■Calling 〜小噺・暇〜■
ともやいずみ |
【0413】【神崎・美桜】【高校生】 |
たまにはこんな日があってもいいんじゃないだろうか。
戦いで傷ついてばかりのあなたに、せめてもの休息を。
だって……全てを封じてしまったら、もう会えないかもしれない……。
せめてこのひと時……あなたと一緒に……。
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Calling 〜小噺・暇〜
神崎美桜は小さなメモに書かれた地図を片手に歩いていた。
メモを見つめ、それから目的地に着いたと気づく。
兄に電話で言われてやってきたこの場所は、人の気配があまりない場所だ。周辺の家も、音すらしない。
近くにある古いアパートが、メモに記された場所。
(……?)
美桜はその二階へと進む。古びた外付けの階段は、今にも崩れ落ちそうで危ない。
奥から二番目のドアの前で足を止める。ここに誰がいるのか美桜は知らない。兄は小さく笑って「いいから行ってみろ」としか言わなかったのだ。
兄の友人だろうか?
コンコンと、控えめにノックをする。しかし返答はない。
しん……とした中、美桜は不安になってくる。ここに本当に人が住んでいるのだろうか? こんなさみしいところに?
(留守……?)
もう一度、と思ってノックをする。なにしろチャイムがないのだ。しかも、表札もない。
ドアは汚く、体当たりでもすれば簡単に壊れそうだ。
がちゃ、と開いた。
「はい……?」
ぼーっとした顔で出てきた相手を見て、美桜は硬直した。
美桜はしばらくして、目線を上から下に移動させる。はだけた胸元が、浴衣から覗いていた。
「…………!」
かぁぁぁぁぁ、と真っ赤になった美桜の甲高い悲鳴が辺りに響き渡る。
「す、すみません……」
美桜は恐縮してしまう。あんな大きな声で悲鳴をあげるつもりはなかったのだ。
「い、いや、こっちこそ」
身支度を終えた和彦がお茶を出す。小さなちゃぶ台の上に乗った湯のみは、シンプルというより質素だった。
「すまなかった。俺……寝起きが悪くて……」
苦笑する和彦の頬は赤い。
確かにあの着衣の乱れはそれを物語っていた。
(……几帳面で、なんでもきっちりしている方だと思ってましたけど……)
部屋はかなり狭い。本当に寝起きのためだけの部屋だ。必要最低限のものしかない。あまりにも物がなさすぎる。
「それで? なんの用だ? 俺の今の住所は教えてなかったはずだが」
「え、あ、あの、それは……」
「…………ん?」
ひやりと冷たい目になって和彦が後方に視線を遣る。
「なにか外にいる……?」
「え?」
こんこん、とドアがノックされた。そして、手紙がドアの隙間から差し込まれる。和彦はそれを取りに立った。
「……なんだこれ」
字に覚えがあった美桜が立ち上がる。
「それ! 兄さんの……!」
「は?」
*
「い、いいんですか? 和彦さん」
「ああ」
手紙の内容は簡単だった。二人で遊びに行け、ということだった。
にっこり微笑む和彦に、美桜はほっと安堵する。この間の、あの……映像が気になっていたのだ。
(良かった……。和彦さん、元気そう……)
「しかし、あんたのお兄さんはたいしたものだな。式神を使うということは、陰陽道の流れなのか……。もう少しで攻撃するところだった」
最後のほうになると独り言のようにぶつぶつ言う始末。
今更ながら、美桜は気づいた。
もしかして……これは、デート?
そう思ってどきどきしてしまう美桜に気づかず、和彦は呑気に地図を眺めている。
「電車を使って移動するのは久々だ」
ふふっと軽く笑う和彦に、美桜は驚いた。
「え? ど、どうやって移動するんですか? 徒歩ですか?」
「徒歩と……あとは、ナイショ」
笑いかける和彦に、美桜は呆然としてしまう。顔が熱いような気がする。
(これが……これが本当の和彦さん……?)
「あれ? もしかしてあそこか?」
和彦の声にハッとして美桜は彼の視線を追う。視線の先にあるのは、遊園地だ。
園内に入った美桜は恥ずかしくてたまらない。
お膳立てするにもほどがあると兄を責めたくなった。
「貸切の遊園地か……。あんた、金持ちなんだなあ」
感心しているのか呆れているのかわからない和彦の口調に、顔から火が出そうになる。
(これではますますデートみたいじゃないですか……!)
隣の彼は、まったくそんな素振りはないというのに。
自分だけこんなに動揺するのが、情けない。
「あ、あの……すみません……。本当に……その、憑物退治でお忙しいのに」
「いいさ」
明るく、屈託なく言う和彦を見上げた。
「こういうのもたまにはいいだろ。憑物の封印ももう少しだし、そうしたら東京から離れることになるしな」
ずきり。と、美桜の心臓が鳴る。
そうだ……彼は帰ってしまう。終わったら、帰ってしまうのだ。
(私……どうしたんでしょう……)
なにをそんなにショックを受けているんだろうか。
困惑する美桜と反対に、和彦は嬉しそうに周囲を眺めている。
「仕事では来たことがあるんだが、純粋に遊ぶという目的で遊園地に来たのは初めてだ」
「そうなんですか?」
「ああ」
苦笑する和彦は、くいっと手を引っ張った。
「じゃあ行こう。せっかくだし」
「えっ、で、でも……」
「あ」
気づいて和彦が手を離す。
「す、すまない……触れるの、嫌だったろう?」
「そ、そんなこと……!」
「…………そうなのか?」
小声で尋ねられ、美桜は強く頷く。彼の手に触れるのが嫌だなんて、思ったことはない。
和彦はそれを聞いて嬉しそうに微笑した。
改めて美桜の華奢な手を握りしめる――。
*
オバケ屋敷で悲鳴をあげる美桜は、出てくるまで和彦の腕にしっかりと掴まっていた。
「す、すすすすみません……っ」
「…………べつに構わないが、何がそんなに怖いのか……俺にはわからないんだが……」
なにしろ美桜が、横から飛び出してきた幽霊の扮装をした男に悲鳴をあげた瞬間、反射的に和彦はその男の顔面を殴ってしまったのだ。
いくら手加減したとはいえ、和彦はぎょっとして慌てて謝罪までしてしまった。
「ああやって驚かされたら……ふつうは怖がりますよ?」
「そうかな……。気配をあんなに堂々と感じられるなら怖くないと思うが」
「みんながみんな、和彦さんみたいに気配は感じられませんよ」
「そ、そうか……。ま、まあ……そうかもな」
う〜んと悩む和彦は後頭部を軽く掻き、すいっと目を細めて小さく言う。
「それで? 何か用か?」
「え?」
驚く美桜は振り向いた。そこに園内のスタッフが一人いる。持っている手紙を差し出した。
受け取って開くと、『観覧車へ行け』の文字。これも兄のものだ。
指示に従って観覧車まで行き、乗り込む。辺りはすっかり暗い。
「見てください、和彦さん……すごく綺麗です、夜景」
「そうかあ?」
怪訝そうにする和彦は、頬杖をつく。
「美桜さんのほうが綺麗だと思うがなぁ……」
「えっ、えええっ!?」
「もっと澄んだ空だったら、星空が綺麗に見えてたろうに」
さらりと違うことを言われて、空耳だったのかと美桜は疑問符を浮かべてしまう。
「…………和彦さんのご実家は、もしかして星空が綺麗なんですか?」
「え?」
仰天する和彦が美桜に視線を移した。ふいを突かれた、と言わんばかりの表情だ。
真っ赤になった和彦が困ったように眉をさげる。
「え……っと……その、いや……うん。まあ……それくらいしか、自慢できることがないんだけど」
口調が崩れたことに気づいて和彦はますます赤くなり、とうとう視線を伏せてしまう。なんだか可愛かった。
そうだ、とそこで美桜は気づいた。
(今日は……)
兄が自分のために、両親の目を盗んでくれた日。外に出た日。…………世界がこんなに綺麗だと、涙を流した日。
向かい側に座っていた美桜は、そっとうかがう。どきどきするその心臓の上を、ゆっくりと手でおさえて深呼吸一つ。
「和彦さん」
「ん?」
「そちらに座ってもいいですか?」
「どうぞ」
あっさりと言う和彦は、座る位置をずれる。その横に美桜が移動して腰をかけた。
外を眺める和彦の横顔を見つめて、美桜はぽつりと言う。
「あの……あの、」
「ん?」
窓越しにこちらを見る和彦は怪訝そうにしていた。
(和彦さんは……私のこと、なんとも思ってないんでしょうか……)
友達? ただの? 本当に?
「こっ、恋人は……いますか?」
和彦が目を見開く。そして美桜を振り向く。
「いっ……い、いません……」
度肝を抜かれた和彦を見て、美桜は後悔していたが……それでも嬉しかった。彼には想い人はいないのだ。
笑顔で自分のことをゆっくり話し出す美桜を、彼は不思議そうに見つめていた。
観覧車を降りるとまたスタッフが手紙を渡してきた。
予約をしている日本料理の店に行けとのことだ。
「料亭の……幻の蕎麦を頼んでいるそうですけど……」
「まっ、まぼろしーっ!?」
思わず大声をあげてのけぞる和彦が美桜の手紙を凝視する。
「もう清算を済ませているって……ど、どうしましょうか……」
「どうして蕎麦なんだ? なんだか……俺を狙ったような展開なんだが……」
さすがの和彦も不安そうになっていた。それはそうだろう。
美桜は申し訳なさそうに俯く。
「すみません……嫌なら別のところでも……」
「嫌じゃないんだが……。そのお兄さん、俺に恨みでもあるのか……?」
「そ、そんなことはないと思います……けど……」
「うーん……でも清算しているなら行かないと無駄になるし……お兄さんに悪いな」
歩き出す和彦に、美桜は慌ててついて行く。と、突然足を止めた和彦の背中にぶつかった。
「あ、すまない」
「い、いえ……」
どこか落ち着かない様子の和彦に、美桜はきょとんとしてしまう。
「どうかしましたか?」
「えっ、あ……いや、こんなに長く……誰かといるの初めてで……落ち着かないな」
そわそわする和彦に、美桜は思わず抱きついてしまう。ぎょっとした和彦が肩越しに見てくる。
「今度から……一人になんてしません!」
「へ?」
「わ、私は……和彦さんの、み、味方です……!」
必死に言う美桜を見て、和彦は前を向いて俯く。眉をひそめたその顔が真っ赤に染まっているのに美桜はもちろん気づいていなかった。
*
料亭にて――。
幻の蕎麦が出てくるまでの待ち時間、美桜は彼を見遣る。ここに来るまでずっと無言だったのだ。
(どうしたんでしょうか……。私、なにか失礼なことでも……?)
「あ、あの、」
和彦がおずおずと言い出す。だが視線は美桜に向いていない。
「俺も……一つ質問が」
「私にですか? 答えられるものだったらいいですけど」
「…………美桜さんは、恋人っているのか?」
手を拭いていたおしぼりを思わず落とす美桜であった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【0413/神崎・美桜(かんざき・みお)/女/17/高校生】
NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/高校生+退魔士】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、神崎様。ライターのともやいずみです。
恋愛に完全に突入しましたが、いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
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