■漂泊する霊(兼・認定試験)■
深紅蒼 |
【3626】【冷泉院・蓮生】【少年】 |
待ち合わせはいつもの喫茶店。黒くて長いレザーコート、その中は半裸。どこからどう見ても『アブナイ』奴に見える男はすぐに本題にはいった。
「1回門を拒否した奴を担当してみない?」
導魂師はこの世にさまよう霊に道を示す。導魂師は1度裁定すると2度と同じ霊を裁定出来なくなる。また霊は100年に1度しか導魂師の裁定を受けられない。それが規則となっている。そもそも死後にさまよってしまう霊は全体の僅かしかないのだが、その中で道を拒絶しさすらい続ける霊は更に少ない。多くは再生を願って天国の門をくぐる。だから、今回担当する霊はどれも死後100年以上経つ『訳あり』の霊と言う事になる。
「最近はこういうリストもコンピュータ管理とかになってね。ほら、僕のけーたいにファイルを転送してもらったんだよ」
男は真新しそうな携帯電話を内ポケットから取り出し、画面を見せる。
「この人はねー、ロシアとの戦争で死んじゃった人。こっちは関東大震災で亡くなった人だよ。で、こっちは生活が苦しくて山に捨てられちゃった人。昔は結構そういうのもあったんだよねー。この人は恋人に裏切られて自殺したんだ」
男は携帯画面もろくに見ず、スクロールするたびに現れる文字列へごく簡単な説明をする。
「やっぱりね、この世に留まるのって良くない事だと思うわけ、霊にも生きてる人にもね。だから、やる気があるならやってくれない? これが成功したら一人前って認定しちゃうからさ」
男はのんびりと言った。
「ただね、やっぱり理由があって留まってるわけだから、一筋縄じゃいかないよ」
似合わない笑顔を浮かべ男は言った。
****************************************対象となる霊の設定は自由です
難易度は高めです。けれど失敗を恐れずに〜
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◆◇過去と未来◇◆
ロシアとの戦争。それは歴史の授業でもあまり聞いた事がない。大概授業は、縄文式土器から始まって、幕末ぐらいで終わってしまうのだ。その教師がよほど詳しかったり、注目している事柄でなければ、受験用の知識しかない子供は大勢いた。
その人は今も軍服を着ていた。
「今度は君かね」
色のないその男は、しかし背筋をピンと伸ばし空き地に颯爽と立っていた。ここは男の生家があった場所だった。今はもう取り壊されて何もない。けれど、ずっと男はここにいた。100年前も、そして今も。男にとって2人目となる導魂師、冷泉院・蓮生は澄んだ瞳で男を見た。蓮生には軍服の知識は乏しい。だから、男の服装から階級や所属を推測する事は難しい。『最下級ではなさそうだが、そう高い位でもなさそう』と見立てるのが精一杯だった。
「そうだ。2度目ならもう俺が来たという意味がわかっているな」
既に1度、男は導魂師に会い門をくぐる事を拒否している。これが100年後に巡ってきた2度目の機会だった。男は答えない。
「私が戦死したのは旅順というところでした」
「りょ‥‥じゅん」
不意に黙っていた男が話し出した。蓮生には馴染みのない地名だ。ロシアっぽい名ではないから、日本のどこかなのだろうか? 胸の内の疑問が顔に表れていたのだろうか、男は少し笑って言葉を付け足す。
「朝鮮の遼東半島にある軍港があった場所です。ここにロシアの拠点があったのですが、開戦に先立ちまずここを確保しておかねばなりませんでした。あれは酷い戦いでした‥‥」
痛みを感じるかのように男は顔をしかめた。しかし、すぐに表情を変える。
「興味のない話ですね。昔の事です。今はもう誰も思い出したりしない。戦争といえば、その後の世界大戦を差すのでしょう。あれほど多くの将兵が彼の地で命を落としたというのに、時に埋もれてしまったのです」
男は追憶に浸っている様だった。その戦いでは6万の死傷者が出た。男はここで戦死をした。
「忘れられる事が辛いのか?」
そっと‥‥いつもより気を遣って蓮生は尋ねた。相手は真面目で生一本な男のようだ。武人であった事に誇りも持っている。徴兵されたのではなく、彼は職業軍人であった。そう、かつての日本人は武に生きる事を誉れとする者達がいた。それが良い事なのか、それとも実はあまり良くない事なのか蓮生には判断がつかない。集団としてみると、彼らは総じて話し合いではなく実力行使で物事を決する傾向がある。けれど、個人的には武人らは礼儀正しく、清廉な人柄を持つ者が多かった。勿論、例外はどこにでもある。
「その質問が手厳しい。未来のない私の様な亡者は過去に縛られている。忘れられると言う事は、過去が消えると言う事です。それを辛いと思わない者はいないのではないでしょうか?」
「未来はある。望めば未来は開けるだろう?」
男の視線が蓮生に向けられる。
「教えて欲しい。この100年。何を見たのか。そして何を感じてきたのか」
蓮生はしっかりと男の視線を受け止め、怯まずにそう尋ねた。過去に縛られながらの100年はどのような歳月なのだろう。それはどういう意味があるというのだろう。
「ここは私達の故郷です。母なる大地です。私達が命を賭けて守っても惜しくないと思った国です。私は‥‥私達が守った国をそっと見守っていたかった。この国がここに生きる人を守るように、今度は私が守っていたかったのです。けれど、それは無意味な事だったのでしょうか‥‥国はどんどん私の思いとはかけ離れてしまっている」
男は言葉が途切れた。風が吹く。東京都内ではあるが、ここは緑も多く山に近い。うっすらと花の香りがした。ここに来るまでの道で今を盛りと咲いていた梅花空木を不意に思い出す。穢れ無き白い花はこの男の心意気にもどこか通じるところがある。孤高とは美しいが、文字通り寂しいのではないだろうか。
「思い通りにならない事なんて、生きてたってそんな事ばっかりだ。意味のないことだってたくさんある。けど、意味があると自分が思えるなら、ちゃんと意味がある事なんだと俺は思う。‥‥うまく言えないけど、見守った事に意味が無くても、見守る事を出来たって思うなら、自分には意味がある事なんじゃないか? あ、なんか、意味わかりにくいかもしれない」
苛ついた様に蓮生は右手で髪を掻き上げる。もうちょっと上手に言葉を見つけて、話せば良いかも知れないが、自分には手に余る。この胸を開いて思いを見せてやる事が出来たら、どんなに手っ取り早いだろう。言葉に思いを変換するとき、いつも言葉の無力さを実感する。
「‥‥ありがとうございます」
男は律儀に礼を言った。その挙手はやはりきびきびとしている。蓮生は意を決した。
「もういいんじゃないのか? もうここで見守らなくても良いだろう。次の道を選んでも良い頃だと俺は思う。だから俺はあんたに門を提示する。魂を浄化して次を生きてみないか。あんたのためなら‥‥俺は門を創れると思う」
心からこの男のために門を開いてやれると思った。自分の中にその力が満ちてくるのがわかる。その力を細心の注意を払って細く糸の様に紡ぎ、黄金色の糸で空に門を描く。力は門を具象化させ、その男のためだけの門を創るだろう。
「‥‥いいえ。私は転生しません」
「な、なんだって?」
意外な言葉だった。蓮生は思わず聞き返してしまっていた。
「私はここにいたいのです。ここで野となり山となり‥‥いつか私自身も消え、そしてこの国の一部になりたいのです」
「そんな事‥‥できるのか?」
「わかりません。前の方も『わからない。それほど望むのなら門を越えて違う存在になれ』と言いました。けれど、私は私のままで‥‥そうなりたいのです」
晴れやかな笑顔だった。どうやら意志は固いらしい。そして、生半可な事ではこうまで思い定めた男の決意を変える事は出来ないだろうと思った。今の蓮生には説得するだけの切り札はない。
「いいのか。この機会を逃せば最低でもあと100年、このままになる。本当に‥‥それで後悔しないか? 俺はあんたとは何の縁もゆかりもない。けど、出来れば幸せになって貰いたい。これが本心なんだ」
「後悔はありません。今までもなかった。ですから、きっとこの先もないでしょう。本当に申し訳なく思いますが‥‥私をこのままここにいさせてください」
深く男は頭を下げた。何も言えなかった。言葉などもう見つからなかった。
梅花空木が咲いている。この先100年、あの男はこの山野でじっとこの国を見守っていくという。
「似てるな、やっぱり‥‥」
白い花が風に揺れた。あの男が照れて笑っているかのようだった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【3626/冷泉院・蓮生/導魂師・免許未取得/花の美少年】
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■ ライター通信 ■
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お待たせ致しました。東京怪談ゲームノベル、導魂師シリーズをお届けします。今回は軍人さんでした。悪い人ではなかったのですが、現状維持となりました。また、機会がありましたら挑戦してください。このたびはありがとうございました。
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