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■消えゆく世界、残り少ない平凡な一日■

EEE
【1252】【海原・みなも】【女学生】



 世界が終わる。



 誰かがそう言った。そして、それは現実となろうとしていた。

 なんにでも終末というものはあるものだ。だが、それは先が見えないから享受出来るのであって、人という未熟な精神では、それを急に突きつけられたときまず受け入れることなど出来ない。
 故に、世界中の人々が恐れを抱き、自らそれを加速させた。
 もう間もなく、世界は終わる。



 終わり行く世界の中で、それでも人は生きる。
 確かに世界は終わる。しかし、そこにあるのは恐れだけではない。
 その日常の中で、泣くものがいれば笑うものもいる。それは、何も変わらない。
 人が生まれきて長い時が経つ。そのやりとりだけは、変わらない。



「感情を持つが故に、抱く恐れ、悲しみ、喜び。人間とは実に面白きもの」
 少女は呟く。
「我の見る夢は、人間たちにはどううつるのだろうか?」
 彼女の夢は、人々の日常。
 さぁ、今日も一日が始まる。破滅への残り少ない一日が。何気ない日常が。
消えゆく世界、残り少ない平凡な一日


 波が、寄せては海へと帰っていく。それを見ていると、こんな世界に生きていても心が落ち着く。
 それは、あたしが人魚の末裔だから? …何か、違うかな。
 海は、全ての生の母だから。厳しくも優しい海は、海原みなもという存在を包み込んでくれる。
 きっとその感情は、あたしが生きているから当然だと思う。あたしの祖先も、この海から生まれ、育ち、そして死んでいったのだから。

 …そう言えば。ふと、考えたことがある。
 海はあらゆる生物の母だというけれど。なら、その海の母はいないの?
 …それは、やはりこの星、なのだろうか?
 何か違うような気もする。答えは分からない。
 あたしは、海を見ながらそんなことを考えていた。

 世界がもう少しで終わる。そんな、ある日のこと。





* * *



「ふぅ…」
 陸へとあがる。手には、沢山の魚。種類はよく分からない。
「さて、準備準備、と…」
 まだ醤油なんかはあったよね、などと『家』へと向かいながら思う。物価などが全て意味を成さなくなったこの世界、どんなものでも貴重で手に入れにくいのだ。
 だからあたしは、何時もより余分に魚を採っていた。これを開きにするなり一夜干しにするなりすれば、食料として交換に出せる。
 それがあたしのこの世界の生き方。一人で生きているのだから、全て自分でやるのは当たり前のこと。

 家族は、今は傍にいない。
 皆、それぞれ自分がいるべき場所を見つけ、そこで暮らしている。
 少し寂しいけど、でも悲しいとは思わない。皆それは納得した上でのことだし、それに、会うことも出来るから。別に、誰一人いなくなってしまったわけじゃないから。

「…採りすぎた、かな?」
 あらためて魚を台所に並べてみた。自分が食べるにはあまりにも量が多い。交換に出す分を差し引いても、それでもまだまだ多そうだ。
「ふむ…」
 少し考える。そして、考えは纏まった。
 今回は多めに交換用の食料を作ろう。まだ行ったことのないところにそれを持っていけば、それを元手にもっと色々なものが手に入るかもしれない。
 そうと決まって、あたしは早速準備に取り掛かった。





 世界が終わると言われ始めたのは、一体どれくらい前のことだったのだろう?
 正直、よくは覚えていない。覚えていることと言えば、ただ只管に混乱し、恐怖し、終わるということを恐れていたことだけ。

 家族全員が、あの時だけは言葉を失ったことをよく覚えている。

 あたしは怖かった。何で、何でいきなりこの世界が終わってしまうのか。あたしは、何も出来ずにこのまま消えていくしかないのか、と。それは、夢の中にまで現れ、あたしを苛み続けた。
 だから、あたしは狂気を覚えた。ただ荒れて、泣いて、それなら全て消えてしまえばいいと叫んで。

 でも、そんなあたしを世界は全く知らないかのように、ただ終わりへと突き進んでいく。
 何処かで起こった、絶対にありえないと言われた自然災害。人が、動物が、植物が沢山死んだ。
 何処かで起こった、戦争。こんな時にまで人はお互いを殺しあった。関係のない人たちまで沢山死んだ。
 何処かの海が割れた。母なる海までもが、一つ死んだ。

 地獄絵図という言葉ですら、生ぬるかったかもしれない。そんな、終わりという言葉しか見えてこない世界。

 そんな世界の中で、あたしは理解し、納得した。
 あぁ、世界は死んでいく。もう、止められない。
 そして、思った。
 あぁ、もう少しでこの世界は終わる。でも、まだ終わってはいない。

 この世界のことを全て納得したとき、驚くほどに心は穏やかになった。まるで、それまでのものは全て嘘だったかのように。
 悟りの境地というやつだろうか? …それも何か違うような。
 まぁそんなことはどうでもよかった。クリアになった思考は、さぁどうしようかとこれからのことを考える。

 そして、私は変わらずに生きていくことを選んだ。





 ただ、この東京はあまりにも荒れすぎていた。あたしとは違う、恐怖や悲しみに支配されてしまった人たちが、意味もないのにただ自分たちを傷付けていた。
 だから、あたしはここを離れることを選んだ。
 何処に住もうか。考えて、真っ先に浮かんできたのは海だった。やはり、人魚の血は争えないのだろうか?

 そうして、歩き辿り着いたのは一つのあばら家。
「……」
 既に、その壁はかなりボロボロで、見た目から長年使われていないと言うことが分かる。
 錆びた鍵は意味を成していなかった。ボロボロのそれは、少し戸を揺らしてやるとかさかさと擦れる音を立てて、錆と一緒に外れた。
 ギィ…と、小さな音を立てて戸が開く。中は、それなりに広かったがやはりボロボロで、そして同時に少し生臭かった。
 所々から光が漏れていた。きっと、長年放置されたままだったせいで、小さな穴が開いてしまったのだろう。
 それにしても、この生臭さはちょっといただけない。見渡せば、投網やら銛やらがそのまま放置されていた。
 恐らくここは、昔漁師がその道具を置いていたところだったのだろう。
 網を手にとってみた。放置されすぎたせいで、所々が千切れ、そして繋がったままのところも少し引っ張るだけで切れてしまった。どうやら使うことは出来ないようだ。
 同じように、銛なども手にとってみて、すぐさま使えないと判断する。さて、どうしようか?
「…捨てよう」
 決断は早かった。置いていても、ただ匂いが充満するだけで何の役にも立たないだろうから。

 中のものを片付け、外に放り出した後、今度は壁の修復に取り掛かった。流石に今のままでは、雨漏りが酷くてまともに眠ることも出来ないだろうから。
 幸い、材料は豊富にあった。少しあるけば、小さいながらも森があったし(この都会に、小さくても森があるというのは非常に貴重だとあたしは思う)、また少し歩けばゴミの山があった。そこをあされば、難なく大工道具の代わりは見つかった。
 それからはぶっ通しの作業だった。まず、台を置いて天井の修復からはじめる。天井さえ直してしまえば、壁に穴が開いていても、雨漏りだけはしない。
 小さな穴や、ダメになった木材が所々にあったが、何とか夕方までにそれを修復することが出来た。

 一応は形になったこれからの『家』。そこに、お手製のベッドを作り(と言っても、ただ木材のあまりを重ねたりして、そこに毛布を敷いただけだけど)、あたしは食料を求めて海に出た。
 夕焼けに染まった海は、もう少しで終わるということを忘れさせる。それくらいに、何時もと変わらない海だった。
 服を脱ぎ、その中へと潜っていく。
 魚たちは、何時か潜ったときよりも大分少ない。それでも、魚たちは一生懸命に海の中を泳いでいた。
 そんな彼らを、あたしは捕まえた。生きるため、ごめんなさいと思いながら。

 海からあがったときには、既に太陽が落ちかけていた。
「あ、火…」
 やばいと思いながら、あたしは『家』へと駆けていった。

 急いで火をおこし、そしてとってきた魚を枝に刺して、その傍に立てる。味付けは塩のみだけど、漂ってくる美味しそうな香りに思わず頬がほころんだ。
 初めての、一人暮らし。一人暮らしというよりは、野宿に近かったけれど、でも不思議な満足感を抱きながら、あたしは眠りへと落ちていった。あの日以来、ずっと見続けた悪夢も見ることはなかった。

 それから、ゆっくりと『家』の補修を行い、今ではすっかり立派なものになった。
 まぁ、色々なものを使っているから、なんだかちぐはぐな感じはするけど、それはそれで味があっていいと思う。
 何より、これを全部自分だけでやったというのは物凄い達成感があったから、それでいいと思う。
 その『家』を見上げ、あたしはきっと笑っていた。





* * *



 それからずっと、あたしはここに住んでいる。
 都内では、もう随分と手に入りにくくなってしまった魚も水も、ここなら豊富。夜の寒さは、『家』のおかげで幾分か楽。
 ここには、来る人もほとんどいないから、ほとんどあたしが独占していると言ってもいい。人と会うことが少ないのは少し寂しいけど、悠々自適に暮らしていく分には何も問題はない。

 一人で、ただゆっくりと。海を見つめていると、都会であったことが本当に昔のように思えてしまう。
 あたしは、なんであんなに恐怖していたのだろうか。世界は、まだこんなにも綺麗なのに。世界は、まだ終わってはいないのに。

 今は、あの頃のことが懐かしい。いや、懐かしいというのは何処かおかしいだろうか?
 世界中の人々は、あの日のあたしのままだから。きっと大部分が、そのまま消えていくことになるのだろう。
 なんだかそれも、ちょっと悲しいな、と思う。





 その日、起きたときには既に太陽は高く昇っていた。どうも、時計がないから時間が分かりづらい。
「ん……」
 太陽が眩しい。今日も暑くなりそうだ。
 そんなことを考えているあたしの目に、一人の少女の姿が写った。
 珍しい。ここにくる人なんてまずいないのに。

 少女の青い髪が、風に揺れる。
「……」
 何故か、あたしは少女に見入ってしまった。目が離せなかった。
 透き通るような青い髪は、まるで海のようで。そして、その小麦色の肌は、まるで大地のよう。
 そんなあたしに気付いたのか、少女が振り返った。その目は、ただかたく閉じられていた。
 その小さな口が動いた。何を言っているのかは、波音にかき消されてしまって聞こえなかった。でも、その口の動きで、何を言ったのかは大体分かった。
 少しだけ笑って、少女は去っていった。そこで、あたしは自分が少女を見つめ続けていたことに気付く。
「…あ、御飯御飯」
 少女を見つめ続けていたと思うと、何処か恥ずかしくて、あたしは誤魔化すように海へと潜った。

 泳ぎながら考える。あの少女のことを。
 あの少女に何故見入ってしまったのだろうか?
 …それは多分、彼女に不思議な暖かさを感じたから。あれは…きっと、お母さんや海に感じる暖かさだったと思う。
 何故それを彼女に感じたのかは分からないけど、でも、嫌な感じじゃなかったからそれでいいか、と考えてあたしは魚を追い始めた。
 程なくして、一匹の魚を捕まえた。その魚を見ながら、思い出す。
『お前は、生きていくのだな』
 それが、多分少女の言葉。
 どうしてそんなことを彼女が言ったのかも分からない。なんだか分からないことだらけ。

 陸にあがる。太陽はまだ高い。
「ん…そうだね」
 空を見上げながら、あたしはそんなことを呟いた。
 頭を軽く振る。肌を撫でていく風が気持ちいい。
 振り返ったそこに広がるのは、一面の青。
「あたしはここで生きていく」
 そう、世界が終わるそのときまで、この場所で。

 あたしは、生きていく――。





<END>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1252/海原・みなも(うなばら・みなも)/女/13歳/中学生】

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■         ライター通信          ■
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 どうも初めまして、へっぽこライターのEEEです。今回は発注ありがとうございました。

 今回は、みなもさんの心情を多く描きたかったので一人称にしています。どうだったでしょうか?
 終わりを迎える世界の中で、一人で生きていくみなもさんは、本当に色々なことを考えていると思います。それを少しでも描けていれば幸いかと思います。
 なお、最後のシーンは発注文を読んだときに浮かんできたので追加してみました。

 それでは、今回はこの辺りで。本当にありがとうございました。