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■Calling 〜炎魅〜■

ともやいずみ
【4757】【谷戸・和真】【古書店『誘蛾灯』店主 兼 祓い屋】
 噂がある。
 鈴の音と共に現れるある人物の噂。
 噂によると、その人物は人外のモノを退治しているとか……。
 今宵もまたどこかで鈴の音がする……。
Calling 〜炎魅〜



「和真さん! 和真さんっ!」
 誰かが自分を呼んでいる。
 聞き覚えのある声。
 ああ、もしかして。
 でも。
 彼女は自分をこんなふうに呼ばない。だっていつもは――――。



「谷戸さん?」
 不思議そうに尋ねる少女の声に、谷戸和真は振り返る。
「つ、月乃……」
 遠逆月乃が立っていた。濃紺の制服姿で。
 顔を少し赤らめ、和真はわたわたとする。
(な、なんでこんなとこに……)
 そう思うが、あ、と気づく。
 彼女は呪いを解くために憑物を封じている。和真がこうして祓いの仕事をしていれば会うこともあるはずだ。
(……てことは、憑物封じをしてる最中ってことか)
 それとも、同じ敵?
「よ、よお」
 片手を挙げる和真はかなりぎこちなかった。
 呆れるように嘆息する月乃。
「なんですか、そのギクシャクした動きは。緊張しているんですか?」
 緊張はしている。それが月乃のせいだとは、死んでも言えないが。
「う、うるせぇなあ。あ、あんまりいい天気だからだって」
「……」
 きょとんとする月乃は、吹き出して笑う。
「ふふっ。あなたは天気がいいと緊張するんですか?」
「…………」
 驚く和真。
(わ、笑った……月乃が? え、で、でも、空耳でもないし、つーか……)
 うん。
(か……かわいい……)
 いつもこういう顔をしていればいいのに。
 そう思ってハッと我に返って青ざめる。
(なにを考えてんだよ、俺はーっ!)
 あーっ、と心の中で絶叫する和真は、両手で頭をおさえて悶えていた。月乃からはさぞ変に見えたことだろう。
「谷戸さん、だ、大丈夫ですか?」
「え……? あ、ああ……へ、平気平気……」
 よろよろと体勢をなおす和真は、真面目な顔で彼女を見る。
 こんな薄暗い廃屋に彼女がいる理由を、確かめなければ。
「……あ、あの、よ」
「はい?」
 笑顔で聞き返されて和真が一気に顔を真っ赤にする。
(な、なんなんだよ! なんでそんな柔和なんだよ、態度が! いつもみたいに、こう針みたいにツンツントゲトゲしろって!)
 などと心の中で必死に言うものの、顔を引きつらせつつ続けた。
「ここには……その、憑物退治で?」
「そうですよ」
 さらりと言われる。
(そんなあっさり言うなよ……)
「そ、そっか……」
「谷戸さんと同じ敵のようですね、今回も。ですが、私が封じさせていただきます」
 にっこり。
 あまりにも無防備に微笑むので、和真は心配になってくる。
(も、もしかして……怒ってるのか? それともなにか不機嫌なのか? 俺、なんか変なこと言ったっけ……?)
「あ、あの……お、怒ってる……?」
「怒る? 怒ってませんよ」
 きょとんとする月乃は、ふふっと軽く笑う。
「あなたは私を怒らせたんですか?」
「え? い、いや……そんなことはない、と思う」
「身に憶えがないのに私を怒らせるわけがないでしょう?」
「だ、だって……、月乃、なんか……よく笑うっていうか」
 ぼそぼそと小声で言うと彼女は目を軽く見開き、眉間に皺を寄せた。
「私が笑うのは、変ですかね」
 声に不機嫌なものが混じる。またやってしまったと和真は自分を呪いたくなってきた。
 だが気づいていなかったのだ。月乃は確かにムッとしていたが、その頬が微かに赤くなっていたことに。
 小さな音がきこえる。
 オルゴールだ。
 ぎちぎちと、錆びついた音をさせて流れるメロディ。
 二人はいつの間にか和やかな雰囲気を消していた。
「お喋りが……過ぎたみたいだな」
「そのようです」
 頷く月乃と並んで二階へと進む。階段が二人の体重の重みでみしっ、と鳴った。
「……この家のこと、調べたか?」
「いいえ」
「……じゃあ敵の性質は?」
「いいえ」
「そんなのでよく退治とかできるよな、月乃は」
「そういう修行は一通りしてますからね」
「…………」
 和真はごくりと喉を鳴らす。小声で会話しつつ彼らは二階へと近づく。
 オルゴールの音は徐々に大きくなってくる。
「……今回の敵は、記憶を見せるんだ」
「記憶を?」
「……やられたヤツは、みんな精神崩壊とか、発狂してた……。苦しい過去を見せるんだ」
「過去……」
 ぼんやりと呟く月乃は、和真の背後から来ているので顔は見えない。
 和真は一歩一歩、ゆっくりとあがっていく。
 引き受けてしまって、正直後悔したのだ。
 無言で後ろから来ている月乃を、肩越しにちらりと見遣る。
(…………月乃に、そんな危ないことをさせるわけにはいかねぇよな)
 そう思っていたら、二階に着いてしまった。
 ここには昔、家族が住んでいた。幸せな家族が。
 それを象徴するような小さい、家。それが今では――――。
 右奥の部屋からオルゴールが聴こえる。
 ぴた、と音が止んだ。
 刹那、身構えた月乃が和真を突き飛ばして武器を繰り出す。
 彼女の右手には漆黒の長い棍がある。それを突き出すように伸ばしたのだ。
 ドアが棍で開けられる。そこは寝室だった。ドアの向こうに敵の姿はない。
 おいで、と声がする。
<おいで……>
「え……?」
 ドアに向けて風が吹き出す。強烈な風を全て吸い込むかのように。
「あ!」
 月乃の体が風に押されて部屋に向かってずずず、と引き寄せられる。
「月乃!」
 その手を掴む和真は、壁の角に手をかけて足を踏ん張っていた。
「や、谷戸さ……」
<おいで……おいでよ……おいで……おいで……おいで……おいで……>
 低い呪詛の声に月乃の瞳が光を失い始める。
 彼女の視線が和真から外れ、寝室へと向いた。
<おいで……おいで……くるしい……おいで……おいで……おいで……おいで……こっちへおいで!>
 和真の手を握りしめていた月乃の力が抜け始めた。
「月乃! 手をしっかり握れ!」
「…………」
 和真の声は聞こえていないようだ。月乃の手がどんどん和真から離れていく。慌てて和真はしっかと握った。
 風は強くなるばかりだ。
<なんて……なんて甘美な痛み……なんて……なんて悲痛な過去……なんて……なんて残酷な…………>
 声を聞きながら和真は寝室を見る。
(なんで月乃を……!?)
 決意した和真はぐっと月乃の手を自分に引き寄せられるだけ引き寄せ、そして離した。
 寝室に引っ張られる月乃より先に、駆け出す和真。
(月乃より先にあそこに入ってしまえば……!)
 風に押されるように和真は部屋へと突入した。
 和真の背後でばたん、とドアが無情な音をたてて閉まる――。



 オルゴールの音がする。

 和真は振り向く。
(なんだここ……)
 足が地についていないような感覚。上も下もなくて、右も左もないような。
(ぐにゃぐにゃして……気持ちわりぃ……)
 顔をしかめる和真は、遠くに見える一点の光に気づいた。
 あれは?
 光が急激に迫ってきて、辺りが明るくなる。
 和真が目を見開いてよろめいた。
「な、んで……?」
 あの日が。
 あの日が……。
 倒れている和真の母親が目の前にいる。どんどん広がっていく血だまり。
「う……」
 その母親を見て愕然としている『過去の自分』も、そこにいる。
「かあさ……」
 ぼんやりと呟く和真。過去の自分と声が重なった。
 どうしてこんなことに……。
「そんなつもりじゃ……俺……」
 和真はじりじりと後退していく。
 まだ若い自分と、倒れている母親を交互に見て、和真は緩く首を横に振った。
「やめろ……なんでこんなもん見せるんだ……」
 見せるな……。
「見せるな――――!」
 母親のところによろよろと近づく、若い自分。
「俺のせいだ……」
 絶望に顔を歪ませる自分を見る和真は、己の鼓動が大きく聴こえていた。
 破裂するかもしれないと思わせるほどに。
「や、めろ…………やめてくれ――――っ!」

 奏でられる錆びた音の混じったメロディ。
 それが、突然止まった。



 月乃の放った一撃で、オルゴールが破壊されている。
 破片は飛び散り、床に落ちた。
 月乃の手に握られていた漆黒の刀が振り下ろされたのだ。
 ふ、と和真が床の上に出現する。それに気づいて月乃は駆け寄った。
「谷戸さんっ!」



 ぱかっと瞼を開けた和真は、涙が少し滲んでいるのに気づく。
(あ、あれ……?)
 慌てて瞼を擦る和真は、何か頭が柔らかいものの上にあるのに疑問符を浮かべた。
「大丈夫ですか、和真さん?」
 やさしい、こえ。
 ぎょっとして真上を見た和真は動きを止める。
 心配そうにこちらを見ている月乃と、目が合った。
「えっ! あ、わあっ!」
 思わず起き上がって月乃と距離をとる。
 唖然とする月乃は、正座の姿勢のままだ。今の今まで和真に膝枕をしていたのである。
「つ、月乃……?」
「憑物は封じましたよ。あの……私の代わりに囚われたんですね、和真さんは」
 申し訳なさそうに言う月乃の言葉に、へ? となる。
(え、あ、いま……)
 名前を?
 立ち上がって近寄った月乃は和真に手を差し伸べた。和真はその手を掴んで立ち上がる。
「私……の、ために」
「いや……その」
「……どうも……ありがとうございます」
 頬を赤らめて微笑む月乃の顔を間近に見た和真は、真っ赤になって硬直してしまった。
「敵は一人しか捕らえられないタイプだったようですから……。私のほうを狙ってきたのに、和真さんにご迷惑をかけてしまいました」
「う……いや、そ、そういうつもりじゃ……」
「はい?」
「…………っ」
 思わず顔を逸らしてしまう和真である。
 焦る和真の前では、月乃がにこにことしていた。
(な、なんだなんだ? なんかよくわかんねぇけど……月乃が優しい……)
 でも。
(ま、まぁ……いっか)



 二人で帰る道中…………。
 月乃が右の瞼に手を時々遣るのを見ていた和真は不思議そうに尋ねた。
「? なんだ? 目が痛いのか?」
「えっ?」
 驚いたように言う月乃は、苦笑する。
「あ、はい……なんだか少し」
「気になるんだったら眼科に行っておけよ」
「大丈夫ですって」
「でもさ、月乃ってそういうの放ったらかしにしそうだし……」
「大丈夫ですよ」
「で、でもさぁ」
「心配性な方ですねえ」
 呆れるように言う月乃。
「なんでそんなに心配するんです?」
「えっ、あ、だ、だって……。し! 心配なものは心配なんだよっ」
 赤くなって怒鳴るように言う和真に、月乃は目を丸くしてしまう。
 ふ、と困ったように月乃は微笑んだ。
「……嬉しいです。ありがとう、和真さん」
 それを見て、赤くなってスタスタと早足で月乃を置いていってしまう和真であった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【4757/谷戸・和真(やと・かずま)/男/19/古書店・誘蛾灯店主兼祓い屋】

NPC
【遠逆・月乃(とおさか・つきの)/女/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、谷戸様。ライターのともやいずみです。
 今回はかなり進展し、少し恋愛も強めに書かせていただきました。名前の呼び方も変わったのにお気づきいただけましたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
 月乃の憑物封じにお付き合いくださり、ありがとうございます!

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!