■Calling 〜小噺・暇〜■
ともやいずみ |
【4929】【日向・久那斗】【旅人の道導】 |
たまにはこんな日があってもいいんじゃないだろうか。
戦いで傷ついてばかりのあなたに、せめてもの休息を。
だって……全てを封じてしまったら、もう会えないかもしれない……。
せめてこのひと時……あなたと一緒に……。
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Calling 〜小噺・暇〜
日向久那斗は、衣服の裾をきゅっと握る。ただし、以前より持つ度合いは少なくなっているようだ。それはそうだろう。いつものスカートではないからだ。
握られている相手――遠逆月乃は、眉根を寄せて久那斗を見下ろしている。
普段着の月乃は、残念ながらズボン姿であった。
「……あの、よくわかりません」
困ったように言う月乃の意見はもっともだ。説明している久那斗の言葉では、正直わからない。
「人……笑う……たくさん。もの……たくさん……」
「うーん……それはなんでしょう? 繁華街?」
「違う」
「ええっと、ではデパート?」
「違う」
泣きそうになる久那斗に気づいてぎょっとする月乃はきょろきょろと辺りを見回す。とはいえ、こんな誰も居ない小さな公園には……もちろん誰もいないのだ。
「たくさん……光る……すごいスピード……くるくる回転……」
「???」
頭の上に疑問符を浮かべる月乃は困ってしまい、嘆息した。
「なんだか妖魔を想像してしまいます……私」
ぐるぐる回ってやって来る妙ちきりんな妖魔を想像して月乃はげんなりする。
久那斗としても、月乃に通じないのではどうすればいいのか……。
(月乃……わからない……。困る……)
落ちている木の枝に気づき、それを拾う。屈んで地面にがりがりと絵を描く久那斗に気づき、月乃も屈んだ。
「ぐるぐる……」
傘のようなものの下には馬みたいなもの。
「落ちる……すごいスピード」
トロッコのようなものが、はしごのようなものの上にある。
月乃はそれを眺めていて、やがて合点がいったようにポンと掌を打った。
「遊園地ですか!」
「ゆうえんち?」
「たくさん遊ぶ場所があるところですよ。家族や恋人とか、友達で行くことが多いみたいですね」
「あそぶ……たくさん?」
だからあんなに楽しそうだったんだ。
そう納得して、久那斗は月乃の上着を引っ張った。
「ふ、服が伸びます……久那斗さん」
「行きたい」
「は?」
「遊園地……行きたい」
「…………」
しーん、と静まり返る。
月乃はすっくと立ち上がった。
「行きたいと言われても……私も仕事以外では行ったことないんですけど」
「月乃……いきたい?」
「いえ……ですから、私は遊んだ経験がないので……」
そう言ってから、月乃ははたとしたようだ。
苦笑してしまう。
「いい機会ですから……まあ、ご一緒してもいいですよ?」
ぱあっと笑顔になる久那斗は、何度も何度も頷く。
「こうやって息抜きをするのも……最後かもしれませんしね」
小さな小さな月乃の呟きに、久那斗は気づかなかった…………。
*
「そういえば、遊園地は入場料がいるんでしたっけ」
二人で遊園地の前まで来てから、月乃は気づく。
彼女は持っていた巾着袋からがま口財布を取り出して軽く上下に振った。小銭の音がする。
「うーん……私はそんなに裕福ではないので、困りましたね」
「……月乃……」
くいくいとズボンの裾を引っ張る久那斗。
目の前……あと少しのところで目的の場所なのに。月乃と久那斗の横を通り過ぎていくカップルや家族連れを、久那斗はきょろきょろと見遣る。
財布を開けて中を確認している月乃は、ぱちんと閉じる。
「困りましたねぇ」
「月乃……貧乏?」
「ええ。私は貧乏です」
すっぱり言う月乃は肩を落として溜息一つ。
では、中に入れないのだろうか? ここまで来たのに。
しょんぼりする久那斗であったが、月乃に頼ってもできないこととできることがある。今回はできないことだ。
久那斗は一文無し。月乃は必要最低限のお金しか持っていない。これでは園内に入れない。
「仕事の時は表から入らなかったですしね」
「仕事……?」
「妖魔退治をする時に遊園地には入ったんですよ。とは言っても……夜中でしたが」
「…………」
「とりあえず……気分だけでも味わいますか」
「?」
「この門をくぐって中に入るだけは、無料です。あちらの大きな門はくぐれませんけどね」
苦笑する月乃が手を差し出した。
久那斗はその手を、握り締める。
「おめでとうございまーす!」
クラッカーが鳴らされた。
唖然とする月乃と久那斗。
「お客様は記念すべき100万人目となります!」
笑顔満面の女性が拍手する。周囲にいた従業員たちもわーっと拍手した。
というわけで。
無料で園内に入った月乃は苦笑した。
二人一組無料券。なんでも乗り放題。
「うーん……なんだか誰かの策略なのかと疑いたくなりますねぇ」
「月乃……行こう」
服を引っ張る久那斗に、彼女は頷く。
「あれ」
久那斗が指差した方向にはジェットコースターがあった。そちらを見遣り、月乃はたいして関心のなさそうな顔で言う。
「あれに乗りたいんですか?」
こくりと頷く久那斗。
楽しそう。とっても、とっても。
「……まあいいですけど」
表情が少しだけ曇る月乃に、久那斗は不思議そうな顔をする。
「月乃?」
「行きましょうか」
二人は歩き出した。
月乃にとって遊園地というのは、縁のない場所なのである。人が多い。とにかく。
こういうところのほうが、よくないものが寄ってくるのだ。
ジェットコースターの並ぶ列まで来て、月乃は「あ」と小さく洩らす。
「身長制限されてますね」
ここから下の身長の者は乗ってはいけない、というやつだ。久那斗はきょとんとする。
久那斗の頭の上で手をひらひらさせて、うーんと考える。
「ちょっと身長が足りないですね」
「???」
「久那斗さんの身長では、乗れないんですよ、これ」
月乃の言葉にガーン! とショックを受ける久那斗。視線を悲鳴があがるジェットコースターに向けた。
乗れない? ほんとに?
しょんぼりと肩を落とす久那斗に気づき、月乃は慌てる。
「ああっ、す、すみませんっ。楽しみにしてたのに…………」
「…………」
はあ、と大きく息をついて月乃は頬を掻く。
「本当にごめんなさい。私はどうにも……無神経なところがありますので」
「月乃……?」
「他人と長く居ることがないので…………ごめんなさい」
乗れない自分よりも、月乃のほうが泣きそうな顔をしている。久那斗は軽く目を見開いてから、ぶんぶんと首を左右に振った。
「いい……あきらめる」
「ほかに何か乗りたいものとかありますか? とはいえ……久那斗さんの身長ではやはり制限されているでしょうけど」
「あれ」
指差した先はメリーゴーランド。月乃は少し目を開く。
「め、メリーゴーランド……?」
「?」
「あ……いえ。仕事の時に……ちょっとありまして、ね」
誤魔化すように笑う月乃は、久那斗の手を引いた。
馬に乗る久那斗を、月乃は外で眺めている。久那斗が手を振ると、彼女は軽く手を挙げてくれた。
月乃も乗ればいいのにと思ってしまうが、こうやって通るたびに手を挙げてくれるのでまあいいかとも思ってしまう。
メリーゴーランドを利用しているのは子供ばかりだ。外にいるのはその親だろう。
(月乃……)
久那斗は注意深く月乃を見た。久那斗の視線に気づくと月乃はすぐに反応する。隠れて見るのは難しい。
だが、たった一瞬。
月乃が嘆息したのが目に入った。ほんの一秒くらいの、ふっ、とだけ吐き出すものだったが。
(楽しく……ない……?)
ここはみんなが笑うところじゃないの? 楽しいところじゃないの?
不思議になる久那斗だった。
「月乃、楽しくない?」
観覧車に乗っている時に、久那斗は思い切って訊いてみた。
オバケ屋敷に入っても、月乃は怖がる素振りすらなかったのである。久那斗は暗すぎてきょろきょろしていたが。
終始笑顔でいるわけではなかったので、久那斗は彼女の心の内を訊いてみたかったのだ。
前の席に座る月乃はきょとんとしてからぷっと吹き出す。
「楽しいですよ?」
「…………」
疑り深そうに見てくる久那斗の前で、月乃は苦笑した。
「嘘じゃないですよ」
「でも……月乃、笑わない」
ぎくりとしたように月乃が動きを一瞬止める。それからややあって皮肉っぽく笑ってみせた。
「慣れてないだけなんですよ。誰かと長時間一緒にいることなんて、なかったもので」
「?」
「遠逆は、誰かと組んだりしないんです。だからかも……しれないですね」
「月乃?」
「一人でいることに慣れていますからね、私は」
「…………」
「そういう久那斗さんは、楽しくないんですか?」
首を横に振った。
「でしょう? 私も一緒ですよ」
「でも」
「うーん……私たちって、もしかして姉弟みたいに見えているかもしれないですね」
唐突に言い出した月乃を、久那斗は目をぱちくりとさせて見る。
「久那斗さんがもう少し大きければ……恋人ですか。ふふっ。考えられないことですけど」
想像して笑う月乃。なにがおかしいのか久那斗にはわからない。
「久那斗さんくらいの……見た目のお年ですと……」
ふいに考えて月乃は言う。
「『久那斗くん』なんですかね、普通は」
「…………」
ぱちぱち、と瞬きする久那斗。
月乃は不安そうに眉根を寄せる。
「……あの、その呼び方嫌ですか?」
「嫌じゃない」
「良かった」
にっこり笑う月乃。
「私、一人っ子なんです。なので、ちょっと嬉しい……かな」
口調が崩れた月乃に久那斗は気づいた。照れ笑いをしている月乃は、眼下の景色を見つめる。
「もうすぐ……東京ともお別れなんですね」
「おわかれ?」
「はい。憑物封印はもうすぐ終わりますからね」
「終わる……?」
それは、とても重要なことのような気がする。
終わりという言葉は、久那斗の心にどすんと重く響いた。
「はい。実家に帰ります」
「帰る……」
かえる? もう会えない?
久那斗は顔を俯かせてその言葉を反芻する。
目の前の月乃は笑顔だ。穏やかで、とても……。
「どうしました? 久那斗くん」
「え?」
顔をあげると、すぐ近くに月乃の顔があった。
「どこか気分でも悪いんですか? 高いところは苦手とか?」
「…………」
久那斗は月乃の衣服の裾を小さく握る。皺になるほど強く。
――――強く。
「久那斗……くん?」
「月乃……楽しい……良かった……」
「え?」
きょとんとする月乃に、久那斗は微笑みかけた。
やはりここは楽しい場所なのだ。
楽しくて、みんなが微笑むところ。
だから。
どうか。
(月乃……もっと)
笑ってください。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【4929/日向・久那斗(ひゅうが・くなと)/男/999/旅人の道導】
NPC
【遠逆・月乃(とおさか・つきの)/女/17/高校生+退魔士】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、日向様。ライターのともやいずみです。
少しずつ距離を縮めている感じとして書かせていただきましたが、いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
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