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■沈黙の調べ■

【5040】【桜坂・みずき】【音楽講師】
 その女性は白磁の肌に漆黒の艶やかな髪を流した美しい女でした。
 けれども彼女は生まれつき視界を閉ざされていました。聞くこと、もしくは触れること。それが彼女が世界を知る手段でした。そして声を発することが唯一彼女が自分を表せる手段だったのです。
 ある時彼女は一人の男に恋をしました。男は歌い手で、彼女に色々な歌を歌いました。2人は少しずつ惹かれていき、やがて女は男に愛の歌を歌うようになるのでした。
 しかしながら彼女の幸せはそう長くは続きませんでした。男が突然の事故で亡くなってしまったのです。
 ああけれど、女には男が死んだということを知り得る術がありませんでした。聞こえなくなった彼の声を思いながら、女は毎晩歌いました。男が自分の元へ戻って来るようにと願いを込めて。
 そうして月日が流れて行き、女の心に少しずつ翳りが募った結果――
 女は声さえも失ってしまったのでした。

沈黙の調べ


■序章■

 その女性は白磁の肌に漆黒の艶やかな髪を流した美しい女でした。
 けれども彼女は生まれつき視界を閉ざされていました。聞くこと、もしくは触れること。それが彼女が世界を知る手段でした。そして声を発することが唯一彼女が自分を表せる手段だったのです。
 ある時彼女は一人の男に恋をしました。男は歌い手で、彼女に色々な歌を歌いました。2人は少しずつ惹かれていき、やがて女は男に愛の歌を歌うようになるのでした。
 しかしながら彼女の幸せはそう長くは続きませんでした。男が突然の事故で亡くなってしまったのです。
 ああけれど、女には男が死んだということを知り得る術がありませんでした。聞こえなくなった彼の声を思いながら、女は毎晩歌いました。男が自分の元へ戻って来るようにと願いを込めて。
 そうして月日が流れて行き、女の心に少しずつ翳りが募った結果――
 女は声さえも失ってしまったのでした。


■2.告解■

 扉を開くと茶色いサングラスをした女性が正面を向いて座っていました。彼女はみずきとシュラインが部屋に入ってから一拍おいて歓迎の意を表すように小さく微笑み、それから首を傾げました。それを見た斗子はすかさず彼女の側に寄って、その手を取ってから優しい口調で説明します。
「私の知り合いの方々で、どちらも音楽に通じているんです」
 音楽、という言葉に彼女は一瞬眉根を寄せると、それを隠すかのように曖昧な苦笑を浮かべました。その彼女の隣に寄り添うように立っている男性――これはいわゆる霊体というもので、みずき以外の誰もその姿を確認できませんでしたが――を見て、みずきはさりげなく部屋を出ていきました。その後を男の霊体が追いましたが、誰もそれには気付きませんでした。

 さて、部屋から出たみずきは男が示すままに玄関脇の応接室らしき部屋に入りました。4畳半程の小さな部屋にはアンティーク調の古く美しい木棚があり、その手前のガラスのテーブルを挟んで革張りのソファが置かれていました。男がその片方に座ったのを見て、みずきはもう片方に座ると、一息吐いてから言いました。
「彼女を思って留まったにしては……あなたの存在は薄過ぎるように思うのですが」
 男は「霊感が強い」というだけでは見えないほどおぼろげでした。あの場にいた他の誰もが気付かないほど――とは言え、みずきは彼女等がどれほどの霊感を持ち合わせているのか、正確には知り得ないのですが――今にも消えてしまいそうな雰囲気を漂わせています。
 指摘されて、男は微苦笑した後に少し俯いて告げました。
「死んでも仕方ないと思っていましたから」
 みずきは驚いて表情を変えましたが、何も言わないままに先を促しました。
「……こんなことを話したところでどうなるとも思えませんが、私はしてはいけない罪を犯してしまったんです」
「だから死んでもおかしくはない、と?」
 みずきの問い掛けに男は2度軽く頷くと、自嘲めいた笑みを浮かべて話を続けました。
「重い罪です。例えそれが完全な悪ではないとしても――死んで当然のことをしました。やる前からわかっていたことですが、私はそれでも彼女に世界を見せてあげたかった」
 どういう意味かとみずきが問おうとした丁度その時に、扉をノックしてシュラインが入って来ました。
「いたいた。桜坂さん、新しいお客さんが来たのだけれど……」
 どうしてこんな所に?と尋ねられましたが、みずきは微笑んだだけで静かに立ち上がり、シュラインを促して先ほどの部屋に戻るのでした。


■3.遺された物■

 新たな客――春香は手にしていたスーツケースをテーブルの上に置き、中身が皆に見えるように底を持ち上げて開けました。中の大金に皆が目を見開きます。唯一人――盲目の女だけは状況を把握出来ずに、空気が変わったことに不思議そうな顔をしていました。
 春香は持ち上げていたスーツケースをそっと下ろすと、居合せていた3人に向かって言いました。
「これで彼女の目を治してやってほしい」
 突然の申し入れに動揺が走りました。見知らぬ男から普通に暮らしていれば到底稼ぎ切れないような額を差し出されれば当然です。
 困惑しきった様子の4人に向かって、春香はゆるゆると頭を振ると言葉を注ぎ足しました。
「俺からの金じゃない。……ある男の遺志だ」
 その言葉にみずきはぴくりと反応を示しました。ある男、というのはもしかしなくとも……。
「彼からのものなんですね」
 いつの間にかスーツケースを目の前にしていた斗子が、その表面をそっと撫でながら呟きました。スーツケースは元はその男の物だったのでしょう、薄らとですが、彼の人の記憶を斗子に伝えました。そしてその悲哀を帯びた表情に、シュラインも男がどうなったのかを悟りました。
「彼は……亡くなったのね」
 それを聞いて女はびくりと肩を震わせ、それでもある程度は覚悟していたのか深呼吸をすると取り乱すことなく、ただそっと顔を伏せて両の掌を押し当てました。嗚咽すら漏らせずに涙を流すばかりの彼女に、みずきはその肩を優しく抱きました。
「彼はあなたに世界を見せたかったんですよ」
 みずきは言って視線を傍らに立つ男に向けました。相変わらず眉尻を下げた情けない表情で、それでもその手は彼女の肩に伸びています。もどかしいのか、もう片方の手は強く拳を握っていました。
「歌はその為の第一歩だったはずです。たとえあなたに彼は見えなくても、彼は今もあなたの側にいます。……彼のことを思うなら、生きて幸せにならないと」
 女はみずきの言葉に確かに頷きましたが、涙は止まらないようでした。けれど辛くて泣いているばかりではありません。温かいから泣くのです。
 斗子はスーツケースを彼女の膝に乗せ、顔を押さえていた彼女の手を導いてそれを抱かせました。
「その人があなたに遺した想いです。彼は命を賭して貴女を愛した――貴女も、彼を愛していたからこそ歌を歌ったのでしょう?」
「声は出なくても、きっと彼には届くだろうから――歌ってみましょう?」
 シュラインは彼女を立ち上がらせて、慰めるように彼女の背を撫でました。女はまた数度頷いて、すぅっと息を吸い込みます。
 初めは息の出入りする音だけで、他人から見ればとても歌っているようには思えないような状態だったのですが、涙を流し、言葉を吐き出すことで胸の翳りが消えて行くのか、彼女の声が徐々に戻り始めたのです。
 それはもう、奇跡のように。
 音を取り戻したばかりの彼女の声は細く震え、時折掻き消えてしまったりもしましたが。
 それでも誰もがその切なさと温かさに涙せずにはいられないような、美しい歌でした。



                           ―了―



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【5040/桜坂・みずき(おうさか・みずき)/女/22才/音楽講師】
【2726/丘星・斗子(おかぼし・とうこ)/女/21才/大学生・能楽師小鼓方の卵】
【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26才/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【3968/瀬戸口・春香(せとぐち・はるか)/男/19才/小説家兼異能者専門暗殺者】

(※受付順に記載)


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■         ライター通信          ■
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 こんにちわ。ライターの燈です。この度は『沈黙の調べ』にご参加頂きありがとうございました!
 今回の話は実は1度データが全部飛びまして……(汗)バックアップを取っていなかったので思い出しながら丸々書き直しました。でもそのおかげで話の矛盾点を少しは減らせた……はず(ヲイ)
 というか今回もプレイングをほとんどスルー状態ですみません!本人書いてる時は取り入れているつもりなんですが、後から読み直すとどうも反映しきれていないような気がします。り、力量不足で申し訳なく m(_ _)m

 ……それでは、取りとめもなく失礼いたしました。また機会がありましたらよろしくお願いします。