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■Calling 〜炎魅〜■

ともやいずみ
【4929】【日向・久那斗】【旅人の道導】
 噂がある。
 鈴の音と共に現れるある人物の噂。
 噂によると、その人物は人外のモノを退治しているとか……。
 今宵もまたどこかで鈴の音がする……。
Calling 〜炎魅〜



「月乃」
 声をかけた相手は、目を見開いて硬直する。
 眺めていた店のガラス越しに視線をこちらに向けてきた。
 傘をくるりと手元で一回転させた幼い少年が、じっと見上げてきている。
「月乃」
 小さく微笑む日向久那斗を、ほっとしたように見て月乃は微笑した。
「日向さん、どうかしましたか?」
「月乃、見かけた」
「ああ、なるほど」
 月乃はきちんと久那斗に向き直る。
「こんにちは」
「……ん」
 頷く久那斗に、月乃は苦笑した。
「……だから、どうしてすぐスカートの端を握るんですかね」
「…………」
 無言になってしまう久那斗。
 実はそうすることで安心するからだ、とは本人が気づいていないのだ。
 歩き出そうとする月乃を、スカートを握ったままついて来る久那斗。
「……あのぉ……」
「?」
 首を傾げる久那斗を、月乃は嘆息しつつ見る。
「危ないんですよ」
「……知ってる」
「知っててどうして……」
「……月乃」
 ほわんと微笑んだ久那斗を見た月乃は、大仰に嘆息したのだった。



「憑物の反応があるんです」
「……うん」
「それほど強くはない感じですが、危ないんです」
「……うん」
 埒があかないと月乃はまた嘆息する。
 久那斗はスカートを離さない。
「あのぉ……危ないんですよ?」
 にこ、と笑顔で誤魔化されてしまう。月乃はこめかみが引きつった。
 とうとう月乃は足を止める。
「本当に危ないんですよ? ケガをするかもしれませんし」
「月乃、まもる」
 月乃を守るのか、それとも月乃に守られるのか……?
 くいくいと、握っていない手で自分を指差す久那斗。
「…………」
 呆れるような瞳の月乃は、はっ、として顔をあげた。みるみる緩んだ顔に緊張が走る。
「しょうがない方です。こうなったら私から離れないように」
 こくりと頷く久那斗を、ひょいと抱えあげた。脇に抱えた月乃は見かけよりも腕力があるようだ。
「ちょっと走りますよ」
 そう宣言するや、くん、と足に力を入れる。つま先に込められた力を爆発させるように急激に加速した。これが彼女の瞬発力の正体らしい。
 彼女は瞬時に人のいないルートを選び、路地を疾走する。
 びた、と足を止めた月乃は久那斗を降ろす。
「はぁ……はぁ……」
 軽く息を乱している月乃に、久那斗は尋ねた。
「疲れた?」
「え? ええ。少し急ぎましたからね。日向さんも居ましたし」
 苦笑する月乃は数回深呼吸をし、息を整える。乱れた呼吸をあっさり元に戻した。
 久那斗は不穏な空気を感じて月乃の細い足にしがみつく。
「……なに……?」
「…………」
 月乃は無言で周囲に視線を遣る。
 静まり返った場所だ。どこだ? 敵は。
(嫌な感じ……。潜んでいる……?)
 近くに電車の小さな駅がある。出てくる女子中学生はそわそわとしていたが、月乃と久那斗の横を通り過ぎて行った。
 ちらりと横目でそれを眺めていた月乃はゆっくりと駅へと近づいていく。
「月乃……?」
「静かに」
 あの女子中学生には黒い霧がまとわりついていた。それが月乃の目に見えていたのだ。
 駅に入り、月乃は視線を移動させた。
「? 特殊な空間で気配を絶っている? では、なぜ先ほどは感じられたのか……」
 キィ、と音がする。
 月乃は見る。
 ロッカー……だ。
 古びた汚いコインロッカーの戸を開ける、女子中学生が一人。
(あれ、だ)
 閉じたり。開いたり。
 だからだ。
 ロッカーに手紙を入れる少女を突き飛ばす月乃。彼女の急激な動きのため、久那斗は振り回されるかたちになる。
「きゃあっ!」
 少女は転倒してしまう。月乃はロッカーを覗き込んだ。
 それは呪詛。
「こ、これ……は」
 溜め込まれた呪いの言葉と想い。
 ゆらりと黒い霧は形をとり、少女の姿になった。凹凸のない、のっぺらぼうだ。
 黒いセーラー服の少女は口だけあった。それをニヤリと歪める。
「日向さん、離れて!」
 鋭く言う月乃の言葉に久那斗は首を振った。
「離れて!」
 見下ろす月乃は「うっ」と顔をしかめる。久那斗は泣きそうな顔だったのだ。
(な、なんて顔するんですか……!)
 がーんという顔を一瞬したが、すぐにきりっと顔を整える。
 黒い少女はロッカーの中から出てくる。一般人には見えていない。
「なにすんのよ、あんた!」
 立ち上がって怒鳴る中学生を、ぎらっと月乃が睨みつけた。鬼のような形相、とでも言うのだろうか。
「ひっ」
 恐ろしさにのけぞる中学生は慌てて逃げていく。
 久那斗は驚いたように月乃を見上げた。先ほどの顔を見れなかったのだ。
「月乃……?」
「……企業秘密ですよ」
 ぼそりと無表情に言う月乃であった。
 黒い少女はロッカーから全身を出し、地に足をつける。
「日向さん、行きますよ」
「?」
 疑問符を浮かべる久那斗を脇に抱えるや、月乃は影を片手に収束して大きな刃の刀にする。
 そのまま走り出す月乃の後ろを、黒い少女はついてくる。普通に駆けてくるが、月乃との距離は開かない。
 夕暮れの中、この光景は誰が見ても恐怖するだろう。見えていたならば。
 後方から楽しそうな笑い声がきこえる。うふふ、あはは……と、暗闇に響くような異様な声で。
「あれ……なに?」
「あれは呪詛が形をとったものです。よくあるでしょう、学校などで使うおまじないとか」
「?」
「個々では力の弱いものでも、同じことを繰り返すことでそれは増大していくんですよ……一つの『呪い』というモノになるために」
 あれは人の想いそのもので創られているのだ。
「どうして……追う? 月乃」
 呪いの対象は月乃ではないはずだ。呪詛を邪魔したためだろうか?
 月乃は走りながら微笑した。
「言ったでしょう? 私は狙われていると」



 たったったっ……。
 追ってくる憑物を肩越しに見遣り、月乃は不審そうにした。
(おかしいですね……。なぜあれ以上近づいてこないんでしょう……?)
 その理由は彼女の抱えている久那斗にあった。彼はああいう邪なものを近づけないのだ。
(このままではずっと追いかけっこをすることに……)
 ざっ、と足を止めて月乃は憑物と対峙する。黒い少女はウフフと笑って足を止めた。
「日向さん、少し離れててください……」
 降ろしたものの、久那斗は月乃にしがみつく。
「月乃……!」
「大丈夫ですよ……。私は負けません……!」
「……」
 心配そうに見る久那斗の頭を撫でた。
「アレには……この右眼も使えませんね……」
 ならば、と月乃は黒い少女を冷ややかに見る。
「叩き潰しますよ」
 薄く笑う月乃はがくんと前のめりになる。久那斗が離れていなかったのだ。
「日向さんっ!?」
「だめ……」
「……っ」
 ぐっと唇を噛み締めて、月乃は久那斗の襟首を掴み、持ち上げる。
「久那斗さん、では少しだけ――――」
 月乃は久那斗を上空へ勢いよく放り投げた。
「空にいてください」
 刀を構えた月乃。離れた久那斗。
 その意味するところは、憑物の接近を許すことだ。
 上空でもぞもぞと動く久那斗は、どうすることもできない。まだ上昇中だ。
 憑物はスキップでもするような軽い足取りで月乃に近づいて来る。
 うふふ……うふふふふ……。
「その笑いをやめなさい。私は嘲笑されるのを良しとしていません」
 久那斗が上昇をやめ、落下を開始する。
 月乃は駆け寄ってくる憑物を睨みつけ、抜刀の構えをとった。
「潰れなさい……!」
 憑物の動きが停止する。一体いつ月乃は刀を払ったのか。
 彼女の刃に身体が粉微塵に切り刻まれた憑物は、ゆらりと揺らめいた。まるで霧の集合体だ。
 影の刀が細剣になる。
 憑物の中心を貫いた。ぐるんと剣を捻る。
 渦の中心のような動きになり、憑物の身体はさらに揺らめき、その場にどしゃりと膝をついた。
 無言で巻物を開いた月乃は、すぐさま閉じる。助けを乞うように見上げた憑物の姿は一瞬で消え失せてしまう。
 月乃は両腕を広げた。
 どさ、とその腕の中に久那斗が落ちてくる。両足を軽く曲げ、力を入れて月乃はそれを受け止めたのだ。
「終わりましたよ、久那斗さん」
 にっこり笑顔で言う月乃に、驚いたような久那斗はこくこくと何度も頷いてみせた。
「ああそうだ」
 久那斗を地面に降ろしていた月乃は苦笑する。
「その傘、閉じていたほうがいいですよ。危ないですから」
 今さら遅い、と……思ってしまうような発言だった。



 ロッカーを開いた月乃は、中に溜め込まれた手紙を取り出す。
「さすがにロッカーを壊すわけにはいきませんしね」
「それ、なに?」
 しっかと月乃の足を握る久那斗に、月乃は手紙を見せる。
「えっと……呪いの手紙ですね。あの人が憎い。嫌いだから、どうかあの人に嫌なことがありますようにって……そうお願いしてる手紙です」
「?」
 首を傾げる久那斗。
「こういう吹き溜まりみたいなところは至るところに存在していますけど……。ちょっとこの駅の場所も悪かったようですね」
 月乃はくいっと手を動かす。その手に漆黒のペンが握られていた。
 ロッカーの奥の壁に何か書き、そのままバタンと戸を閉じる。
「呪詛を外に逃がすようにしておきました。もう大丈夫でしょう」
「…………」
 ちらりとロッカーに視線を遣った久那斗は、歩き出した月乃に慌ててついて行った。

 二人はベンチに座って空を眺める。
 月乃を一瞥し、久那斗は尋ねた。
「月乃……元気……ない」
「いえ……そういうわけではないんですよ」
 ぼんやりと言う月乃は嘆息する。
「ああやって軽々しく人を呪ったりするのが……その人の心が、とても……」
「月乃……?」
「とても……悲しい……」
 辛そうに瞼を閉じる月乃の長い髪が風で揺れる。
「なんて、ね」
 ふふっと軽く笑って月乃は立ち上がった。
「久那斗さん」
「……?」
「ついてくるのはいいんですけど、次からはあまりくっつかないようにお願いしますよ」
 くすくす笑って言う月乃。
「私が転んだらどうするんです? あなたも一緒にコケちゃいますよ?」
「月乃……転ばない」
「それはどうでしょう? 予想不可能なことってたくさんあるんですよ」
 久那斗には、月乃の言っていることがわからなかった。
 予想不可能なこととは一体、なんなのか?
「私は本来、他人をよせつけないんですよ? でも……ほら、あなたはこうして私の目の前にいる」
「……月乃」
「私がこうして誰かと親しく話をする日がくるなんて……思ってもみませんでしたよ」
 その笑顔がとても綺麗で、久那斗は嬉しそうに微笑したのだ――――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【4929/日向・久那斗(ひゅうが・くなと)/男/999/旅人の道導】

NPC
【遠逆・月乃(とおさか・つきの)/女/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、日向様。ライターのともやいずみです。
 とうとう名前の呼び方が変わりました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
 月乃の憑物封じにお付き合いくださり、ありがとうございます!

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!