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■Calling 〜炎魅〜■

ともやいずみ
【4345】【蒼王・海浬】【マネージャー 来訪者】
 噂がある。
 鈴の音と共に現れるある人物の噂。
 噂によると、その人物は人外のモノを退治しているとか……。
 今宵もまたどこかで鈴の音がする……。
Calling 〜炎魅〜



 少女はぐっと腕を突き出した。その手に握られた棍が伸びる。
 相手はそれを避けた。
 とん、と軽く跳んで逃げていく相手を、彼女は追いかける。だが、足を止めた。
 泣き叫ぶ子供を、彼女は振り向く。
 倒れている、ケガをした女性は子供の母親だ。
「…………」
 少女は一度だけ逃げていった敵のほうを見遣るが、すぐさま子供のほうへと駆け出した――――。



 蒼王海浬はタヌキを見つけた。
(……どうしてこんなところにタヌキが……)
 夕暮れ時。多少視界が悪くなる時間だというのに、海浬にははっきりとそれが見えた。
 小さなタヌキが電柱の一番下で震えている。
(なんだ……?)
 こんな都会にタヌキがいること自体おかしい。
(見たところ妙な気配はあるにはあるが……微弱すぎて分かり難いか……)
 背後でた、と音がした。
 振り向いたそこに、濃紺の制服姿の少女が立っている。彼女は海浬に気づいて怪訝そうにした。
「蒼王……さん?」
 なんでここに?
 そんな口調だ。
「月乃……?」
 なんで彼女がここにいるのだ?
(もしかしてこのタヌキを追ってるのか……?)
 タヌキをちらっと一瞥する。タヌキは月乃に対して威嚇をしていた。
(邪悪な感じもしないというか……)
 むしろ動物園に保護してもらったほうがいいのではないかと思ってしまう。
「なにをやってるんだ?」
「それはこちらのセリフです。あなた、こんなところで何をやってるんですか……?」
 不愉快そうに言う月乃は、前に会った時と全然変わっていない。
「シっ!」
 彼女は持っていた刀を振る。その際に生じた風で、タヌキを攻撃する。
 タヌキは慌てて電柱から出てきて、威嚇を続けた。
(……弱いものいじめに、見えてしまうな……少し)
 だが、この動物は何か妙だ。妖魔というわけでもないし、妖怪でもない。それにこれほど微弱なら月乃がなんとかするだろう。
(俺が手助けすることもない、か……)
「邪魔ですよ、蒼王さん」
「……そうか?」
 海浬は月乃の進行路からズレたところに立っており、彼女の視界すら邪魔していない。
 月乃は顔をしかめる。
「これよりここは戦闘になります。さっさとお帰りください」
「…………そうか」
 小さく頷く海浬だったが、そうはしない。彼女の言い方はおかしかった。
(戦闘になる……? 一方的のような状況で、その言い方はおかしいだろう……)
 ほかに何か居る、ということなのだろう。
 月乃は静かに海浬から視線を外し、タヌキを見る。
「気配を消しても無駄です。なんでしたら……私が手伝ってさしあげましょう」
 武器を落とした。落としたそれは影へと転じ、彼女の足にたまる。
「出やすくしてあげましょう……!」
 ドン! と片足を地面に勢いよく降ろす。すると月乃の影がぐわっと口を開けて、伸びた。タヌキへと向かって。
 タヌキが身の危険を感じて鳴き声をあげる。
 …………どうだ。
 タヌキの影が、大きく伸び上がった。そして形を作る。
「…………霊魂?」
 海浬は呟いた。
 牙を剥く影は、大きなタヌキの姿だ。それは動物霊に違いない。
 少しだけ変だと感じたのは、この霊魂のせいだったのだ。身を潜めていた、ということなのだろう。
 腕組みして様子を眺めている海浬は、月乃を見る。彼女は無表情になっていた。
(……戦うカオをしているな)
 感情を消して、戦いへと切り替える…………。
 漂う影の怒り。それは人間全てに向けられる怒りだ。
 恨みでもなく、それはただただ――怒り。
 すぅ、と月乃が目を細める。
 彼女の影が浮きあがり、彼女の手に集まってくる。刀だ。
(……日本刀の形……。だが、あれは『影』だ……)
 不思議そうに眺める海浬の前で、月乃は一気に駆け抜けた。
 風のようだ。
 彼女の手が動く。一閃させたように見えるが、実際は素早く刀を何度も斬りつけたのだ。



「どうぞ」
 タヌキを渡されて、海浬は疑問符を何個も頭の上に浮かべた。
 影を封じたあと、タヌキはきょとんと首を傾げて月乃に従ったのである。そして、今は海浬が抱いている。
「あげます」
「…………いや、もらっても」
 困るんだが。
 月乃は無表情で言う。
「私だと、処分してしまいますが……」
「処分って……」
「私は動物は飼えませんし、どう扱えばいいのかわかりません」
「…………」
「それに、この辺りの地理には詳しくないですし、あなたのほうがなんとかできるでしょう」
「…………へえ。俺に任せてくれるのか」
「……あなたを信用しているわけではありませんよ」
 きっぱりと月乃が言い切った。迷いもない瞳で海浬を見ている。
 海浬としても、意見は同様だ。
 会って少しだが、月乃は悪い人間ではないと思う。真っ直ぐで、少し不器用だと思うが。
 だがそれと信頼は別の話だ。信頼は、信用できると判断し、交流から生まれるものだ。
「私より適任者だと思ったからですから」
「はっきり言うんだな」
「……私は、思ってもないことは口にしません。人を欺くのは嫌いです」
 想像した通りである。月乃は真っ直ぐな性格だからこそ、人を騙すことをしない。
「俺がこの動物を売ったりしたらどうするんだ?」
「それは私には関係のないことです。あなたがどうしようと、あなたの勝手です」
「…………無責任な……ことを言うんだな月乃」
「私の責任の取り方は、この動物を一瞬で殺すことです」
 無表情で言い放つ声に迷いはなかった。月乃は本気だ。
 方法がそれ一つしかないというような口調であった。
「選択肢の多いあなたのほうが、その動物が喜ぶと思っただけです」
「選択肢、ね……」
 タヌキは可愛いもので、まったく怖がる様子を見せない。どこかで飼われているものだろうかと思ってしまうほどに。
 海浬は腕の中のタヌキに苦笑した。
「人に慣れているというわけではないだろうに……」
「…………」
 すい、と月乃が距離をとる。
 それに怪訝そうにする海浬。
「どうした?」
「動物は苦手です」
「苦手?」
「…………」
「なつかないのか……?」
「そういう理由ではありません」
 目を細める月乃は、以前に会った時よりもさらに感情の起伏がない。
 声も平坦で、感情の波が見えない。前回に助けた演劇の時のように、激しい怒りも、困惑も感じられなかった。
 これが普段の彼女なのだろう。
(…………なるほどな)
 納得する海浬であった。
「さっきの影は……なんだ? 霊魂が変化したもののように見えたが……」
「悪霊というか、生霊のようなものですね。憎悪で蓄積されたものが凝り固まった姿だと思います」
「…………それを倒したおまえは……何者だ?」
 月乃は少ししてから小さく口を開く。
「私は退魔士。妖魔を退治する者です」
「……にしては、何か理由がありそうな気もするが」
「あなたに話す必要はありません」
 さらっと言う月乃に、海浬は驚いてしまう。遠慮が欠片も感じられなかった。
 相手を怒らせるということは全く考えていない言動だ。海浬が怒ったらどうするのだろう?
「…………まあ、そうだな」
「……あなたはすぐに諦めるんですね」
 呆れたような、軽蔑したように言う月乃。聞かれたくないことだから引き下がったのだが、と海浬は思う。
「手厳しいな、月乃は」
「あなたは嫌われたことがないんですか?」
 これくらいのことは言われるでしょう、と言外に言う月乃に、苦笑しそうになる。
 肩をすくめた。
「まあ……誰にでも好かれるヤツっていうのは、逆に怪しいよな」
 月乃は己の印象だけでズケズケと言ってくる。海浬の内面を見ようと努力はしていない。見たまま、感じたままを口にしているのだ。
 彼女は……これまでの人生、そうやって過ごしてきたのだろう。それは敵を作る方法だ。
 ――いや。
(わざとやっているのか……?)
 月乃はじっと見てくる。見透かそうという瞳ではない。相手をただ「見る」視線だ。
「それでは失礼します。その動物、よろしく頼みます」
 頭をさげて足音をたてて去っていく月乃。ちょうど……夜の月がはっきりと光りだしたところだった。



 海浬からかなり距離をとったところで、月乃は後ろを振り返る。
 そのまま無言で後ろを眺め、きゅ、と前を向いて走り出し、軽く跳躍した。
 しゃん、と鈴の音がして彼女の姿は闇に溶け込むように消える――――。

 そして次に出現したのは病院の個室だった。
 眠っている女性を眺め、彼女は安堵する。
 よかった、と口が動く。声は発していない。
 そしてそのまま彼女はとん、と軽くジャンプしてその場から姿を消した。



 タヌキを抱いて帰る海浬は、小さく悩む。
(さて。コイツをどうしよう……)
 山に帰すのが一番だろう。
 歩きつつ、明日は暇なので山まで足を運ぶことにする。
 今日会って……月乃への印象がまた多少変わった。
(わざと敵を作り、距離をおくようにしているようだったが……あれは無意識なのか?)
 結局なにをやっていたかも教えてくれなかったし。
(巻物を広げて……なにをやってたんだ?)
 想像としては……「封印」だろうが、はっきりしない。
「まあ……退魔士なんだから、不自然はないが」
 何か、義務的なところが感じられた。仕事の依頼だったのかもしれない。
 なんにせよ、自分とは深く関わることのないタイプだと思った。

 次の日。
 山まで遠出をした海浬はタヌキを放してやる。
 きょとんと見上げてくるが、すぐさま駆け出して見えなくなってしまった。
 なんの変哲もない動物とて、住処を奪われれば怒りもする。
 そういえば、生霊に負荷がついたものが昨日のモノだった。生霊ということは、まだ、その恨みを持った動物は生きているのだろうか?
 この、日本のどこかで。
「もう、変なものに取り憑かれるなよ」
 小さく囁いて海浬はくるりときびすを返す。
 彼は空を見上げる。あまりにも、晴れた空だった……。
 美しすぎて、目が痛いほどに――――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【4345/蒼王・海浬(そうおう・かいり)/男/25/マネージャー 来訪者】

NPC
【遠逆・月乃(とおさか・つきの)/女/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 二度目のご依頼ありがとうございます、蒼王様。ライターのともやいずみです。
 心を許していない者同士なので、月乃はほとんど心を開いていない状態です。申し訳ないです。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
 月乃の憑物封じにお付き合いくださり、ありがとうございます。

 今回は本当にありがとうございました。書かせていただき、大感謝です。