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■おそらくはそれさえも平凡な日々■

西東慶三
【0970】【式・顎】【未来世界の破壊者】
 個性豊かすぎる教員と学生、異様なほど多くの組織が存在するクラブ活動、
 そして、「自由な校風」の一言でそれらをほぼ野放しにしている学長・東郷十三郎。

 この状況で、何事も起きない日などあるはずがない。
 多少のトラブルや心霊現象は、すでにここでは日常茶飯事と化していた。

 それらの騒動に学外の人間が巻き込まれることも、実は決して珍しいことではない。
 この物語も、東郷大学ではほんの些細な日常の一コマに過ぎないのである……。

−−−−−

ライターより

・シチュエーションノベルに近い形となりますので、以下のことにご注意下さい。

 *シナリオ傾向はプレイングによって変動します。
 *ノベルは基本的にPC別となります。
  他のPCとご一緒に参加される場合は必ずその旨を明記して下さい。
 *プレイングには結果まで書いて下さっても構いませんし、
  結果はこちらに任せていただいても結構です。
 *これはあくまでゲームノベルですので、プレイングの内容によっては
  プレイングの一部がノベルに反映されない場合がございます。
  あらかじめご了承下さい。
散る者、残るモノ

〜 決戦の時、来る 〜

「もう悲しい未来は繰り返さない」
 そんな風野時音(かぜの・ときね)の願いも空しく、世界は「時音の知る悲しい未来」への道を進みつつあった。

 エネルギー事情が急速に悪化し、各地で暴動が起こり始めた。
 暴動の鎮圧と、暴動発生の抑制のため、治安維持機関の権力は強まり、ついにはいつ戒厳令が発令されるかというところまで事態は進行していた。

 歌姫は知っていた。
 この一連の騒動は、全てIO2によって仕組まれたものであると。

 IO2はこの時期、敵対する組織「虚無の境界」のメンバーを狩りつつ、騒乱を引き起こしては自分たちの権力の増大を計っていたのである。

 ともあれ、このままでは、事態はどんどん悪化していく一方である。
 なんとかして、武彦や、その他一人でも多くの人にこの真実を知らせ、協力を仰がなくては。

 歌姫は時音にそう訴えたが、時音は沈痛な面持ちで首を横に振った。
「真相を告げれば、草間さん達は多分死ぬことになる」

 言われてみれば、確かにその通りかも知れない。
 すでに国家レベルの権力を誇るIO2に対して、個人レベルでの抵抗はほとんど効果を現さないだろう。

「だから、ここは僕が行くしかないんだ」
 小さな、しかし強い決意を秘めた声で、時音はきっぱりとそう言った。

 行き先は、もちろん決まっている。
 以前襲撃してきた敵の戦闘騎兵から聞いた、「結界の真実がわかる」という研究所だ。

 そこへ行って、結界のデータを得ることができれば、結界排除装置の完成にこぎ着けることができるかもしれない。
 そうなれば、IO2に対する有効な対抗手段が得られる。
 さらに、以前歌姫が結界を破ったのもその装置の力ということにすれば、敵の目を歌姫からそらすこともできるだろう。

 もちろん、時音が危険な場所へ赴こうとするのは、歌姫にとって好ましいことではない。
 けれども、どんなに歌姫が止めても行くであろうことも、歌姫は十二分にわかっていた。

 だから。

(私も、時音さんと一緒に行きます)

 歌姫がそう伝えると、時音は当然のごとく難色を示した。
「危険すぎる。歌姫さんは、どこかに身を隠していてくれないか」

 時音のこの反応も、当然、歌姫には予想済みだ。
 だが、今回だけは、歌姫も引き下がるつもりはなかった。

 自分が時音の力になれることを、今の歌姫は知っていたから。
 そして、その力がきっと必要になることを、歌姫は確信していたから。





 しばしの話し合いの後。
 最終的に折れたのは、時音の方だった。
「わかったよ。けど、その代わり絶対無茶はしないって約束してくれ」
 時音のその言葉に、歌姫は力強く首を縦に振った。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 小悪魔? 宵子さん 〜

 時音たちが最初に向かったのは、研究所ではなく、黒須宵子の所だった。

 結界のデータを手に入れたとしても、それを実際に活用するためには、結界式の解読を行わなければならない可能性が高い。
 そして、そういったことに長けているであろう人物として真っ先に思いついたのが、職業呪術師である黒須宵子だったのである。

 時音が今回の仕事の内容について説明すると、宵子は自信ありげに頷いた。
「そういう仕事なら任せて下さい。得意中の得意です」

 確かに、仕事自体は彼女にとっては簡単なものだろう。
 しかし、時音には一つだけ不安なことがあった。
 データの送受信には時音たちの用意した専用の機械と回線を使うとはいえ、敵に気づかれる可能性が皆無ではないという点である。

「少し危険な仕事になるかもしれませんが、構いませんか?」
 念のために時音がそう確認すると、宵子は微笑みながらこう答えた。
「私もプロですから、ある程度のことは覚悟しています。
 それに、こう見えても、私結構強いんですよ」
 他に頼める人物がいるわけではない以上、彼女のその言葉を信じるより他にない。
 そんな時音の気持ちを知ってか知らずか、宵子は真剣な顔でこう続けた。
「その代わり、プロに依頼する以上、ちゃんと報酬は用意しておいて下さいね。
 念のために言っておきますけど……高いですよ?」
「ええっと……実は、そんなに持ち合わせがないんですが……」
 正直にそう答えると、宵子は大げさに肩をすくめて、ちらりと歌姫の方を見る。
「仕方ありませんね。
 じゃ、落ち着いたらでいいですから、今度一日つきあって下さい」
 この挑発的な行動に、歌姫は当然不服そうな表情を浮かべるが、事情が事情だけに表立って反対はしない。
「はぁ」
 やむなく、時音が曖昧な返事を返すと、宵子は小さく手を打ってにっこり笑った。
「決まりですね。
 車もないし、買い出しに行くのって結構大変なんですよ」
 わざとはっきりとそう言ってから、いたずらっぽくこう続ける。
「あ、ひょっとして、何か期待してました?」
 これには、さすがの時音も苦笑するより他なかった。
「いえ、そういうわけでは……」
 苦笑いを浮かべる時音の腕を、歌姫が強くつねる。
 そんな二人の様子を、宵子は何とも楽しそうな表情で見つめていた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 結界の真実 〜

 目的の研究所は、すぐに見つかった。

 場所は滅多に人の立ち入らない山奥。
 建物自体も、パッと見ただけではわからないように巧妙に隠されている。
 しかし、その建物が放っている強烈な負の気配までは、さすがに隠しようがなかったようだ。
 もっとも、普通の人間ならば、無意識のうちにこの気配を感じ取って、近づくことをためらってしまうのかもしれないが。

 ともあれ、時音たちがその建物の入り口に辿り着くと、扉が、ひとりでに左右に開いた。
 どうやら、入れと言うことらしい。

 ここまであからさまに誘ってくるということは、当然、罠があると考えるべきだろう。
 だが、例え何があったとしても、ここまで来て引きかえすわけにはいかなかった。

「歌姫さん。
 中に入ったら、絶対に僕から離れないで。
 そして、危なくなったら、すぐに逃げて」
 時音がそう確認すると、歌姫は一度小さく首を縦に振った。
 万一の場合のことを考えて、彼女には一回分の時空跳躍を血印で託してある。
 あとは、必要になった時に、彼女がためらいなくそれを使ってくれるかどうかだが……。
 そんなことは、今さら考えても仕方がない。
 自分で自分にそう言い聞かせて、時音は建物の中へと足を踏み入れた。

 建物の中にあったのは、延々と続く真っ白な壁と、無数の扉だった。
 なぜかはわからないが、研究員の姿は一人も見あたらない。
 あるのは、ただ、壁と、扉と、天井の灯りだけだった。

 時音たちが奥の方へと進んでいくと、突然、扉のうちの一つが音もなく開く。
「こっちに来い、ということか」
 時音がその方向へ向かうと、そこにはまた多くの扉があり、その中の一つだけが開く。

 そんなことを繰り返しながら、無数の通路を抜け、いくつかの階段を下る。
 そうしているうちに、時音たちは、今までとは少し違った感じの大きな扉の前に辿り着いた。

 恐らく、敵が時音たちを誘い込みたかったのは、この部屋なのだろう。
「何があるかわからない。くれぐれも気をつけて」
 もう一度歌姫に念を押してから、時音は意を決してその扉の前に立った。





 扉が、ゆっくりと開いていく。
 壁一面に、様々な計器類と、研究所のあちこちを映したモニタが並んでいるのが見えてくる。
 そして、その部屋の奥には、式顎(しき・あぎと)の姿があった。

「そろそろ来る頃だと思っていたよ」
 不敵な笑みを浮かべる式を、時音は軽く睨みつける。
「聞かせてもらおう。結界の真実を」
「もちろんそのつもりだ。これを見たまえ」
 そう言うなり、式は壁の方に向き直り、いくつかキーを叩いた。
 いったん、全てのモニタから映像が消え、やがて、一つの大きなモニタのように機能し始める。

 そこに映し出されたのは、この研究所内の様子だった。

 異能者とおぼしき多くの人々が、牢の中に閉じこめられている。
 拘束されている者や、薬で精神を破壊されたとおぼしき者。
 幸か不幸かそのどちらにも当てはまらない者もいるが、そういった者のほとんどが、全ての希望を失ったようなうつろな表情を浮かべていた。

 そして、その牢の外からは、ひっきりなしに悲鳴や絶叫が聞こえてくる。
 手を動かせるだけの、あるいは表情を変えられるだけの余裕のあるものは、そのたびに耳をふさぎ、恐怖にうちふるえていた。

 これらの実験のことはもちろん知っていたが、改めて映像で見せられると、その凄惨さを再確認せずにはいられない。
 まして、初めてこの光景を目にする歌姫には、かなりの衝撃だろう。

 愕然とする二人の耳に、式の声が聞こえてくる。
「彼らは皆、能力ごとに分類され、様々な実験に使われている。
 その結果得られるデータは、どれも皆貴重なものだが、この実験には、実はもう一つ非常に有用な副産物があるのだよ」
「それは、まさか?」
「その通り。
 異常結界とは、実験で命を落とした多くの異能者の無念の思いを『唄』にしたものなのだよ。
 優れた音楽が人の心を癒し、植物にすら影響を与えるように、強い負の念から生まれた唄は人間の精神のみならず、周囲の自然空間をも歪め、汚染する」
 そこまで言って、式は視線を歌姫の方へと移した。
「以前、その女が結界を破ったと聞いたが……これでキミたちにもその理由がわかっただろう」
 その笑みが、ひときわ邪悪に歪む。
「まあ、キミもじきにこちらの仲間入りをすることになる。
 もっとも、その時君の命があるかどうかは、私にはわからないが」

 それを聞いて、時音は歌姫を守るように一歩前に踏み出した。
「脅迫のつもりか?」
 右手に光刃を構え、臨戦態勢をとる。
 その様子を見て、式も両手に短戟のようなものを構えると、その刃に漆黒の光刃を纏わせた。
「どうとってくれても構わんよ。
 ただ……ここまで知ってしまった以上、キミたちをそのまま帰すわけにはいかん」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 静と動 〜

 式の矢継ぎ早の攻撃を、時音が流れるような動きで防ぎ、あるいは受け流す。
 式の攻撃が時音を捉えることはないが、時音も防御するのが精一杯で、攻撃に転じる余裕はとてもない。

 端から見る限りでは、二人の戦いはほぼ互角のように思えただろう。

 しかし、式はそうは思っていなかった。

 致命の一撃を与えるべく、常に渾身の力で攻めまくる式と、それを必要最低限の力で受け流し、やむを得ない時だけ真っ向から防ぎ止めている時音。
 この状態が続いて持久戦になれば、間違いなくこちらのスタミナが先に尽きる。

 こんなはずではなかった。
 自分の計算違いに動揺しながらも、それを相手に悟られぬために、なおも攻め続ける。

 何か、何か打開策は。

 手を休めずに攻撃を繰り出しながら、視線だけをあちこちに巡らし、逆転の秘策を求めて頭をフル回転させる。

 と、その時。
 時音の後ろに、守られるようにして立っている歌姫の姿が目に入った。

 ――これだ!





「キミとの戦いは実に楽しかった……が、それもそろそろ終わりにすべき時が来たようだ」
 一度間合いをとり、あえて強気に言い放つ。
 もとより、時音がこんな挑発に乗るとは思っていない。
 ただ、「次で決めに来るかもしれない」という考えを抱かせることさえできれば、それでよかった。

 全身全霊の力を込めて、真っ向から時音に向かって突進する……と見せかけて、途中で左に大きく跳ぶ。
 最初の挑発が効いたのか、素直すぎる時音の性格が災いしたのか、時音の反応が一瞬遅れる。
 その一瞬の隙をついて、式は左手の短戟を振り上げ……回り込むようにして、時音ではなく、彼の後ろにいた歌姫に向かって突撃した。

 この動きに惑わされず、時音がこちらを狙ってくれば、歌姫に深傷を負わせ、あるいは殺すことはできるだろうが、自分は確実に時音の一撃を受けて敗れることになるだろう。

 だが、式には絶対にそうはならないという確信があった。

 時音は、式を倒すことよりも、歌姫を守る方を選ぶだろう。
 今の位置関係では、時音がかなり無理な体勢をとらない限り、式の一撃を防ぎ止めることはできない。
 それでも、時音は絶対にそうするはずだ。
 そうして、彼自身の防御がおろそかになったところを、右の短戟で仕留める。

 ――勝てる。

 倒れ伏す時音の姿を脳裏に描きながら、式は左の短戟を振り下ろした。

 大慌てで飛び込んできた時音の光刃が、間一髪のところで式の攻撃を食い止める。
 腕をいっぱいに伸ばして攻撃を受け止めたため、時音の胴は完全にがら空きになっていた。

 ――勝った!

 式はすかさず右手の短戟を振るい、時音を深々と刺し貫く……はずだった。





 時音の光刃は彼の右手にあり、式の左の短戟を受け止めていて、右の一撃を止めることはできないはずだった。
 そして実際、それは式が意図した通りの状態にあった。

 では……なぜ、この必殺の一撃が止められたのか?
 半ば呆然としながら、式が自分の右手の先に目をやると、そこには時音の左手に握られた、もう一本の光刃の姿があった。
 その淡く、しかし確かな輝きは、時音の手によるものではありえない。

 そうなれば、この光刃の主となりうる人物は、ここには一人しかいない。
 式がその人物――歌姫の方に視線を向けると、静かに見返している彼女と目があった。
 戦う者の目をしていた。愛する者のために、戦う者の目を。

 次の瞬間、時音が攻撃に転じた。

 左からの攻撃を、かろうじて受け止める。
 予想以上に速く、重い一撃。
 体勢を崩したところに、狙いすましたようにあの二本目の光刃がくる。
 その攻撃を、式はどうにか右の短戟で防ぎ止めた……はずが、光刃はまるで鞭のようにしなり、その先端が式の右手首を切り落とした。

 攻めることより、守ることの方が難しい。
 そんな言葉が、ふと脳裏に浮かんだ。
 スタミナ云々ではなく、自分の全力での攻撃が防ぎ止められた時点で、時音との技量の差を悟るべきだったのではないだろうか?

 顔を上げた式の目の前に、振り下ろされてくる時音の光刃が映り……激しい痛みとともに、彼の意識は闇の底へと沈んだ。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 望まぬ遭遇 〜

 左肩を深々と断ち割られて、式が音もなくその場に倒れる。
 その様子を見届けて、時音は一つ大きく息をついた。

 あとは、この部屋にあるデータを転送し、この研究所を破壊するだけだ。
 簡単な仕事ではないが、少なくとも、式との戦いに比べれば、どうということはない。

 時音は慣れた手つきでコンピュータを操作し、結界に関する全ての情報を宵子のもとへと転送した。
「あとは、生存者を救出して、この研究所を破壊するだけだ」
 時音が、そう口にした時だった。

「それは、俺たちがやっておいたよ」
 そう言いながら姿を現したのは、蒼乃歩(あおの・あゆみ)とその部下たちだった。
 彼女たちがどのようにしてこの研究所のことを知ったのかはわからないが、時音が式と戦っている間に、この研究所は彼女たちによって占拠されていたらしい。

 再び、時音の表情が硬くなる。
 二人は幼なじみであり、また、IO2という共通の敵をもっていながらも、敵同士であった。
「これで全て片づいた、ということには……」
「できないな」
 時音の提案を、歩はにべもなくはねつける。
 こうなってしまった以上、もはや戦いは避けられそうもなかった。

 と、その時。
 歩の部下の少年が、突然時音に向かって声を張り上げた。
「時音さん! 私たちのことを、覚えていますか?」
「いや」
 首を横に振る時音に、少年は一瞬悲しそうな表情を浮かべたが、すぐにこう続ける。
「私たちは、一度あなたに命を救われたことがあります」
 その言葉に、時音の表情がかすかに動く。
「大人たちは、あなたのことを裏切り者だと言っていましたが、私たちにとって、あなたは間違いなく英雄でした」
 少年は真剣な顔でそう言うと、固く拳を握りながら叫んだ。
「それなのに、あなたは! どうして、敵に手を貸すようなマネをするのです!?」

 敵に、手を貸す?
 違う。
 時音はいつだって、救うべきものを救い、守るべきものを守っただけ。

 時音の守るべきものは、力なき者。
「人間である」「異能者である」というだけの理由で、無慈悲にも殺されようとしている者。

 そして、時音の敵は、その無慈悲な刃を振るう虐殺者たち。

 ただ、それだけのことなのに。
 それなのに。
 時音の気も知らないで、勝手なことばかり。

 一度は時音に救われておきながら、時音のもっとも嫌う虐殺に手を貸すなんて。
 時音の思いを裏切ったのは、あなたたちの方じゃないか。

 歌姫の口から、自然と歌声があふれ出す。
 強い怒りと、そして、深い悲しみの歌。
 その「歌」は見る間に壁となり、歩の部下たちを、時音と歌姫、そして歩の三人と分断した。

 その様子を、歩は少し驚いたように見つめ、やがてきっぱりとこう言った。
「お前たちは手を出すな。もとよりお前たちのかなう相手じゃない。
 それに……この戦いは、あくまで俺の戦いだ」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 〜 避けられぬ戦い 〜

 無数の矢の嵐が、四方八方から時音を襲う。
 時音がそれを打ち払ったところへ、今度は衝撃波を打ち込む。
 その衝撃波を防ぎ止めている間に、歩は再び無数の矢を放つ。

 二人の戦いは、おおむねこんな調子だった。

 時音に積極的に戦おうという意志が見られないことが、歩には不満だった。
 攻めに転じてこそこないが、守りには一分の隙もない。
 こんな戦法をとられては、いつになっても決着などつくはずがない。

「真面目に戦えっ!」
 そう怒鳴ってみても、時音は表情一つ変えることはない。

 時音の返事のかわりに、歌姫の歌が聞こえてくる。
 彼女がこの戦いを望んでいないことくらい、歌を聞くまでもなくわかっていた。
 そして、自分自身も、本当はこんな戦いなど望んではいないということも。

「俺一人なら、退くこともできた」

 そう。
 もし、これが歩一人の戦いなら、とっくにこんな戦いなどやめにしている。

「けど……俺にも信じてくれる仲間がいる! 裏切るわけにはいかないんだよっ!」

 重かった。
 仲間たちから、部下たちから寄せられる信頼が。
 それに応えないわけにはいかなかった。
 自分の本当の思いと秤にかけても、仲間の信頼の方が重かったから。

 自分の感情を押し殺しながら、再び時音に猛攻を仕掛ける。
 けれども、時音は今度もそれを見事に防ぎきり、戦いは再び膠着状態に陥った。





 そうして、どれくらいの時が経っただろうか。
 お互いにこれと言ったダメージを与えられぬまま、時間だけが空しく過ぎていた。

 戦いが長引けば長引くだけ、心がずきずきと痛む。
 一刻も早く、この戦いを終わりにしたかった。

 その時、視界の片隅に、歌姫の姿が見えた。

 歌姫を殺せば、彼女が作っている結界は消滅する。
 そうすれば、結界に遮られている仲間からの援護も期待でき、戦況は少なくとも今よりは有利になる。
 歩の脳裏に、そんな考えが浮かんだ。

 だが、すぐに「もう一人の自分」が、それはあくまで「言い訳」に過ぎないことを喝破した。
 本当は、戦況が変わることなどどうだっていいのだ。
 ただ、いつも時音の隣にいる歌姫が妬ましい。許せない。それだけなのだ。

 最初の自分が答えた。
 理由などどうでもいい、と。
 戦況を変えるためであれ、ただの嫉妬であれ、やるべきことに変わりはないのだから。

 それに反対する声は、どこからも聞こえてはこなかった。





 今まで同様に、矢の嵐で時音を集中攻撃すると見せかけて、その中のほんの数本だけを、歌姫の方へと向かわせる。

 時音と戦いながら、時音に気取られぬように歌姫を狙うには、この方法しかなかった。
 それでも、こういった物理的な攻撃に対処する術をもたない歌姫なら、十分に殺すことができるだろう。

 矢が歌姫の方へ向かう。
 時音は気づかない。

 歩が歌姫を殺したら、時音はどうするだろう。
 歩を憎むだろうか? 歩を殺すだろうか?

 それでもいい。
 どんな結末であれ、敵同士のままいつまでも苦しみ続けるよりは、ずっとマシだ。

 もうすぐ、矢が歌姫を貫く。
 それで、きっと全て終わりになるだろう。
 少なくとも、歩と時音の二人にとっては。

 歩がそう思った時、突然、時音が歌姫の方に視線をやった。
 なぜかはわからないが、時音も歩の狙いに気づいたらしい。

 だが、もう間に合わない。間に合うはずがない。

 それでも、時音は懸命に腕を伸ばし――。





 伸ばした腕の先で、二本の光刃が、引き寄せられるように近づき、一つに重なる。
 光刃は一瞬まばゆく輝くと、まるで龍のようにうねり、一瞬にして歩の放った矢を全てなぎ払った。
 もちろん、歌姫の方に向かわせた矢も。

 歌姫の無事を見届けて、時音が歩の方に向かってくる。
 こちらから攻撃するには、すでに間合いが近すぎる。
 歩はとっさに携帯式の結界シールドをかざしたが、時音の光刃はやすやすとそれを断ち割り――歩の目の前で、ぴたりと止まった。

 完敗だった。

「……なぜ、気づいた?」
 自分の狙いを読まれたことが信じられず、力なくそう尋ねる。
 すると、時音はぽつりとこう答えた。
「歩が……悲しそうな顔をしたから」

 歩が時音のことをわかっていた、あるいはわかっていると思っていた以上に、時音は歩のことをわかっていたのだろうか。
 そう考えると、負けたはずなのに、不思議と嬉しかった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 散る者、残るモノ 〜

「俺の負け、か」
 そう一言呟いて、歩は小さくため息をついた。
「殺せ、時音。もう終わりにしよう」
 顔を上げた歩の顔は、不思議なほどにすっきりとしている。
 もしかしたら、彼女は自分が時音を殺すよりも、自分が殺される方を望んでいたのかも知れない。

 けれども、時音はそうはしなかった。
「僕にはできない」
 時音のその言葉に、歩が感情を爆発させる。
「でも! 俺たちは敵同士なんだ!
 本当は……俺だって、時音と戦いたくなんかないのに!」
 初めて、歩が正直な思いを口にした瞬間だった。
「殺せ! この運命に終止符を打つにはそれしかないんだ!」
 責めるような目で、歩が時音を見つめる。
「運命は変えられる。
 そのために、僕はこの時代に来たんだ」
 時音はそう答えると、光刃を納めて静かに右手を差しだした。
「それに、僕は、これ以上大切な人を失いたくはない」

「時音……」
 困ったような顔を浮かべて、歩がちらりと歌姫の方を見た。

 今さら、何を気兼ねしているというのだろう。
 歌姫が小さく頷いてみせると、やがて、歩はおずおずと右手を伸ばし――。

 突然、歩が時音を突き飛ばした。
 バランスを崩して、時音が数歩後ろへ下がる。

 次の瞬間、闇色の刃が時音の脇をかすめ……歩の胸元を貫いた。

 突然の出来事に凍り付く一同の目の前で、歩の身体が、力なくその場に崩れ落ちた。





 真っ先に我に返ったのは、やはり時音だった。
「歩!」
 倒れた歩を抱き起こしながら、凶刃の主――式の方へ、鋭い視線を送る。

 その視線を受けて、式はぞっとするような笑みを浮かべた。
「どうやら、まだまだ、キミは苦しむべき運命のようだ……」
 すでにその顔に生気はなく、瞳に宿っていた凶悪な光もすでに消えかかっている。
「傷つきたまえ……苦しみたまえ……それが、キミ……の……」
 そこまで言って、式は大量の血を吐き、やがて今度こそ本当に動かなくなった。

 そして、歩の命の火も、今まさに消えようとしていた。
「ははっ……ついてないな……せっかく仲直りできたのに……」
 悲しげに微笑んだ顔から、みるみる生気が失われていく。
 もはや手の施しようがないことは、誰の目にも明らかだった。
「歩! 歩っ!!」
 どうしてやることもできず、ただ歩を抱きしめ、名前を呼び続ける時音。
 その頬を、一筋の涙が伝う。
「時音……泣いてくれるのか……? 俺のために……?」
 歩は不思議そうにそう呟くと、一度弱々しく息をつき、静かに目を閉じた。

 慟哭する時音の姿が、涙でかすむ。

 深い悲しみだけが、主を失った研究所を包んでいた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 1219 / 風野・時音 / 男性 / 17 / 時空跳躍者
 0970 /  式・顎  / 男性 / 58 / 未来世界の破壊者
 1355 / 蒼乃・歩  / 女性 / 16 / 未来世界異能者戦闘部隊班長

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■         ライター通信          ■
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 撓場秀武です。
 この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。
 また、ノベルの方、大変遅くなってしまって申し訳ございませんでした。

・このノベルの構成について
 このノベルは全部で七つのパートで構成されております。
 今回は一つの話を追う都合上、全パートを全PCに納品させて頂きました。
 そのため、少々(かなり?)文字数が多めとなっておりますがご容赦下さいませ。

・個別通信(式顎様)
 今回はご参加ありがとうございました。
 戦闘描写、武器の選択、そして最期の台詞等、このような感じでよろしかったでしょうか?
 もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。