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■漂泊する霊(兼・認定試験)■

深紅蒼
【3941】【四方神・結】【学生兼退魔師】
 待ち合わせはいつもの喫茶店。黒くて長いレザーコート、その中は半裸。どこからどう見ても『アブナイ』奴に見える男はすぐに本題にはいった。
「1回門を拒否した奴を担当してみない?」
 導魂師はこの世にさまよう霊に道を示す。導魂師は1度裁定すると2度と同じ霊を裁定出来なくなる。また霊は100年に1度しか導魂師の裁定を受けられない。それが規則となっている。そもそも死後にさまよってしまう霊は全体の僅かしかないのだが、その中で道を拒絶しさすらい続ける霊は更に少ない。多くは再生を願って天国の門をくぐる。だから、今回担当する霊はどれも死後100年以上経つ『訳あり』の霊と言う事になる。
「最近はこういうリストもコンピュータ管理とかになってね。ほら、僕のけーたいにファイルを転送してもらったんだよ」
 男は真新しそうな携帯電話を内ポケットから取り出し、画面を見せる。
「この人はねー、ロシアとの戦争で死んじゃった人。こっちは関東大震災で亡くなった人だよ。で、こっちは生活が苦しくて山に捨てられちゃった人。昔は結構そういうのもあったんだよねー。この人は恋人に裏切られて自殺したんだ」
 男は携帯画面もろくに見ず、スクロールするたびに現れる文字列へごく簡単な説明をする。
「やっぱりね、この世に留まるのって良くない事だと思うわけ、霊にも生きてる人にもね。だから、やる気があるならやってくれない? これが成功したら一人前って認定しちゃうからさ」
 男はのんびりと言った。
「ただね、やっぱり理由があって留まってるわけだから、一筋縄じゃいかないよ」
 似合わない笑顔を浮かべ男は言った。

****************************************対象となる霊の設定は自由です
難易度は高めです。けれど失敗を恐れずに〜 
◆◇100年佇む少女◇◆

 いつもの喫茶店。窓際の席はその時、一種異様な雰囲気になっていた。その原因は『あの男』がいるせいだった。こぢんまりとしていてウッディな店内はそこだけ『パンクでサイケデリック』な世界になっている。男の正面にすわっている四方神・結 (しもがみ・ゆい)はなんとも言えない居心地の悪さを感じていた。他のテーブルにいる客達の潜められた声、控えめな視線が辛い。けれど、男は平然としていた。他人の感情に頓着しないのか‥‥それとも、無視しているのだろうか?
「試験‥‥ですか。じゃあ‥‥選んでもらってもいいですか?」
 結は男に言った。結は現役の高校生だから試験には割と馴染みがある。そして、試験とは自分で選ぶ物ではなく、教師から出題されるものだと思っていた。だからそう男に告げたのだが、その服装倒錯気味の男はわざとらしく溜め息をついた。
「なんだぁ〜僕が選んだんじゃ結いちゃんにとっての一期一会って事にならないじゃん。でもまぁ、でもいっか。それもまた『選択』だよね」
 いかつい男が使う口調は若い男の子ぽくっていつも結に違和感を与える。
「じゃコレね。箱根の山道で亡くなった女の子。丁度同じ年ぐらいだし話があうかもだよ。うん、僕って親切〜」
 うっすらとした色のモノクロの写真には、三つ編みをした女の子の姿が写っていた。背景は真っ白でピントもずれている。
「あの‥‥この写真ってもしかして‥‥」
「念写☆なかなか綺麗に写りこんでるよね。僕って多才〜」
 嘘とも冗談ともつかない口調で男は言った。

 箱根には旧街道が現存している。細い石畳の山道だが、歩けないことはない。ハイカーの中にはバス通りの歩きやすい道ではなく、この旧街道を歩こうというグループもある。けれど、やはり平日の夕方には誰もいなかった。今、ここにいるのは結と‥‥そして、少女の魂だけであった。バス停はすぐ近くだったが、人の声もしない。鳥や虫の声が時折聞こえるだけで、後は風の音と、風が揺らす草の音だけだった。
「‥‥私に会いにきてくれたのですか? 珍しい」
 少女は穏やかな声で結に言った。モノクロの写真のように色を失っていたが、少女の姿はハッキリと見えていた。あの男が言ったように結とさして変わらぬ年の様であった。
「初めまして、私、結といいます‥‥少々よろしいですか?」
 結は務めて礼儀正しく言った。同じ年頃に見えても相手は結よりもずっと前に生まれた人だ。だから、なんとなく年長者と接するような気がしている。
「はい。私は‥‥私は‥‥ごめんなさい。名前ももう覚えていないわ」
 少女は少し寂しげな顔をして笑った。門をくぐらずにこの世にあり続ける魂達の多くは生前の記憶の大部分を失っている場合が多かった。事例によって著しく違ってくるのだが、
名前も覚えていない事は良くあることだ。だから結もそれを奇異だと思わなかった。なにせ相手は100年以上ここにあり続けている『一度導魂を拒否した』者なのだ。
「もう私を名前で呼ぶ人はいないから‥‥だから忘れてしまったのね。私が私である事には、名前ってそんなに重要な事ではなかったなんて‥‥生きている間は思いもしなかった。ここにこうしていて初めて気が付く事もあるなんて‥‥不思議ね」
 少女は今度は先ほどよりも明るい笑顔を浮かべた。生きている間に気が付かないこともある‥‥という少女の言葉は結にとっても新鮮だった。
「こちらにいる間にそういう事を考えていたのですか? ここにいて‥‥何をしていたのですか?」
 少女を脅かさないように、その心に波風を立てないように、結は慎重にゆっくりと言った。身体を持たない魂だけの存在は、なにもかもが直接心に響く。うっかり不用意な言葉を掛けた為に相手が興奮してどうにもならなくなった事例は沢山聞いている。
「何をしていたのか‥‥そうね。何もしていなかったわ。ただ、ここで季節が変わっていくのをずっと見ていたの」
「見ていた‥‥だけですか?」
「そう‥‥名もない雑草がぐんぐん丈を伸ばして花を咲かせ涸れるところを‥‥空の色が一日で、そして季節でどう変わっていくのか、流れる雲がどのように形を変えてゆくのか‥‥ただ、見ていたの。いくら見ていても少しも飽きない。この国は本当に美しいところね、そうは思わない?」
 少女は結に問いかけてきた。
「はい。私も自然が好きです。真っ白な雪が降るのも、桜が山をピンク色に変えてしまうのも、夏の湖の色も、紅葉の真っ赤な色も‥‥大好きです」
「ピンク色?」
 少女は首を傾げた。桜の色はわかっても『ピンク』という色の名前に馴染みがなかったのだろう。
「えっと、‥‥そうだ、桜色の事です」
「そう? 今はそんな風に言うのね」
 他愛のない話なのに、なんとなく楽しい。それは少女も感じたらしい。モノクロの色に僅かな色味が浮かんできている様だった。紙はより黒く、普段着らしい着物には黄色っぽい色が浮かんでいる。
「忘れていたわ。誰かと話をするって楽しいことだったのね。私、生きているときがとても辛かったから‥‥だから、また産まれ直して生きることが嫌だったの。ここにこうして、いつまでも美しい風景を眺めていたかったの」
 少女は遠い彼方に視線を投げる。
「だから、他の誰かと関わり合うことの楽しさを忘れていたのね」

 夏至を過ぎたばかりだが、とうとう太陽は沈み辺りは薄暗くなってきている。吹く風はまだ生暖かいが、じきに涼しく感じられるだろう。
「‥‥私は」
 結はしばらく考えた後に口を開いた。
「私はまだなんにもわかってない様なものだけれど、綺麗事なのかもしれないけれど、でも生きるって‥‥生きているって凄い事だと思うんです。だからあたなにも、もう1度『門』をくぐって生きて欲しいって思います。そうしませんか?」
 少女はじっと結を見つめる。
「あなたはここに100年いました。本当はもう気が済んだと思っているのではないですか? もう1度生きてみてもいいって‥‥そう思っているのではないですか?」
 少女はだまったままで結を見つめている。仄暗い旧街道の石畳の上に立つ少女の姿は相変わらずモノクロ写真の様だが、少しも変わらずにハッキリと見える。結自身の足元の方が見えづらい位だ。物質ではない存在だからなのだろう。ここにこうして並んで立っているのに、2人はなんと違う存在なのだろう。

「ごめんなさい。まだ自信がないの。もうちょっと時間を頂戴」
 少女の答えは意外であったが、心のどこかに『そう答えるかも』と思える部分がある。記憶にないけれど、少女の魂には生前の思いが刻まれているのだろう。導魂師は選択すべき道を無理強いする事は出来ない。ただ、情報はしっかりと伝えなくてはならない。
「次の機会は100年後になります。それでもいいんですか?」
 少女はコクリとうなづいた。
「100年なんて‥‥本当にすぐだもの」
「わかりました。その選択を‥‥承認します」
 結は背筋を伸ばし、やや硬質な声でそう宣言した。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3941/四方神・結/高校生退魔師/仮免許取得中】
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■         ライター通信          ■
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 お待たせ致しました。東京怪談ゲームノベル・導魂師シリーズのノベルをお届けいたします。お題はおまかせということで、このような結果となりました。苦しいときの箱根です(笑)。
 結果はちょっと残念ですが、また新しい展開になるようなシナリオを提示出来るよう頑張ります。また、機会がありましたら是非参加してくださいませ。ありがとうございました。