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■『千紫万紅 縁』■

草摩一護
【4583】【高峯・弧呂丸】【呪禁師】
『千紫万紅 縁』


 あなたが歩いていると、白さんとスノードロップに出会いました。
 そして白さんがあなたを見て、ほやっととても穏やかに微笑ましそうに両目を細めました。
 スノードロップもにこにことあなたの後ろを見ています。
 どうしたのかな? と小首を傾げるあなた。
 すると白さんが、
「最近、どのような事がありました?」
 と、聞いてきました。
 あなたは目を瞬かせながら、聞き返します。どうしてですか? と。
 そしたら白さんは優しい声でそう問う理由を教えてくれました。
「あなたの後ろに花の精がいるのです。ですから、あなたとその花の精との出会いはどのような出会いだったのかな? と、興味を持ちまして」
「でし♪」
 そしてあなたは白さんとスノードロップに多分、これだろうな、という事をお喋りするのでした。



 ++ライターより++


 今回は依頼文を読んでくださり、ありがとうございます。
 『千紫万紅 縁』はPLさまの読みたい物語に、花の妖精を絡み合わせて、ほのぼのとするお話、しんみりとするお話、色んなお話を書いてみたいと想います。

 プレイングはシチュエーションノベルと書き方は同じです。
 PLさまが読みたいと想われる物語の【起承転結】もしくはお話半ばまでのあらすじ、お話のきっかけのような物をプレイング欄に書き込めるだけ書いておいてください。あとはそのお話に見合う花の妖精を絡め合わせて、PLさまが考えてくださったお話に色をつけたいと想います。
 また、最初から花にまつわる物語でも結構です。^^

【PCさまの身に起こっている事は現在進行形でお願いします!!! その上で起承転結、もしくはお話半ばまでで書いてもらいたいプレイングをお書きくださいませ。】

 尚、NPCの設定にまつわる内容のお話はお控えください。
 それでは失礼します。

『千紫万紅 縁 ― 藤の花の物語 ―』


「へまをしたもんだよ、都。どうしてあんたは三人目の娘なんかを産んだんだろうね。この羽柴家にとって三人目の娘は禁忌の子だというのに」
 その老婆は白髪の下にある醜獪な顔に嫌悪と侮蔑、そして隠しきれない恐怖とが平等に織り交ざったような表情を浮かべた。
 まだへその緒がついている女の子どもを着物が汚れるのもかまわずに抱き上げて、出産したばかりの疲労に身動きできない若い女に背を向ける。
 それでも女は出産後の手当てをしないままにそんな体で布団の上から立ち上がろうとした。
 だけどそれはできずに布団の上に崩れ倒れて、それから泣きながら老婆の背に手を伸ばす。
「婆様。お願い、殺さないで。返して、あたしの子ども。あたしの大事な子どもなの。だから婆様ぁ」
 悲壮な訴えに応じられたのはしかし冷たい嘲弄だった。
「馬鹿だね、おまえは。おまえはまだ21だ。子などいくらでも産める。だからこの忌まわしき赤子の事は忘れな。我が羽柴家にとっては禁忌の三人目の娘。それを産んだおまえの罪は羽柴の男子を産む事で償えるんだからね」
「だけど婆様。産むから、償うから。だからその子を殺さないで。その子がたとえ羽柴の家の禁忌でもあたしにとっては大事な娘。だから、お願い、殺さないで。産むから。後継ぎを産むから、だから婆様」
 老婆は女を振り返った。
「諦めな。こうやって羽柴の家は三人目の娘をいつも殺してきたんだ。この羽柴の家を守るためにね。忘れるんだね。皆、そうしてきたんだからね。おまえはこの子は産んではいない。おまえの腹の中に居た子は流れた、ただそれだけの事だよ」
 部屋に控える女たちは老婆のために障子を開き、そしてそれはぱしゃりと老婆が部屋から出ると同時に閉じられて、その障子に映った人影は闇の中に消えていった。
 遠い闇の中に吸い込まれるようにして消えていった赤子の泣き声がまだ聞こえるのだろうか?
 女は両手で耳を押さえて泣き崩れた。
 それは初夏、藤の花が綺麗に咲き始めた頃の深夜の出来事だった。


 猿沢に流るる命は惜しくあらねども、あとで嫁こはお泣きしやるらん。



 ――――――――――――――――――
【第一夜 蔵の中の少女】


 袖振り合う多生の縁。ちょっとしたでき事もそれは前世からの因縁から起こるという。
 ならばその傷だらけの白鼬がとある山奥の村で、民家の蔵の中から聞こえてくる少女の美しく澄んだ手毬唄を聞いたのも、何かしらの縁の糸によって結ばれた当然の事象であったのか?
 この世に偶然はないと言う。
 ならばこの必然、その白鼬と少女にどのような運命をもたらすというのであろう?
 白鼬は瞼を閉じた。夜闇の帳に染みこむような細く細く流れるかすかな彼女の歌声はとても静かで、耳に心地良かった。
 どことなくそれは澄んだ柔らかな水をイメージさせた。
 だけどその声はどうしようもなく哀しげに聞こえる。
 それは歌詞のせいでもあるのであろうか? 学校の音楽の時間にも習わないような、この土地に古くから語り継がれている唄。
 娘を嫁にやるという農夫の言葉を信じて、畑を耕した猿。だけど嫁いできた農夫の娘はその知恵で猿を殺した。
 娘の勇気を詠うのではなく、猿の悲劇を哀しむ唄。
「キュゥ―」
 白鼬は小さな鳴き声をあげた。
 月はもうだいぶ傾いている。直に夜も明ける。
 決して子どもが起きていていい時間ではなかった。子どもが起きているには夜更かししすぎ。早起きにしても、早く起きすぎ。
 きっと融通が利かないぐらいに生真面目な者が居たのなら、この少女をたしなめている。
 月が傾いた空と、蔵とを見比べていた白鼬はもう一度、鳴き声をあげると、傷ついた身なれど大地を四肢で蹴った。
 果たして野生の鼬の跳躍力というモノはいかばかりのモノなのであろうか?
 その白鼬の跳躍力は地上から10メートルぐらいはありそうな場所にある蔵の窓にまで優に達した。
 器用に窓枠に掴まって、そしてわずかばかりの窓の隙間から入り込んだ。
 真っ暗な蔵の中。
 窓から中に侵入した白鼬は蔵の中を駆けて、階段から一階に降りた。
 とても古めかしい物ばかりが乱雑に押し込められて、埃と湿気、それに古い物が放つ異臭が満ちた空気を震わせて、その歌声は静かに蔵の中に広がっている。
 真っ暗な蔵の中で少女は鞠を嬉しそうにつきながら唄を歌っていた。
 こんな場所で、こんな暗い闇の中で、独り居て、寂しくはないのだろうか? 怖くはないのだろうか? だけどそれは想い違いである事を白鼬は彼女を見て悟った。
「だぁれ?」
 黒のおかっぱの頭の髪をさらりと揺らして小首を傾げた彼女の瞼は固く閉じられている。彼女は目が見えないのだ。
 とても彼女は無邪気に、そして怖れなく言った。
「そこに誰か居るの? ねずみさん? 猫さん? それとも蛇さん? おじいちゃんじゃないよね?」
 彼女はくすくすと笑う。
 年の頃は10歳ばかり。
 だけどそれ以上に幼く彼女は見えた。
「キュゥ―」
 白鼬は小さく鳴き声をあげる。
 彼女は黒髪の下の顔に笑みを浮かべた。
「わぁー、かわいい声。あなたは誰さん? こっちにおいで」
 鞠を両手で抱えたまま彼女は跪いて、そして鞠を大地に下ろして、鳴き声だけで方向を判断しているのであろう、白鼬の方へと両手を伸ばした。
 白鼬がそれを躊躇ったのは別に彼女が怖かった訳でも、嫌った訳でも無い。
 ただ全身が傷だらけだから、その己の血で彼女を汚す事を嫌ったのだ。
「キュゥルー」
 ―――怪我をしているから、あなたを汚してしまう。
「大丈夫だよ」
 だけど彼女は微笑んだ。今度は彼女の顔が遥かに大人びて見えた。とても優しい慈愛に満ちた表情。
 彼女は光を知らぬ。故の力だというのであろうか? 人間に動物の言葉がわかる訳が無いのに、しかし彼女はそっと労わるように白鼬を抱き抱えた。
 抵抗はせずに、ただ彼女の腕の中から白鼬は彼女の顔を見上げる。
「おじいちゃんの所に連れて行ってあげるね。おじいちゃんは動物のお医者様だから」
 にこりと微笑んで、そして彼女は小首を傾げた。
「あなたの名前は?」
「キュゥ―」
 ―――コロコロ。
「そう、コロコロ。もう少し辛抱していてね。コロコロ」
 そして彼女はコロコロを抱きながら蔵を出て行った。



 ――――――――――――――――――
【第二夜 式鬼】


 高峯、という家があった。
 その家柄は古くからとある責務を請け負ってきており、そしてそれはこの平成という世にまでちゃんと伝えられていた。
「もう、大丈夫ですよ。ほら、このお薬を飲んでください」
 厳かな雰囲気のする式服を身に纏ったその青年は怯え泣きじゃくる男の子に薬を渡した。
 人々の悩みを親身に聞き、場合によっては高峯の家に伝わる薬を調合する、そんな心療内科の役割をする家は遠くは平安の世から既に有った。ただしこの現代ではそれも珍しいが、しかし脈々と受け継がれる血と共にその役目も祖から子孫へと受け継がれているのだ。
「高峯様」
 先ほどまではあれだけ怯えきっていたのに、薬を飲んだ途端に落ち着き、そして眠ってしまった我が子を抱く妻の隣で、父親は青年に厳しい顔を向けた。
「息子は、息子の健一は助かるのでしょうか? この子は、この子はどこの病院に行っても心身疲労状態のうつだと診断されてしまって…ですが………」
 言いよどむ原因は何であろうか?
 これまで何度もそれを口にしてきたのだろう。しかしそれは誰にも信じてはもらえなかった。彼自身もひょっとしたら息子の身に、自分自身に起こったそれを信じきれぬのかもしれない。
 青年は静かに微笑んだ。
「この世には未だ常識では語り尽くせぬ事柄が多く存在します。そのために私が、高峯家のような役目が存在するのです。どうかご安心ください。息子さんを苦しめる魑魅魍魎の類は私が見事に払いましょう」
 高峯家。先に述べた役目は表の物。
 その家には裏の役目が存在した。それは人々を苦しめる魑魅魍魎を払い、人を救う役目。
 そして現代の高峯家にあって、その役目を引き継ぐのがこの青年、高峯弧呂丸であった。
「うぅぅ。うるぅわぁぁぁぁぁっァアアアアアアァァァァァ―――――――ァッツ」
「健一ぃ」
「健ちゃん」
 両親が悲鳴をあげた。我が子の不幸を嘆く親の表情と恐怖の表情とを顔に浮かべて。
 先ほどまですやすやと眠っていた健一の体がばたばたと跳ね出して、そして剥き出しの素肌に浮かび上がってくるのは蛇の鱗のような模様だった。
「蛇? しかしこれはただの低級な動物霊の力ではない。神クラスの力。馬鹿な。どうして神が人の子どもを呪う?」
「高峯様」
「大丈夫です。安心してください。この家には結界が張られている。だからこれ以上の影響は大丈夫です」
 とは言っても、この怨念、凄まじく強い。結界が怨霊の呪いに耐えられずに破れそうだ。だからこそ漏れ出したその怨念に健一は反応しているのだろう。
 弧呂丸は祈祷を行う。
 高く燃え上がった蝋燭の炎に見えた過去。それは近所にある竹やぶでモデルガンを使って蛇を殺しまくる健一の姿。その蛇の中に白蛇が居る。そしてその白蛇こそが竹やぶの土地を所領とする神が変化していた姿であった。
「彼はその白蛇を…神を殺した。それ故の呪いか」
 絶句した。
 果たして高峯家に伝わる家宝『白月』を持ってしてもこの神の怨念を自分に慰撫する事はできるであろうか?
 疑念が心をかすめ、そしてそれは小さな染みを弧呂丸の心につける。
 染みはじわりと広がっていく。白紙に落とした墨汁の雫の染みがじわりじわりと広がっていくように。
 それが弧呂丸の術を揺らがした。
「いけない。逃げてください」
 叫ぶ弧呂丸。
 両親は息子を連れて、隣接する部屋から外へと逃げた。
 弧呂丸の目の前に居るのは巨大な白蛇だ。
 それは赤い瞳で壁を見つめているが、その壁の向こうに健一は居るのだろう。
 そちらに向かい動こうとした白蛇の前に弧呂丸は紫の数珠を構えて立ちはだかる。
「神よ、私があなたを奉ろう。あなたのために炊き上げをし、塚を作ると約束する。だからどうかその怒りを収めたまえ」
 必死に弧呂丸は訴えた。
 だが神はそれを一蹴した。
「ならん。あの子どもは神である我を殺した。故に我はあの子どもを殺す。それは当然の理であろう」
「あの子どもは幼い。まだ自分がやった事の意味がわからぬのです。私が教えましょう、彼に彼の罪を。だから」
「ならんと言っている。ならば人間よ、まずは貴様から滅べ」
 大口を開けて迫ってくる巨大な白蛇に弧呂丸は下唇を噛んだ。
「致し方あるまい。ならばこの弧呂丸、高峯家の名に賭けてあなたを浄化しよう」
 想いは決まった。
 その想いの強さが、確かに彼の力となる。
 罪は罪。しかしその重さを知るにはあまりにもまだ幼い健一の魂を守るために。
 健一の両親の涙を止めるために。
 そして高峯という家の名と歴史に賭けて。
 弧呂丸は紫の数珠の封印を解いた。転瞬、現れる白焔に包まれた弓矢。いかなる怪異の類も浄化できる力を持つそれの名を『白月』と言う。
「たぁーっ」
 精神集中。一発必中。射った矢は血のような色をした蛇の口の中に吸い込まれるようにして消えた。そしてその転瞬に白蛇の体が輝き出す。しかしその輝きは普段ならば慈愛に満ちた心地良い物なれど、今は薄ら寒い殺気と邪気に満ちていた。
「やはり神。しかし」
 弧呂丸は叫んだ。
 浄化の力と怨念とがぶつかり合う白蛇を弧呂丸は両手で抱きしめて、そしてそのまま自らの胸に押し込むような感じで両手を動かした。
「くぅぁ」
 大粒の汗が浮かんだ顔は蒼白だった。唇の色も真っ青で、口の片端からつぅーっと赤い血の筋が顎にかけて垂れ落ちる。
「何をするか、人間?」
「決まっています。さすがの『白月』も神であるあなたを浄化するには時間がかかるようだ。そしてあなたならばその状況でも健一を殺す事ができる。だから『白月』の浄化の力によってあなたの怨念が消えるまで、あなたを私の身の内に封印して、私があなたの荒れ狂う魂を慰撫いたしましょう」
「愚かな人間が。ならば我はおまえの魂の内側よりおまえを喰らい尽くして、おまえの肉体を我の器とし、そしておまえの肉体を使ってあの子どもを殺してくれようぞ。ふわはははははは」
 ――――深夜の街中を弧呂丸はぼろぼろになって歩いていた。倒れるたびに彼はおびただしい血塊を吐き出して、灼熱の熱さを感じる体を掻き毟った。
 常識では考えられぬダメージに血管も細胞も耐え切れずに破れて、裂けて、血が噴き出す。
 己が魂のうちから感じる凄まじくどす黒い怨念という感情に弧呂丸の魂は砕け散りそうであった。
 その心の疲労は肉体のダメージの比ではない。
 もう何度、舌を噛み切って楽になろうか? と想った事であっただろうか?
 しかしそれでも彼がそれをしなかったのは偏に高峯という家への誇りとか責任感であった。
「それに兄さんの店は私が口出しをしなければ潰れますからね。ははは」
 アスファルトの冷たさが疲れきった体に心地良かった。
 冷たく無機質なアスファルトの上で傷ついた体を丸める。
 ほんの少し動かすだけでも体が悲鳴をあげた。
 それでも思考は、幼い頃から叩き込まれてきた術式と、そしてこれまでの戦闘で得たすべての経験とをフルに活用してこの状況からの脱出の道を探っていた。
 神の呪いを解くにはやはり神の力が必要なのではなかろうか?
 それに思い至った弧呂丸はすべての力を振り絞った。
 高速移動できる白鼬となって、神の下へと行こうというのだ。
 そのダメージは計り知れないが、しかしそれがもっとも効率の良い方法だった。
 神の居る場所はかつて聞いた事がある。とある藤の花が綺麗に咲き綻ぶ場所に神は居ると。
 そして術式によって白鼬、コロコロとなった弧呂丸はその場から風となってその場所を目指した。
 これはあまりにも幸運な事であったが何故か白鼬となっている間は神の呪いの影響を受けなかったのだ。
 無論、それまでのダメージは残ってはいるのであったが。
 そして弧呂丸…コロコロはとある村の蔵で幼き盲目の少女、新垣小夜と出逢う事になる。
 それはやはり縁という名の糸が引き起こした必然であったのであろう。



 +++


「小夜や、コロコロの夕食の準備が出来たよ」
「はーい、おじいちゃん」
 目の見えぬ小夜はそれでも慣れたもので危なげなく祖父、新垣雄三から受け取ったコロコロの餌が盛られた皿を痛々しい程に身体に包帯が巻かれたコロコロの前に持っていった。
「さあ、お食べなさい、コロコロ」
 温かな寝床で体を丸めて傷ついた身を癒していたコロコロは顔を上げた。
「美味しいよ」
「キュゥ―」
「はい」
 にこりと小夜は笑う。
 コロコロは用意されたご飯を口にした。
 あの夜から半月程が経った。
 小夜と雄三の手厚い看病の甲斐あってコロコロ、高峯弧呂丸の体の傷もだいぶ癒えてきたが、しかし神の呪いの影響なのか、未だ完治にはほど遠かった。
「ゆっくりお食べね。水もあるよ」
 ペットボトルの水を底の深い皿に入れて、それをそっと餌の隣に置いてくれる。コロコロは小夜の顔を見た後にその水に口をつけた。
 労わるように優しい温もりが背中を摩ってくれる。それがとても気持ち良かった。
「コロコロ。ご飯を食べ終わったら、包帯を代えようなー」
 穏やかに微笑む雄三の表情は小夜とは似ていた。しかしこの二人は雰囲気のようなモノは似てはいたが、決して二人の顔が似ている訳ではなかった。ひょっとしたらこの二人は血が繋がってはいないのかもしれないと弧呂丸は感じていた。
 夕食を食べ終わった後に、しばらく経ってから包帯が雄三によって代えられる。そしてその隣で小夜はあの手毬唄を歌っていた。
 何故に弧呂丸は未だにこの二人の元に居るのだろうか?
 それは偏に小夜のこの言葉にあったからだ。
『コロコロはとても清らかで真っ直ぐな心をしているんだね。でもそんな心の片隅にとても歪んだモノを抱えている。本当はとてもとても眩しいのに、だけどコロコロはそれを見ないようにしている。それはどうして? とても憧れていて、自分もそうしたい…風になりたいと想っているのに、それを拒んで、重いものを背負おうとしている。風は心配しているよ、コロコロ』
 見ぬようにしていた想い………
 ―――双子の兄の生き方への憧れ。
 人生破滅しそうな兄の生き方を憂う一方で、そんな風のような兄に羨望の眼差しを向けていた。
 そしてその眼差しは気を抜けば、妬みとなりそうで怖かった。高峯という家への責任感と決意が並大抵ではないが故に。


 ケッシテ、ユラガヌ、ツヨキココロ………


 それを体現しているのは実は兄の方こそではないのであろうか?
 それが弧呂丸が抱く想いであった。ひょっとしたら兄へのコンプレックスのようなモノなのかもしれない。
 そんな自分では決して見ようとはしない想いを、簡単に見た小夜に弧呂丸は興味を持ったのだし、そしてこの祖父と孫二人だけでどこか隠れるようにひっそりと暮らす新垣家に何か暗い物を感じてほっとく事ができなかったのだ。
 ―――もちろん今は何の力も使えぬ訳だが…。
 この半月でわかった事。
 祖父の新垣雄三は獣医。腕も良く、患畜の飼い主たちにも信頼されているようだ。
 年齢は60代後半といったところか。白髪の老人で、穏やかだった。
 小夜の方はやはり10歳だった。盲目のせいであろうか? 彼女は学校には通わずに毎日家に居て、雄三が彼女の勉強を見ていた。
 小夜はとても唄の好きな子で、ほとんど暇さえあれば唄を歌っていた。また不思議な力はやはりあって、コロコロが弧呂丸だからではなく、彼女は動物の心を見る事ができるようだった。
 弧呂丸はいつも小夜の隣に居た。
 小夜も弧呂丸が隣に居るのが嬉しいようだった。
 そうやって半月という時が経ち、そしてこの半月目という日の夜に事は起こるのであった。



 +++


 それよりも少し前の夜だった。
 羽柴家にひとりの女が入っていく。髪を白く染めた女だった。着ている服はブランド物のスーツ。外見はどこかの会社社長の秘書という風だった。
 白髪に縁取られた美貌は作りが良いだけに見る者に氷の彫像を思わせるほどに冷たいモノであった。
 彼女が通された部屋には羽柴の当主たる老女がいた。
「よく来ましたね。あなたを待っておりました」
「ふん。お金を頂けるのでしたらどこへでも参りますわ。それが私の仕事であるのですから」
「そうですね。それでは仕事の依頼です。前金で100万。あとの報酬はあなたの言い値で成功後に応じましょう。この娘を殺してください」
 老婆は女の前に写真を出した。その写真を見て彼女は両目を細めた。
「どうしましたか? まさか子どもは殺せぬなどとは言いませんよね?」
「いえ。私もプロ。指定されればどのような人間でも殺しましょう。例えそれが自分の親や兄弟(姉妹)、愛する男や自分の子どもでもね」
「それは心強い。何、相手はただの子どもです。あなたなら簡単に殺せるでしょう。お願いしますよ」
「はい」
 ――――そして彼女は夜の闇に紛れて目標の住む家の前まで来た。
 ターゲットは10歳で盲目の少女、祖父と二人暮し。驚いた事に娘の死んだ母親はあの羽柴家で働いていたらしい。
「お家騒動、という所かしら」
 彼女はくだらなさそうに呟いた。
 正直、気は乗らない。何故なら彼女にも目標である小夜と同じ歳ぐらいの娘がいるからだ。もっともただその娘との関係は血の繋がり、ただ産んだ、という事だけだが。
 彼女はぞんざいに前髪を掻きあげて舌打ちした。
 何を自分は感傷的になっているのであろうか?
 これまでも多くの人間を殺してきた。何時だってただクールに。
 そしてそれは今回も一緒のはずだ。だから………
「さあ、殺りましょうか、ヨキ」
 彼女は懐から仮面を取り出した。その仮面は彼女の手を離れ、そしてどろりとした闇が人型を成して、彼女の傍らに寄りそう。仮面をつけた闇の鬼、式鬼ヨキが。
「行きなさい、ヨキ」
 鬼は向かっていく、小夜が手毬をつきながら入っていた蔵に。



 +++


 小夜のお気に入りは夜にこっそりと蔵に入って唄を歌う事であった。
 何故夜にそれをするのかわからぬが、しかし子どもとはそういうものなのかもしれない。
 弧呂丸にも覚えがある。兄と一緒にやった色んな悪戯、冒険。子どもの時にしか感じられない想いのままに遊びまわったあの頃。
 だから弧呂丸としてはやっぱり幼い子どもがこんな時間に遊んでいるのはあまり良い事とは想わないけど、目を瞑る事にした。ただししっかりと小夜の隣には居る。
 今夜は闇が深い。こういう月の無い夜は何か嫌な事が起きそうで、心が落ち着かない。
「キュィー」
 ―――こういう夜は静かに部屋で過ごしていてもらいたいのですがね。
「あら、でもコロコロがいるでしょう?」
 にこりと微笑む小夜。苦笑するコロコロ。
 蔵の一階で小夜は手毬唄を歌う。
 それは農夫の言葉を信じた猿が娘に殺される様を歌い、そして哀れむ唄。
 真夜中の真っ暗な闇の中で歌うにはこれほどぴったりの唄も無いだろう。
 小夜の唄が静かに広がる夜の闇はしかしどこか余所余所しかった。ざわついて、落ち着きが無い。
 まるで何かに怯えているような?
 何に怯えている、闇よ。
 弧呂丸はただ濃密な夜の闇よりも昏い闇を見据えた。
 そしてそれに呼応するようにどろりとその闇が揺らいで、闇から何かが生まれた。
「式鬼か」
 その瞬間に弧呂丸は長い間己が身にかけていた術式を解いた。白鼬の身で何ができようか? だから。


 くっくっくっく。弧呂丸よ、貴様の魂、内から喰らい尽くして、貴様を滅ぼしてくれようぞ。


 心の深淵から浮き上がる白蛇…荒ぶる神の声が弧呂丸の魂を揺さぶる。
 しかし弧呂丸は式服の懐から取り出した紫の数珠を構えて、式鬼に対峙した。
「コロコロ…白鼬ではなく?」
 きょとんと小首を傾げた小夜を静かに振り返って、蒼白な顔にそれでも優しく穏やかな笑みを浮かべる。
「小夜、あなたを私は守ろう」
 そうだ。高峯への想いが逆に心を惑わすのなら、自分は他の事で覚悟をしよう。背負おう。
 自分が背負うのはこの幼い少女の命。彼女を守りきれたのなら、自分はまた一歩前に行ける気がした。
 何よりも自分は小夜を守りたい。それだけ小夜と過ごしたこの半月という時間は愛おしく、そして大切であった。
「ゆくぞ、式鬼」
 身体中から血を流しながらもしかし弧呂丸は式鬼を睨みつけた。
「自動型の式鬼。ならば術者は近くに居るのか?」
 瞬間、鳥の羽ばたく羽音が闇夜に流れた。霊鳥白鴉、それは弧呂丸の使役する力。



 そしてそれらの事を式鬼ヨキを通して見ていた彼女は舌打ちした。
「ちぃ。冗談でしょう、あれは高峯弧呂丸じゃない。闇の世界では名の知れた術者。厄介な事この上なしの相手ね。だけどこいつ、何か様子がおかしい。呪いをもらっているのか、誰かに? だったらこいつの隙を突いて、小夜を」
 彼女は印を結んで、ヨキに命令を出した。



「させませんよ。そんな事は」
 懐から取り出した鉄の扇を一閃させて弧呂丸を討たんとする式鬼の攻撃を紙一重で避けた弧呂丸はそのまま印を結んで、術を発動させた。
 凄まじい気を放った弧呂丸。その身体中から鮮血が迸る。
 しかしその代償を払った甲斐はあったのだろうか? 式鬼は強力な気の一撃を受けて、身体の真ん中に大きな風穴を作って、前かがみに崩れ倒れた。
 血の色に染まる視界にそれを映した弧呂丸は守れた安堵にほっとした。それが隙を作った。
 式鬼の身体は確かに崩れ倒れて、砕け散った。そのはずだった。しかし床に落ちた仮面。その仮面が………



「ヨキよ、もう一度己が身体を精製して、そして今度こそ殺れ」
 彼女は新たな力を己の式鬼であるヨキへと放った。



 仮面。それがぞっとするほどの鳥肌が立つような邪な気を放ったかと想うと、周りにある闇をずるりと吸い込んで、そして人型を成して、鉄の扇を振り上げて、小夜に襲い掛かる。
「くそぉ、冗談じゃない」
 扇がれた鉄の扇。
 生み出された風は鋭い真空の刃となって小夜に。
 動けぬ小夜。
 弧呂丸は体を動かそうとするが、しかし凄まじい痛みに襲われて動けない。それは荒ぶる神の呪だ。
「うるぅわぁー」
 あげた咆哮は己への怒りであった。守りたい者を守れぬ自分への。荒ぶる神の呪いを未だ浄化できぬ自分への。
 しゃん、と鐘が鳴った。鐘の音が聞こえた。その瞬間に半月前、弧呂丸が己が身に封印したあの荒ぶる神が消えた。浄化されたのだ、その鐘の音に。
 躊躇う暇も、それを不思議がる時間も無い。決して浄化されんと暗い呪詛を弧呂丸に囁き続けていた神を浄化した何かの力に感謝するのも後だった。
 今はただ………
「『白月』よ、応えろ、私の想いに」
 瞬間、紫の数珠が『白月』へと変わる。
 弓を引き、小夜へと迫る式鬼が放った真空の刃に向けて矢を射った。そしてその矢は式鬼の風の刃を無効化する。



 ばさぁ。
 女は羽音を聞いて、空を見上げた。
 そこに居た白鴉。それは羽ばたきながら一声をあげる。
 瞬間、シャカシャカシャカと闇夜から背筋も凍りつくような不気味な音があがった。
 そのシャカシャカシャカと何かが地面を這いずり回るような音が彼女の耳朶をついた瞬間、彼女は思い出した。弧呂丸が蟲を扱う事を。
「ちくしょぉー」
 そう、いつの間にか彼女の足下には大量の蜘蛛が居たのだ。足の踏み場も無いほどに大量に。
 それらが一斉に這い上がってこようとする。
「くぅ」
 彼女は苦鳴をあげて、そしてヨキを自分の下へと戻した。



「あなたは何者なのです?」
 弓を向けながら弧呂丸は問うた。
「誰が小夜をあなたに殺せと命令したのですか?」
「言うと思う?」
 ヨキに片腕で抱き上げられながら女は鼻を鳴らした。
 そしてヨキは鉄の扇を扇いだ。それで巻き起こった風で夜空に舞い上がる。
 しかしその瞬間に闇がざわめいた。



「おや、逃がすと想うのかい? たかが小娘の分際で、我らの獲物に手を出したおまえを」



 闇夜に響いた声。
 その瞬間に現れた多くの霊。どれも子どもだ。女の子どもの幽霊。すべて悪霊。
「くぅ。あれは?」
「いやぁぁぁぁぁぁぁ―――――――」
 上がった悲鳴は小夜のモノだった。
「小夜ぉ」
 弧呂丸は蔵を見る。結界は張ってきた。見事に自分の作戦道理に式鬼を小夜から離して、外へと出る瞬間に。
 額が割れて血が伝ったのは、今まさにその結界が何者かに破られた証拠だ。
 無数の悪霊が女とヨキを襲う。
 それを無視して弧呂丸は蔵へと駆け戻った。
 そこで彼が見た光景は、藤の花の花びらがまるで花霞みのように飛び交う光景であった。
 その花びらの嵐の向こうに小夜は居て、そして彼女は泣きながら悲鳴を上げていて、
 その彼女の傍らには醜い猿の化け物が居た。
「小夜から離れろ」
 弧呂丸は『白月』を射んとした。
「待って。あの猿を射ってはいけない」
 かけられた声に弧呂丸は手を止めて、そしてその瞬間に藤の花びらの嵐は止んで、猿も消えて、小夜はその場に崩れ倒れた。
 後ろを振り返り、弧呂丸は自分の背後に立つその青い瞳の青年を睨みつけた。



 ――――――――――――――――――
【第三夜 藤の花】


 荒々しい川の流れる音が渦巻くその崖の先に藤の木はあった。
 とても美しい花を咲かせて。
 木々の新緑に覆い被さるような紫の花とその花が漂わせる香りがどこか緊張しきっていた心に安らぎをくれた。
 穏やかな青空の下、暖かな日の光を浴びるその藤の花の木があんなにも忌まわしい羽柴の家の過去の発端となる事がとても哀れに感じられた。
 しかしそれをこの藤の花の精は嘆かなかった。寧ろ、藤の花の精たちは哀れみを持って事に応対したのだ。
 だけどそれが新たな悲劇を………
「コロコロ、藤の花は綺麗に咲いている?」
「ええ、とても綺麗に咲いているよ、小夜。それよりも怖くはないかい?」
 そう問うと、小さな手は弧呂丸の手をきゅっと強く握り締めた。ただしその手に震えは無い。あるのは温かな温もりのみ。
 小夜は弧呂丸の顔を見上げて、柔らかに微笑んだ。
「だってコロコロは守ってくれるんでしょう。だから大丈夫。怖くは無いよ」
 その微笑みと言葉は頭上から感じる日の光の温度を持っていた。
 弧呂丸はぎゅっと小夜の手を握り締める。
「ああ、大丈夫。あなたは私が守るよ」
 そう微笑みながら想いを言葉にして紡ぎ、弧呂丸は藤の花を咲かせる木を見た。



 +++


 そのスノードロップの花の妖精はにぱぁっとした笑みを浮かべた。
「こんにちわでし。わたしはスノードロップでし♪」
「そして僕は白と申します」
 新垣家の居間で弧呂丸はその二人と向かい合って座っていた。
「一体、何が起こっているのですか? 小夜に」
 弧呂丸がそう問うと、白が静かに微笑んだ。その表情は小夜の運命を哀しんでいるように弧呂丸には想えた。
 そして弧呂丸は静かに白を見据えて、白が口を開くのを待った。
「起こっている事自体はひどく簡単な事です。ただし奇怪で無慈悲、冷酷な物語ですがね。そうですね、まずは何から話せば良いか…」
 白は静かに瞼を閉じて、そしてとある昔話を口にした。
 それは猿の婿入り、別バージョンで蛇の話もあるわりかしと有名な異類婚姻譚であった。
 


「娘をやりましょう。私の娘をこの畑を耕した者に」
 荒れ果てた畑を耕すのに苦労していた農夫はついそんな戯言を言ってしまった。
 そしてそこに現れたのが猿だった。
 猿は畑を耕し、農夫は約束通りに娘を差し出さなければならなかった。
 農夫には娘が三人。長女も次女も猿の下へ嫁に行くのを嫌ったが、末娘は自ら父親に猿の下へと嫁に行くのを申し出た。
 そして農夫は泣く泣く末娘を猿の下へと嫁にやった。
 それから一年、末娘は猿と共に暮らし、三月の節句に里帰りする事になった。
 末娘は父が餅が好きだからとついた餅ごと臼を背負わせて実家へと向かった。
 その途中で末娘は美しく咲く藤の花を見つけて、それが欲しいと猿にねだった。
 猿は臼を背負ったまま木に登り、末娘の言う一番美しい花が咲く枝を折ろうとして、
 そして木の枝は猿の重みに折れて、猿は川へと落ちた。
 猿は流れの速い川に流されて、末娘はひとり家族のもとへと帰って、幸せに暮したという。
 その猿が川に流されながら詠んだ辞世の歌が「猿沢に流るる命は惜しくあらねども、あとで嫁こはお泣きしやるらん」、だったそうだ。



「なんだか複雑な話でしよね」
 両腕を組んで何やら考え込んでうんうんと唸る彼女に白は優しく微笑んで、隣の部屋で寝ている小夜の方を指さした。
「スノー。小夜ちゃんが目を覚ましたようです。あなたは小夜ちゃんの方をお願いします」
「はぁ〜いでし♪」
 スノードロップは小夜の方へと飛んでいって、代わりに今度は雄三がこの場にやってきた。
 小夜はスノードロップとのお喋りに楽しそうに笑っている。
 昨夜のショックは無さそうに見えた。
 ほっと安堵の溜息を吐く弧呂丸に雄三が頭を下げた。
「あーやって小夜が笑っていられるのもあんたのおかげだ、弧呂丸君」
「いえ、私は」
 弧呂丸はもう何度目かの雄三のその言葉に静かに顔を横に振った。
 そして雄三は白に頷いて、口を開いた。
「小夜とは私は血は繋がってはいない」
 やはり、と弧呂丸は想った。
「私の娘は羽柴という家に仕えていた。そこで使用人をやっておったんだ」
「羽柴?」
 確か政財界に太い繋がりを持つ大きな家のはずだ。
 白が弧呂丸に頷いた。
「その羽柴家があの猿の婿入りに出てきた農夫一家の末裔です」
 別に驚きはしなかった。この世にはそういう風にただの伝説であると想われるような事が実際に起こった事であった事もあるのだから。
「末娘は幸せに過ごした…そう、とても幸せで、家は大きくなったのですが、それは猿の呪いに寄るものでした。猿は呪いをかけたのです、羽柴の家に。羽柴の家が大きくなるにつれて、その家には不幸が起こるようになりました。ええ、歴史ある旧家にはつきものの派閥争いとかそういう血生臭い話は絶えなかったし、それに一番に奇怪なのは羽柴に三人目の娘が生まれると、その娘が死ぬまで羽柴の家により大きな災いが起こるというものでした」
 弧呂丸は絶句する。ではあの藤の花の花びらの嵐の中に見た猿は………
「そして10年前に小夜が生まれた。小夜もまた羽柴の若奥様が産んだ三人目の娘だったんだ。だから羽柴の当主…大奥様は小夜を殺そうとし、娘に小夜を川に捨てるように命じたんだと。しかし娘はそれができなくって、だから小夜を連れて娘は家に逃げ帰ってきたんじゃ。もちろん、赤ん坊は殺した。その罪の重さに耐えられないから、暇をもらった、そういう風にしてな。私は信じられなかった。羽柴の家で行われている惨いその事が。しかし事件は起こった。小夜を狙って猿の化け物が現れるようになったんじゃ。その化け物に私の娘も殺された」
「………」
「しかしその時に現れてくれたのがこの白さんだった」
 弧呂丸は白を見る。
 白は静かに微笑みながら頷いた。
「藤の花の精が僕の夢枕に立ったのです。それでこの事件がわかった。だから僕は藤の花の精の力を使って猿の怨霊を慰撫しました。それで事は終わったと想っていました。猿の魂は見事に藤の花の精たちによって浄化されましたから。しかし…しかし事は終わってはいなかったのです」
 弧呂丸は腕を組んだ。
「多分話からすると、あの女の子たちは羽柴家の暗い過去…家のために殺された三女たちの悪霊」
「ええ、十中八九そうでしょう。猿の呪いが消えた。それ故に起こった新たな呪い。僕も昨晩藤の花の精に助けを求められるまではその事に気がつけませんでした。それほどまでにあの子たちはあざといのです。それに…」
「はい。羽柴家にも小夜の生存がばれてしまったらしいですね。あの殺し屋の女は必ずまた来るでしょう」
 雄三は真っ青な顔を片手で覆った。
「ああ、小夜」
 絶望的な声を出す雄三にしかし弧呂丸は首を横に振った。
「大丈夫。小夜は私が守ってみせます」
 ―――それが今日の昼間の事だった。
 そして弧呂丸は白から藤の木の場所を聞いて、小夜を連れてやって来た。思えば彼が目指していた場所はここであったのだ。ならばやはり小夜と出逢ったのも縁。
「藤の花の精よ、私はあなたの力を借りたくってここまで来ました」
 弧呂丸がそう告げると、辺りに厳かな気配が漂い始めた。
 そして一陣の強い風が吹いて、ざぁーっという藤の木の枝が擦れ合う音がしたその転瞬、辺り一面の空間を覆う紫の花びらの花霞みの中から一匹の巨大な猿と、それを従える美しい黒髪の女性が現れた。
「よく来ましたね、高峯弧呂丸。あなたを待っておりました」
「はい」
 そして女性は小夜を見た。
「小夜、ごめんね。おまえを蝕むあの子らの呪いにもっと早く気付いてあげられなくって。羽柴の当主がおまえに気づく事でようやくあの子らの未練に気付く事ができた」
 小夜はふるふると顔を左右に振った。
「大丈夫。だってあたしはコロコロと出逢えたから」
 そう言ってにこりと笑う小夜。弧呂丸は救われた気分になる。
「私の力、『白月』ではあの子らを浄化する事はできません。あの子らは集合霊だ。数珠繋がりの霊体は個ではなく群れ。故に『白月』で浄化しても、すぐに他の悪しき想いによって汚染されて、また元に戻ってしまう。やってやれぬ事も無いのでしょうが、しかし今回はそれでは小夜に危険が及ぶ。だから私たちはこうしてやってきました。あなたのお力をお借りするために」
 あの荒ぶる神をも浄化した力ならば、なんとかなるのではなかろうか? それが弧呂丸の考えであった。しかし彼女は顔を横に振った。
「残念ながら昨晩、弧呂丸、あなたを救った事で私の力は使い果たしてしまいました。私はこの土地神ですが、それでも荒ぶる神の魂を浄化するには相当の力を必要とし、そして今の私は故にただの藤の花の精に成り下がりました」
「そんな」
 うめく弧呂丸にしかし彼女は微笑んだ。
「それでも私はあなたに賭けたのです。そしてそれは間違っているとは想いません。どうぞこの人形をお持ちください」
「これは?」
「それを使えば、必ずやあの子らをあなたは救えるはずです」



 ――――――――――――――――――
【第四夜 羽柴家】


 羽柴家当主の間において当主である彼女は仏壇を見つめていた。
 綺麗な花が供えられているが、しかし蝋燭の炎に照らされるそれはどこか無機質に思えた。まるでただそこに置いてあるだけ。死者を悼むとかそういう感情は置き去りにして。
「前回は失敗しましたが、今度こそ必ず小夜は殺させます。この羽柴の家のために。それで良いのでしょう、婆様。あなたは62年前に私の娘を殺した。私があれだけ泣いて頼んだのに。それをあなたはこの羽柴の家を守るために殺した。だから私も小夜を殺します。あなたのようにこの羽柴…私の娘の犠牲の上に成り立つこの家を残すために」
 線香の煙がたゆたう部屋には血と涙の匂いがした。
「奥様」
「何ですか?」
 部屋の障子の向こうから声がした。
 顔をそちらに向けると障子の向こうに使用人が控えていた。彼女は目を細めて口を開く。
「どうしましたか?」
「はい、お客様がいらしておいでです。奥様にお会いしたいと。青年の方とかわいらしいお嬢さん。高峯弧呂丸、と名前を言えば通じるからと言われたのですが、いかがいたしましょうか?」
「かまいません。通しなさい」
「はい」
 使用人は廊下を歩いていく。
「まさか向こうから来てくれるとは」彼女はそう呟き、そして続けた。「今度こそお願いしますよ」
 ざわりと夜の闇がざわめいた。



 +++


 通された部屋にいたのは歳はとっているが鋭い眼つきをした老婆だった。
「あなたが高峯弧呂丸様、そして新垣小夜、ですね」
 にこりと笑みも浮かべずにまるで路上の捨て子でも見るような彼女に弧呂丸は溜息を吐いた。
「この子を見て、何も想いませんか?」
「何を想えと言うのです? その子は新垣小夜。我が羽柴家には関係が無いでしょうに」
 冷たく言い放つ彼女に弧呂丸は小夜を見ながら頷く。
「そうです。この子は新垣小夜。羽柴の家の者ではない。もしもこの子の中に流れる血が羽柴、というものであっても、それが何の意味を持つでしょうか? 人とは流れる血、家というモノにとかく必要以上に縛られるものですが、でもね、羽柴の当主様、血も家もそれらはすべて幻想なのですよ。それに縛られ、守るために幼き命を摘む事に何の意味があるでしょう? 私は知っている。家にも血にも縛られずに風のように生きる人を。きっとその人ならこう言うでしょうね、関係無い、自分のやりたいように生きて笑って、泣いて、死ぬだけだ、と。これ以上この羽柴という幻想に惑わされて、あなたは一体どれほどに罪を重ねるのですか?」
 鋭く目を細めて、辛辣な口を叩く弧呂丸に彼女はぎりぃっと歯軋りをした。
「おだまりなさい。家とはどのようなモノかもわからぬ子どもが。あなたに私の何がわかるというのです。私だって、私は………ええい、何をしているのです。早くこの者たちを殺しなさい」
 彼女がそう叫んだ瞬間、障子が吹っ飛んだ。
 そして闇夜に包まれた庭から部屋に踊りこんできたのはあの式鬼ヨキ。
 そのヨキの第二撃が放たれる。横一線に扇を振るえば、発生した真空の刃が小夜を狙うのだ。
 しかしそれが小夜にヒットした瞬間にそれは人型に切られた小さな紙となって、真っ二つになる。式神だ。
「ちぃぃぃぃ。高峯弧呂丸。ならばおまえを」
 庭の闇から姿を出した殺し屋は素早く印を結んで、そしてその指令通りにヨキが弧呂丸を狙う。閉じた扇は鋭い鈍器だ。それを袈裟切りに叩き下ろすヨキの攻撃を紙一重にかわすと、弧呂丸も術を発動させる。
 瞬間、大量の蟲がヨキの身体を覆って、鋭い歯で身体を齧り出した。闇にヨキの悲鳴があがる。
「ハァーッ」
 印を結び、そして密教の技の一つである気弾を放つ。その気弾が穿ったのはヨキの身体の真ん中だ。
 その大きく穿たれた穴からどろりとした闇が零れ出すが、しかし殺し屋が印を結べば、ヨキは構わずに弧呂丸へと向かう。
 ヨキは式鬼。ならば殺し屋を直接狙えば―――
 しかし紫の数珠を懐から取り出した弧呂丸の視線の先にいるのはヨキ。
「式鬼よ、あなたの最後だ」
 白焔に包まれた弓矢『白月』。
 その矢を射った、ヨキの仮面に向けて。
「なにぃ!!!」
 絶句する彼女。
 矢は浄化する。殺し屋が生み出した悪しきモノを。そうだ。ヨキの本体こそはその仮面。
 仮面は悲鳴を上げて浄化されて、この世から消え去った。
 そしてそのリバウンドに殺し屋の彼女も口から鮮血を迸らせてその場に倒れた。
「さあ、次はあなたの番です」
 弧呂丸は当主を見据える。
「私の?」
「そう。この羽柴を祟っていた猿は藤の花の精によって慰撫され、浄化されました。実は最初の問題はもう既に解決しているのです」
 静かに弧呂丸が語った真実に彼女は目を見開いた。
「馬鹿な、何をそんな嘘を…」
「いいえ、本当です」
 庭から声がする。そこに視線をやった彼女は体を固まらせた。そこに居たのは白と小夜。
 そして小夜の目を両手で目隠ししている女の子。
 小夜の足下から生えるいくつもの手は、今しも小夜の体を掴んで、地中に引きずり込まんとしている。
 そのおぞましき光景。
「ほら、見ろ。未だ羽柴は呪われている。だから私は羽柴を、羽柴の家を」
 小夜を指さして、彼女は叫んだ。必死に。
 その彼女をどこか哀れむように見据えながら弧呂丸は真実を告げる。
「だからあなたのその必要以上に羽柴の家に囚われる心が怨念となって、小夜を苦しめているのです。羽柴の家に災いを起こす幼き末娘たちの魂を癒すにはあなたの協力が必要なのです」
 彼女は何かを払うように両手を振りながら後ずさった。
 上品に綺麗に結い上げた髪はほつれて、彼女の顔を縁取る。どうしようもなく後戻りできない道で、だけど後ろを振り返って、そこからどうすればいいのかわからぬ迷子の子どもの表情が………
「おばあちゃん」
 小夜がそう言った瞬間、それまで息を潜めるかのように静まり返っていた闇が爆発した。
 ずん、と大気が揺れて、そして小夜にまとわりついていた末娘たちの魂が実体化する。
 おぞましき、蜻蛉。
 それが闇夜を飛び交って、当主を………
「ひぃ」
 恐怖に裏返った悲鳴をあげた彼女に襲いかかる蜻蛉に『白月』の弓が射られた。しかしすぐにその浄化の力は底無しの闇に光が吸い込まれるようにして無力化される。
「逃げてはダメです、ご当主。あれはこの羽柴家の闇、罪。それを真っ直ぐに見つめ、受け入れるのがあなたのお役目です」
 弧呂丸の叫びに彼女は顔を両手で覆った。
「それは…それは……」
 彼女の前に『白月』の弓を引きながら蜻蛉から彼女を守るように弧呂丸が陣取る。
「どうして?」
 本気でそう問う彼女に弧呂丸は穏やかに微笑んだ。
「私は小夜を、そしてあなたを救いたいと望みます。この羽柴の家を開放しましょう、暗い闇より。だから」
 彼女はその場に泣き崩れた。
「わかっていた。私にもわかっていた。この羽柴の家の間違いが。自分の罪が。でも私の子は……だから私は………」
「ならばだからこそ」
 弧呂丸は言い、きつい目で蜻蛉を見据える。
「寝た子をもうゆっくりと寝かせてあげる事ができるのは母であるあなただけです」
 彼女の体が震える。
 そして彼女は蜻蛉に両手を伸ばした。
 ずっと言いたかった言葉、伝えたかった言葉があった。それが自然と口から紡がれる。
「母さん、ごめんね。あなたを守ってあげられなくって」


 しゃん。
 鐘が鳴る。


 藤の花。紫の花びらがその場所に時空を越えて流れ込んできて、そして弧呂丸は懐から人形を取り出した。
 その人形を白に守られながら弧呂丸の前に立った小夜が受け取って、そしてそれを蜻蛉へと差し出す。
「もう楽になって良いのだよ」
 そして小夜はあの手毬唄を歌いだす。そうだ。小夜は慰撫していたのだ。その唄で、彼女らを。
 当主は自らの罪を悔いた。小夜への邪念を捨てた。
 彼女の小夜への邪念がけしかけていたのだ。哀れな子らを。自分の娘が犠牲になったのに、なのに小夜が生きているのは許せなかったから。だから………
 だけどそのすべては浄化された。弧呂丸の想いに。
 故に蜻蛉は魂と戻り、藤の花の精が作り上げた人形の中へと入った。群れは個となった。
「コロコロ、お願い。皆を助けてあげて」
 涙を零しながら紡がれた願い。
 静かに弓を引きながら弧呂丸は頷き、矢を射るのだった。



 ――――――――――――――――――
【ラスト】


 藤の花。新緑に覆い被さるような紫の花の下で皆はお弁当を広げて、楽しい時を過ごしていた。
 弧呂丸、小夜、雄三、白、スノードロップ、皆で喜び合いながら。
「コロコロ、はい、おにぎり」
「ありがとう、小夜」
 微笑む二人の間を紫の花びらが流れて行く。
 それに瞳を大きく見開いて、そして小夜は藤の花を見上げる。
「綺麗」
「そうだね、小夜」
 藤の花を見て、本当に嬉しそうに喜ぶ小夜の頭を撫でながら弧呂丸は穏やかに両目を細めて微笑んだ。
 とても平和で穏やかなある初夏の日の光景。


 ― fin ―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【4583 / 高峯・弧呂丸 / 男性 / 23歳 / 呪禁師】


【NPC / 白】


【NPC / スノードロップ】


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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、高峯弧呂丸さま。
 はじめまして。
 このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。


 今回はご依頼ありがとうございました。^^
 プレイングでは嬉しいお言葉ありがとうございました。^^
 あのように言っていただけると、本当に嬉しくとてもライター冥利に尽きます。^^
 いかがでしたでしょうか、今回のこのお話。お気に召していただけてますとすごく嬉しいです。^^


 和の花、という事で藤の花を選ばせていただきました。^^
 呪い系のお話でもOKとの事でしたので、だったら猿のお話を絡ませて、その呪いの物語を弧呂丸さんに解いていただこうと。
 少し話に緊張感を持たせるために若干『白月』に限定条件をつけさせていただきました。
 あとコロコロ、この描写もとても楽しかったのですよ。^^ でも白鼬の弧呂丸さんの扱いが少し微妙(お食事のシーンです。)な部分がありまして、大丈夫だったでしょうか?
 弧呂丸さんはとても好みなPC様で、性格などもすごく好感が持てて台詞も自然と頭の中に居る弧呂丸さんが喋ってくれたので、すごく書きやすく、縁でこういうお話をするのも初めてだったもので、本当に僕自身もとても楽しく書けました。^^
 本当にありがとうございました。


 それでは今回はこれで失礼させていただきますね。
 ご依頼、本当にありがとうございました。
 失礼します。