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■ワンダフル・ライフ〜特別じゃない一日■

瀬戸太一
【2181】【鹿沼・デルフェス】【アンティークショップ・レンの店員】
 お日様は機嫌が良いし、風向きは上々。

こんな日は、何か良いことが起きそうな気がするの。


ねえ、あなたもそう思わない?


ワンダフル・ライフ〜例えばこんなサニー・デイ




「デルフェス姉さん、こっちこっち!お花がいっぱいだよ!」
「リネア様、そんなに走ると転んでしまいますわよ」
 大丈夫大丈夫、と大声で返しながら、芝生の上を駆けていく少女。
その背中を追うように、デルフェスが大きな重箱を抱えながらついてくる。
そんな彼女の周りには、各々の荷物を抱えてあたりを見渡している、デルフェスにとっては見知った顔の少女たち。
「へえ、こんな良い場所があったんだあ…知らなかったわ」
「あんた、何年ここに住んでんのよ?ぷぷっ…お客に教えてもらうなんて、鈍くさいあんたらしいわね」
「何よ、もう…何年って言うほど住んでないわよ。それに、方向音痴のリースには言われたくありません」
 漫才のような会話を交わしながら、芝生をさくさくと歩く彼女たち。
デルフェスはそんな普段どおりの掛け合いを耳にしながら、くすくすと笑った。
 そして前方で芝生にまみれていた少女―…リネアが、こちらのほうを振り返って叫んでいるのに気がついた。
「姉さん、母さーん。ここらへんでいいかな?シート、広げて良い?」
 そう大きな声で叫んでいるリネアの背後には、大きな桜の木が深い根を下ろしていた。
その桜の花と枝に遮られ、リネアの立っている場所は丁度良い日陰ができている。
「丁度良いと思いますわ。只今参りますわね」
 いつになくはしゃいだ様子のリネアに思わず頬を綻ばせ、デルフェスは片手で口にメガホンを作って言った。
その性格上、あまり叫ぶことのしないデルフェスの声でも、ちゃんとリネアに届いたらしい。
リネアは大きく手を振って、
「うん!早く来てねーっ」
 と、大きな声で叫んだ。






                 ■□■








 それは遡ること数十分前。
暫く続いた晴天に弾む心を抱えながら、デルフェスは雑貨屋『ワールズエンド』を訪れていた。
既に何度も訪れているデルフェスにとっては、この店も店員たちも、勝手知ったる何とやら、というやつである。
 デルフェスと同様に、このところ晴れ間が続いて気分が良いのか、店主のルーリィもいつも以上の笑顔で出迎えた。
そして珍しいことに、この日は店員全員の顔が揃っていた。
そのことに少しばかり驚いたデルフェスは、渡りに船とばかりにある提案を持ちかけてみた。
 それはつまり。
「え、お花見!?」
 デルフェスの提案を聞いて、初めに飛び上がったのが、この店の中で一番のお子様であるリネアだった。
「いいな、いいな!私も行きたい。ねえ、行ってもいいでしょ?」
 リネアはそう言って、顔を輝かせてルーリィの腕にまとわりついた。
ルーリィは思いがけない提案に目を丸くしながら、デルフェスを見つめる。
「え…いいのかしら?」
「ええ、わたくしは全然構いませんわ。外はぽかぽか陽気ですし、丁度良いと思いますの。
それに、ルーリィ様も正式な魔女になられたことですし、お祝いも兼ねて。
如何でしょうか?一日くらいお店をお休みしても、罰は当たらないと思うのですけれども」
 そう言って、手を合わせてにっこりと微笑んだ。
そんな彼女に同調したのは、黒コウモリのリック。
ルーリィの使い魔である彼は、普通のコウモリと違い太陽の光を否としない。
むしろ暖かな陽気の下での日光浴は彼の好みとするところであるもので。
「いいじゃん、どうせ開店休業状態なんだしよ!べんとーとかおやつとか持っていってさ、ぱーっとやろうぜ!
な、銀のオッサンも行きてーだろ?」
 ばさばさと騒々しく羽をばたつかせながら、
床で礼儀良くお座りをしている、銀色の毛並みを持つシェパード犬の頭に降り立った。
シェパード…銀埜はオッサンと呼ばれたことに腹立ってか、ぶんぶんと首を振ってリックを落とそうとした。
だがそんなことには慣れているらしいリックは、大して気にもせずに続ける。
「なー、行こうぜ。ほら、日差しの下で昼寝とか、最高だろ?」
「…別に行きたくないとは言ってないだろう」
 リックの言葉に、銀埜はぼそりと口を開く。
リックと同様に使い魔である彼もまた、人間の姿になることが出来るのだが、あくまでその本性は犬。
日差しの下で昼寝、という言葉に抗えない魅力を感じたらしい。
はたはたと尻尾を振って、デルフェスのほうを見上げた。
「ではお言葉に甘えて、ご一緒させて頂くとしましょう。
2階にリースもおりますので、デルフェスさんが宜しければ彼女も参加させて頂けると嬉しいのですがね」
「あら、勿論構いませんわ。そういえばわたくし、リース様とはまだお目見えしておりませんわね」
「…そういえばそうですね。多々失礼なことも申すかと思いますが…」
 少々厭な想像をしてしまったのか、思わず目を逸らす銀埜。
そんな彼に、リックは銀埜の頭に乗ったまま囁く。
「…銀、何時の間にそんな優しくなったんだ?あの女呼ぶなんてよ」
「きみは馬鹿だな。一人だけ声をかけなかったことが分かれば、一番に割を食うのは間違いなく私たちだぞ」
「……………。」
 そうしてお互い顔を見合わせ、がくりと頭をうな垂れた。

 そして一気に気分が盛り上がった女性陣は、何を持っていくか、場所はどうするかなどなど、
うな垂れている男性陣を他所に、わいのわいのと騒ぎ始めたのだった。









                 ■□■






 そして現在に至る。

 デルフェスは散り落ちる桜の花びらを眺めながら、芝生の上に敷いたシートの上で、
のんびりと暖かな空気を感じていた。
こんなときは、精巧に己を造ってくれた創造主に感謝をする。
人間のように食事を味わうことが出来ないのは少し残念だが、
こんな風に春の日差しを感じることが出来るだけでも、デルフェスは十分に嬉しい。
 そしてデルフェスと同じく人形―…材質は違うが―…の、リネアのことを思う。
彼女は、芝生に混じって咲いている黄色いタンポポやレンゲの花を、興味深そうに眺めていた。
まだまだ幼い彼女にとって、目に映る全てのものが珍しく感じるのだろう。
「デルフェスさん、今日は誘ってくれてありがとう」
 デルフェスの隣から、ルーリィが声をかけた。
デルフェスが振り向くと、彼女はにこりと笑って言った。
「わざわざお店に来てくれたのに、本当に良かったのかしら。
お買い物とか、そんな用事じゃなかったの?」
 だがデルフェスはゆっくりと首を振り、
「いいえ、勿論それもありましたけれど…。皆様とお会いしたかったのですわ。それに…」
 そう言って、花を摘む仕草をしているリネアのほうを見る。
「家の中で、書物を相手に勉強する事も大事ですが、
自然と直に触れ合うことで、書物には書かれていない多くのことを学べると思いますの。
リネア様には、そういった生きた知識を沢山持ってもらいたいのですわ」
「デルフェスさん…」
 ルーリィは暫し目を大きくしていたが、やがてにっこりと笑って頷いた。
「そうよね。デルフェスさんの言うとおりだわ…」
「ほんとーにその通りっ。いいこと言うわね、デルフェスちゃん」
 まるでその場を割り込むように―…否、実際デルフェスとルーリィの間に体をねじ込んできたリースは、
にやりと何かを企むような笑みを浮かべて言った。
「あなたからも言ってあげてよ。常に頭にカビ生えてるよーな天然馬鹿な子だからさあ、親としての自覚っていうの?
そういうのがね」
「…リース。ちょっと言いすぎじゃない?いくらなんでも―…」
「あはは、いいじゃない、お花見なんだもの。無礼講ってやつよ」
「リース様、それは少し意味が違うと思いますわ」
 デルフェスはにっこり、と微笑を浮かべて言った。
リースは思わず、お、と目を丸くする。
「ふぅーん…鹿沼デルフェス、だっけ?」
「ええ、リース様とはお初にお目にかけますわ。どうぞよろしくお願い致しますわね」
「こちらこそ、どーも。リネアが良くしてもらってるみたいで」
 リースは二人の間に腰を下ろし、リネアのほうを見てけたけたと笑った。
「見てよ、あれ。尻餅ついてんの。笑っちゃうわねー…あら、どうしたの?」
 何か言われていることに気がついたのか、リネアが両手に花を抱えたまま、とてとてと此方に駆け寄ってくる。
「姉さん、母さん。ほら、いっぱいお花摘んだよ」
 そう言って、両手いっぱいのレンゲやタンポポの花を三人に見せてくる。
デルフェスはその様子を微笑ましげに眺めていたが、やがてぱぁんと手を叩いた。
「そうですわ。リネア様、お花の冠でも作りましょうか」
「お花のかんむり?そんなの出来るの、デルフェス姉さん」
「ええ、リネア様にも作り方を教えて差し上げますわ」
 まるで姉妹のようなやり取りをしている二人を横目で見ていたリースは、くすくすと笑ってルーリィに話しかけた。
「花かんむりだって!乙女チックよねえ。リネアにはお似合いだわ」
「そう?可愛らしくていいじゃない。リースだって、小さい頃は―…」
「お二人もどうぞ、お作りになったら?アクセサリー交換会でも致しませんか?」
 有無を言わさない微笑をで、デルフェスが二人に声をかけた。
ルーリィは嬉しそうな顔を浮かべるが、それに反して、ゲッと表情を強張らせたのはリースだ。
「ちょ、ちょっとまって。あたしが、花かんむり?」
「うん!リース姉さんもやろうよ。きっと似合うよ」
「あのねえ!そんなの似合うわけ―…」
「きっと似合いますわ。リース様の赤い髪には、黄色いタンポポが良く生えますもの」
「…………!!」
 










 一行が弁当とおやつを持って、ピクニック気分でやって来た公園。
ここには芝生と草花が咲く大きな広場があり、一行の他にも家族連れやカップルなどで賑わっている。
 そんな中、銀色のシェパードと黒コウモリという異色の組み合わせであたりを闊歩していた二匹は、
ある異様な光景を目にした。
「………銀のオッサン、俺、目ェ悪くなったかな?」
「………奇遇だな、私もだ」
 一応第三者の目がある手前、大声でしゃべるわけにはいかない。
二匹は互いに聞こえる程度の声量で、ぼそりと呟いた。機せずして、同じ意味の言葉を。
「信じられねえ…」
「信じられん…」
 二人の視線の先には、嬉々としているルーリィとリネアの間に挟まれて、
デルフェスに編み方を教えてもらっているリースの姿があった。








「できたっ」
「あら、可愛いのが出来たわね、リネア」
「うん、デルフェス姉さんのお陰だよ」
 リネアは嬉しそうにニコニコと笑いながら、すくっと立って、出来上がったばかりのそれを
デルフェスの細い首にかけた。
そしてそのまま手を背中に回し、茎の部分を繋ぎあわせる。
「まあ、リネア様」
「えへへ、デルフェス姉さんにあげる」
「…頂いても宜しいのでしょうか?」
 デルフェスは自分の首にかけられた、レンゲの花をタンポポを交互に組み合わせて編んだ、
花のネックレスを見下ろして言った。
「うん、デルフェス姉さんのおかげで編めたんだよ。あとね、この前のお礼」
「この前の?」
 デルフェスは首を傾げて問い返した。リネアは何処となく照れたような笑みを溢し、
「可愛い洋服、ありがとう!そのお礼なの。あんまり上手く出来てないけど…」
「…そんなこと御座いませんわ。わたくし、とても嬉しいです。ありがとうございますね、リネア様」
 そう満面の笑みを浮かべてから、デルフェスはリネアの手をそっと取った。
そしてリネアのまだ小さな指に、自分が作ったタンポポの指輪をはめる。
「わあ…すごいね、さすがデルフェス姉さん」
「ふふ、ありがとうございます。これはわたくしからのプレゼントですわ」
「本当?わぁい、大切にするね!」
 そう言って、リネアは嬉しそうに指輪を嵌めた手を眺めていた。
 その様子を眩しそうに見ていたルーリィは、ぽんぽんと傍らにいるリースの肩を叩いた。
「ねえ、ねえ。私たちも交換…」
「ああっ!もう、また間違えちゃったじゃない!」
 むきーっ!と、編みかけの冠をバッと空に放る。
「もういやっ!何であたしがこんなことしなきゃいけないのよ!?」
「だって、自分でやるっていったんじゃない。ね、ね、出来あがったら、私たちも交換…」
「うるさいわね、静かにしといてよ!ああもう、またやり直し…」
「……何か私、切ない…」
















「おーい、そろそろ昼飯……ぷっ」
 あたりを散策するのにも飽きたのか、ふらふらと近寄ってきたリック。
女性陣の様子を眺めて暫し固まったが、やがて我慢できずに思わず吹き出した。
「ぶはーっはっはっは!何だよそれ!?いつからお前、どこかの乙女になげぼがぼっ!」
「なぁにリックちゃん?そ・ん・な・にコウモリスープになりたいのかしらぁ?」
 目にも止まらぬ電光石火の動きで、しゅばっとリックを捕まえたリースは、
笑みを浮かべながら、これでもかというほどにリックに口を真一文字に広げた。
「ぐがががががが」
「あらなぁに?何か言いたいことでも?」
「リース様、リース様」
 般若の笑みを浮かべてリックの口をひん曲げていたリースに、デルフェスがのんびりとした声をかける。
「リック様の口が広がってしまいますわ」
「いいのよ、こんなヤツは一生広げとけばっ!よくも笑いやがったわね、くぬくぬっ!」
「わたくしは、十分似合ってらっしゃると思うんですけども…」
 リースの頭の上を眺め、首を傾げるデルフェス。
リネアはあはは、と笑いながら、
「リース姉さんは照れてるんだよ、きっと」
「そういうものなのでしょうか?」
 デルフェスたちがのんびりとした会話を交わしている間に―…その間もリックは変な呻き声を上げていたが―…
少し遅れてやってきた銀埜が、ぴた、と足を止めた。
そして顔をしかめて言う。
「…それは新しい遊びですか?」
「うるさいわね。銀埜ちゃん、あんたも尻尾ちょん切られたいの?」
「はぁ?リース、あなた遂に頭の中まで春に―……」
 呆れたような顔でリースを見上げた銀埜は、彼女の頭の上に乗っているものを見て、思わず硬直した。
それは彼女の赤い髪にはよく映える―…但し、色彩的に限るが―…黄色のタンポポで編まれた花の冠。
よく見れば、デルフェスはその細い首にレンゲとタンポポの首飾りをつけているし、
リネアの指には、タンポポの花をアクセントにしたかわいらしい指輪を嵌めている。
ルーリィはというと、どことなく複雑な表情で少々乱雑に編まれたわっかのようなものを手に持っていた。
 自分たちを見渡して、絶え間なく動いているはずの尻尾までも硬直させている銀埜を眺め、
デルフェスは穏やかな声で言った。
「皆さん、お似合いでしょう?私もとても楽しませて頂きましたわ」
「…は、はあ…そうですね、お似合いといえばそうですが…」
 確かに、幼い容姿のリネアや楚々としたお嬢様風のデルフェスには、
まるで絵画から抜け出してきたような雰囲気さえ持っている。
ルーリィはというと、一人だけコメディ漫画のような状態なので、何を言えるわけでもなく。
ただ、彼が硬直した理由は―…。
「…ええ、お似合いですとも…ぷぷ、リース」
「笑ったわね?笑ったわね?覚えておきなさい、必ず後悔させてやるから!」
 自分でも似合わないことを自覚しているのか、頬をかぁっと赤くさせたリースは、
今の今まで捕まえていたリックを解放し、銀埜を追いかけ始めた。
無論、そんなリースに捕まえられる銀埜ではなく、きゃいんきゃいんと鳴きながらあたりを駆け回る。
「…姉さん、ごめんね。なんか騒がしくなっちゃって」
 はぁ、とため息をついたリネアはデルフェスを見上げていった。
だがデルフェスはとんでもない、と首を振り、
「賑やかなことは良いことですわ。それよりリネア様、そろそろお昼御飯に致しましょう。
準備を手伝って頂けますか?」
 デルフェスの笑顔と昼御飯、という単語に、リネアの顔はぱぁっと明るくなる。
「うん!私、お腹すいちゃった」
「ふふ、たくさん召し上がって下さいね。リース様に銀埜様、お昼御飯にしますわよ。
そろそろ戻ってきて下さいな」
 














「うお、うまそー」
 コウモリのままでは沢山食べられないと悟ったのか、
浅黒い肌の少年の姿に戻ったリックが、広げれた弁当を見て歓声を上げる。
「デルフェス姉さんが作ってきてくれたんだよ。ねー」
「お口に合うと幸いですわ。さ、どうぞ召し上がって下さいまし」
 人数分はゆうに超えるボリュームを持つ弁当に、リックだけでなくルーリィたちも目を輝かせた。
俵型に行儀良く並べられたおにぎりをはじめ、卵やきに鳥のから揚げといった定番のおかずから、
鮎の甘露煮、煮物といった和風のおかずまで、その種類は様々。
大して広くもないシートの場所を取らないため、という理由で未だに犬の姿でいる銀埜は、
自分の皿に盛ってもらったおにぎりにぱくつきながら、うれしそうに吼えた。
「えへへ、銀兄さん美味しい?」
「あら、銀埜様…あ、そうですわね。同じくお昼御飯の方々が多くいらっしゃいますものね」
 急に人語を話さなくなった銀埜を訝しげに見るが、あたりを見渡したデルフェスはなるほど、と納得した。
ちょうどお昼時、今まで芝生の上で遊んでいた子供たちも、親のもとに戻り、
彼女たちと同じように弁当を広げている。
「こういう、のんびりとしたランチも良いものですわね」
 デルフェスの本性はミスリル製のゴーレム。故に食事は必要としない。
だが共に味わうことは出来なくても、その雰囲気と空気を同じくすることは出来る。
そういう点で言えば、デルフェスもまたこの麗らかなランチタイムを楽しんでいるといえるのだろう。
「リネア様、卵焼きは如何?少し甘めに味付け致しましたが、リネア様のお口に合うかしら」
「うん、甘い卵焼きは大好きだよ!」
 リネアはデルフェスが皿に盛って薦めてくれるおかずを、次々にぱくついていた。
「おいしーっ。デルフェス姉さん、料理上手だねえ」
「ふふ、リネア様、今度ご一緒に致しましょうか。リネア様もすぐに上達致しますわ」
「本当?姉さん、私の料理の先生になってね」
「ええ、勿論ですとも」
 そんな二人のやりとりを見て、美味しそうにおにぎりを頬張っているルーリィは嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「もう、本当にリネアも懐いちゃって。年の離れた姉妹にも見えるわね?」
「そーね。デルフェスのおかげで、リネアもだんだん良いおじょーさんになってきたじゃない?
…あんたに似合わず」
「あら、失礼しちゃう。私はリースほど乱暴でもなかったわよ?」
「ふふん。その代わりあんたは、名前の前に”天然”がつくけどね」
 こんな麗らかな陽気の中では、リースの嫌味も気にならない。
そんな気持ちにさせてくれる、平和なランチタイムだった。










 やがて、弁当をあらかた片付け終わると、あたりにはいつの間にか寝息が聞こえ始めた。
デルフェスは自分の膝の上で、肩をゆっくりと上下させているリネアを見下ろし、幸せそうな笑みを浮かべていた。
「…デルフェスさん」
 腹ごなしに一人でふらふらと散歩に出かけていた銀埜が帰ってきたようだ。
「銀埜様、探索は終了ですか?」
「ええ。さすがに広い公園ですね。向こうのほうに池がありましたよ」
「まあ。釣りでも出来るのでしょうか」
「さて、釣れるのかどうかは存じませんが…一応釣り人はいましたね」
 そんな会話を交わしながら、銀埜はてふてふとシートの上にあがり、デルフェスの隣に腰を下ろす。
そしてぺたん、と腹を伏せ、ちょうど視線の高さが同じになったリネアの寝顔を見つめる。
「申し訳ありません、膝が重くありませんか?」
「いいえ、元々わたくしは、重さをそんなに感じませんもの。
それより、ゴーレムのわたくしにもリネア様の体温が伝わってくるような気がして―…」
 ―――この上なく、幸せな気分になるのですわ。
 そう言って、デルフェスは微笑んだ。
その言葉は勿論嘘ではない。
デルフェスは己が子供を産めない身体であることを知っている。
だがリネアもまた、自分と限りなく近い身体を持っている。そして、彼女の誕生までも、自分は見届けた。
その思いから、デルフェスはリネアに、己と近い気持ちを持っているのかもしれない。
それを、リネアの母は姉妹だと言葉にしたが。
限りなく近くて、限りなく遠い存在。厳密に言うと人間ではない自分たちは、姉妹にはなれない。だが―…。
「今この瞬間のリネア様の体温は、きっと永遠のものなのでしょうね」
「……………。」
 デルフェスは独り言のように、ぽつりと呟いた。
 それを心ならずも耳にした銀埜は、何を返すわけでもなく、ただ耳を動かせてデルフェスの空気を察していた。

 そのまま、時が止まった時間がしばらく過ぎたあと。
銀埜は思い出したように口にした。
「…リネアはともかく―…」
 そして、デルフェスとは反対側の、自分の隣にいるルーリィとリースを見る。
二人は半ばだらしなく―…といったほうが良いような状態で、幸せそうな寝顔を見せていた。
「この二人は何とかならないのですかね…まったく、いい年をして」
「あら、お二人もまだまだお若いと思いますわ。…わたくしに比べれば」
 そう言って、にっこりと笑う。
銀埜は暫し絶句していたが、やがてふっ、と微笑んだ。
「では、人生の先輩であるデルフェスさんを見習って頂くと致しましょう。
それに、そろそろ三時です。木の上のあいつが、おやつだの何だのと騒ぐ頃。
デルフェスさんにはまたもやご苦労をかけてしまいますが―…」
 デルフェスは銀埜のもったいぶった口振りにくすくすと笑いながら、
「ええ、それではそろそろおやつの準備を致しましょう。これも喜んで頂くと大変嬉しいのですが」
「確か、自家製のロールケーキでしたか。あなたが作るものならが、皆喜んで食しますよ」
 かくいう私も、先ほどからずいぶん楽しみにしている一人なのです。
 銀埜は恥ずかしがる様子もなく堂々とそう言って、尻尾を振った。
「それは何とも勿体無いお言葉ですわね。少々照れてしまいますわ」
 そう言いながらも、デルフェスの表情は満面の笑みを称えていた。
 
 そして、満開の桜の下に、春の香りが広がる。











       End.







●○● 登場人物(この物語に登場した人物の一覧)         
――――――――――――――――――――――――――――――――
【整理番号|PC名|性別|年齢|職業】

【2181|鹿沼・デルフェス|女性|463歳|アンティークショップ・レンの店員】


●○● ライター通信      
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 鹿沼デルフェスさん、いつもお世話になっております^^
今回も書かせて頂いて、まことに有難うございました。
お届けするのが遅くなりまして、本当に申し訳ありません…;

今回はまったりとしたお花見風味でお届けしました。
私もこんなピクニックを楽しんでみたいと思いつつ。
最近の都会では、このような草花と触れ合える場所は少なくなってきていますが、
作中だけでもこの空気を味わって頂ければ、大変嬉しく思います。

それでは、またお会いできることを祈って。