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■ファイル-3『恋心』■

朱園ハルヒ
【3093】【李・曙紅】【中華系マフィア構成員(逃亡中)】
「恋心を食っちまう、バクだってよ」
 槻哉のデスクにだらしなく体を預けながら、斎月はそう言った。
 投げかけられた言葉の先にいるのは、この司令室を訪れた者。心の一部を…削られたような感覚を持ち合わせながら。それが何か、解らずに。
「…貴方は今、『恋』を失ってはいませんか?」
 斎月の後ろから顔を見せたのは、槻哉だった。
 声をかけられた本人は、そう言われて自分の胸に手を置いてみた。
 …確かに、何かが欠けているような、そんな喪失感がある。
「バクってのは本来、悪夢を食うっていう空想上の生きモンだ。でもな、今お前が感じているように、『恋心』を食っちまう変りモンがいるってワケだ」
 そう、続けるのはナガレ。ひょい、と顔を出した早畝の肩の上に陣取り、こちらへと視線を投げかけてくる。
「貴方の失った『恋心』は、貴方が思い出さない限り…バクを見つけない限り、戻りません。…もう、お解りですよね」
 そういう槻哉はゆったりと微笑むと、静かに立ち上がった。
「僕らはこの仕事を請け負った人間…そして、貴方は当事者。さぁ、共に歩みたいメンバーを選んで、貴方の恋心を奪い返してください」
 槻哉の言葉が合図になり、斎月もナガレも早畝も、横並びで姿勢を正してみせる。
 これが、今回の依頼。
 
 恋心を失った貴方は…どうやって『恋』を思い出しますか?
ファイル-3『恋心』


「恋心を食っちまう、バクだってよ」
 槻哉のデスクにだらしなく体を預けながら、斎月はそう言った。
 投げかけられた言葉の先にいるのは、この司令室を訪れた者。心の一部を…削られたような感覚を持ち合わせながら。それが何か、解らずに。
「…貴方は今、『恋』を失ってはいませんか?」
 斎月の後ろから顔を見せたのは、槻哉だった。
 声をかけられた本人は、そう言われて自分の胸に手を置いてみた。
 …確かに、何かが欠けているような、そんな喪失感がある。
「バクってのは本来、悪夢を食うっていう空想上の生きモンだ。でもな、今お前が感じているように、『恋心』を食っちまう変りモンがいるってワケだ」
 そう、続けるのはナガレ。ひょい、と顔を出した早畝の肩の上に陣取り、こちらへと視線を投げかけてくる。
「貴方の失った『恋心』は、貴方が思い出さない限り…バクを見つけない限り、戻りません。…もう、お解りですよね」
 そういう槻哉はゆったりと微笑むと、静かに立ち上がった。
「僕らはこの仕事を請け負った人間…そして、貴方は当事者。さぁ、共に歩みたいメンバーを選んで、貴方の恋心を奪い返してください」
 槻哉の言葉が合図になり、斎月もナガレも早畝も、横並びで姿勢を正してみせる。
 これが、今回の依頼。
 
 恋心を失った貴方は…どうやって『恋』を思い出しますか?




 ぽつん、とソファに座って俯いているのは曙紅だった。
 以前に斎月から貰った連絡先を頼りに特捜部へと辿り着いてみれば、槻哉に突然心の一部を無くしていると宣言され、戸惑っているのだ。
「あいつとは顔見知りだ。ってわけで、今回も必然的に俺が動くことなるな」
 その曙紅の後ろで、親指を彼に指しながら槻哉に説明をしているのは斎月本人。曙紅と一緒の行動を取るということを、司令塔である槻哉に伝えている。
 その斎月の声に導かれるように、曙紅は顔を上げた。
 このメンバーの中で知っているのは斎月だけ。言ってしまえば、今頼れるのは彼のみと言う訳だ。
「……あー…名前は…聞かないほうがいいんだろうな…」
「…うん、駄目…?」
 斎月が声をかけると、心なしか安心したような面持ちで顔を上げた曙紅。少しだけ、以前より人間らしい仕草をするようになったと、斎月は思った。
 曙紅は相変わらず、斎月に名を告げようとはしない。
 だから斎月も、深入りはしない。
「…解った。でもなぁ、名前無いと不便だな…。なんか全身真っ黒だし、『クロ』とでも呼ぶか」
「……斎月、安直すぎ」
 傍で会話を聞いていた早畝が、かっくりと頭を落としながらツッコミを入れる。普段お馬鹿そうにしている彼でも、安直な言動くらいは見分けや聞き分けが出来るようだ。
「うるせぇな、『チビ』よかマシだろ」
「…………………」
 もっとまともな名を考えられないものなのか。早畝はネーミングセンスの無い斎月に、溜息を吐いてみせる。
 ちなみに『チビ』は第二候補らしかった。曙紅が斎月より背が小さい事から思いついたのだろう。ちなみに斎月の身長は185cmある。
 当の本人である曙紅はと言うと、あまり意味が解っていないのか小首を傾げて黙ったままでいる。
「……仮の名前、だ。嫌か?」
「…別に…なんでも…」
 曙紅の反応は小さい。日本人ではないと言うこともあるが、過去にその身に受けてきた数々の経験上は、仕方の無いことだ。これでも彼は、大きな闇の組織に追われている身なのだ。
「じゃ、出るか。そのほうがお前も落ち着くだろ」
「……………」
 斎月の言葉に、曙紅はこくりと頷くと、ゆっくりと立ち上がる。
 槻哉に目配せで行動に移ることを知らせた斎月は、そのまま曙紅を連れて、司令室を後にした。


「心を食べる、バク……コイゴコロ…?」
 斎月の隣を歩く曙紅が、独り言をぽつぽつ、と呟いている。
 置かれている状況下、人に依存をすると言うことがあまり無いためなのか、『恋心』と言われても良くわからないらしい。
「失くした物を思い出せってもなぁ、ちょっと難しいよな」
「…でも、穴が空いた感じ、このままなの、落ち着かない……。だから斎月、お願いします」
 曙紅はそこまで言うと、斎月にゆっくりと頭を下げた。
 自分の無くした心のカケラを取り戻すことに、斎月の助けが必要だと言いたいのだろう。もとより、その為に斎月が彼と行動をともにしているのだが。
「まぁ…見つけるまで付き合うさ。これが俺の仕事だ」
 その曙紅に対して、斎月は返す言葉に困ったようだ。頭をぽり、と掻きながら明後日の方角へと視線を移しながら、そんな返事をする。頭を下げられる、という事に慣れていないらしい。
「……カタチ、無い物探す言っても……それに…」
 頭を上げてから、曙紅はまた考えるしぐさをして口を開く。
「うん?」
 そこで曙紅に見上げられた斎月は、気を取り直して普段どおりに聞き返した。
「…斎月、コイって何?」
「…………あー……」
 根本的なものを知らないという現実を突きつけられ、斎月は右手で額を押さえる。
 おそらくそういう感情は知らなくとも、愛情から生まれるはずの『行動』だけは知っているのだろうが。
「…んー…そう、だなぁ…恋、恋…。一言に『好き』って言ってもなぁ…解るもんじゃねーし」
 曙紅は斎月を見上げて不思議そうな顔をしている。
「…俺と真似事でもしてみるか?」
 説明しにくい問題でもあるために、斎月は言葉につまりそんな事を口にする。もちろん、半分以上は冗談だ。
「でーと、する、良いけど…?」
 曙紅のその返事に、斎月は一瞬目を丸くした。
 すると曙紅は斎月の顔を覗き込んで小さく笑う。
「…ヘンな、顔」
「………そうかよ…」
 『恋』という物がなんたるかを知らなくとも『デート』と言う言葉は知っている。彼は何処で誰に、そしてどのように日本語を学んだのだろうか。
 斎月は曙紅の言葉にかくり、と頭を落として脱力してみせた。
「…………………」
 そんな斎月をよそに、曙紅はあたりの気配を読み始める。
 普段から追っ手に狙われている身だ。いつ襲われてもおかしくはない。だが曙紅は、逆に目立つ行動を取ろうとする。
 そうすることで、組織の情報を直接得ようとしているのだ。皮肉にも組織の人間によって身体に植えつけられた暗殺術のおかげで、追っ手に捕まることはあっても連行される事なく、今まですり抜けてこられているのだ。
「……釣れる、かも」
「何が?」
 ぽつり、と零した独り言。
 だがそれは、隣にいた斎月にはきちんと届いていたようだ。
 煙草を咥えた彼が、そう尋ねてくる。
「………知らないほうが、いい」
 曙紅は冷静なままで静かにそう答えた。もとより感情の起伏が乏しい彼には、慌てるという行動があまりないのかもしれない。
「ま、いいか。ほら、行くぞクロ」
 斎月はごく自然に、曙紅の手を取る。
 そして彼の返事を待たずに、そのまま先を進んだ。
 何処を進むのか、斎月にもわからない。今回の犯人は曙紅が恋心を思い出さない限りは姿を見せないからだ。
 闇雲に歩くことになるが、黙ってじっとしているのは彼の性分には合わない。
 それに『でーと』と曙紅が言ったのだ。行動を起こさなくては意味もない。近道になるようなことは、出来る限りしてやりたいと、斎月は考えているのらしい。
「なんか…場違い、みたい」
「それを言うなら『不釣合い』のほうがいいだろ。
 …そう言やお前、今も高架下とか、そーゆうとこで寝起きしてんのか?」
 以前曙紅と出会った時は、彼は野宿をしていると言っていた。平気だと言っていたから大丈夫だろうとは思ってはいたが、それでも斎月は記憶の端で、曙紅を気にかけていたのだ。
「…ん、今は…橋の下、違う。色々あって、殺されても文句無い事したのに放り出さない変な人の所、居候してる」
「なんだそりゃ。…でも、そっか。なら安心した。よかったな」
 斎月は肩越しに振り返り、そう言う。
 問いに答えたときの曙紅の表情が、僅かに和らいだのを確認したせいか、こちらまで顔が緩んでしまう。
「良いこと…なの、か…」
 斎月に手を引かれたまま、曙紅はまた独り言のように言葉を漏らした。一瞬、瞳が潤んだような、そんな柔らかい雰囲気を見せたのは、見間違いではない。
「……なんだ、じゃあその宿主を俺に見立ててみるか?」
 曙紅のその変化に、斎月は足を止めて振り向いた。これが近道かもしれない、と思ったからだ。
「………………」
 曙紅は斎月を見上げた。見つめたままで、表情を動かそうとしない。宿主と斎月を、重ねているのだろう。そのように仕向けたのは斎月だ。
「………、傍に…そこに居ると、暖かくなる様な…気がする」
「…ふぅん?」
 斎月は、曙紅の言葉に、に、と笑う。
「それで? そいつは優しいか?」
「…ヒトは嫌いだって、言うけど、僕には…」
「へぇ、違うんだ?」
 斎月がそう問うと、曙紅は素直にこくりと頷く。
 アタリだ、と思った。
 それから斎月は、曙紅の手を再び引き、彼を歩かせる。喧騒から、人ごみから離れて、路地を選ぶ。
「…斎月?」
「ん? 続きはないのか」
 曙紅が首をかしげた。
 それでも斎月は笑ったまま、彼に続きを促す。
「………無愛想、いつも、怒ってるみたいな…でも、なんか…ヘン。
 僕には、やらなくちゃいけないこと、ある。だけど…それが、遠くなっていく。あの人の傍にいると、ヘン」
「そっか…」
 冷たいコンクリートに背を預けていた斎月が、曙紅の頭を撫でた。
「……在っちゃ、いけないのに」
 ぽつり、と。
 曙紅は視線を落としながら、そう言う。
 そのヘンな感情が、これ以上育ってはいけないのだと、いいたいのだろう。…もう、引き返せない想いなのに。
「クロ」
 俯いたままの曙紅に、斎月は声をかける。
 すると彼はゆっくりと顔を上げた。少しだけ、頬が赤くなっているような気がする。
「……――解ったか? お前のその感情が、『恋心』だ」
「…………!」
 斎月に言い当てられ、曙紅は瞳を見開いた。
 そしてその瞬間、彼の中で何かが、弾け飛んだような気がした。
「…これ、が…?」
 初めて見せる、表情だった。
 斎月は何故か、その曙紅の表情が嬉しくて、小さく笑ってしまう。
「…――と、おでましか」
 ふと視線を足元にやれば、じわじわと広がっていくものがあった。
 『答え』は出たのだ。後はその場で、待つだけでいい。
 心のカケラを食べた、バクを。
 曙紅も気配に気がついたのか、一度は崩した表情を元に戻してしまう。
 そして二人の前に現れたのは、犯人らしき影だった。ヒトでもなければ、動物の類でもない。どうやら、実体はないようだ。
「……あんたが、バク…?」
 一歩、最初に足を向けたのは曙紅。斎月も、それに続く。
 戦意や、禍々しいものは感じられない。どちらかといえば、暖かい感じだ。
「欠けたまま、困る。…落ち着かない。食べたの、返して」
 曙紅は迷うことなく、バクへと手を差し出した。彼の先ほどの状態を見ている限りは、戻ったときが大変だろうなと思いつつも、斎月は口を出さない。
 バクは曙紅を見つめた。否、実際は目のようなものもないのだが、そう感じるのだ。

 ――……。

「……え……」
 曙紅の瞳が、一瞬だけ揺らいだ。
 それに気がついた斎月が、彼を覗き込む。
「どうした?」
「………大事にしろ、って」
 斎月には聞こえなかった言葉。
 バクの言葉だったのだろうか、曙紅にだけ伝わったものらしい。
 その想いを、大切に――。
 バクは訴えたかったのだろうか、人を愛するという感情を、軽んじてはいけないと。無駄な感情は何一つないのだと言うことを。
「……………………」
 言葉が見つからずに黙ったままでいると、バクは曙紅から離れていく。
 おそらく、彼に盗み取った心の一部を返したのだろう。
「……ん、穴が空いた感じ、消えた」
 そう言いながら自分の胸に手を当てる曙紅。
 その様子にほっとしていると、バクは静かに姿を消して行く。害は無いだろうと判断した斎月は、その存在をこれ以上追おうとは思わなかった。
「でも……どうしよう、顔会わせるの……変に、意識しそう…」
 じわじわと広がっていく感情。
 失くす前より、ハッキリとした姿を見せた想いに、曙紅は戸惑いを見せた。
「…クロのその想いは、これからもっと、大きなものに変わっていくんだろうな。……大事に、しろよ」
 斎月は微笑みながら、曙紅の頭を撫でてやる。
 よく見れば、彼の頬はまた少しだけ赤くなっている。それすらも何だか愛しいと思えてしまう斎月は、笑顔を崩すことは無かった。
 そしてバクが完全に姿を消した後は、二人はまた元にいた場へと戻される。
 耳に届くのは、遠くの喧騒だ。
「……戻ったな」
 斎月が辺りを見回す。
 もう完全に、解放されたといってもいいだろう。
 曙紅はこれから先、変わっていくだろう。変えていく存在が、いるのだから。斎月はその変わっていくさまを、見ていたいとさえ、思えてしまう。
「さてと、これでもう大丈夫だぜ。このまま解散すっか? 特捜に戻っても落ちつかねーだろ、クロは」
 斎月がそう言うと、曙紅は小さく頷いた。
 まだ、明るい場所には慣れないらしい。
「なんか問題抱えたら、いつでも来い。俺たちはどんな時でも協力するからな」
「……うん、ありがと…」
 未だに戸惑いを隠しきれないでいる曙紅だが、これは仕方の無いこと。
 これから先は、彼と彼の宿主での、問題だ。
「じゃあ、俺は戻るぜ。お前も早く戻ってやれ」
「ん…」
 斎月は一歩、その場から離れた。
 曙紅は斎月を見送るのか、まだ動こうとしない。
「またな」
 軽く、手を振る。
 曙紅はまた、小さく頷いた。
 斎月は、ふ、と笑いながら歩みを進める。

 また、どこか出会えることもあるだろう。その時には、また変化があるかもしれない。
 斎月はそれを楽しみにしながら、特捜部へと戻っていく。
 曙紅は、彼の姿が見えなくなってからやっと動き出し、喧騒の中へと姿を消すのだった。



 -了-


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            登場人物 
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【整理番号 : PC名 : 性別 : 年齢 : 職業】

【3093 : 李・曙紅 : 男性 : 17歳 : 中華系マフィア構成員】

【NPC : 斎月】

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           ライター通信           
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 ライターの朱園です。今回は『ファイル-3』へのご参加、ありがとうございました。

 李・曙紅さま
 ご参加有難うございます。またお会いできて嬉しかったです(^^)
 今回はネタがネタなだけに、曙紅くんも困ってしまったようですね…取り戻せたことによって、これから心境の変化も大きくあることでしょう。
 変化された彼を、見てみたいと思ってしまいました(^^)
 恋心を思い出すまでの間、少しだけ脚色する形になってしまったのですが、イメージと違っていたらすみません。
 それと、斎月が曙紅くんを適当な名で呼んでしまったことも、気分を害してしまったら申し訳ありません(汗
 それでも、少しでも楽しんでいただけましたら、幸いに思います。

 ご感想など、お聞かせくださると嬉しいです。今後の参考にさせていただきます。
 今回は本当に有難うございました。

 ※誤字脱字が有りました場合、申し訳有りません。

 朱園 ハルヒ。