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■ナレーターさんの言うとおり■

三咲 都李
【0086】【シュライン・エマ】【翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
「お荷物で〜す」
「ご苦労様です」

ポンッと判子を押し、草間零は配達員から荷物を受け取った。
宛名は『草間興信所・草間武彦様』。
差出人は・・・

『全国草間武彦ファンの会』

その名を見たとき、零の脳裏には数々の嫌な思い出が甦る。
動物になるクッキーや怒りん棒という謎の物体。
その他にもまだあるが、この謎の会から送られてきた品物はどれもこれも曰くつきな物だった。
となると・・・。

「誰か来てたのか?」

奥から草間武彦が顔を出したので、零は思わず荷物を隠した。
「いえ、誰も・・・」
箱を開けたらまたとんでもないものが出てくる・・・零はそう確信した。
そして、零はその荷物を武彦の目の届かないところに封印することにした。

・・・だが、その封印をといた者がいた。
そう。他ならぬアナタである。
アナタは興味を惹かれ、その荷物を開けてみた。

その中からは『ナレーターになる権利』と書かれた、謎のゲームソフトが出てきたのであった・・・。
ナレーターさんの言うとおり

1.
「あら? これ何かしら」
 転げ落ちたボールペンを追って机の下を覗き込んだシュライン・エマは謎の箱を見つけた。
 所長の草間武彦は依頼人の元へ届ける調査報告書を自分のデスクに座って熱心に作っている。
 その妹である草間零は今は別件の調査経過を報告に行って留守だ。
 見覚えのない箱に、興味を引かれてエマは箱を開けてみた。

 中からは、見たこともないゲームソフトと携帯ゲーム機が現れた。

 箱の表面には差出人『全国草間武彦ファンの会』。
 今までの数々の思い出が走馬灯のようにエマの脳裏をよぎっては消える。

  …この団体、ホントにファンなのかしら…?

 そう思いつつも、エマはそれを手にとり説明書を広げて見始めた。
 パラパラと眺め理解するうち、そのゲームの内容にエマは半信半疑ながらドキドキしてきた。
 どうやら実際の人間を操ることができるゲームらしい。
 でもまさか? と思うものの、今までのこの団体からの贈り物で曰く付きでなかったものはないと言っても過言ではない。

  ちょっと試しにやってみようかな。

 エマはゲームソフトを取り出すと、携帯ゲームに入れて起動させた。
 画面が青くなり、『ナレーターさんの言うとおり』というロゴのスタート画面が現れた。
 そこでエマがボタンを押すと名前入力が面が出てきた。
 どうやらここには操りたい人物の名前を入力するらしい。

  く・さ・ま・た・け・ひ・こ

 ためらいなくその名を入れると、画面は切り替わった。
 見慣れた部屋の中に座っている、ドット絵の草間武彦らしき人物。
 思わず目を上げて机に向かっているはずの草間を見る。
 草間が頭を抱えると、ゲーム画面の中のドット絵も小さく頭を抱えた。
 お客が訪ねてくるような気配はない。

 エマはつい、そんな草間を見てゲーム機を操作したくなった…。


2.
 ゲーム機のボタンを1つ押すと、文字入力画面が現れた。
 どうやらこの文字入力で人物を動かすことができるらしい。
 エマは手際よく文字を入力する。

  > ラジオ体操をする

 ボタンをもう一度押すとピッと軽い音がして、文字は確定された。
 すると四角いウィンドウの中に「くさまたけひこはラジオ体操をする」という1文が現れた。
 同時にゲーム画面のドット絵草間がおもむろに立ち上がりラジオ体操をし始めた。
 なんだかその姿がおかしくて、エマはクスッと笑った…と。

  ガタ!!

 突然椅子を引く音がした。
 エマは思わずゲームから目を上げた。
「な、なんだ!? 何をしてるんだ、俺は!?」
 突然、両手をブンブンと振り回し背伸びの運動、そして腕を振って脚を曲げ伸ばす運動へと次々と体を動かし始めた。
 非日常的な仕事のため朝も昼も夜も関係ない生活をしている草間にとって、かつてこれほど不似合いな言動があっただろうか?
 自分でもわけがわからないといった口ぶりだが、草間の体は次々と順番にラジオ体操をこなしていく。

  これは…ちょっと凄いかも…。

 思わずラジオ体操が終わるまで見守ってしまったエマは、自分の体を不思議そうに眺めつつ席に着いた草間からゲーム機へと目を移した。
 ドット絵の草間もキョロキョロとしながら席についていた。
 そして、先ほどまで四角いウィンドウに出ていた文章は消え、代わりに『Next?』と文字が点滅している。

  それならここはひとつ、アレをしてもらおうかしら。

 エマは再び、携帯ゲームへと入力を始めた…。


3.
「よし、報告書はできた。次は…」
 大きく伸びをして、草間はそう言うと報告書を封筒の中に収めた。
 バキバキと首を左右に傾けてデスクワークのコリをほぐしたあと、おもむろに机の上の書類の山へと手を伸ばす。
「あ?」
 素っ頓狂な声で、草間はそう言うと次々と書類の山を束ね始める。
「な? なんだ???」
 その声とは裏腹に、草間はテキパキと書類の山を分類、整理して机の上を片付けていく。

「あら、武彦さん。遂にその机の上の散乱を片付ける気になったの?」

 エマがにっこりと笑い草間にそう言うと、草間はブンブンと首を横に振った。
「違う! これは散乱してるんじゃなくて、俺なりに整理してあるんだ…って、なんで俺は片付けてんだ!?」
 否定していながら、それでも尚片づけを止めない草間。
 エマはそっと携帯ゲームを覗き見た。

  くさまたけひこは触られて困る場所の掃除をする。

 四角いウィンドにしっかりと表示された文字の後ろでは、ドット絵草間がチョコチョコと頑張って机を掃除している。
「折角武彦さんがやる気だしたんだもの、私も手伝うわね」
 微笑んでいったエマに、草間は何か反論しようとした。
 が、出てきた言葉は意外なものだった。

「…わかった。ここは俺がやるから、おまえ、あっちやってくれるか?」

 不服そうな顔ではあったが、それはあくまでも草間自身から出た言葉だった。
「そう。わかったわ」
 にこりと笑って携帯ゲームを持ってキッチンの方へと移動したものの、エマは何かひっかかった。
 ゲームの中のドット絵草間は、こちょこちょと一生懸命机を掃除している。

  …そうだ。
  棚にマルボロを入れておこう。

 小さな罪悪感が、エマの中に芽生え始めていた…。


4.
 事務所を抜け出して、エマはマルボロを1カートン買ってきた。
 戻ってきてそれを草間がいつも使っている書類棚の中へと隠し入れた。
 草間のことが気になり、エマは事務所を覗き見た。

 草間は何も言わず、ただ静かに机の上を整理している。

 エマは携帯ゲームを取り出した。
 チョコチョコと動くドット絵草間に、エマは操作文を入力した。

  > 掃除を終え、書類を戸棚へ整理して入れる。

 その文を確定させると、エマはキッチンへと向かった。
 手際よくコーヒーメーカーにコーヒーの粉を仕掛けて、熱いコーヒーを入れる。
 二つのカップにそれを注ぐとエマは草間のいる事務所へと戻った。
 ちょうど草間が書類を棚に入れ、マルボロを手にしていた。

「お疲れ様。コーヒーでも飲んで一服しましょ?」

「…このタバコ、おまえか?」
 マルボロを手にした草間がそう聞いたので、エマは頷いた。
「普段の感謝の印にと思って」
 応接セットの机の上にコーヒーカップを2つ置き、エマはソファに腰掛けた。
 草間は小さく「すまんな」と言って、エマの向かいの席に腰掛けた。
 草間は無言でコーヒーを持つと、一口飲んだ。
「ありがとう」
 少しはにかんだ様に言ったその言葉が、エマを動揺させた。

 そして、エマは反射的に言ってしまった。

    「…ごめんなさい…」


5.
 草間が怪訝な顔をしてエマの顔をまっすぐに見た。
「どうしたんだ? 何かあったのか?」
 その言葉が、本当にエマを心配していることを教えてくれる。

 だから、エマは余計に胸が苦しくなった。

 エマはそっと携帯ゲームを草間へと差し出した。
「? なんだこりゃ?」
 ひっくり返して裏を見たり、半分見えているソフトを抜いてみたり。
 どうやらこのゲームに関して、草間は全く心辺りがないらしい。
 エマは自分の事務机から説明書と入っていた箱を持ってきて、草間へと説明した。
 説明が進むに連れ、草間の顔の眉間に皺が寄っていった。

「つまり、俺が知らないうちに…おそらく零が…この荷物を隠していたってことか。で、おまえがこれを使った、と」

 考え込んだ草間に、エマは草間の言葉を待った。
 草間は黙って俯き、考え込んでいる。
 静かな空気が事務所の中を満たし、とても耐え難い静寂としてそこにあった。

  誰だってこんな風に自由を奪われたら傷つくわよね…セクハラだってできちゃうわけだし。
  私だって…そんなことされたら嫌だもの。
  それに、嫌がりながらも自分の意思でやってくれたりするのが嬉しいし、人と人の関係の基本なのよね。
  …興味本位でやるんじゃなかったな…。

 考えれば考えるほど、エマは罪悪感に苛まれる。
「武彦さん、本当にごめんなさい。これで私がやってしまった分、武彦さんも好きに動かして良いから…」
 珍しく覇気のない声で言うエマに、ようやく草間は顔を上げた。
「俺はそんなことはしない。おまえだって悪いと思うから謝ってんだろ? なら、それでこの話は終わりだ」
 ポンポンとエマの頭を叩いて、草間は笑った。
 その目は子供のいたずらを許す親のような優しい目だった。


6.
「これ封印しなきゃね」
 エマはそう言って草間の手から携帯ゲームを受け取った。
「いや、これをうまく使えばこれから来る依頼を簡単にこなすことができるかも…」
 草間が少し考えてそういった。
「え?」
 聞き返したエマに、草間はニヤニヤとしながら1人頷いて呟く。
「そうだよな。これに調査対象の名前入れて動かせば、簡単に解決できるかもしれないぞ? それに依頼人の名前入れて報酬金額を上乗せする…なんてことも…」

「武彦さん」

 よからぬことを考える草間に、エマは思わずドスの聞いた低い声で言った。
 ハッと我に返った草間が慌てて「冗談だよ」と言ったが、とても冗談には聞こえなかった。
「封印な? 封印。ほら、これで良しだ」
 エマから携帯ゲームを引ったくり、ポポイと箱に詰め、クルクルッとガムテープで箱を密閉して草間はニカッと笑った。
 今度は草間のほうがいたずらっ子のような顔をしていた。
「もう。武彦さんたら」
 苦笑いしたエマに、草間はゲームの入った箱を差し出した。

「これは、おまえが保管しててくれ。おまえなら信用できるから」

 しっかりと受け取った箱を抱きしめた。
 時には、自分の思い通りにならなくて歯がゆい思いもするかもしれない。
 でも、もう二度とこのゲームは使わないだろう。
 こうして信頼してくれる人が笑いかけてくれることが何より嬉しいから。

「しっかり封印しておくわ」
 
 そう言ったエマの顔は、とても晴れ晴れとした笑顔だった…。


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■□   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  □■

0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員


■□     ライター通信      □■
シュライン・エマ 様

 この度は『ナレーターさんの言うとおり』へのご依頼ありがとうございました。
 ゲーム自体よりも頂いたプレイングの方に重点を置かせていただきました。
 ですので、シチュノベっぽくになりました。
 しかも、少女漫画のようなノリです。すいません。趣味丸出しで。(^^;)
  草間氏とエマ様だけの共通の秘密ということで、心の片隅にでも残していただければ幸いです。
 なお、最終的にゲーム機などを草間よりエマ様に渡しておりますが、アイテムとしてお渡しするのはやめました。
 ゲーム中にも書きましたが、エマ様が使うことはないかな?という理由からです。
 それでは、またお会いできることを楽しみにしております。
 とーいでした。