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■Calling 〜炎魅〜■

ともやいずみ
【0413】【神崎・美桜】【高校生】
 噂がある。
 鈴の音と共に現れるある人物の噂。
 噂によると、その人物は人外のモノを退治しているとか……。
 今宵もまたどこかで鈴の音がする……。
Calling 〜炎魅〜



 神崎美桜は、ゆっくりと空を見上げる。
 晴れ渡った空は薄い青。雲一つない。
(この空の下で……和彦さんはどこかでまた戦っているんでしょうか……?)
 眉をひそめ、悲痛の色を浮かべる。
(あの人は……助けを求めない)
 それが不思議だった。
 美桜の能力は様々なことに利用できるものだ。
 兄と、数人の友人以外の者は利用しようと近づくか……不気味そうにして離れていくのに。
 それらとも違う。
(不思議な人……です)
 それでも。
 美桜は己の胸元の衣服を、小さく握りしめた。
(和彦さんは……きっと、違う)
 きっと違うと信じたい。離れていってしまうなんて……思いたくない。
(もしも)
 もしも。
 彼が離れていってしまったら……どうすればいい?
 諦める? 悲しくなるだけで済む?
 風が美桜の長い髪を揺らす。
(和彦さん……)



(和彦さんより先に憑物を見つけて倒せば……)
 そうすれば、彼は傷つかずに済む。
 歩き回る美桜はびくりと反応して振り向いた。
(え……? 今のは……?)
 足をそちらに向ける。寂びた通りに出た。不景気の煽りを受けたのか、店はほとんど閉まっている。
 どの店も定休日や、店じまいの貼り紙があった。
「こっちから……?」
 放置された通りは静かすぎて、不気味で美桜の心臓はどくどくと鳴り出す。怖い、という感情に喉が鳴った。
 じりじりと足を進める美桜はさらに店と店の間の細い道に入って行く。
(まだ奥……?)
 ひやり、と背筋に冷たいものが走って美桜は足を止めた。
 どくんどくんと大きく聞こえるのは自分の心臓だ。
「迷子かい?」
 声が上から聞こえた。
 ゆっくりと上を見た美桜は喉元までこみあげた声を押し殺す。
 巨大な蜘蛛が、美桜のはるか数メートル上にいる。建物と建物の間に脚をかけ、覗き込むように美桜を見下ろしていた。
(つ、つきも……)
 足がすくんだ。だがここで引き下がるわけにはいかない。
 和彦は戦う度に傷を負う。これ以上傷ついて欲しくなかった。
 彼のためにも自分がここで……。
(弱点を……)
 怖くてしょうがないが、美桜は己を奮い立たせた。
 ひゅ、と風が頬を撫でる。
 美桜は青ざめた。
 長い髪が一本落ちる。頬に傷は走っていないが、明らかに攻撃された。
 美桜は相手を見つめる。
 心の中を。その奥を。
(……ダメ……)
 蜘蛛の思っていることは一つだけ。蜘蛛の成り果てた姿なのだ。人間のように様々に想う心が無い。
 人間の言葉を使ったのは、真似ただけだ。喰った相手の言葉を真似ただけ。
 おなかへった。
 それだけだ。
 自分を飼っていた人間が死んでしまったこと。だから空腹。
 ――空腹。
 脚が振り下ろされる。美桜の反射神経では避けられない!
「美桜っ!」
 悲鳴のような声と共に腕が後方に引っ張られた。入れ替わるように誰かが美桜の居た位置にいる。
 蜘蛛の脚先によって、『彼』の胸元が抉られた。鎖骨のすぐ下から腹部まで一直線に衣服と肉が裂ける。
「かっ……! 和彦さ……っ」
 悲鳴をあげる美桜を左手で突き飛ばし、彼は血を流しながら右手に持つ鎌を振り上げる。
 脚を数本奪うことはできたが、致命傷ではない。蜘蛛は声をあげて上へと逃げていく。
「そうは……いくか……っ!」
 和彦は唇から血を流しながらも、武器の形を変える。長い縄だ。
 縄を蜘蛛目掛けて振り上げ、脚に縛り付ける。両手で縄を握りしめて引っ張る和彦は、勢いよく引いた。
 ずだん、と狭い路地に落ちてきた蜘蛛は悶える。
「はぁ……こんなところに居たのか」
 和彦は小さく呟き、縄を解く。蜘蛛はびくびくと震えた。
 刹那。
 和彦が巨大に変形させた棒を蜘蛛に振り下ろす。
 べきゃ、と鈍い音をさせた。
 美桜からは、和彦がいて状態は見えない。
 彼は巻物を開き、閉じる。
 そしてゆっくりと路地から出てきた。美桜は心配そうにそれを見る。
「か、和彦さ……、け、ケガを……」
「いい」
 口元の血を拭った彼の胸元は、じわじわと再生されていく。
 泣きそうな美桜を見て、彼は不思議そうにした。
「なんでそんな顔をするんだ」
「だ、だって……」
 じわっと涙を浮かべる美桜に、彼はぎょっとしてしまう。
「和彦さんに、も、もうケガとかして欲しくないんです……っ」
「…………」
 近づいて、和彦は彼女の涙を指先で拭う。
「……わからないな。治ると言ったじゃないか」
「だ、って……」
 怖かった。とてつもなく。
 彼に腕を引かれて後退し、それと代わるように前に出た彼の背中に、言いようのない恐怖を覚えたのだ。
 両親みたいに……。
 死んだら、どうしよう?
「お願いですから……っ、無茶はしないで……く、だ……さい」
「…………」
 困ったようにそれを見つめていた和彦は、嘆息してから微笑した。
「わかった。無茶はしない」
「ほ、本当ですか……?」
「ほんと」
 にっこり笑う和彦に、美桜は動きを止めた。
 この人はこんな表情もできたのか、と驚いたのだ。
 無言で無表情になってしまった和彦に、美桜は不審そうにする。
(急にどうし……)
 痛みを堪えるように眉根を寄せる和彦は、その場にゆっくりと膝をついた。
「和彦さん、どうし……」
「だ、だいじょ……」
 美桜を近づけまいとして軽く振った和彦の手が、美桜の伸ばした指先に当たる。
 彼女の脳裏によぎる、様々なコレは……?
 振り返ったその目に映る、振り上げられた木の槌。なんだ? と思った美桜は目を見開く。
 その槌が頭めがけてぐっと振り下ろさ――――!
 悲鳴をあげなかったのが不思議だった。美桜は和彦から手を引く。
 真っ青な顔で彼を見つめた。
 今のは……今のはもしかしなくても……。
(和彦さんが体験した……?)
 あんな大きな槌を振り下ろされた?
「……どうした」
 鋭い瞳で言われて、美桜はびくっと反応する。
 己の手と手をぎゅっと握りしめた。
(あれは……虐待という感じではなくて)
 そうだ……ピッタリの言葉があるじゃないか。
 実験、だ。
 あの槌が振り下ろされたあと、彼はどんな惨状になったんだろう。寸でのところで止められたかもしれない。
 けれどあの恐怖は、忘れられないのでは?
 美桜だって忘れられない『あの』出来事がある。
「あ、あの……」
「……」
 無言で立ち上がる和彦。もしかして嫌われただろうか?
 美桜は何か言いかけて口を開くものの、何を言えばいいのかわからなくて困る。
(和彦さんも……離れて……?)
 俯く美桜の額を人差し指で押される。
「なんだその皺は。あんた、なに悩んでる?」
「あ、の……わ、私……」
「なんか食べに行くか。暇になったし」
「…………」
 あ、と和彦が気づく。破れた衣服に嘆息した。
「着替えに戻らないとダメか……」
「そ、そういう問題じゃないです!」
 そうじゃなくて!
 言う美桜に、和彦は微笑みかけた。
「いいんだ。気持ち悪がられるのは慣れてるし。心配してくれてるんだろ?」
「そ、それはそうですけど……」
「なにを悩んでるんだ? 俺が何かするとでも?」
「え……」
 美桜をじっと見る和彦は呆れたように嘆息する。
「どちらかと言えば……俺はあんたに嫌われて当然だと思ってるんだがな」
「な……んで……? どうしてそんなことを……?」
「優しくないし、なんていうか……洒落たことも言えないしな。融通もきかないし……」
 それに。
「体質が気持ち悪いだろ。なにやっても治るから」
「きっ、気持ち悪くなんてありません!」
 断言する美桜は、和彦にぐっと近づく。
「でも、ケガをされたくないんです! 治るとは言っても、やっぱりあなたが傷つくのは嫌なんです!」
「…………ど、どうも」
 呆気にとられたように呟く和彦は、わずかに頬を染めていた。
「でも……女のあんたが傷つくより、男の俺が傷つくほうがいいと思う」
「な……」
「傷を治せても、やっぱりな……女が傷を負うのは見てていいものじゃないんだ」
「それはあなただって同じことです」
「うーん……頑固者だな、美桜さんは」
 苦笑する和彦は静かに無表情になる。
「戦う以上、無傷なんてものはありえないんだ、美桜さん」
「ケガを負わずに済むなら……」
「痛いとか苦しいのは当たり前だ。それが戦いなんだから。俺の痛みなんて些細なものだ。世の中……妖魔で苦しむ人間はたくさんいるんだから」
「私は……」
「言いたいことはわかる。だが、俺は綺麗な戦いはできないんだ。無傷で済むならそれもいいだろう。だが、ケガを覚悟で戦わなければ勝てない相手もいる」
「和彦さん……」
 彼に信用されていないのだろうかと美桜は悲しくなる。
 手助けできればいいといつも思っていたのに。



 一瞬どこかへ消えた和彦は、すぐに私服で美桜の前に現れた。
「どーも」
 軽く笑う和彦に、美桜は曖昧に微笑む。
「あ、あの、よければ私の知っているお蕎麦屋さんへ行きません?」
「え?」
「兄さんの知り合いに、特別料金で繋ぎを使わないお蕎麦を出してくれるお店があるんです」
 がっ、と和彦が美桜の両手を握りしめた。かなり顔が近い。
「それは素晴らしい!」
「かっ、和彦さ……?」
「そうか……それは隠れたメニューというやつだな? なるほど……。ぜひ行こう!」
 満面の笑顔を浮かべる和彦であった。

 蕎麦を食べる和彦は幸せそうだ。
(なんて嬉しそうに食べるんでしょうか)
 唖然とする美桜は、そういえばと気づいた。彼は自分を名前で呼ばなかったか?
「美桜さん」
「えっ、あ、はい?」
「美味いな。絶品だ」
 にこにこ。
「よ、喜んでもらえて良かったです」
「……あの、さ」
 言い難そうに和彦は箸を止める。
「さっきは言い過ぎた。……すまなかった」
「い、いいんですよ」
「心配してくれて……ありがとう。嬉しい」
 頬を染めて言う彼に、美桜は切なくなる。
 信用されていないわけではない。彼はただ――――。
(自分以外が傷つくのが嫌なだけ……)
 ほかの人が傷つくよりは、自分が傷ついたほうがマシだというタイプなのだ。
(じゃあ……)
 もしも美桜が盾になったら?
(和彦さん……怒るでしょうか)
 嬉しそうに蕎麦を口に運ぶ和彦を見つめて美桜は目を伏せた。
 きっと怒るだろう。誰に? たぶん……守れなかった彼自身へと怒りが向く。
 彼はこれからもこうやって傷ついていく。きっと。
 じゃあせめて。
(呪いだけでも早く……)
「美桜さん、食べないのか?」
「あ、はい。いただきます」
 呪いだけでも早く解かなければ。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【0413/神崎・美桜(かんざき・みお)/女/17/高校生】

NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、神崎様。ライターのともやいずみです。
 名前の呼び方が変わりました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
 和彦の憑物封じにお付き合いくださり、ありがとうございます!

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!