■成金人間を退治せよ!?■
朝霧 青海 |
【4788】【皇・茉夕良】【ヴィルトゥオーサ・ヴァイオリニスト】 |
Y・Kシティ内の女子高生・西野 皐月(にしの さつき)はすでに限界に達していた。
「もう我慢できなーい!」
いや、理由は彼女の人生に関わるような大事ではない。ただ、彼女にしてみれば毎日毎日それが続くので、ストレスが溜まって来てしまったのだろう。
「あたし、今、喫茶店でバイトしてるのよ。そう、Y・Kカンパニーのそばにある、喫茶店『TUBONE』ね。最近困ったお客が来るの」
それはどんな人かと聞けば。
「すっごいお金持ちのお兄さんなの。神野・光治(かんの・みつはる)さんって言う人で、いつも財布に札束が入ってる。30台半ばぐらいかしらね。バツ1だか2だかの現在独身。若くして親の遺産を相続してからすごい富豪になったらしくてね、それを元手に今は会社を設立して、今は溢れるお金の泉ってカンジ。見かけはそんなに悪くはないわ、オシャレにも気を使っているもの。20代後半でも通じるかしら?」
で、問題はどこにあるの?
「何がって、態度!どうもうちの店のオーナーと古くからの付き合いらしいんだけど、店に入り浸りなの、ここんところ。金持ちの暇人って言うのかしらね。とにかくお昼の一番忙しい時にほぼ毎日来て、注文は一番いいものを食べるわ。オーナーも、その人からチップ(しかも結構多め)もらってて、特別扱いよ。最近じゃすっかり我がままになって、店の女の子にしょっちゅう声かけて、仕事中なのに話し掛けてはシモネタまがいの話をするし。あたしは声をかけられると、適当に流しちゃうけどね。でもそれやると、寂しいとか冷たいとか連呼するのよ、元々寂しがりやなのかもしれないけど」
オーナーには何も言わなかったのかな?
「ちまちまとは言ってるけど、ただ、その人も悪い人じゃないわ。たまにお菓子皆に持ってきてくれるしね。しかも結構高級なの。だから、あまり酷い事言うのも何かと思って。だから、あたし達も結局現状のままにしちゃってるのよ。けど、自分がお金あるからって、うぬぼれた態度とるし、色々な自慢も…お金はきちんと払うし、さっきも言ったけど悪い人ではないのよ。ただそれがずっと続いてるから、こっちも疲れてきちゃって。お昼頃から夕方ぐらいまでずっといるんだものー」
それで、どうしろって言うのさ?
「店に来るなとは言わないし、あまり強く言うのもね。一応お客様でもあるし、たまに食事連れてってくれたりするから。ただもう少し、こっちに気を使って欲しいのね。ついでにお金を自慢するのもやめてくれれば尚いいかしらね。それがわかってくれれば充分。札束見せ付けられて、ニヤケながら今日はこれしかないけど、何て毎日言われるのはどう?返答に困るわよ、ホント」
皐月は苦笑を浮かべてため息をついた。
「うちの臨時バイトでも、客って形でもいいから、ちょっと協力してくれない?食べ放題ぐらいプレゼントするわよ。今度オーナーが出かける日があるの。その日を狙って是非」
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『成金人間を退治せよ!?』
「『TUBONE』って店、すっごい感じ悪いのよ」
皇・茉夕良(すめらぎ・まゆら)は、高校の友人からそう言われ、顔をしかめて見せた。
「感じが悪いのですか?」
「うん。店自体は悪くないけど、最近凄く不快な客がいるのに、店の人が全然対応しないのよ」
茉夕良の友人は苦笑を浮かべて話していた。
「具体的にはどんな感じなんですの?」
「その客があれこれと我がママ言ってて、注文が多いのよ。それで店の人はそればかり対応して、他の客の方はちょっと疎かにしているって言うか。その人ばかり気にかけるのもどうかと思う。あの店は気に入ってたから、こういうのって残念」
それを聞いて茉夕良は少し考え、友人に答えた。
「それなら、私がそこへ行って少々注意をしてきましょう。客にも問題がありますが、スタッフにも言うべきところがあるでしょうから」
「あら、そう。その人に注意をしてくれるのね、それって助かるぅ」
店に入ってアルバイトである西野・皐月(にしの・さつき)という少女に、茉夕良は自分がここへ来た理由を話すと、茉夕良は店の奥にあるスタッフルームへと案内された。
「まあ、あまりトゲトゲしない方向でお願いするわ。決して、悪い人ではないのよね」
「ええ、事を荒立てるような事はしませんけれど。言うべき事はきちんと言うべきでしょうから」
茉夕良がそう言うと、店の裏口と思われる方向から扉が開く音がし、茉夕良達がいる部屋に金髪の、いかにもいまどきの高校生と思えるような少年が入ってきた。
「こんにちわーっ!今日からここで働かせてもらう事になった、桐生・暁でーす!なーんてっ♪」
扉を開きながら、暁が元気良く言った。
「あ、暁君来たっ!!」
すでに店の制服に着替えていた皐月が、暁の方へと駆け寄った。
「皐月ちゃん、お待たせ♪そちらの女性はどちら様かな?」
「私は皇・茉夕良(すめらぎ・まゆら)と申しますの。こちらの喫茶店には、私の高校のクラスメートが出入りしておりまして、彼女達から苦情を聞きましたの。それで私、今回こちらへ来させて頂きましたわ。どうぞ、よろしくお願いいたしますわね」
暁に尋ねられたので、 茉夕良は簡単に自己紹介をした。皐月の知り合いという事もあり、またその外見から茉夕良とさほど年齢は変わらないだろう。
「そっかー、とっても綺麗なお嬢さんだね。俺は桐生・暁って言うんだ。こちらこそよろしくっ♪」
暁がにっこりと茉夕良に笑いかけた。
「それでさ、その問題の人はどうしてるのかな?」
「すでに来てるわよ。早番で先に来ている子達が、店に出て対応をしているわ。あの人を何とかするなら今のうちね。ほら、まだ開店したばかりだし今日は平日だから、この時間帯なら他のお客さんも少ないしね」
「おそらく、そのようなすいている時間帯を狙っていらしているのでしょうね。我侭も独り占め出来ますし」
皐月に続けて、茉夕良も言う。
「私聞きましたの。不快な客がいるのに店のものが対応しないので困っている、と。客に親切に接するのは当然の事だと思います。ですが、このような接客の仕事では、ある程度のところまでで線を引いておかないと、お互いになあなあになってしまうと思いますし」
茉夕良は淡々と話した。その表情は常に落ち着いており、決して感情的になる事はない。暁も皐月も、どこか納得したような表情で茉夕良の言葉に耳を傾けていた。
「一人のスタッフがやれる事には限度がありますから、どこかに偏ると他の事まで手をかけられなくなってしまいます。その中で、その事ばかりに手を焼いて、他の客をおろそかにしてしまうのはどうかと。その客にも問題はありますけど、対処できてないスタッフに、プロとしての自覚が無いと呆れていますの」
「ひゃー、厳しいお言葉だね!」
茉夕良の言葉に、暁が驚きの表情を浮かべている。
「そうね、茉夕良さんの言う通り、こちらの態度がきちんとしてないから、あの人がどんどん調子に乗るのかもしれないわ。スタッフをなめているって言ったら乱暴な言い方になるけど、厳しいところは、決して相手になめられないようにするって聞いた事あるし」
皐月は壁にかけてある時計を眺めた。
「そろそろ、あたしの勤務時間が始まるわ。暁君は、あたしと一緒に店へ出ましょう。茉夕良さんはどうする?」
「そうですね、私は他の客という事で、神野という人の近くに座っています。何かあったら、対処するつもりです。では、先に行きますね」
茉夕良は座席から立ち上がると、しずしずと入り口の扉を開けて、部屋から出た。客として店に入りそこで様子を見ながら、神野という客やスタッフに注意をしようと思っているのだ。
一度外へ出て、茉夕良は店へと入った。とたんに、奥の方、店の一番見通しのいい席に座っている男性の姿が目に付いた。
「皐月ちゃんまだなんだ。じゃあ、それまで何しようか?」
「仕事がありますから」
吉野というネームプレートをつけた女性が、嫌そうな顔をしてその男性の水を注いでいる。
「他にそんなにいないんだし、いいじゃない?あ、今話し相手してくれたら、お小遣いあげちゃうよー?」
茉夕良の視界に、立派なスーツを着た男性がニヤニヤしながら座っているのが見えた。その身なりからすれば、それほどおかしな人間には見えないが、どうも調子に乗りすぎという雰囲気であった。
「あ、いらっしゃいませ」
店の扉が開き、老夫婦が中へ入ってきた。
おばあさんの方は足が悪いようで、杖をついてヨロヨロと歩いている。吉野がその老人に手を貸すため、入り口の方へ近寄ると、神野はとたんに怒り口調で呟いた。
「何でそっちへ行くの。今こっちの接客してたんだから、中途半端にしたら駄目じゃないか」
それでも吉野が神野を無視して、老夫婦を席に案内すると、神野が吉野に聞こえるような声で言った。
「どうしてこっちには冷たくするのかなー。お金払ってるのに、そういう態度はないんじゃない。お菓子だってあんなに食べていたのに」
「あの、お話中申しわけありませんが」
茉夕良は神野のそばへと寄り、少しだけ笑みを浮かべて話し掛けた。
「他のお客様もいらっしゃいます、お店の中でそのような個人的な言葉を羅列するのはあまり良くない事かと思います。ここでは何ですし、少々外へ出て、私とお話しませんか?」
茉夕良も優雅な女性であったから、女好きの神野は何となく嬉しそうに頷いた。何か別の事でも楽しもうと思っているのだろうか。
「ちょっと、この女の子とデートしてくるね。すぐに戻るから」
レジにいたもう1人のアルバイトの女性、市毛にそう言うと、二人は外へと出て、外にあるテーブルへと腰掛けた。
「お店は神野さんの物ではありませんよ?」
きりっとした顔で茉夕良が言うと、神野がにやりとにやけた。
「可愛い顔してそんな事言うのかい、その生意気な口は」
「私の友達が、この店によく来ますの。ですが最近、店のスタッフさんが貴方に手を焼いてこちらの方まで接客の手がまわっていないと、文句を言ってました。貴方が店の方と仲良くするのはいいことだと思いますが、やりすぎはよくないです」
「そんな事言うけどね、こっちも時々オーナーにお小遣いあげてるんだよ。大抵一万ぐらいかな」
「そこまでする必要がどうしてありますの?」
それでも表情を変えずに、茉夕良が言う。
「そうすれば、色々と言えるしね。何も下僕になってくれって言ってるわけじゃないさ、ちょっと言う事を聞いてくれれば」
「もっとまわりの事を見てください」
茉夕良は落ち着いた表情で、ピシャリと言い放った。
「人の立場に立って物事を考えられない人に成長はありません。神野さんはまだお若いですし、まだまだこれから活躍される方でしょう?どうして、自分から嫌われるような事をするのですか」
「嫌われてるって?」
「少なくとも私の友達は貴方に良いイメージは持っていませんね。我がままし放題なのですから。皐月さん達もそうだと思います。貴方に色々と接客しているのは、お客様だから、お菓子を持ってきてくれるから。そのあたりなのではないでしょうか?よく考えてみてください」
そう言ったところで、神野はどこか考えているような表情で、寒くなってきたから中へ入ると言って、ひとまず話はここで終わった。
茉夕良も中へ入り、紅茶を注文して、もうしばらく様子を見る事にした。
「お嬢さん方、いらっしゃいませ〜♪」
店に入ってすぐ、暁や皐月が奥の部屋から出てきた。
「おはようございます」
「いらっしゃいませー、初めまして。俺は桐生・暁。新人アルバイトでーす。よろしくねっ♪」
「新人?ここはついに男の子も入れるようになったのか」
さっきと変わらない明るい表情で、暁と神野が話のやりとりをしている。暁は神野と楽しそうに話しているが、その中に神野をもっとよい方向へ持っていこうという雰囲気があった。
神野の背中越しのテーブルへ座り、茉夕良はしばらく二人のやりとりを聞いていた。
「だから余計に惜しいな。そんな立派な格好してるんだからさ、もうちょっと考えて女の子に接しなきゃ♪」
暁はそう言って、突然、茉夕良に声をかけてくる。
「君可愛いねっ!コレ新作ケーキなんだけど注文してみない?可愛い物は、君みたいな可愛いコに食べられるのを望んでいるよw」
「新作ケーキですの?では、頂きましょうか」
茉夕良はこの人は半分楽しんでいるのかしらと考えながら、ケーキを注文した。
「ほら、こんな感じなら女の子も神野さんに笑顔を返してくれると思うなあ」
「別にそこまでしなくてもいいと思うけどね。ぼくは女の子がそばでしゃべってくれれば、それで満足なんだけど」
「んー、そういうものじゃあないと思うなあ。じゃあ、アンタがしてた事、俺がそっくり返したげようか?」
そう言って暁が、神野のモノマネのような事を始めたので、今まで背中越しで聞いていた茉夕良も、思わず振り返って暁を見た。
「やあ、皐月ちゃん!今日も元気そうだね!ところで今日は夜暇?それなら一緒に遊びにいこうよ、夜が明けるまで遊ぼう♪」
「ふざけるのはやめて下さい、神野さん」
暁の考えを読み取ったのか、そばを通った皐月もにやりと笑って返事をする。
「あ、市毛さん。ちょっとお金渡すから、近くのコンビニまで買い物に言ってきてくれない?ついでに、ぼくの痔の薬も買ってきて欲しいなあ」
「そんな薬使ってないぞ」
不機嫌そうに、神野が呟いた。
「吉野さん、隣りに座ってってよ、いちゃいちゃらぶらぶして、皆に仲良しなところ見せようよ、マイハニー」
オーバーリアクション+αな演技で、笑いそうになる。
「そんな事までやってないぞ」
「んー、でもね、人によってはそう感じると思うな」
ところが、神野は暁と話しているうちに、どんどん柔らかな雰囲気になっていき、最後はどこかわかってくれたような、そんな言葉まで発するようになった。すぐ後ろにいた茉夕良の存在にも気づいていたが、さっきあの女の子もそんな事を言ったと、話の中で出ており、茉夕良が話した事も、神野の心に入ったようだった。
やがて、神野は仕事がどうのと言って店を出て行ったが、神野をどうにか良い方向に導いた事を、皐月達は喜び、感謝をしていた。
その後、神野のおごりらしい金で、茉夕良は暁や皐月達と一緒にケーキやプティングを食べた。なかなか美味しいデザートで、茉夕良の友人達がこの店を気に入るのはわかるような気がした。
「貴方が責任者ですのね?少々お話がありますの」
茉夕良は皆とデザートを食べた後、店に残って、正社員の赤井を交えて、今後のスタッフへの対応の仕方を注意した。
「神野さんが今後もこのような事を繰り返すのなら、入店拒否する事も必要です。私が思うところ、オーナーさんが一番の原因では?と思うのですが。オーナーさんにしっかりおっしゃって下さい。仕事は仕事と、きちんと立て分けるようにと。そうすれば、この店はもっと良くなると思います」
オーナーが金をもらっているという話を聞き、このままではここは変わらないなと思いつつ、茉夕良は自分が感じた事を赤井に言い聞かせた。茉夕良が可憐で真面目そうな雰囲気であったから、赤井も年下だからと言って見下したりせず、話を聞いてくれたようだった。
「何事も、なあなあになってはいけないのですよね。それを商売に持ち込むなんてもっての他」
神野が今後、どう変わっていくかはわからないが、言う事が重要だと思いつつ、茉夕良は土産のチョコクッキーを持って帰途へと着くのであった。(終)
◆◇◆ 登場人物 ◆◇◆
【4782/桐生・暁/男性/17歳/高校生アルバイター、トランスのギター担当】
【4788/皇・茉夕良/女性/16歳/ヴィルトゥオーソ・ヴァイオリニスト】
【NPC/西野・皐月/女性/17歳/高校生】
◆◇◆ ライター通信 ◆◇◆
皇・茉夕良様
はじめまして!新人ライターの朝霧青海です。シナリオへの参加、有難うございます!
落ち着いた様子できちんと相手に注意をしていく茉夕良さんは、どう表現すればそれらしくなるだろうと思いながら書いておりました。
今回は成金の男性をどうにかして迷惑掛けないようにするというお話ですが、実はこの男性にはモデルがいたりします(笑)ここまでぶしつけではないですが、多少実話も混ざってたりします(笑)
また、このシナリオは登場人物の視点別となっておりますので、そちらも納品されましたら、茉夕良さんからの視線でもお楽しみ頂ければと思います(笑)
それでは、今回はどうも有り難うございました!!
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