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■沈黙の調べ■

【2726】【丘星・斗子】【大学生/能楽師小鼓方の卵】
 その女性は白磁の肌に漆黒の艶やかな髪を流した美しい女でした。
 けれども彼女は生まれつき視界を閉ざされていました。聞くこと、もしくは触れること。それが彼女が世界を知る手段でした。そして声を発することが唯一彼女が自分を表せる手段だったのです。
 ある時彼女は一人の男に恋をしました。男は歌い手で、彼女に色々な歌を歌いました。2人は少しずつ惹かれていき、やがて女は男に愛の歌を歌うようになるのでした。
 しかしながら彼女の幸せはそう長くは続きませんでした。男が突然の事故で亡くなってしまったのです。
 ああけれど、女には男が死んだということを知り得る術がありませんでした。聞こえなくなった彼の声を思いながら、女は毎晩歌いました。男が自分の元へ戻って来るようにと願いを込めて。
 そうして月日が流れて行き、女の心に少しずつ翳りが募った結果――
 女は声さえも失ってしまったのでした。

沈黙の調べ


■序章■

 その女性は白磁の肌に漆黒の艶やかな髪を流した美しい女でした。
 けれども彼女は生まれつき視界を閉ざされていました。聞くこと、もしくは触れること。それが彼女が世界を知る手段でした。そして声を発することが唯一彼女が自分を表せる手段だったのです。
 ある時彼女は一人の男に恋をしました。男は歌い手で、彼女に色々な歌を歌いました。2人は少しずつ惹かれていき、やがて女は男に愛の歌を歌うようになるのでした。
 しかしながら彼女の幸せはそう長くは続きませんでした。男が突然の事故で亡くなってしまったのです。
 ああけれど、女には男が死んだということを知り得る術がありませんでした。聞こえなくなった彼の声を思いながら、女は毎晩歌いました。男が自分の元へ戻って来るようにと願いを込めて。
 そうして月日が流れて行き、女の心に少しずつ翳りが募った結果――
 女は声さえも失ってしまったのでした。


■1.痛み■

 隣の家から歌声が聞こえなくなってから一週間経ち、とうとう斗子はその住人を訪ねてみることにしたのでした。
 普段ならここまで他の人の事情に踏み込んだりはしませんが、その時はまるで何かに誘われるかのように、本当に自然に心がそちらへと向いたのです。
 ドアベルを鳴らしてしばらくすると、やけにゆっくりと扉が開きました。その向こうにはまだ年若い――ですが斗子よりは恐らく幾らか年上の――女が佇んでいました。斗子は突然訪ねたことを詫びようと彼女の顔を見上げ、そしてその目が焦点を結んでいないことに気付きました。次いで彼女が一言も発していないことに気付き、それを問うと彼女から肯定の頷きが返されたのでした。


 リビングに通され、一通りのわけを話すと、斗子は女に断ってから、彼女が大切な物だと示したブローチに触れました。身振り手振りの仕草を推測して状況を把握するよりも、物に残った残留思念を読み取るほうが早いだろうと思えたからです。
 そっと銀線細工の花に触れると、指先にじわりと熱が集まり、頭の中に直接語り掛けられるように様々な想いが流れ込んで来ました。幸せだったこと、嬉しかったこと、温かくも時に切なくなったこと、それに――

 圧倒的な、痛み。

 それは恐らくここ数日のことだったのか、本当に一瞬だったのですが、鋭く刺すような痛みを持った声で叫ばれたのです。まったく意味を成さないような、短い叫びだったのですが、漠然とした不安や恐怖をまざまざと表した様子のものでした。
「……貴女は、声を取り戻すべきだわ」
 弱く微笑む女を真っ直ぐに見据えて、斗子はそう提言しました。


■2.思い出■

 家の前に立ち今にもドアベルを鳴らそうとしている人物を見つけて、シュラインは声を掛けました。
「あなたもこちらのお宅に?」
 緩くウェーブの掛かった髪をした女性は、突然声を掛けられたことに一瞬面食らった様子を見せましたが、すぐさまにこりと微笑むと、ええ。と優しげな声で返しました。
「お知り合いの方かしら? 私はシュライン・エマ。こちらへは目の見えない歌い手さんがいると聞いて来たのだけれど……」
「いえ、私は……、私も、似たような理由です」
 少し含んだような物言いにシュラインは眉を微かに顰めましたが、特に追求することはしないままにドアベルを鳴らしました。思うところがあるのは、自分も同じだったからです。
 ――まるで何かに誘われたかのように、ここへ来なければならないような予感がして。
 確信のないあやふやな感覚に思考を向けていると、目の前の扉が開いて中から見知った人物が出て来ました。
「丘星さん」
 シュラインを見て斗子は安堵したような息を吐くと、苦笑気味に言いました。
「よかった。私だけだと解決が難しそうなことだったので……」
 斗子はちらりと視線をシュラインから隣の女性へと移し、そちらの方はと問いました。
「私は桜坂みずきと申します。こちらの歌い手さんにお会いしたくて来たのですが」
 とりあえず上がって下さい。と斗子が勧めるままに、2人は彼女の後に続いたのでした。


「私の知り合いの方々で、どちらも音楽に通じているんです」
 茶色のサングラスを掛けた女性は斗子の言葉に少しだけ寂しそうな表情を見せました。シュラインは大体の話を斗子から聞いて、女性の前に座り幾らか聞きたいことがあることを告げました。彼女は始め興味深げにシュラインの話しに頷いていましたが、質問したいと言われて戸惑ったように首を傾げ、それから声が出ないことをもう1度主張するように、喉を手で押さえて見せました。
 シュラインは怖がらせないようにそっと彼女の手を取ると、簡単な手話をいくつか教えるために自ら声に出しながら、優しく彼女の指や腕で形を作ってみせました。最初のうちは戸惑いがちだった女も、新たに表現できる術を知って真剣に取り組みました。
 ぎこちない会話なら出来る程度に彼女が手話を覚えた頃、シュラインは慎重に言葉を選びながら女に問いを重ねていきました。それに対して彼女は夢中で男のことを話し、そして時々糸が切れたかのように沈んでしまうのでした。
「それで……彼があなたに教えてくれた歌、というのは……」
 不安定な様子の彼女に遠慮がちにシュラインが問いかけようとした時、丁度玄関のベルが鳴る音が響きました。
「私が出ます」
 ずっとシュラインと女の様子を見守りながら、何やら考え事をしていた斗子がそう言って玄関の方へ駆けて行きました。その後姿を目で追ってから、ようやくシュラインはいつの間にかみずきがいなくなっていることに気付きました。
「一体どうしたのかしら……」
 彼女に会いに来たと言っていたのに、特に接触も持たないままどこかへ行ってしまったことを不思議に思い、シュラインは一旦目の前の女に断ってから家の中をみずきを捜して歩き回りました。
 途中斗子と新たな客と擦れ違い、それから玄関脇の部屋の方へ向かうと、中から何やら話し声が聞こえた気がして、シュラインはその部屋の扉をノックすると音を立てないようにゆっくりと開きました。
「いたいた。桜坂さん、新しいお客さんが来たのだけれど……」
 開いた扉の向こうにはみずき一人しかおらず、シュラインは眉を顰めました。続けてみずきにどうしてこんな所にいるのかと尋ねましたが、みずきは小さく微笑んだだけで答えることはせず、そのまま少し強引に元いたリビングへと一緒に向かわされたのでした。


■3.遺された物■

 新たな客――春香は手にしていたスーツケースをテーブルの上に置き、中身が皆に見えるように底を持ち上げて開けました。中の大金に皆が目を見開きます。唯一人――盲目の女だけは状況を把握出来ずに、空気が変わったことに不思議そうな顔をしていました。
 春香は持ち上げていたスーツケースをそっと下ろすと、居合せていた3人に向かって言いました。
「これで彼女の目を治してやってほしい」
 突然の申し入れに動揺が走りました。見知らぬ男から普通に暮らしていれば到底稼ぎ切れないような額を差し出されれば当然です。
 困惑しきった様子の4人に向かって、春香はゆるゆると頭を振ると言葉を注ぎ足しました。
「俺からの金じゃない。……ある男の遺志だ」
 その言葉にみずきはぴくりと反応を示しました。ある男、というのはもしかしなくとも……。
「彼からのものなんですね」
 いつの間にかスーツケースを目の前にしていた斗子が、その表面をそっと撫でながら呟きました。スーツケースは元はその男の物だったのでしょう、薄らとですが、彼の人の記憶を斗子に伝えました。そしてその悲哀を帯びた表情に、シュラインも男がどうなったのかを悟りました。
「彼は……亡くなったのね」
 それを聞いて女はびくりと肩を震わせ、それでもある程度は覚悟していたのか深呼吸をすると取り乱すことなく、ただそっと顔を伏せて両の掌を押し当てました。嗚咽すら漏らせずに涙を流すばかりの彼女に、みずきはその肩を優しく抱きました。
「彼はあなたに世界を見せたかったんですよ」
 みずきは言って視線を傍らに立つ男に向けました。相変わらず眉尻を下げた情けない表情で、それでもその手は彼女の肩に伸びています。もどかしいのか、もう片方の手は強く拳を握っていました。
「歌はその為の第一歩だったはずです。たとえあなたに彼は見えなくても、彼は今もあなたの側にいます。……彼のことを思うなら、生きて幸せにならないと」
 女はみずきの言葉に確かに頷きましたが、涙は止まらないようでした。けれど辛くて泣いているばかりではありません。温かいから泣くのです。
 斗子はスーツケースを彼女の膝に乗せ、顔を押さえていた彼女の手を導いてそれを抱かせました。
「その人があなたに遺した想いです。彼は命を賭して貴女を愛した――貴女も、彼を愛していたからこそ歌を歌ったのでしょう?」
「声は出なくても、きっと彼には届くだろうから――歌ってみましょう?」
 シュラインは彼女を立ち上がらせて、慰めるように彼女の背を撫でました。女はまた数度頷いて、すぅっと息を吸い込みます。
 初めは息の出入りする音だけで、他人から見ればとても歌っているようには思えないような状態だったのですが、涙を流し、言葉を吐き出すことで胸の翳りが消えて行くのか、彼女の声が徐々に戻り始めたのです。
 それはもう、奇跡のように。
 音を取り戻したばかりの彼女の声は細く震え、時折掻き消えてしまったりもしましたが。
 それでも誰もがその切なさと温かさに涙せずにはいられないような、美しい歌でした。



                           ―了―



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【5040/桜坂・みずき(おうさか・みずき)/女/22才/音楽講師】
【2726/丘星・斗子(おかぼし・とうこ)/女/21才/大学生・能楽師小鼓方の卵】
【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26才/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【3968/瀬戸口・春香(せとぐち・はるか)/男/19才/小説家兼異能者専門暗殺者】

(※受付順に記載)


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■         ライター通信          ■
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 こんにちわ。ライターの燈です。この度は『沈黙の調べ』にご参加頂きありがとうございました!
 今回の話は実は1度データが全部飛びまして……(汗)バックアップを取っていなかったので思い出しながら丸々書き直しました。でもそのおかげで話の矛盾点を少しは減らせた……はず(ヲイ)
 というか今回もプレイングをほとんどスルー状態ですみません!本人書いてる時は取り入れているつもりなんですが、後から読み直すとどうも反映しきれていないような気がします。り、力量不足で申し訳なく m(_ _)m

 ……それでは、取りとめもなく失礼いたしました。また機会がありましたらよろしくお願いします。