■逢魔封印〜弐の章〜■
森山たすく |
【4584】【高峯・燎】【銀職人・ショップオーナー】 |
都心からやや離れた場所にひっそりと建つ、占いグッズ専門店『瑪瑙庵』。
その内実とは裏腹に、見た目はこぢんまりとした日本家屋である。
店内には、いつものように閑古鳥が鳴いていた。
店主の瑪瑙亨は、暇つぶしに、愛用のタロットカードで占いをしてみることにする。カードをシャッフルし、オリジナルのスプレッドを展開していく。そして、リーディング。
そこで、彼の表情が陰を帯びた。
カードの配置。
裏の『仕事』が舞い込んでくる時は、必ず、この配置になる。『当たるも八卦』どころではない。今まで外れたことがない。
彼は、慌てて店の入り口まで向かうと、磨り硝子が嵌め込まれた木の引き戸を開け、『臨時休業』という木の看板を戸口にぶら下げた。
亨は店の奥にある、自室の畳の上で胡坐をかき、茶を啜る。
目は、まるで瞑想に耽るかのように閉じられていた。
やがて。
携帯電話が着信を告げる。
彼は懐からそれを取り出すと、通話ボタンをプッシュしてから、耳に当てた。
「はい」
『……あの……あの……息子を……』
電話口から聞こえてきたのは、涙混じりでか細い、明らかに平静さを欠いた女性の声だった。
裏業界に関わったことがない人間だということはすぐに分かる。この状況で演技をする趣味を持っているのなら別だが、少なくとも亨はそういう人物に心当たりがない。
「とりあえず、落ち着いて下さい」
『は、はい……すみません』
女性は今にも消え入りそうな声で謝ってくる。電波の向こう側で、実際に頭を下げているかもしれない。
『……息子が、行方不明になったんです』
「そういうことは、警察に相談して下さい。俺の仕事ではありません」
『ちょっと待ってください!お願い!話を聞いて下さい!!』
間髪入れずにそう言った亨に、女性は必死で縋ってくる。
「……分かりました。とりあえず、順序立てて話して下さい」
女性の話を要約すると、こういうものだった。
彼女の八歳になる息子が、ある日突然、人が変わったようになり、手を触れずに、周囲のものを動かし始めた。彼女はそれに恐れおののいたが、誰にも相談できず、また、直接の被害は被らなかったため、息子の学校には休学届けを出し、ずっと周囲には隠し続けていたという。ちなみに、彼女は夫とは離婚しており、現在は息子と二人暮らしだった。
『それで、今朝起きたら、テーブルの上にメモが置いてあって、息子がいなくなっていて……』
メモには、こう書いてあったという。
『このままだと、ぼく、ママをころしちゃうから、出ていくね』
「それで?行き先に心当たりはないのですか?」
『それが……全く……それで、どうしていいか分からなくて、そうしたら、以前、送り主不明の手紙が届いていたことを思い出して、その時は怖かったから捨てちゃったんですけど、まだゴミ箱に残ってて、とにかく、開けてみることにしたら、こちらの電話番号が書いてあったんです』
か細かった女性の声は、堰を切ったように急に勢いを増す。動揺はまだ治まる気配を見せず、話す言葉はあまり筋道立ったものとはいえない。
「成る程……」
恐らく、その手紙は亨の『仲間』の誰かが、何かがあった時のために送りつけたものだろう。
――ということは、亨の知らないうちに、女性の息子は『マーク』されていたことになる。
俗に『封印ネットワーク』と呼ばれるグループに所属している、魔の『封印』が可能な『封印師』は亨だけではない。宝石などの石に『封印』する者もいるし、人形などに『封印』できる者もいる。
そして、そのサポートをする『サポーター』たちは、目をつけた者を片っ端から『マーク』していく。その基準は非常に曖昧かつ適当で、『封印師』の選択も、『サポーター』に一任される。
『ネットワーク』とは名ばかりで、正直、連携が取れているとは言い難い。同じ場所で二人の『封印師』が顔を合わせたこともあるし、結局手が回らずに、攻撃能力を持つ『サポーター』が、『封印』を諦めて、退魔をしたこともある。
『封印物』は裏ルートでオークションに掛けられ、また、それを求める好事家たちは沢山いる。
そのため、ひとつの『封印物』でかなりの金額が手に入る上、グループ内にいる者たちは、それぞれ本業を持っていることが多いので、ある種のゲームと捉えられている部分もあった。
――まあ、中には亨のように、『封印』だけで食い繋いでいるような者もいるわけだが。
『……とにかく、とにかくあの子を助けて下さい!お願いします!』
「了解しました。引き受けましょう」
電話口で泣き崩れた彼女に、果たしてその声が届いたかどうか。
(いずれにしても……)
誰か、『サポーター』役を引き受けてくれる者を探すしかない。
先ほどの、タロットカードの配置が出た時には、必ず当たることがもうひとつある。
それは――『グループ内に手の空いている『サポーター』はいない』
亨は、深い溜め息をつくと、冷め切った茶を一口啜った。
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『逢魔封印〜弐の章〜』
雨が降る。
高峯燎はその中を、傘も差さずに歩いていた。午後から雨になるとは聞いていたが、傘を持ってくるのが面倒だったのだ。雨が降るなら濡れればいいだけのこと。
桜の季節はもう終わりを告げ、青々とした葉が目につく。
気がつけば、都心から離れていた。人通りもどんどんまばらになっていく。周囲に咲く傘の花が、人工的な美しさを醸し出している、といえなくもない。
青い髪が顔に纏わりつき、黒のTシャツが肌に張り付く。鬱陶しいことは鬱陶しいが、まるで天の洗礼を受けているようで、たまにはこういうのも悪くはない、とそんなことを思う。身に着けているシルバーアクセサリーが、弱い陽光を受け、鈍く光った。
(……ん?)
何となく彷徨わせていた視線が、ある一点で留まる。
そこには、周囲から隠れるように佇む、一軒の日本家屋。よく見ると『瑪瑙庵』と筆文字で書かれた看板が下がっているから、何かの店だろうか。
最近ではこういった建物はあまり見かけなくなった。少しだけ興味を惹かれるものがあり、燎は中に入ってみることにする。
「いらっしゃいませぇ」
刷り硝子の嵌った引き戸を開け、中へ足を踏み入れると、間延びした男の声に出迎えられた。渋柿色の和服を身に纏っている姿は、着慣れている印象を受けたが、如何せん、茶色く染めた長髪に似合っていない。
店内には、先客が居た。白ワインのような色の髪を垂らし、すらりとした長身に、高級そうな服をセンス良く着こなしている。その美貌もさることながら、片目に着けた不思議なデザインの眼帯が目を引く。燎の視線に気づいたのか、客は一瞬だけこちらを見たが、また手に持っていた商品に目を戻した。燎も特に興味があった訳ではないので、店の中を見回してみることにする。
タロットカード、パワーストーン、タイトルからして恐らく占いに関する本、雑誌、その他にも占いグッズや、何だか良く分からないものが所狭しと並べられていて、どことなく雑多な印象を受ける。
「お客さん、大分濡れちゃってますねぇ。これどうぞぉ」
恐らく店主だと思われる、先ほどの和服姿の男が、こちらへと近寄ってくると、手拭いを差し出してきた。
「ああ、助かる」
燎は一言礼を言い、手拭いを受け取ると、濡れた髪や顔を拭き始める。
「ここまでしてもらって悪ぃんだが、俺は、占いとかに興味はねぇから……」
手拭いを返しながら言った燎だったが、ふと、目に留まったものがあった。
シルバークロスのペンダント。
自身がシルバーアクセサリーを扱うショップを経営しているからではない。そこから発せられている『気』が違うのだ。邪気ではないが、明らかに異質な『気』。
気がつけば、燎はそれに近寄り、手にしていた。周囲を改めて見回すと、似たような『気』を放つものがそこここに点在していた。平たく言えば、曰くありげな代物。
それをにこやかに見守っていた店主の目が、すう、と細くなる。
「お客さん、もしかして、『魔』を退治したりできますか?」
その唐突な問いかけに、燎は思わず頷いていた。
「――と、いうわけです。協力してくれますね?」
瑪瑙亨と名乗った店主は、話し終えると、一息ついた。今までの間延びした口調や、にこやかな笑顔は影を潜めている。しかも、話を半ば無理矢理に聞かされた挙句、「協力してくれませんか」ではなく、「協力してくれますね」と来ている。燎が返答に困っていると、先ほどの客が、声を掛けてきた。
「私も協力するよ――本当は行方不明になったのが、美少女なら良かったんだけどね」
「あんた、そんなナリしてるが、女だろ?」
燎が思わずそのようなことを口にすると、客は、口の端を上げる。見た目は青年にしか見えないが、纏っている『気』は、明らかに女性のものだった。
「私の性別なんて、どうでもいいだろう?ああ、申し遅れたが、私は狩野宴――店長さん、これくれる?」
宴はそう言って、カーネリアンのペンデュラムと一万円札を亨に差し出す。亨は「ありがとうございます」と言うと、商品を袋に包み、釣りと一緒に宴に渡した。
「ああどうも。聞いてしまった以上は、協力は惜しまないけど、チームを組むのが男だけとは華がないね。他に協力者はいないのかな?」
つまらなそうに言う宴を横目に、亨は懐からタロットカードを出すと、一枚引き、それを見てニヤリ、と笑った。
「どうやら、もう一人居るようだ――女性がね」
「それはいい。美人ならなおさらだね」
「まあ、とりあえず」
二人の会話を遮って、燎が口を挟む。
「取り憑かれたガキも気の毒な話だし、手を貸してやるさ。そん代わり瑪瑙サンとやら、後で酒でも奢ってくれよ。イイ店知ってんだ」
「了解した。仕事が終われば、酒など幾らでも飲める」
「その言葉、忘れんなよ?ああそうそう、俺は高峯燎ってんだ。ヨロシク」
「男の名前なんて別に興味ないよ」
「あっそ」
爽やかに笑った燎を宴が素っ気無くあしらう様を見ながら、亨は喉の奥でくつくつと笑い声を漏らす。
「とにかく、例の母親の元へと向かおうか」
店を出ると、雨は上がっていた。
灰色の雲間から、眩い日の光がシャワーのように降り注ぐ。
そこに、傘を畳んで手に持った、長い黒髪の少女が立っていた。学校帰りなのか、制服を着ている。彼女はこちらを見て、少し驚いたような表情をしてから、視線を少し彷徨わせ、おずおずと口を開いた。
「あの……瑪瑙さん、お久しぶりです」
「ああ、結……」
「おお、可愛らしいお嬢さんじゃないか。私は狩野宴。君のお名前は?」
亨が返事をしようとすると、宴が気障に髪をかき上げながら、話に割り込む。少女はやや困惑しながらも、「初めまして、四方神結と言います」と丁寧に答え、お辞儀をした。
「結ちゃんね。これからも宜しく。いや、さっきからむさ苦しい男しか見ていなかったから、君の姿は、まるで砂漠の中のオアシスみたいだよ」
「は、はぁ……」
歯の浮くような台詞を平然と口にする宴に、結は目を瞬かせながら、曖昧な返事を返す。そして、亨に向き直ると、胸を片手で押さえながら、空気を求める魚のように、少し息苦しそうに言葉を発した。
「あの……何だか上手く言えないんですけど……今日、ここに来なければいけないような気がしたんです……何だか、胸騒ぎがして落ち着かなくて……」
「成る程」
亨が落ち着いた声音で、結の言葉を遮った。
「君が、最後のパートナーだ」
「……パートナー?」
不思議そうに声を上げる結に、亨は小さく頷き、宴は嬉しそうに微笑み、燎は「ヨロシクな」と言った。
件の母親の元へと向かう道すがら、亨が今回の事件について、結に説明をする。宴は度々話の腰を折ろうとしたが、その度に燎に止められた。
やがて、目的地が見えてくる。
そこは、二階建ての古い木造アパートだった。教えられた部屋はニ〇三号室。軋む階段を四人は上り、ドアの横に取り付けられている、小さなブザーを亨が押した。それと同時に、奥からバタバタと慌しい音が聞こえ、中から二十代後半くらいの女性が出てきた。着替えていないのか、パジャマ姿のままで、化粧っ気も全くない。頬には涙が伝ったと思われる筋が幾本も見られ、目は赤く腫れていた。
「息子さんの件でお伺いしました」
亨が静かにそう告げると、女性は今までの鬱憤を爆発させたかのように、声を荒げる。
「遅かったじゃない!ずっと待ってたのに!卓也が居なくなったのは今朝で、電話だって――」
「お母さん」
宴が穏やかな声音で、取り乱している女性に声を掛けた。彼女がこちらを振り向くと同時に、右目の眼帯をずらす。
「落ち着いて。まずは部屋の中に案内を」
「はい……」
さっきまであれほど混乱していた女性の目は惚けたものになり、急にしおらしくなる。宴が彼女に対して何かをしたのは明らかだったが、元々異能者の集団なので、別段気にすることでもない。四人は、女性の案内で、家の中へと足を踏み入れた。
部屋の中は、一間しかなく、狭かった。そして、まるで空き巣にでも遭ったかのように、雑然としていた。恐らく、卓也と呼ばれた女性の息子が、突然備わった能力を暴走させた結果なのだろう。
四人は女性に勧められるまま、適当な場所に腰を下ろし、出された茶を飲む。
「あの……卓也を本当に見つけてくれるんですね?」
女性が不安げな表情で問う。それに対し、宴が微笑みながら答える。
「いなくなったのは今朝でしょう?八歳の子供の足じゃ、そんなに遠くに行っているとは思えない」
「そう……ですよね」
その言葉に少しは安堵したのか、女性は深く溜め息をつく。
「何かに取り憑かれてんのは確かなんだから、その痕跡を辿っていけば簡単に見つかる。任せとけって」
今度は、燎が茶を啜りながら、安請け合いとも取れるようなことを口にした。だが、彼にはそれだけの自信があるのだ。彼の直感は、かなりの確率で的中する。
二人に励まされるような形になり、女性の顔にも笑顔が垣間見えるようになって来たとき、それまで考え込んでいた結が口を開いた。
「狩野さんが仰るように、八歳の子供ならそんなに遠くにはいけないのではないかと思います。お金の持ち合わせもそんなにないでしょうし……こういうことを言うのは失礼かもしれないのですが、もしかしたら、お父さんの所に行っているのかも……」
その途端、女性の態度が豹変した。
「そんなこと、あるわけないじゃない!あいつのせいで卓也は……あいつのところに行くなんてありえない!絶対あるはずない!」
「ご、ごめんなさい……変な意味じゃなくて、可能性のひとつとして……」
「あいつのせいで!いや、私のせいで……卓也……卓也……ごめんね……」
顔を隠すこともせずに泣き崩れる女性に、一同がどう対処していいものか迷っていると、宴が彼女の肩に手を置き、再び眼帯を外し、ゆっくりと噛み締めるように言った。
「父親の居所を教えなさい」
都内の高級住宅街に聳え立つ、豪奢なマンション。
その一室に、卓也の父親は住んでいた。もう日は傾きかけているとはいえ、不在も心配したが、大手IT企業に勤めているという彼は、最近自宅での仕事が多いらしい。
彼は、三十代を少し過ぎたくらいで、身なりもきちんとしており、振る舞いも至って紳士的だった。突然訪れた正体不明の燎たちを特に警戒するでもなく、快く自室に招き入れてくれた。
「それで……卓也は大丈夫なのでしょうか?正直、彼女が話していることは、私には到底信じられません。ここは、やはり警察に連絡した方が……」
「貴方が信じる信じないに関わらず、現在の世界では、このような事例は珍しいことではありません。そのことは、お分かり頂きたく思います」
男性が発した疑問の言葉に、亨が静かに答える。
「結ちゃん?どうしたの?」
宴が結を心配そうに見つめる。彼女の身体は、小刻みに震えていた。
「大丈夫……です。ごめんなさい」
そこで、暖色系で統一された、センスの良い室内をぼんやりと見回していた燎が、視線を男性に向け、唐突に口を開く。
「俺は、回りくどいやり方は好きじゃねぇ。だから、単刀直入に聞く。あんた、ガキに何をした?」
そう聞かれ、男性は目を丸くしたが、次には心底残念そうな表情を作る。
「『何をした』って……父親として当然のことをしたまでですよ。なのに、彼女からは一方的に離婚を言い渡され……裁判所も親権を認めてくれなかった。養育費の援助さえ拒否されたんですよ。酷い話です……本当に……」
「お父さん、私の目を見てくれるかな?」
男性の言葉を遮り、宴が眼帯を外しながら言う。
「本当は、何をした?話しなさい」
その途端、男性の目の焦点がぼやけ、言葉も覚束ないものになる。やがて、語られたのは――
虐待の事実。
そして、二十五年前の事件。
「仕方なかったんだ!卓也が言うことを聞かないから!あれは躾だったんだ!僕だって……」
嗚咽を漏らしながら蹲る男性を残し、四人はその場を無言で後にした。
『立ち入り禁止』。
そう書かれた札が立て掛けられ、有刺鉄線が行く手を阻む。しかし、ところどころが破け、その役目を果たしているとは思えない。
児童養護施設『楽園』跡地。
「ここで間違いねぇな!禍々しい気配がプンプンするぜ」
燎が、鉄線の隙間を潜る。続いて亨、宴が続いた。
「嬢ちゃん、来ねぇのか?」
俯いている結に、燎が声を掛けた。
「やる気がないのなら、来ないほうがいい」
亨が背中を向けたまま、冷たく言い放つ。結は、まだ視線を彷徨わせていたが、やがて、小さく頷いた。
「――行きます」
庭だったと思われる場所を走りぬけ、子供のための施設というよりは、病院のような外観の建物の中へと入り込む。
うぉぉぉぉぉん。
悲鳴のような、叫びのような、不気味な重低音の『声』が辺りに響く。
その途端。
壁から数十本の白い手が伸び、こちらへ向かい、襲い掛かってきた。
燎は慌ててポケットを弄る。しかし、生憎、退魔をするための符を持ち合わせていない。仕方がないので、代わりに出てきたメモ帳とボールペンで即席の符を作り、秘言を唱え始める。しかし、長年やっていなかった所為か、さらに増え続ける白い手の数本が消えただけだった。
「がぁー!もうめんどくせぇ!」
そう言うと彼は、見につけていたシルバーアクセサリーのひとつを毟り取ると、自らの霊力を纏わせた剣に変化させ、白い手たちに切りかかる。
「はぁっ!」
結は、『魂裂きの矢』と呼ばれる、念で創った光の矢で次々と白い手を射抜いていた。
亨と宴に向かってくる『手』は、宴が眼帯を外したことで発動できる精神攻撃で防いでいた。『手』を減らすことは出来ないが、少なくとも、襲って来させないようには出来る。
「やれやれ……君も仕事しなよ」
「すまないが、俺には攻撃能力はないのでね」
「おい!これじゃキリがねぇぞ!」
どこか呑気なやり取りをしている二人の方に向かって、燎が叫んだ。白い手は、減らされても減らされても、また再生してくる。
「上……ですね」
結が、白い手に阻まれている先の階段を見ながら言った。燎も、同じことを感じたのか、大きく頷く。
「私がこの『手』の動きを止めるから、離れて!」
宴が声を上げると同時に、結と燎は後方へ飛び退った。
「行くよ!」
宴の目がカッと見開かれる。
その瞬間、全ての『手』の動きが止まった。
「さぁ、早く!」
「うっし、サンキュ!」
燎を先頭に、残りの三人も階段へと急ぐ。
二十五年前。
ここで暮らしていた、児童の数人が、施設の職員からの虐待により、死亡する、という事件が発覚した。
残りの児童の殆ども、何らかの形で、虐待を受けていたという。
うぉぉぉぉぉん。
今度は、積み木、人形、ボール――沢山の玩具が、こちらへと向かってくる。
「こんなもの!」
燎が手に持った剣で、それらを一刀両断する。その隙間を縫って、一行はさらに上を目指す。
そして、この施設の中には、卓也の父親も居た。
それは、不幸の連鎖。
燎が錆び付いたドアを蹴り開ける。
その先は、屋上だった。
そこに、少年が蹲って泣いていた。
「――卓也くん!?」
結の言葉に、少年が顔を上げる。
しかし、目の焦点が合っていない。
「卓也くん、お母さんが凄く心配してるの。ねぇ、お母さんのところに帰ろう?」
『嘘を言うな!』
少年の口から出たのは、地響きのような唸り声。
「嘘じゃないよ!本当に――」
『お前は僕の父親が何をしたのか知っているのか!そして、それを止めることの出来なかった、母親を許せというのか!!大人は皆、自分勝手だ!!嘘つきだ!!!許せない!!!!許せなぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!』
「それは……」
卓也の父親から聞いてしまった事実。
不幸の連鎖。
結の目から、涙が溢れる。
「瑪瑙さん……私、出来ないよ……こんなに可哀想なのに……」
「結君、惑わされるな。『サポーター』たちは、がむしゃらに『マーク』したりはしない。彼の心の隙間――報われない子供たちの魂の隙間につけ込んでいる輩がいるんだ」
「でも……」
「危ねぇ!」
亨の言葉に、まだ迷っている結の元へ、触手のようなものが伸びてくる。既でのところで、燎がそれを叩き切った。
「これは……炙り出すしかないね」
宴の目が鋭く光る。
うぉぉぉぉぉん。
精神攻撃を掛けられた卓也が、苦しみ、転げまわる。
「狩野さん、お願い!卓也くんには危害を加えないで!」
「そのつもりだよ」
うぉぉぉぉぉん。
触手が、四方八方に伸びる。燎は、それを次々と切り落とす。
うぉぉぉぉぉん。
やがて、卓也の身体から、巨大な蒼白い毛糸玉のようなものが、ずるずると這い出て来た。
「喰らえ!」
燎が、手に持った剣を、『魔の者』に向かって投げつける。それは、深々と魔の者に突き刺さった。
「まだ足りない!もっと弱らせてくれ!」
亨の言葉に、燎は頷き、別のアクセサリーで今度はナイフを創り上げる。
「嬢ちゃん、覚悟を決めろ!一斉に攻撃するぞ!」
うぉぉぉぉぉん。
不幸の連鎖は。
断ち切らねばならない。
「――はい!行きます!」
「よっしゃ!」
燎のナイフと、結の放った『魂裂きの矢』がひとつになり、輝きを増して、『魔の者』を切り裂く。
「我が言葉は鎖なり!彼の者を捕らえる檻と化す!――逢魔封印!」
次の瞬間、亨が叫ぶ。
懐から出したカードから、眩い光が発せられ、触手のように『魔の者』を絡め取ったかと思うと、カードの中へと引きずり込んだ。
そして、周囲の景色が砕け散る。
気がつくと、そこは、荒れ果てた空き地だった。
どうやら、施設は幻だったらしい。
「卓也くん!」
結が、慌てて倒れている卓也の元へと近寄る。
彼は、静かに寝息を立てていた。
皆の顔に、笑みが零れる。
空を見上げれば、雲を身に纏った月が、こちらを見下ろしていた。
その後、卓也を家に連れて帰ると、母親は泣き崩れ、自分の子供の存在を確かめるように、何度も抱きしめ、こちらに頭を下げて来た。
目を覚ました卓也も、泣きながら、何度も母親の名を呼んだ。
「じゃあ、私はこれで。また何かあったらお手伝いさせて下さいね」
「ええ?結ちゃん、一緒にご飯でも食べに行こうよ」
「それは、またの機会ということで」
帰ろうとする結を、宴が引き止めようとするが、適当にあしらわれる。
「さぁ、瑪瑙サン。約束通り、俺には奢ってくれよ」
「はい〜。いいですよぉ」
普段通りの間延びした口調に戻った亨を見て、三人が忍び笑いを漏らす。
不幸の連鎖が世の中には存在する。
背負いたくなかったものを、背負わされることがある。
だが、それを乗り越え、幸福の連鎖へと繋げることも出来るのだ。
卓也には、きっとそれが出来るだろう。
きっと。
月は、相変わらず、静かに空からこちらを見下ろしていた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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■PC
【4584/高峯・燎(たかみね・りょう)/男性/23歳/銀職人・ショップオーナー】
【4648/狩野・宴(かのう・えん)/女性/80歳/博士/講師】
【3941/四方神・結(しもがみ・ゆい)/女性/17歳/学生兼退魔師】
※発注順
■NPC
【瑪瑙亨(めのう・とおる)/男性/28歳/占い師兼、占いグッズ専門店店主】
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■ ライター通信 ■
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■高峯燎さま
初めまして。今回は発注ありがとうございます!鴇家楽士(ときうちがくし)です。
お楽しみ頂けたでしょうか?
今回の第1グループは、重いテーマを織り交ぜた作品になりました。出来るだけ、重くなりすぎないように、細かい描写は避けましたが……何となく、自分でも押し付けがましいかな、と思う部分があり、読んで下さる方にはどう映るのか、心配だったりします。
高峯燎さまには、僕の出来る範囲で暴れて頂きました。冒頭から雨に濡れてるのは……何だか、そんなイメージだったんです。少しくらいの雨なら気にしないような、ワイルドな印象を受けたので。
あとは、少しでも楽しんで頂けていることを祈るばかりです。
これを機に、亨とも仲良くしてやって下さい(笑)。
尚、今回ご一緒に参加頂いた方々のノベルでは、別視点で描かれているシーンなどもあるので、宜しければ併せてお読み頂けると話の全貌(?)が明らかになるかもしれません。
それでは、読んで下さってありがとうございました!
これからもボチボチやっていきますので、またご縁があれば嬉しいです。
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