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■I’ll do anything■

九十九 一
【0164】【斎・悠也】【大学生・バイトでホスト(主夫?)】
 都内某所
 目に見える物が全てで、全てではない。
 東京という町にひっくるめた日常と不可思議。
 何事もない日常を送る者もいれば。
 幸せな日もある。
 もちろんそうでない日だって存在するだろう。
 目に見える出来事やそうでない物。

 全部ひっくるめて、この町は出来ている。


学べば即ち固ならず


 時期は2月に入って少したった頃。
 行事で言うならバレンタインの少し前あたり。
 一見してそうした行事とは縁遠そうに思える夜倉木家に、悠也がおみやげを手に訪れた。
「おじゃまします」
「いらっしゃい」
 笑顔で迎え入れてくれたのは、夜倉木有悟ではなくその母親の詩織。
 彼女もまたこの家の家業を継ぐ人であるにもかかわらず、誰もが想像する以上に人当たりの良い女性だった。
 今日家に来たのは悠也とりょうとナハトの二人と一匹。
 ここに来るならいてもおかしくないだろう息子の方が来ていない理由は、もう少し後で解る事であるから置いておく事にして、尋ねる事は事前に彼女に話してある。
 訳を話すと彼女は楽しそうに協力してくれると言っていた。
「お客が来てくれるとやっぱり嬉しいですから」
 今日は天気がいいからと案内された縁側で、のんびりとお茶を飲む。
「少し早いですが、良かったら食べてください」
「ありがとう、いただきます。凄くきれい」
 おみやげはバレンタインが近いと言う事から、飴細工のバラとリーフパイ。
 どちらも悠也が作ったもので、箱を開けた時の見栄えも良く見えるように詰め合わせられている。
「はー、助かったー」
 のんびりとお茶を飲む直ぐ前の庭では、りょうが大きくのびをしていた。
「息抜きも必要だと思いまして」
 〆切が近づいている中、りょうとナハトには現在地の特定が不可能な結界を施して一緒に来てもらったのである。
「流石にこのままだとまずいですから、散歩と一緒に取材に行かれては?」
「そうだな、これ以上は色々まずそうだしな」
 時計を見てがくりと肩を落とす。
「だよな……」
 鞄を手にしたのを見て出かけるのだろうとナハトがすいっとりょうの足下に立つ、何時も通りに人の姿に戻そうとした所で悠也が待ったをかけた。
「りょうさんが戻すのでは負担が大きいですから、俺に手伝わせてください」
「いいのか、ありがとな悠也」
「いいえ」
 人に戻す方法はもはや慣れたもの、力を送り込み犬の姿から人の姿へと変化させる。
「どうですか?」
「ああ、大丈夫だ」
 具合を確認してから、ナハトに渡したのはは魔術の資料。
「興味あると思いまして、ゆっくり読んでいただければと思いまして」
「それは有難いが、りょうは……」
 今のところ色否事件の都合上一人にするのはまずいと言う事。
「悠と也が同行しますから、偶にはゆっくりしてはどうですか?」
「悠ちゃんですー☆」
「也ちゃんですー♪」
 呼び出した二人が来るくるっとりょうの周りを走り、手を引いていく。
「だな、偶にはこう言うのも良いだろ」
「おさんぽに行きましょうー☆」
「お菓子持って行くのですー♪」
「いってらっしゃい」
 かくして、のんびりとした一時が始まった訳である。



 取材に行ってから暫く。
「そろそろ帰ってくる頃だと思いますよ」
「楽しみにしてるわ」
 まだ寒い時期だったが、空気の入れ換えも兼ねて庭沿いの障子を開いていく。
 出かけた直後に、ここにいるとメールをしてあったのだ。
 例え何あると解ったとしても、ここにしか手がかりがない以上寄るしかないだろう。
「これから少し騒がしくなるかも知れませんが、ご迷惑おかけします」
「賑やかなのは好きだから、気にしないで。それに騒いでも外からは見えないような作りになってるから」
「ありがとうございます」
 事実、中庭は住居や道場や蔵に囲まれたような場所に在り道路からは見えない位置にあるのだ。
 まるで箱庭のようなその場所は外からの音も少なく、空が良く見えて心地よい。
「本当はもっと植物とか欲しいけど、庭も使う時があるから危ないのよね。白熱したら踏まれちゃいそうで」
「安全は………確かに問題ですね」
「作ってみたいと思うんだけど、どうにも飽きっぽいのもあるから。道具は揃ってあるんだけど」
「一度始めたらどうですか、楽しいですよ」
 日当たりのいい場所や、何処が安全か等といった話。
 花や木を植える話から家庭菜園の作り方に話が移り始めた辺りで、ようやく待っていた相手が来たようだ。
「お帰りなさい、有悟」
「おじゃましてます」
 僅かな足音も感じさせずにここまで来た夜倉木は、二人がお茶を飲んでいるのを見て何とも言えない表情をする。
「………ただいま」
 ほんの僅かな間沈黙してから鞄を床に置く、どうやら大体の事情は察したようだ。
「どうしてこんな事を? あの馬鹿はいま一人ですか?」
 奥の部屋で本を読んでいるナハトを見た夜倉木に、大丈夫だと補足する。
「りょうさんには悠と也と一緒に取材に行って貰ってますから、安心してください」
「なら続きは帰ってからやらせるとしますが……そうじゃなくて、ここまでまわりくどい事をした理由は?」
 問に悠也は笑みを返しつつ答えた。
「ぜひ一度手合わせをお願いしたくて」
「何事も経験よ」
 悠也と実の母からの笑顔を受け、普通なら断れない状況ではあるのだが……本当に嫌ならどんな状況でも断る性格だからこれは問題にはなら内だろう。
 むしろそこはかとなく楽しげな表情で頷く。
「……構いませんよ、お相手します」
「強い方を相手に運動してみたかったんです」
 何とはなしに空を見上げてから鞄を手にこういった。
「……袴に着替えてきます、先に道場の方に行っててください」
「悠也君も着替えてらっしゃい、向こうに用意して置いたから」
「ありがとうございます」
 今の内に軽く体を解しておこうと悠也は言葉通り道場へと向かう。
「素直じゃない子達よね」
 一人残ったその様子を見ていた母は、のほほんとお茶を飲みつつ誰に言うともなく呟いた。



 広い道場に揃い正座をして並ぶ二人に、始める前に何時もしている事だからと説明をしてくれる。
「誰かがいる所でしか組み手はしては行けません、これはヒートアップして大事になるのを回避するためです」
 二本目の指を立て、説明を続ける。
「次に決まったと思ったら止めます、良いですね」
 二人が頷いたのを確認し、三本目のの指を立てた。
「あくまで体を動かすのがメインなので、そこを踏まえてね」
 最後のは、悠也にではなく夜倉木の方にいったようだった。
「では始め!」
 立ち上がり礼をしてから組み手を開始する。
 両手をさげる体勢はこちらの出方を見て動くための物だろう。
 それならと先手を打って出た悠也の拳を半身を逸らし、更に前へと踏み込んだ。
 死角へと回られるよりも前、体が交差する一瞬。
 トッと悠也は軽い音を残して床を蹴り、勢いを付けて放った回し蹴りは身を低くする事で回避される。
 だがそうなる事は予測の範疇。
 屈んだ体勢から放とうとする掌底を、不安定な体勢をすぐさま立て直し後方へと飛日距離を取る。
 一瞬の攻防。
「流石ですね」
「どういたしまして」
 最初は軽い腕試しだ。
 一拍置いてから再開される攻防は徐々に早さを増していく、双方とも型にはまった体裁きをしており、良く出来た演舞や殺陣のように感じられる。
 相手の動きを読み、回避をしつつ先手を打つの繰り返し。
 単純に力を必要とする組手ではなく、同時に技術や経験が重要になって来ている。
 上質な戦術ゲームの様な組み手はもちろん何を打ち合わせした訳でもなく、何かあるとすれば少しでも動きが先に鈍らせた方が一撃を食らう事になるだろうギリギリの動きで繰り広げられているのだ。
 そのラインも、少しずつレベルが上がってきている。
「こう言うのも楽しいですね」
「俺もです、滅多に出来ない事だ」
 足払いを回避し、上へと飛ぶと見せかけ背面飛びで背後を取る時には相手の姿はすでににない。
 ハイレベルな組み手は、しばらくの間続いた。



 どちらが勝つかは目的ではなかったため、長く続いたからと一度休憩を入れる事になったのである。
 かなりの運動量をこなしたのに、悠也も夜倉木もほとんど息を乱していない辺り流石だといえよう。
「はい、お水」
「頂きます」
 よく冷えた水が喉を通るのは、運動の後で疲れた体を癒すのにちょうど良かった。
「形は柔らかくてきれいな動きをしてるんですね」
 組み手をしていて、気付いた事を問い掛ける。
 古武術という事は知っていたが、独特な形だと思ったのだ。
「基礎は中国系ですから、その影響を受けているためだと」
「確かに他にも色々混ざっているようですが」
「個人や時代によっても色々取り入れたりもしてるから、基本の型に個人によって使いやすいようにアレンジしてるのもあるんですよ」
「その場によって使い分けた方が特定出来なくて良いんです」
 どの武術も極めれば無駄な動きが無く見える物だが、違いを挙げれば日本の武術が直線的なとすれば中国系の物は円や流線型だといえよう。
「今度またお手合わせをお願いします」
「次は剣術でもどうですか?」
「それも楽しそうですね」
 一息付いているまさにその時。
 鳴り始めたのは悠也の携帯。
 相手はりょうからで、メールの文面では夕方頃には帰ると言う事だった。
 目の前にいる夜倉木もそれに気付いたらしく、どうしたものかと苦笑する。
「帰ってくるのが実に楽しみです」
「程々にしてあげてくださいね」
 なにやら捕獲用の仕掛けを作り始めたのを眺めつつ、悠也は帰ってくるまでの間に穏便に済む方法を考え始めた。
 平穏な時間が過ごせそうなのは、もう数時間の話である。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0164/斎・悠也/男性/21歳/大学生・バイトでホスト】

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■         ライター通信          ■
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発注ありがとうございました。

平和な一日が過ごせて珍しいと驚いてます。
きっとこの後何か起きても上手く止めてくれると信じてます。
強いと言われて夜倉木はなにげに喜んでいたりするのでまた遊んでやってください。

それではありがとうございました。