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■消えゆく世界、残り少ない平凡な一日■

EEE
【4838】【風間・総一郎】【私立探偵兼修行者】



 世界が終わる。



 誰かがそう言った。そして、それは現実となろうとしていた。

 なんにでも終末というものはあるものだ。だが、それは先が見えないから享受出来るのであって、人という未熟な精神では、それを急に突きつけられたときまず受け入れることなど出来ない。
 故に、世界中の人々が恐れを抱き、自らそれを加速させた。
 もう間もなく、世界は終わる。



 終わり行く世界の中で、それでも人は生きる。
 確かに世界は終わる。しかし、そこにあるのは恐れだけではない。
 その日常の中で、泣くものがいれば笑うものもいる。それは、何も変わらない。
 人が生まれきて長い時が経つ。そのやりとりだけは、変わらない。



「感情を持つが故に、抱く恐れ、悲しみ、喜び。人間とは実に面白きもの」
 少女は呟く。
「我の見る夢は、人間たちにはどううつるのだろうか?」
 彼女の夢は、人々の日常。
 さぁ、今日も一日が始まる。破滅への残り少ない一日が。何気ない日常が。
消えゆく世界、残り少ない平凡な一日


 世界が終わると急に言われ、一体どれ位の人が平然とそれを流すことが出来るのだろうか?
 日常会話の中で、冗談交じりに言われれば、それは嘘だよと軽く流すこともできる。しかし、今この状況を目の当たりにして、そう言われたとき、それはどうだろうか?

 人々は恐れていた。世界が終わるという事実を。そして嘆いた、その事実を。
 当たり前の日常が、終わる。まるで、その頭に銃口を突きつけられたように、人々は嘆き叫んだ。
 そうして、今の日常がある。
 あまりにも突然の恐怖と絶望は、人々から希望というものを根こそぎ奪っていった。
 少し前までの、まぁ世界のどこかでは色々とありながら、それでもこの国は平和だった日常。今は、ただ暴力と絶望だけがそこにある。
 当たり前のように殺しあう、奪い合う。少し考えれば、もう少しで終わるのならばそんなことに意味はないと気付くはずなのだが、人々は気付かない。

「…なんとも嫌な世の中になっちまったもんだ」
 紫煙を吐きながら、男はポケットをまさぐる。でてきた箱の中には、もう煙草はなかった。
 それを見て、さぁどうやって手に入れるか…などと呑気に考えてみる。
 風間総一郎。数少ない、変わりない日常を過ごす男。





* * *



 むにゅり。

 最近総一郎の朝は、大体がこの音から始まる。
 もう何度聞いたのか分からない。というか、これは音というよりも、感触なのだ。
 柔らかくて暖かいそれは、何度触っても心地よくて、何時も心を落ち着かせてくれる。そして、決まってすぐその直後に大慌てしながら起きるのだ。
「どわぁぁぁ!?」
 絶叫を上げながら総一郎が起き上がれば、決まってそこにいるのは一人の女。
「んぁ……」
 しどけない姿は、きっと普通の男ならたまらないのだろうが、今までこの女に本当に様々なことをされてきた総一郎は違う。
「鵺、お前また勝手にベッドに入り込んできやがったな!」
 言うが早いか、総一郎はその女―鵺を揺する。すると、鵺から少し色っぽい声が漏れた。
「あぁん…総一郎、女の扱いはもっと丁寧にしなきゃだめよー…?」
「うるせぇ、毎回毎回驚きながら起こされる俺の身にもなれよ!」
「何よー…そんなこと言いながら毎回ちょっと楽しんでるくせにー…」
「う゛…」
 眠そうに瞳をこする鵺に、総一郎は反論できなかった。
 まぁ、総一郎とて男なのだ。幾ら鵺が齢千年を越す妖狐で人間でないとしても、女であることには変わりない。男なら、それを意識せずにはいられないのだ。
「だからー文句言わないのー…」
「どわわわっ」
 そして、総一郎はまた鵺の胸の中に抱え込まれた。程なくして、鵺の口から気持ちよさそうな寝息が漏れ始める。
 そんな鵺に、総一郎は溜息しか返すことが出来なかった。
(…はぁ。惚れちまったもんの弱みってか…)
 例え人間でないのだとしても。総一郎は鵺のことを愛していたから。
 鵺は、そんなことを知ってか知らずか、安心しきった顔で眠っている。鵺もまた、変わらぬ日常を過ごす一人。





* * *



 最近、総一郎と鵺は以前よりも一緒にいる時間が増えていた。
「…あんた、こんな状況でよくそんなに働くねー」
 ソファに腰掛けながら、デスクに向かう総一郎に鵺は言った。
「しょうがないだろ、仕事がきてるんだから」
 そう返しながらも、総一郎のキーボードを叩く手は止まることはない。
「…よし。これでいいか…」
 この物価などが全ておかしくなってしまったご時世、ほとんどの職が潰れていく中で、それでも探偵業というものは結構な需要があった。
 以前は、その業務のほとんどをペット探しなどが占めていた。しかし、今はそれが変わってきている。今は主に人探し、それも要人などのVIPを扱うものが増えてきている。
 総一郎とてそれは同じで、裏から入ってくる仕事も多い。なるべくなら関わり合いたくない組織からも入ってくるから、少し気が重い。
「ったく、やな世の中になっちまったもんだ」
 とりあえず仕事を終え、心底そう思っているように総一郎は呟いた。
 そんな総一郎を眺めながら、鵺はクスクスと笑いを溢す。
「…何が面白いんだ?」
「いやねー、もう世界は終わっちゃうのに、やな世の中も糞もないでしょーって思っちゃってね」
「…そりゃそうだ」
 楽しそうな鵺に、総一郎も一緒に笑った。



 別に、二人は諦めているわけではない。

「ふっ、はっ…」
 総一郎の身体が躍動する。引き締まった筋肉が、その体を弾けさせる。
 仕事が一段落した後、総一郎はまた何時ものように修行を始めた。修行は彼の日課なのだ。
 そして、それを長めるのも鵺の日課。既に何年も続けているため、鵺には彼がどう動くのか手に取るように分かる。
 しかし、毎日全く同じということはない。少しの違いを探し、何故そうするのかと鵺も考える。



 彼らの日常は全く変わらない。それは別に、世界が終わるからと諦めているわけではない。
 変わらないのは、諦めているからではなく、諦めていないから。
 世界が終わるというのなら、だからなんだというのか?
 そう、今自分たちはここに生きているのだ。死んでしまったわけではない、消えてしまったのではない。
 誰もが終わりだ、お終いだというこの世界は、だがまだ終わってなどいない。
 確かに、終わりはくるのだろう。だがそれは、例え今ではなくとも、何時かは必ず起きることなのだ。
 ならばそれを悲観するのではなく、受け止めたらどうだろう?
 そんな風に嘆く暇があるのなら、鵺なら自分の楽しみを探して精一杯この世界を楽しむだろうし、総一郎はそれに巻き込まれながら、それもまたいいか、などと笑うだけ。
 世界は終わる。だが、まだ終わってはいないのだ。



「はーいお疲れさまー♪」
「ぷわっ、冷てぇ!」
 一頻り終えて戻ってきた総一郎に、鵺は思いっきり水をぶっ掛けた。確かに冷たかったが、火照った体には逆に気持ちがよかった。
「鵺…お前なぁ…いきなりかけんなってんだー!」
「きゃー!」
 しかし、掛けられっぱなしでは癪だとばかりに、総一郎はすぐ近くの溜まった水を鵺にかける。
 そうしてずぶ濡れになった二人は、そのままどちらからともなく水を掛け合い始めた。辺りに笑い声が響く。

 二人は笑う。世界は、まだ終わってはいない。





* * *



 何か変わったことがあったとすれば、それは、総一郎が自分の気持ちに気付き、そしてそれを真剣に考え始めたことだろうか。

(……)
 そう、かつての彼は、自分の中にある確かな気持ちに名前をつけられずにいた。
 自分をからかい、時には優しく抱きしめ、ただ笑っている彼女と一緒にいるとき、彼の胸の中は暖かいもので一杯になる。
 それは、家族に感じるものに似ている。しかし、何処かが違う。
 暖かいものと一緒に、胸の中がチリチリと少し痛む。それは、世界が終わると聞いたときからさらに強くなっていった。

 あるとき、鵺が言った。
「ねぇ…世界がさ、終わっちゃうんだって」
 今まで、少しも寂しそうなところを見せなかった彼女が、そのときだけは少しだけ、しかし確かに憂いをその顔に浮かべた。
 あまりに長く生きすぎた彼女が、何をそんなに憂うのかは分からなかった。ただ、その表情を見たときに、彼の中で確かに何かが弾けた。
(あぁ、そうか…)
 胸の中が痛むのも、それはしょうがないと彼は思う。
(何時の間にか、鵺のことが…俺は…)

 そして、残り少ないこの世界の時間の中で、彼はその気持ちを伝えようと決意した。





 夜。今日も何時ものように、総一郎のベッドには鵺が寝転んでいた。
「さー総一郎、今日も抱き枕になりなさーい♪」
 鵺がカラカラと笑いながらベッドを叩く。しかし、総一郎は答えない。
「…ん? 総一郎ー?」
 鵺が不思議そうにその顔を覗きこむ。すると、真剣な総一郎の瞳と鵺の瞳が交差した。
(…まぁ、何時かは言わなきゃいけないしな)
「…なぁ鵺。少し話、いいか?」
「んー?」
 まだ不思議そうな鵺に、総一郎は少しだけ息を整えてあらためて向き合った。
「まぁ…色々と言いたいことがあるんだけどな…」
 でも、言葉にしようとすると、うまく言葉になってくれないから。だから…。
「お前のこと、愛してる」
 ただストレートに言い切った。

 鵺は、少しだけ総一郎を見つめて、次の瞬間。
「なーんだ、そんなこと」
 あっけらかんと、そんな言葉を返した。

「え、いや、あの、そんなことって…」
 総一郎は、その返事に戸惑いを隠せない。その総一郎の前で、鵺は何でもないように笑っていた。
「あんたねー。なんで私が世界にこれだけ男がいるのに、あんたの傍にずっといると思ってんのー?」
 一瞬、総一郎は言葉の意味を理解できなかった。
「これ以上は言わなくても分かるでしょー?」
 そして、狐につままれたような総一郎の唇に鵺の唇が重なった。
 そのまま鵺は、総一郎を押し倒してその上にまたがる。
「…いいのか?」
「あんたねー。分かれって言ってるでしょー」
 それ以上の言葉はいらなかった。二人の唇が、もう一度重なる。
(あぁ…なんだろ、暖かい…)
 そのときの鵺の笑みはどこまでも柔らかく、まるで夢心地のようだと総一郎は思った。





 夜が明ける。また一日、世界の終わりへと近づいた。
 しかし、総一郎と鵺は、そんなことは関係ないようにただ抱き合いながら眠っていた。
「……」
 総一郎は、ただ鵺の寝顔を見つめていた。
「…なぁ、なんで俺なんだ?」
 ボソッと呟く。何処までも自由で、つかみ所のない彼女が、何故俺を? 分からない。
「理由なんて大してないわよー」
「…起きてたのかよ」
 目を開けてクスッと笑う鵺に、総一郎は思わず苦笑した。
「じゃあさ…あの時、なんであんなに悲しそうな顔してたんだ?」
 総一郎は、自分が鵺を好きだと確信したときのことを思い出す。
 鵺は、最初そのことがよく分かっていなかったが、そのうちに何のことが気付いて、少し笑った。
「だってさ、もう少しで終わっちゃうって、あんたといられる時間が少ないってことだから」
 それだけ言ってよっ、と鵺は起き上がる。一糸纏わぬ姿で、その金髪を太陽の光で輝かせる鵺に、総一郎は思わず見惚れてしまう。
「…エッチ」
「あ、わ、悪ぃ」
 そんな総一郎に、また鵺はクスッと笑って着替え始めた。

「…なぁ、なんで俺なんだ?」
 鵺が着替え終わった後、総一郎はもう一度聞いていた。
「…なんでだと思う?」
 鵺は、それに答えずにキスを交わして部屋を出ていった。

 そう、彼女にとって理由など大したことはないのだ。
 ただ、彼といて楽しかった。それは彼女にとって何よりも大切なもの、だからなくしたくないのだ。
(それに、放っておくと何するか分かんないからねー)
 これって母性本能?などと、鵺は一人でくすくす笑う。
「私だって女だからー誰かを好きになることくらいはあるわよー」
 もう終わる世界でも、太陽は昇る。眩しい太陽を見上げながら、彼女は一つ背伸びをした。

「ぅ…眩しっ…」
 鵺を追って部屋をでた総一郎を出迎えたのは、変わらず昇る太陽と、煌く金髪と彼女の笑顔。
「さっ、今日は何するー?」
「そうだな…とりあえず飯だ飯」
「さんせーい♪」



 世界はもう少しで終わる。しかし、二人にとっては変わらない日々。
 今日は、何をしようか?





<END>



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【4832/鵺・ー(ぬえ・ー)/女/999歳/妖狐】
【4838/風間・総一郎(かざま・そういちろう)/男/22歳/私立探偵兼修行者】

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■         ライター通信          ■
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 どうも、へっぽこライターEEEです。今回は発注ありがとうございました♪

 そんなわけで、今回はツインになっています。
 こんな異界ですが、何時もと変わらないように生きている二人の姿が非常に印象的でした。
 総一郎さんがストレートに気持ちを表すのって、かなり大変だろうなぁ…などと勝手に想像しつつ、何時の間にか激甘な感じに…(笑
 こういうのもありですよね?(ヲイ

 では、今回はこの辺りで。本当にありがとうございました。