■ファイル−2.5 殺生石。■
朱園ハルヒ |
【0413】【神崎・美桜】【高校生】 |
伝説上の人物――その大半は俗に言う『妖怪』だ。
数多にわたるその存在の中に、玉藻前と言う美女がいた。
九尾の狐の化身であり、『封神演義』では殷の紂王を惑わせ、国を滅ぼした話はあまりにも有名だ。
その後天竺から中国を経て、日本に渡った彼女は鳥羽上皇の寵妃となったが名のある陰陽師に正体を見破られ、逃げ込んだ那須野で追っ手の矢に射止められ死に至る。
死してなお、石と化した彼女の霊は殺生を続け、人はその石を「殺生石」と呼んだ。
「――その後は、玄翁っつうぼーさんがこの石を割って、玉藻の霊を浄化してやってな。そいつも成仏出来て嬉しいってぼーさんの枕元に立ったって言う話なんだが…まだ続きがあってな」
文献と自分の記憶を頼りに話を続けるのは、特捜部の中で一番永きを生きる、ナガレだった。
他のメンバーは黙って彼の話に耳を傾けていた。それが、最も重要な事になるからだ。
「ぼーさんが割ったその石…3つに飛び散って残ってるって話なんだよ。有毒ガスが漏れてて、鳥とか虫は近づくだけで死ぬらしいんだけどな」
「……じゃあ、その欠片が…今回の石と同じもの…?」
「でもタマモの話って、伝説上の作り話なんだろ? それがどうして現実になって現れるわけ?」
ナガレの話から槻哉が言葉をつなげると、早畝が遅れをとらずに疑問を投げかけてくる。
「しかもナガレの話じゃ小動物と虫が死ぬ程度の毒ガスなんだろ? でも例の石は人間も…だったよな。ガイシャは死んだんだっけ?」
「いや…かろうじて、であるが、息のある状態ではある」
「…どっちにしたって重体であるには変わらんねーって事だろ」
デスクを囲む、いつもの面子の顔色はいいとはいえない状態にあった。いつも冷静な槻哉でさえ、今日は表情を濁らせている。
そう、これは『事件』なのだ。
趣味で妖怪話をしていた訳ではない。
特捜部にその事件の依頼が持ち込まれたのは、つい2時間前の事。
突然、街中に現れた巨大な石。それを触った者たちが次々と倒れ、病院へと運ばれた。見るからに禍々しい石からは、毒ガスのようなものが滲み出ており、現在は誰も近づけない状態にあると言うのだ。
先に様子を見てきたのは、ナガレだった。そしてその石から感じ取った空気に身に覚えがあり、下調べをしたところ、先ほどの話へと繋がっていったというわけなのだ。
「作り話と言ってもね…そう言った『有り得ない事件』を背負うのが僕らの仕事だろう? 今まで請け負ってきた事件で、『まとも』な内容が、一つでもあったかい?」
「…それは、無いけど。まったく」
ふぅ…と一度深く息を吐いた槻哉が、厳しい視線で早畝へと言葉を投げかける。柔らかい口調ではあるが、彼の雰囲気からは少しも余裕は感じられなかった。
早畝も少しだけ引き気味に、彼の言葉に小さい声で答えることしか出来ずにいる。
「どう足掻いたって、俺たちが解決するしか他に手が無いんだろ。身の危険もあるが、やるしかねーじゃん」
半ば諦めたような口調でそう言ったのは、ナガレだった。
その言葉に、斎月も『同感だな』と続ける。二人はすでに、覚悟を決めているらしい。
「…十中八九、敵はキツネだと思ったほうがいい。伝説がどうであれ、そう言う妖怪は存在するんだ。俺は何度も、そんなやつ等を見てきた」
「うん…解った。俺たちで解決できるように、頑張ろう!」
ナガレの言葉に、早畝も腹を括ったのか握りこぶしを作りながら言葉を強調させてそう言った。
それが合図になったのか、斎月やナガレも決意も新たに、姿勢を正して槻哉を見つめ頷いていた。
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ファイル−2.5 『殺生石』
伝説上の人物――その大半は俗に言う『妖怪』だ。
数多にわたるその存在の中に、玉藻前と言う美女がいた。
九尾の狐の化身であり、『封神演義』では殷の紂王を惑わせ、国を滅ぼした話はあまりにも有名だ。
その後天竺から中国を経て、日本に渡った彼女は鳥羽上皇の寵妃となったが名のある陰陽師に正体を見破られ、逃げ込んだ那須野で追っ手の矢に射止められ死に至る。
死してなお、石と化した彼女の霊は殺生を続け、人はその石を「殺生石」と呼んだ。
「――その後は、玄翁っつうぼーさんがこの石を割って、玉藻の霊を浄化してやってな。そいつも成仏出来て嬉しいってぼーさんの枕元に立ったって言う話なんだが…まだ続きがあってな」
文献と自分の記憶を頼りに話を続けるのは、特捜部の中で一番永きを生きる、ナガレだった。
他のメンバーは黙って彼の話に耳を傾けていた。それが、最も重要な事になるからだ。
「ぼーさんが割ったその石…3つに飛び散って残ってるって話なんだよ。有毒ガスが漏れてて、鳥とか虫は近づくだけで死ぬらしいんだけどな」
「……じゃあ、その欠片が…今回の石と同じもの…?」
「でもタマモの話って、伝説上の作り話なんだろ? それがどうして現実になって現れるわけ?」
ナガレの話から槻哉が言葉をつなげると、早畝が遅れをとらずに疑問を投げかけてくる。
「しかもナガレの話じゃ小動物と虫が死ぬ程度の毒ガスなんだろ? でも例の石は人間も…だったよな。ガイシャは死んだんだっけ?」
「いや…かろうじて、であるが、息のある状態ではある」
「…どっちにしたって重体であるには変わらんねーって事だろ」
デスクを囲む、いつもの面子の顔色はいいとはいえない状態にあった。いつも冷静な槻哉でさえ、今日は表情を濁らせている。
そう、これは『事件』なのだ。
趣味で妖怪話をしていた訳ではない。
特捜部にその事件の依頼が持ち込まれたのは、つい2時間前の事。
突然、街中に現れた巨大な石。それを触った者たちが次々と倒れ、病院へと運ばれた。見るからに禍々しい石からは、毒ガスのようなものが滲み出ており、現在は誰も近づけない状態にあると言うのだ。
先に様子を見てきたのは、ナガレだった。そしてその石から感じ取った空気に身に覚えがあり、下調べをしたところ、先ほどの話へと繋がっていったというわけなのだ。
「作り話と言ってもね…そう言った『有り得ない事件』を背負うのが僕らの仕事だろう? 今まで請け負ってきた事件で、『まとも』な内容が、一つでもあったかい?」
「…それは、無いけど。まったく」
ふぅ…と一度深く息を吐いた槻哉が、厳しい視線で早畝へと言葉を投げかける。柔らかい口調ではあるが、彼の雰囲気からは少しも余裕は感じられなかった。
早畝も少しだけ引き気味に、彼の言葉に小さい声で答えることしか出来ずにいる。
「どう足掻いたって、俺たちが解決するしか他に手が無いんだろ。身の危険もあるが、やるしかねーじゃん」
半ば諦めたような口調でそう言ったのは、ナガレだった。
その言葉に、斎月も『同感だな』と続ける。二人はすでに、覚悟を決めているらしい。
「…十中八九、敵はキツネだと思ったほうがいい。伝説がどうであれ、そう言う妖怪は存在するんだ。俺は何度も、そんなやつ等を見てきた」
「うん…解った。俺たちで解決できるように、頑張ろう!」
ナガレの言葉に、早畝も腹を括ったのか握りこぶしを作りながら言葉を強調させてそう言った。
それが合図になったのか、斎月やナガレも決意も新たに、姿勢を正して槻哉を見つめ頷いていた。
(……重い…空気…これは、なに…?)
さらさらと黒く美しい髪を攫う風が、淀んでいる。
神埼・美桜はそれに目を細め、辺りを見回した。空を見上げれば雲が所狭しと青色を覆うように突き詰められている。
「……………」
胸騒ぎが治まらなかった。
何処を見ても、何かが美桜の心根を擽る。それは、決して気分のいいものではない。
こつ、と一歩歩みを進めると、彼女の足元には猫が一匹。まるで美桜に縋るかのように、鼻先を擦り付けてくる。
「……どうしたの…?」
美桜はそっと膝を折り、猫の頭を撫でてやった。その猫は、何か怯えているようにも見える。
「……………」
眉根をしかめた。これはどう考えても、おかしいと。
美桜はすっと立ち上がり、前を見据える。
じわじわと迫り来るのは禍々しさ。吹き抜ける風も、決して気持ちの良いものとは言えない。
見渡せば、空を飛ぶ鳥も、野良犬も。皆どこか怯えているように、見える。
「……この先に、…何かが…」
ぽつり、と独り言を漏らした美桜は風の流れてくる方向へと歩みを進めた。
一歩進むたびに重くなっていく、空気。まるで彼女を攻撃しているかのような、鋭い風。
それらにも怯むことなく、美桜は前へと進む。その歩みは最終的には、小走りになっていった。
「………これは……!?」
歩みを進めること数十分。
美桜の視界へと飛び込んでたのは、物々しい光景だった。
多くの人だかりと警察車両。そして救急車なども数台停められている。一見すると何か大きな事件が起こったのかと思わせるような、そんな感じだ。
いや、恐らくは――『事故』の類なのだろうと、美桜は胸のうちでそう考える。
その現場らしき場へと進もうとしたところで、美桜の視線を掠める存在があった。猫や犬が、道なりに倒れているのだ。彼女はあわててその場へと駆け寄り、腰を下ろす。
「……大丈夫、…まだ、息がある…」
ぐったりとしている猫の様子を見ながら、彼女はそっと手をかざした。
そこから生まれるのは、淡い光の粒。――美桜の持ち合わせる治癒能力だ。暫くそうしていると、動く気配の無かった猫が耳をピクリと動かし、うっすらと瞳を開けた。
「…良かった…」
ほっとした面持ちで、猫の背を撫でてやる美桜。充分動けると判断してからその猫に『逃げなさい』と言い、また立ち上がる。次は犬、その次は小鳥――と、その場で倒れている動物たちを救ってやりながら、彼女は問題の現場へと足を運んでいった。
人ごみをすり抜け、拓けた場へと出ると底には大きな岩のようなものが存在していた。
「こんな…街中で…どうして…?」
美桜は独り言をもらしながら、大きな石へと足を進める。
「……あ、ちょっと!近寄ったら危ないよ」
そんな美桜の背に掛けられた声があった。ビク、と一瞬身を震わせながらも、彼女は声の方向へとゆっくり振り返る。
「……………」
美桜の視線の先には、早畝が立っていた。他の特捜のメンバーとは行動を別にしているのか、彼一人である。
「あの……?」
「ああ、急に声かけたらビックリするよな。俺、早畝って言うんだけど、こう見えてもこの事件を解決しようとしてる人間で…ほら、これが証明」
引き気味の美桜に対し、早畝はへら、と笑いながらジャケットの内ポケットに入ってる特捜部の手帳を彼女に見せた。
「…事件…」
「あ、やっぱり知らないんだ? じゃあ尚更だ。あんまり近寄らないほうがいいよ。あの石から毒気が出てて、動物とか虫とか…それから俺たち、ヒトにも害があるから」
「毒気…ですか…」
美桜は倒れていた猫たちのことを思い起こす。確かにこの淀んだ空気は、動物たちには危険かもしれない。そして近づけば近づくほど、濃くなっていた空気は、あまり好んで吸い込みたいとは思えるものでもなかった。
口に手を当て考え込むような仕草を美桜の姿を見た早畝は、『うーん』と言いながら頭をポリポリと掻く。
「…とにかく危ないんだけど…そうだなぁ、事件の説明だけでも簡単にしておこうか?」
「あ、はい…出来れば、お願いします」
少しだけ思考をめぐらせた早畝が美桜に声をかけると、彼女はすぐに顔を上げて頷いて見せた。
そして早畝は、出来るだけ簡潔にこの事件の経緯を美桜に説明してやるのだった。
「――という訳で、俺も実は解決策を考え中だったりするんだよね」
一通りの説明を終えた早畝は、またへら、と笑いながらそう言葉をつなげる。
美桜はそんな早畝を見て小さく笑ったが、それは長くは続かなかった。
「…じゃあ尚更、何とかしなくちゃ…私の力で、出来るところまで…」
「え、…て、えぇ!? ちょっ、ちょっと待って美桜ちゃん!」
ふ、と元の表情へと戻った美桜が取った行動は、この場を離れることではなく、問題の石へと体を向けたこと。
早畝もそれには驚いたのか、慌てて彼女を止めるために地を蹴る。
勢いのまま、美桜の目の前で腕を差し出した早畝は、真剣な眼差しで彼女を見つめた。
「危ないって!これ以上近づいたら美桜ちゃんだって倒れるかもしれないんだよ?」
「でも…このままにしておくのも…。それに、知ってしまった以上は…見過ごすことなんて、出来ません」
「…う……」
早畝に負けないほどの真剣な瞳。
一見、線が細くすぐにでも崩れてしまいそうな、そんな印象のある美桜が見せた、強さだ。
早畝は見事にその強さに押され、説得する言葉が出なくなってしまっている。
「お願いです、協力させてください」
「…あー…、う…うーん…。
……じゃあ、約束してほしい。俺はすげー力とか、そんなん持ってない。自分の出来る限りの事でしか、美桜ちゃんを守れない。だから、無理だけはしないで」
「……はい」
早畝の言葉に、美桜はうっすらと笑った。
その笑顔に早畝は、一瞬だけドキリと胸を跳ねさせる。これほどの美少女なのだ、誰が見ても一度は胸が騒ぐだろう。
「私は、治癒の力を持っています。その力を石へと放出するように使えば…毒気を中和出来るかもしれません」
「わかった、じゃあ俺は美桜ちゃんのガードをするよ。人工的なモノしか出来ないけどさ」
美桜の言葉に続いた早畝が彼女に見せたのは、腰に忍ばせてあった彼の相棒とも言える、銃だ。もちろん、色々と改造してある彼にしか扱えないもの。美桜はそれを見て一瞬顔を強張らせたが、それが早畝に伝わる前には意識を入れ替え、再び石へと歩みを進めた。
「……………」
石は二人を歓迎しているようには思えなかった。それは肌へと感じる痛いほどの風の動きで、良くわかる。
早畝にもそれくらいは感じ取ることが出来るようで、一瞬たりとも気を抜けない、と言わんばかりの表情で美桜の隣を離れることはせずに、彼女に合わせて石へと歩みを寄せた。
「……、……っ…」
美桜が表情を崩した。この毒気の中だ、平然としていられるわけは無い。早畝でさえ、思わず自分の手のひらで口を覆ってしまっているほどだ。
そろり、と美桜が石へと手を差し伸べる。
その、次の瞬間。
「…美桜ちゃん!!」
パシンッと、静電気のようなものが、起こった感じだった。
「…………?」
美桜にはそれくらいにしか感じ取ることが出来ずに、瞳を見開いている。
その目の前には、早畝の姿がある。そして美桜が手を伸ばした先には、早畝の銃が彼女を守るかのように盾の役割をしていた。
「…怪我、ない?」
「は、はい…」
「危なかった…って言っても、美桜ちゃんは見えなかったかな。なんか、風の刃物のようなモノ。後数センチで、美桜ちゃんの指が切れるところだった」
それが、玉藻前の攻撃であるというのは、説明を受けなくともわかる事。
美桜の力は、この石の正体である玉藻前によって、拒絶されたと言うことになる。
「……早いこと、石を割らないと本気でヤバイかも…」
ぽつり、と早畝が漏らした言葉に、美桜が反応した。
「早畝さん…石は…割らないといけないんですよね?」
「そうだよ。このままだったら俺たちまで倒れる。これ以上犠牲者を出すわけには行かないんだ」
そこで、美桜はまた口元を押さえ何かを考える仕草をした。
早畝は石の様子を見ながら、美桜の次の言葉を待っている。
「…私には、戦う力はありませんが…持っている力の応用で、この石の力を、僅かな時間だけなら弱めることが出来るかもしれません…」
『――そう容易く、出来ると思うかえ?』
「!!」
美桜が再び、ゆっくりと言葉を紡いだ直後に、聞こえた声。脳裏に直接響いてくるかのような、重い声だった。
早畝も美桜も、その声に身を凍らせるほどの恐怖を感じ取る。
言うまでもない、玉藻前そのものの、声だ。
『妾に触れるな、と…申したであろうに。命知らずな者どもよ』
触れるな、と言うのは先ほどの美桜を拒絶する力のことだろう。
「……貴女が、玉藻前、さん…」
美桜が見上げる視線の先には、銀色の髪が長く揺れる妖艶な美女の姿。
それを認めた早畝も、美桜を庇うようにしながら、言葉を発することが出来ずに居た。
『…永きを生きておらぬそんな小娘に、妾の名を易々と呼ばれとうはない』
美桜に声を掛けられた玉藻前は、その柳眉を跳ね上げ冷たい言葉を投げかける。美桜は一瞬悲しい表情をしたが、逃げることも適わずのこの現状で、涙を見せてはダメだ、と心の中で自分を励ましていた。
「……美桜ちゃん…下がって…」
玉藻前に見下された状態で、早畝はようやく言葉を搾り出した。じり…と地を這うかのように、足を後方へとずらす。
この至近距離では美桜の身は守りきれない。引き金を引く前に目の前の玉藻前にやられてしまう。
そう悟った早畝は、なんとかして距離を作ろうと思ったのだ。
『…逃げるつもりかえ?……逃がしはしない』
にやり、と怪しく微笑むのは玉藻前。
彼女が手にしていた扇を振り上げるのと、早畝が玉藻前へと銃口を向けるのはほぼ同時だった。
「…………!!!」
それは妖力と人口の力の、ぶつかり合い。
空圧で美桜と早畝は数メートル飛ばされたが、玉藻前の直接的な攻撃は間一髪で防ぐことが出来た。
早畝が銃口から放った物は、自分たちを守るためのシールドのようなもの。薄い膜が大きく広がり、美桜と早畝を包み込むかのようにドームのような形を作り上げる。
「……あ、危なかった…」
飛ばされた瞬間、早畝は美桜を抱きかかえていた。そしてそのまま、地面へと転がったのだが、美桜には傷ひとつ見当たらない。早畝が必死に彼女を守ったのだ。
「早畝さん…大丈夫ですか?」
「あ、平気平気。美桜ちゃんこそ、大丈夫?どっか痛いところとかない?」
「大丈夫です。…その、ありがとうございました」
早畝が放ったシールドは、まだ解けていない。その中で、美桜と早畝は小さな会話を続けていた。
『――おのれ…小細工なぞしおってからに…』
その彼らの行動に怒りを顕わにしたのは玉藻前。眉根をゆがませ、ふるふると震えている。
「…もう後が無いって感じ…仕方ないなぁ…俺の銃が通用するかどうか解らないけど、実弾に変えるしかないか…」
早畝が玉藻前の様子を見て、独り言を漏らした。
それを聞き逃さなかった美桜は、慌てて、早畝の手を取る。
「あ、あの…っ 攻撃、は…しないでください…。お願いします…」
「……え、でも…他に手はないし」
「お願いです、早畝さん。彼女を傷つけたくは無いんです」
早畝の手の中には、銃の実弾が握られていた。それはもちろん、玉藻前を攻撃するためのもの。
しかし美桜は、それを拒否した。これが、彼女の『優しさ』だ。
「…美桜ちゃん」
真剣な美桜の表情。早畝はその彼女に、反論することは出来なかった。だからといって、他に手は無いと言うことは解っているのだが。
「……私、やってみます。悲しい怨念になってしまっている玉藻前さんを救えるように…彼女の心を癒せるように」
「解った。じゃあ俺は石を攻撃する。それなら…いいよね?」
「はい」
ゆるゆると。
早畝のシールドが足元から消えかけてきた。
それを確認した早畝は、銃へ実弾を詰め込み、戦闘体勢を再び作り上げる。美桜はその後ろで祈るように手を組んだ。
『若き者どもよ…妾に出会うたこと、後悔するとよい。そしてここで…その命の力を、妾へと手渡すのだ…!』
玉藻前は再び、扇を頭上高く掲げた。あの攻撃を受けると、次こそはどうなるか解らない。これは、賭けのようなものだった。
「美桜ちゃん――っ」
「…はい…っ!」
銃を構えて見せたのは、美桜への合図。
美桜もその早畝を見て、自分の力を玉藻前へと放出した。
『………!!!』
辺りを覆うのは、暖かな光。
ここに居る全てを癒すような、そんな輝き。悪しき心を持つものさえも、その黒き色を白へと変えていく。
『な、なんだ…これは………!!』
「…玉藻前さん、もう…解放されてください。永い時間に、縛られていては駄目。足枷を外して、前を見てください…」
美桜の声は、玉藻前にしか伝わらなかった。これも、彼女の力なのだろうか。たとえ耳にしたくないと思っても、美桜の力の前では足掻くことさえ出来なくなってしまう。
「貴女はもう、未来へと進むべきです。そして今度こそ…本物の幸せを…本物の愛情を、その身に受けてください」
『………――!!』
暖かい、声。
美桜の祈り――治癒の能力は、玉藻前の心の奥深くにまで、届いたようだった。凍り付いてしまった感情を、ゆっくりと溶かされていくかのような、感覚。
そこにはもう、禍々しい空気はどこにも存在していなかった。
「早畝さん、お願いします」
「……解った」
美桜の言葉を合図に、早畝は手にしていた銃の引き金をゆっくりとひき…実弾を放つ。
そして数秒も経たない間に、目の前にあった大きな石は、高い音とともに、砕け散っていくのであった。
ほわ…と温まっていくのは、傷が癒されていく証拠だ。
「美桜ちゃん、大丈夫? 結構力使ってると思うんだけど…それに俺、かすり傷なんて茶飯事だし…」
「いいえ、傷はきちんと治しておかなくては…危険な菌が入り込んでしまったら、大変ですよ?」
「うん、まぁ…そうだけど…」
早畝の右手の甲に、先ほどまで擦り傷があった。それが今は見受けられないということは、美桜が彼の傷を癒したと言うことになる。
あれだけ力を放出したというのに、彼女はまだ、微笑を作れている。体力はかなり消耗しているだろうに。
早畝は申し訳なさそうに、彼女の『治療』を受けていた。
事件は、解決したのだ。
美桜の治癒能力によって玉藻前の力は浄化され、その存在さえも消えてなくなった。と、同時に、早畝が石を粉砕したので、毒気も見事に消え去っていた。
「……タマモ、さ…笑ってたね」
「そう、ですね……」
それは、早畝と美桜にしか見せなかった、表情。
玉藻前は、一瞬だけ、彼らに微笑を見せながらその身を消していったのだ。それは、彼女自身が永きの枷から解放された、何より証拠。
「…協力してくれて、ありがとう。すげー助かった」
「私も…力になれて、嬉しかったです」
彼女の微笑みは、とても綺麗だった。
早畝がその笑顔に見とれていると、連絡を受けた槻哉たちが姿を見せる。
「お疲れ様、早畝。神崎さんも、ご協力ありがとうございました。よろしければ、わが特捜部へとお立ち寄りください。美味しいお茶を用意していますので」
「…ありがとうございます」
槻哉がそう声をかけると、美桜はまたふわりと笑った。
その笑顔全てが、皆を癒しているかのようで、いつまでも見ていたいと思えるほどだった。
-了-
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登場人物
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【整理番号 : PC名 : 性別 : 年齢 : 職業】
【0413 : 神崎・美桜 : 女性 : 17歳 : 高校生】
【NPC : 早畝】
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ライター通信
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ライターの朱園です。今回は『ファイル-2.5』へのご参加、ありがとうございました。
個別と言う事で、PCさんのプレイング次第で犯人像を少しずつ変更しています。
神崎・美桜さま
初めまして、この度はご参加くださり有難うございました。
優しい心根の持ち主である、美桜さん。書かせていただけて嬉しかったです。
優しい感じとか、うまく表現出来ていればいいのですが…。
イメージとかけ離れてしまっていたら、申し訳ありません(><)
少しでも楽しんでいただけましたら、幸いに思います。
よろしければご感想など、お聞かせくださると嬉しいです。今後の参考にさせていただきます。
今回は本当に有難うございました。
※誤字脱字が有りました場合、申し訳有りません。
朱園 ハルヒ。
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