょうか?
 なお、話の展開上、葉霧さんの出番は最初のパートのみとなってしまいましたが、話の展開等も考え、後半の二パ−トも一緒に納品させていただきました。
 ともあれ、もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。