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■Calling 〜小噺・暇〜■

ともやいずみ
【2734】【赤羽根・希】【大学生/仕置き人】
 たまにはこんな日があってもいいんじゃないだろうか。
 戦いで傷ついてばかりのあなたに、せめてもの休息を。
 だって……全てを封じてしまったら、もう会えないかもしれない……。
 せめてこのひと時……あなたと一緒に……。
Calling 〜小噺・暇〜



 赤羽根希は眉根を寄せていた。
(……声、かけても嫌そうな顔しなくなった)
 空を見上げる。
(信頼……してくれてるっぽいし)
 とっても、それは嬉しいことで。
(でも)
 でも。
 希は視線をさげ、地面を見つめる。
(あたし……和彦くんのこと、なんにも知らない)
 家がどことか……その他もろもろ。
 それって、なんか……どうなのかな。
 目の前に誰かが立つ。足音には気づいていた。
 黒いスニーカーが視界に入って、希は顔をあげる。
「か、和彦くんっ!」
「やあ」
 笑顔で言われて希は頬を赤らめて呆然とした。
 やあ? あの和彦が「やあ」だって???
「珍しいな、希さんがこんなところにいるのは」
「それはこっちのセリフ!」
 希は、両手を大きく広げる。
「こーんなところに和彦くんが来るほうが珍しいって」
「そうかな」
「そうよ!」
 だってここはバス停だ。彼がバスを利用するところなど、見たことがない。
 和彦は平然とした顔で言う。
「偶然だ。見かけたからここまで来た」
「な、なんか変な言い回し……」
「気にするな。ところで、学校帰りか?」
「え? ううん。せっかく今日は授業ないし、どっかブラブラしようと思って」
 考えたくないからだ、と希は心の中で思う。
 気づきたくないことに、気づかないふりをしているほうが……楽だから。
「ねえねえ! 和彦くん、暇?」
「暇……? ああ……うん。特に用事はないな」
「じゃあさ! あたしとどっか行かない? ストレス発散しちゃえるとこ!」
「……ストレス?」
 きょとんとする和彦は、意味がわかっていないように軽く首を傾げた。
「カラオケとか、ボーリングでもいいし。ゲーセンもOKよ。ダンレボとかすれば、まあスッキリするかな」
「…………」
 眉間に皺を寄せる和彦に気づかず、希は彼の手を引っ張る。
「ね、じゃあゲーセン行こう! ほら、やっぱ暇潰しってあそこに限るっていうか。まあ和彦くんの美声も聞きたいけど」
「…………」
 歩き出す希を不思議そうに見遣り、和彦はこっそり溜息をついたのだった。



「ねえねえ、和彦くんどれにする?」
 曲を選ぶ希の後ろからゲームの画面を覗き込む和彦は、ぼそりと呟く。
「俺は……ゲームをしたことがない」
「え?」
「だから、ゲームをしたことがない」
 唖然として和彦を振り返る希に、和彦はすまなそうな顔をしている。ああ、やっちゃった。
「ご、ごめんね。その、楽しめると思って」
「いや、気にするな」
「でもやってみれば案外ハマるかも」
「見ていれば、まあ……どうやるかはわかるとは思うが……」
 表情が暗い。
 怪訝そうにする希に、彼は小さく言う。
「その……身体能力は常人より上だから、不審に思われる」
 はっ、として希は目を見開いた。和彦の表情が暗い理由に気づいたのである。
 シューティングをしても、格闘ゲームをしても……その異様さが浮き彫りにされてしまう。きっと。
「凄い」という言葉じゃ、すまなくなる。
「あ、じゃあカラオケにする?」
「からおけ?」
「歌をうたうの」
 説明する希を見て、和彦は首を横に振った。
「あまり歌は知らないから」
「…………」
 ドツボだ。
 どうすればいいんだろう。
 希はしょんぼりと肩を落とした。
 楽しんで欲しいのに。笑顔でいてほしいのに。ただそれだけなのに…………こんなにも、難しい。
「ごめん」
 和彦の言葉に希は顔をあげる。
「不甲斐なくて……ごめん。つまらなくて、すまない」
「そんなことないわよ!」
「やっぱり……俺は劣っているな」
 苦笑する和彦に、希は鼻の奥がつんと痛くなった。
(どうして)
 どうして和彦がこれほど苦労しなければいけないんだろう。普通の人のように、過ごせないんだろう。
「希さん?」
「なんでもないっ」
 バッと顔をあげて希はにかっと笑ってみせた。
「じゃあ、和彦くんって普段どうしてるの?」
「は?」



 で。
 結局。
「ふーん」
 和彦はバットを片手にしている。
(バッティングセンター……。色気がぜーんぜん……ないわね)
 内心フフフと変な笑いを洩らしつつ、希は和彦に説明した。
「じゃ、球が出てくるからそれで振ってね」
「野球か」
「あれ? 知ってるの?」
「……知ってる。ルールは」
「ルール?」
「……体育の授業でやったから」
 不似合いな言葉に希が目を剥く。
 体育? あの和彦が???
「体育って、和彦くんが?」
「そりゃ、時々だが学校には行ってたから」
 想像できない。ジャージ姿で野球をする……和彦が。
 呆然としている希の眼前で、手を軽く振る和彦。
「おい、大丈夫か……?」
「うあっと! ごめんごめん。ちょっとボーっとしちゃった」
「で? 出てくる球を打てばいいのか?」
「そうそう」
 外で大きく頷く希の前で、再度「ふーん」と呟いて和彦はバットを構えた。いや、それは構えとはちょっと違う。
 腰を曲げていない。直立している和彦は肩にバットを担いでいるだけだ。
 球が放たれる。
 と。
 ぶん、と和彦がバットを振った。無造作に。
 風が希の髪を一気に乱れさせる。
 妙に重い音がして球が打ち返された。ホームランの看板には届かない。一直線に、球を打ち出した機械に打ち返されたのだ。
 いや、その真横を通る。
 網を突き破って後ろに直撃した球は……そのまま破裂した。
「破裂したが……」
 振り向いて希に言う和彦。希は青ざめて顔を引きつらせた。
「和彦くん、も、もうちょっと力落として……」
「えっ? これでもダメなのか?」
「これでもって……」
「わ、わかった。じゃあもう少し……」
 ぶつぶつ言いつつ前に向き直る和彦は、また先ほどと同じようにバットを担ぐ。
「和彦くん担いじゃダメだってばあ。こう、構えて」
「そんな無駄だらけの構えをしろと?」
「野球もそのポーズでやってたの?」
「そうだが?」
 これでは……クラスでもかなり浮いていたに違いない。
「ほっ」
 かなり軽い掛け声でバットを振る。今度はバットのほうが後ろに押され、和彦のほうがフラついた。
「……これでは弱すぎるということか」
 むむ、と眉間に皺を寄せる和彦は再度構える。希はその様子を見つめてぷっと吹き出す。
(なあんだ。和彦くんも、やっぱり高校生なんだ)
「ガンバレー! 和彦くんホームラン狙ってよ!」
 応援する希の声に、和彦はぴくりと反応するが振り向かない。
「ねえねえ、和彦くんの学校はどんな感じ?」
「どんなって……普通だ。それに、あまり行ってないし」
 バットを振る和彦は「ひゅっ」と息を吐いて綺麗に球に当てる。だが今度は強すぎた。
「……うーん。難しい。希さん、交代しよう」
「え? もういいの?」
「俺ばかりやっていたらダメだろう?」
 和彦と入れ代わった希は苦笑して構える。
(うーん、まあスポーツは嫌いじゃないけど……こうも後ろからじっと見られてると恥ずかしいというか)
 腕組みして希を見ている和彦の視線を、ありありと感じてしまう。ちょっと怖い。
「たあっ」
 掛け声と共にぱかんと打つ希。ボールはホームランの看板にぶち当たった。
「うわっ。やった! ねえ和彦くんホームラン!」
 振り向くと和彦はぽかんとした顔だったがすぐに拍手する。
「すごい。俺には難しくて無理だったのに」
「えへへ。どんなもんだい」
 胸を張る希であった。

 結局和彦はまともに打てなかった。どうやっても力を込めすぎたり、抜きすぎたりする。
「体育の時はとにかく打てばよかったからな……」
 とうとう最後は片手で振っていたのを思い出し、希は思い出し笑いを唇に浮かべてしまうが笑い出すのは我慢した。
「あー、でもおなかすいた! ねえどこ行く? やっぱり手軽に食べれるとこかな」
「手軽?」
「んじゃ、ファーストフード店にレッツゴー!」
 ぐいぐい引っ張る希に、和彦は文句一つ言わない。それどころか、「はいはい」と苦笑していたのだ。
「はいはいって、なんかあたしより和彦くんのほうが年上みたいじゃないのー」
「年は下でも身長は上だがな」
「言ったわねえ! 気にしてるのにっ」
「えっ。気にしてたのか? 小さくてかわいいのに」
 ぎょっとする希の前で、しまったとばかりに和彦が己の口を手で覆う。
「え……? なに?」
「いや、失言だった。身長で可愛いと褒めてはいけないよな」
「…………」
 かわいい? だれが?
 唖然とする希は、顔を赤くする。聞き間違いなんかじゃない。彼は確かに言った。
 いつもは身長を気にするのに、今日だけは……感謝する。
「そ、そういう和彦くんも、とっても男前よ」
「へ?」
 間抜けな声を出す和彦は頬を染めて後頭部を掻く。予想外の反応であった。
(て、てっきり「そうか?」とか言うと思ったのに……)
「男前と言われたのは初めてだ……」
「や、やあねえ! 誰も言ってくれないの?」
 大声で誤魔化す希を見て、こくりと頷く。なんとも素直な態度だ。
「そういう評価はされたことがない」
「ど、どういう評価はされたことがあるの?」
 恐る恐る尋ねる希の前で首を傾げ、挙げていく。
「そうだなぁ……。変人とか、無表情とか、怖いとか、暗いとか……」
「ええーっ! なんで怒らないのよ和彦くん!」
「怒る? どうして?」
「ああもう! 和彦くんが怒らないなら、わたしが代わりに怒ったげるわ! そんなこと言うヤツなんて、グーで殴ってもいいくらいよ!」
「…………」
 途端、ぶはっと吹き出して和彦が爆笑した。腹部をおさえて笑う和彦は、言う。
「そうだな。うん。それがいいかもしれない。怒れない俺の代わりに、ぜひとも怒ってくれ」
「ちょ、笑いながら言わないでよ。こっちは本気の本気で……」
「ああ」
 笑いを終え、和彦は真っ直ぐ希を見つめる。とても澄んだ瞳だ。いつもの、どこか闇を孕んだ目ではない。
「俺も本気だ。うーん……希さんがいれば、遠逆家に戻ってもなんか……暗くならない感じがするな」
「呼ばれれば行ってあげるわよ!」
「ははは! じゃあ、機会があればな。おっと、目的の店はあそこだろ」
「冗談で言ってないって!」
「わかってるって」
 和彦が希の手を引っ張る。
「ほらほら、早く行こう」
 握られた手を見てから、希は和彦を見遣った。
(嘘じゃないって。和彦くんが呼べば……どこにだって駆けつける……絶対に!)
 けれど口には出さない。きっといつか、その心は伝わる。きっといつか――――!



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【2734/赤羽根・希(あかばね・のぞみ)/女/21/大学生・仕置き人】

NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、赤羽根様。ライターのともやいずみです。
 今回はさらに親密度があがった感じで書かせていただきましたが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!