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■葉桜とスキップ■

追軌真弓
【5151】【繰唐・妓音】【人畜有害な遊び人】
「桜、もう散ってるじゃないか!」
 花見ってのは桜の花を愛でる催しじゃないのか?
 そう自分は認識して生きてきた。これまでは。
 なだらかな丘になった公園の一角。すっかり葉桜に成り果てた桜の木の下、ビニールシートを広げる結城恭一郎と和鳥鷹群が不思議そうに自分を見返す。
「桜なんか散ってる今だから、場所取りしないで済むんじゃないか」
 当然だ、と言わんばかりに和鳥が胸をそらす。
「桜のお花見は綺麗だけど、周りが騒がしくてはゆっくり皆と話せないしね」
 結城は腰を伸ばして辺りに目を向ける。
「この公園は水仙が有名なんだよ。週末には水仙祭りがあってね。
ちょっと早いけど、混み合う前にお花見にしたんだ」
 午後の明るい陽射しの下、緑の芝の中を水仙が咲き乱れている。
 水仙は黄色いものが多いが、よく見ると同じ黄色でも株ごとに色合いが異なり、花びらも一重咲き、八重咲きとバリエーションに富んでいる。
 そして今まではあまり意識する事の無かった、水仙の芳香。
 風が通り抜ける度に、胸の奥をくすぐるような爽やかな香りが感じられる。
「ま、絶対来て良かったと思うから。ほら、食い物も来たし」
 和鳥の視線の先には、公園の坂道を登って来る八重垣芳人と八重垣津々路。
 芳人が大きく手を振る後ろを、津々路は重箱らしい風呂敷包みを抱えて付いて来る。
「珍しいね、津々路君が来てくれるなんて」
 陽射しに目を細めながら結城が言うと、和鳥がやや不機嫌そうに返した。
「芳人が無理やり連れ出したんでしょ」
 あいつも芳人には甘いから、と和鳥は口を尖らせて付け加える。
 和鳥だって芳人に激甘のくせに。
 クス、と思わず笑いがこぼれた。
 芳人を甘やかしたくなる気持ちもわかるけど。
「ほら、君も座って、ね」
 結城に促され、自分はシートの上に腰を下ろした。
 結城の雪狼が行儀良く葉桜の下に座り、ぱたぱたと尾を振っている。
 結城さんも楽しいんだな。
 雪狼は結城と感覚を共有した存在なのだ。

 こうして結城探偵事務所の花見は始まった。
葉桜とスキップ

「お花見いうんは、普通桜やないですの?」
 花見ってのは桜の花を愛でる催しやないの?
 うちはずっとそう思ってきたんやけど、これが東男と京女の違いなんやろか。
 なだらかな丘になった公園の一角。すっかり葉桜に成り果てた桜の木の下、ビニールシートを広げる結城恭一郎と和鳥鷹群が不思議そうに繰唐妓音を見返す。
「桜なんか散ってる今だから、場所取りしないで済むんじゃないか」
 当然だ、と言わんばかりに和鳥が胸をそらす。
「桜のお花見は綺麗だけど、周りが騒がしくてはゆっくり皆と話せないしね」
 結城は腰を伸ばして辺りに目を向ける。
「この公園は水仙が有名なんだよ。週末には水仙祭りがあってね。
ちょっと早いけど、混み合う前にお花見にしたんだ」
 午後の明るい陽射しの下、緑の芝の中を水仙が咲き乱れている。
 水仙は黄色いものが多いが、よく見ると同じ黄色でも株ごとに色合いが異なり、花びらも一重咲き、八重咲きとバリエーションに富んでいる。
 そして今まではあまり意識する事の無かった、水仙の芳香。
 風が通り抜ける度に、胸の奥をくすぐるような爽やかな香りが感じられる。
「ま、絶対来て良かったと思うから。ほら、食い物も来たし」
 和鳥の視線の先には、公園の坂道を登って来る八重垣芳人と八重垣津々路。
 妓音が得物処八重垣に足を運ぶようになって久しい。
 そこで結城探偵事務所の面々とも知り合い、今こうして花見に誘われた訳なのだが。
 芳人が大きく手を振る後ろを、津々路は重箱らしい風呂敷包みを抱えて付いて来る。
「珍しいね、津々路君が来てくれるなんて」
 陽射しに目を細めながら結城が言うと、和鳥がやや不機嫌そうに返した。
「芳人が無理やり連れ出したんでしょ」
 あいつも芳人には甘いから、と和鳥は口を尖らせて付け加える。
 和鳥はんやて芳人はんに激甘のくせに。
 クス、と妓音の口元が笑いの形をほころぶ。
 芳人はん甘やかしたくなる気持ち、わかるけどなぁ。
「ほら、君も座って、ね」
 結城に促され、妓音はシートの上に腰を下ろした。
 結城の雪狼が行儀良く葉桜の下に座り、ぱたぱたと尾を振っている。
 結城はんもきっと楽しいんやね。
 けど、これ結城はんが咆哮鞭で出したん聞いてるけど、ほんまやろか。
こうして結城探偵事務所の花見は始まった。


 シートの上には津々路の運んだ重箱と妓音の持ってきたお饅頭が並んでいる。
 芳人はん結城はんも甘党やて聞いたし、花より団子いうんは昔から花見の基本やね。
 芳人以外のメンバーの前にはビールや水割り、酎ハイの缶が並んでいる。
 アルコールは和鳥の担当らしく、クーラーボックスにはまだ冷えた飲み物が入っているようだ。
「津々路君は妓音さんとは初めましてだね」
 隣に座った結城が促し、斜め前に座った津々路に向かって妓音はにっこりと微笑んだ。
「うち、妓音ちゃんゆいますのん。あんじょう、よろしゅうお頼申します」
「……八重垣津々路です。芳人が以前お世話になりました」
 薄い色の瞳は静かなまま妓音に向けられている。
 名前を名乗る時、一瞬ためらうような間があったのに妓音は気が付いていた。
「八重垣て、芳人はんのお兄さんですの?」
「ち、違いますよっ! 津々路さんは八重垣の若旦那様ですっ!!」
 津々路の隣で芳人が手を大きく振って全身で否定する。
「ま。津々路はんも武器作りはるんですの?」
 もう何度も答えてきた質問なのか、かすかに苦笑しながら津々路は言った。
「俺は当分父親の跡は継げませんよ。
まだ親父も現役ですし、今はIO2で研究職についてますから」
 プシュ、と軽い開栓音が響いて、津々路の言葉の後を和鳥が引き取る。
「ま、挨拶はそれくらいでいいだろ。
妓音さんも好きな酒飲みなよ? いっぱいあるからさ」 
 それぞれに飲み物が手渡された所で、結城が水割りの缶を掲げる。
「それじゃ、乾杯!」
「乾杯!」
 缶同士が打ち合わせられ、皆は早速真ん中に並べられた重箱の中味に手を伸ばす。
 小さめにまとめられた赤飯のおにぎりと、飾り切りの美しい野菜の旨煮、鳥ひき肉のつくねに甘味噌を塗った田楽、飴色の照りが艶やかな角煮など、手の込んだ料理が納められている。
「これ、芳人はんが作って持ってきはったんですの」
「頑張って早起きして作りました。味、変じゃないですか?」
 料理は見た目を裏切らない美味しさで、つい箸をのばしてしまう。
「美味しいわあ! うちこんなんよう作れへんもの、感心するわぁ。
料理できる男の人って素敵やねぇ」
 うっとりと両手を組んで力説する妓音に芳人は顔を赤くする。
「え、そ、そうですか? でも僕より和鳥さんの方が上手いんですよ。
事務所でいつも結城さんの分も作ってるんですから」
 がつがつと音のしそうな食欲で赤飯を食べている和鳥が答える。
「ん? まあ一人分も二人分も大して変わらないからな。所長はその辺り不器用だし」
「いや俺も紅茶くらい淹れられるよ!」
「結城さん、紅茶ってそれ、お湯注ぐだけです……」
 酔いに早くもほんのりと頬に赤みの差した結城が反論するが、地味に津々路が指摘したとおりそれは料理と言えないだろう。 
「所長、よく食事忘れて文書まとめてたりしますよね」
「集中すると時間の感覚がなくなるんだ……」
 気恥ずかしさに思わず結城は水割りの缶をあおり、くらりとその上体が傾く。
「あ、ちょっと大丈夫ですか所長!」
「結城はん?」
「ふ、ふふ……」
 結城は和鳥に抱きつきながら幸せそうにずっと笑い続けている。
 穏やかとはいえ、普段は感情をあまり大きく出さない結城の表情は、一見だらしないようにも見えるがとても満ち足りていた。
 結城はんて、えらいかいらしい人やねぇ。
 真面目なだけのお人や思うてたんは間違いやったわ。
「結城さんてお酒、弱いんですか?」
 クーラーボックスからお茶を出して結城に渡しながら、芳人が和鳥に聞く。
「まるっきり駄目なんだ」
 大きく息を吐き出して、和鳥は太腿を枕に身体を伸ばしている結城の眼鏡を取って妓音に預けた。
「妓音さん眼鏡、持っててもらえますか? 所長寝ぼけて落として、踏むと困るから」
「これ、度が入ってないんやね」
 レンズを目の前に待ってきた妓音が不思議に思い尋ねる。
「所長はほとんど視力なくて、今は咆哮鞭で視力補ってるんだ」
 半分眠りに落ちているのか、結城は眼鏡を外されても抵抗せず横になっている。 
「何だか結城さん楽しそうですよね。
そんなに楽しくなるなら、僕もお酒飲んでみたいな」
 視線をまだ開封していないアルコールに走らせながら芳人が言った。
「ダメだ。お前子供だろ」
「えー!? 本当は僕、若旦那様より長く生きてるのに〜!!」
 ぴしゃりと拒絶した津々路に芳人が不平の声を上げる。
「かわりに後でボートに乗せてやるよ」
「約束ですからねっ若旦那様!」
 津々路はんも芳人はんには甘いんやねぇ。
 あんまり喋らんお人やから、なんやとっつきにくい思てたら芳人はんの前じゃえらい優しい顔しはるし。
 とりとめない話をしながら、妓音たちはほろ酔い加減で暮れていく公園の風景を見ていた。
 日の光が薄れていく中でも、水仙は月の色にも似て存在感をかもし出している。
「ごめん、代わってくれ。煙草吸いに行きたい」
 太腿がしびれてきたのか、妓音に和鳥が助けを求める。
「和鳥はん、ここで吸えば宜しいのとちゃいますのん?」
「所長、煙草も駄目なんだよ」
 仕事以外の事はホントだめな人なんだよ、と和鳥は笑って立ち上がった。
「じゃ、そろそろ片付けるか」
 まとめた缶類を持った津々路を芳人も追う。
「僕も半分持ちます。妓音ちゃんは結城さん見てて下さいね」
 三人がいなくなってしまうと、ここは随分静かな場所だと改めて思わせられる。
 膝に乗せた結城の頭を間近で見ると、アルコールに混じって付けている香りがほのかに妓音の鼻をくすぐる。
 山間で春に先駆けて咲く木蓮が、夜の闇の中白く浮かび上がっているような。
 花の甘さと夜の持つ密やかな刺激を合わせた香り。
 銘柄はわからないが、それは意外と結城に合っているように感じられる。
 ふと、灰色の細い髪に手を伸ばすと結城は身じろぎした。
「ん……痛っ!」
 自分が妓音の膝枕を借りているのに気が付き、結城は勢い良く起き上がって頭痛に繊細な眉をしかめた。
「情けないな、最近飲んでなかったからって。借りてた膝、痺れてないかい?」
「ずっとうちが面倒みさしてもろたんやら嬉しいんやけど。
結城はん、ずっと和鳥はんに抱きついてて……あんじょう妬けますわ」
 からかうような口調で妓音が結城にしなだれかかると、
「鷹群にはずっと頼りっぱなしだな」
と、ほんの少し俯いて乾いた笑い見せた。
「結城はんは頼れる人がお好みですのん?」
 妓音がゆっくり胸を押すと、酔いの余韻か抵抗なく結城は後ろに倒れた。
 ワンピースの上に着ている白い着物が、結城の上に翼を広げた鳥のように広がり、その中心で妓音の左目が紅く光を宿す。
「……わしなら結城はん守る自信、あるんじゃがのう」
 結城は酔いで思考が麻痺しているのか、口調の変わった妓音にも驚かない。
 見下ろす妓音の髪が一房落ちてきたのを指で弄びながら、結城は哲学者のような瞳を柔らかく細めて答えた。
「……これでも、できれば頼られる方でいたいと思っているんだ」
「なんや、うちら似合いやと思ったのに」
 結城の上から身体を起こした妓音の口調は元に戻り、嫣然と微笑みを見せる。
「ほんなら、結城はんにはこれからも甘えさしてもらうわぁ」
 こんなかいらしいお人、諦め切れへんわ。
 そこへ他の三人が水仙の合間を戻ってくる。
「そろそろお開きにしようか?」
 立ち上がった結城が妓音に向けて掌を差し出す。
 しなやかな結城の長い指に自分の指を絡ませ、妓音は夕日の沈みゆく公園から歩きだした。


(終)


■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
【5151/ 繰唐・妓音 / 女性/ 27歳 / 人畜有害な遊び人】

■ライター通信 
繰唐妓音様
ご注文ありがとうございます!
納品が大変遅れてしまい、申し訳ありませんでした!!
頼りにされたい結城の男心と京女(?)でしたが、花見始まってすぐ寝ている結城はいかがなものかと思います……。
ともあれ、少しでも楽しんで頂けると嬉しいです。