■おそらくはそれさえも平凡な日々■
西東慶三 |
【1376】【加地・葉霧】【ステキ諜報員A氏(自称)】 |
個性豊かすぎる教員と学生、異様なほど多くの組織が存在するクラブ活動、
そして、「自由な校風」の一言でそれらをほぼ野放しにしている学長・東郷十三郎。
この状況で、何事も起きない日などあるはずがない。
多少のトラブルや心霊現象は、すでにここでは日常茶飯事と化していた。
それらの騒動に学外の人間が巻き込まれることも、実は決して珍しいことではない。
この物語も、東郷大学ではほんの些細な日常の一コマに過ぎないのである……。
−−−−−
ライターより
・シチュエーションノベルに近い形となりますので、以下のことにご注意下さい。
*シナリオ傾向はプレイングによって変動します。
*ノベルは基本的にPC別となります。
他のPCとご一緒に参加される場合は必ずその旨を明記して下さい。
*プレイングには結果まで書いて下さっても構いませんし、
結果はこちらに任せていただいても結構です。
*これはあくまでゲームノベルですので、プレイングの内容によっては
プレイングの一部がノベルに反映されない場合がございます。
あらかじめご了承下さい。
|
悲しすぎる過去を見つめて
〜 世界は悲しみに満ちて 〜
光刃によって命を絶たれた者は、その効果により、骸すら残さず、無へと帰る。
それが本人にとって、また周囲にとっていいことなのかどうかはわからない。
それでも、ただ一つだけはっきりしているのは。
風野時音(かぜの・ときね)の腕の中で幼なじみの身体が解けるように消えたことは、止まっていた時間を再び動き出させるためのいいきっかけになった、ということだった。
「時音さん」
先ほどまで呆然と立ちつくしていた少年兵が、静かに口を開く。
「こうなったのは、必ずしもあなたのせいではない。それはわかっています」
押し殺そうとしても押し殺しきれない、様々な感情が入り交じった声。
「ですが……少なくとも、あなたがいなければこうはならなかった!」
その言葉が、戦闘再開の合図となった。
指揮官を失った少年兵たちが、ろくに狙いもつけずに弾丸の雨を降らせる。
ずっと戦いの中で生きてきた彼らは、それ以外に悲しみを表現する術を知らないのだろう。
そして、それが筋違いだということはわかっていても、その怒りの矛先を時音に向けずにはいられないのだろう。
その銃撃を光刃で弾き返しながら、時音は歌姫の手を引いて走った。
幼なじみの死を悲しむ気持ちは、彼ら以上に強い。
けれども、彼らのような形で悲しみを解き放つことは、時音にはできなかった。
きっと、彼女はそれを望まないから。
その時だった。
「なんで……?」
不意に、どこからともなく女の声が聞こえた。
聞き覚えのあるその声に、自然と時音の足が止まる。
「なんで……お姉さんって言ったくせに!」
忘れたくても忘れられない、いや、忘れてはいけないあの声。
「私は君しかいらないのに!」
慟哭。
それと同時に、左肩に切りつけられたような痛みが走る。
どうして?
どうして?
どうして?
景色が歪む。
頭が痛む。
叫び声が、自然と口をついて出た。
何を叫んでいるのか、誰に叫んでいるのか、それすらわからぬままに。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜 過去は悲しみによって 〜
歌姫は不安だった。
また一人、時音の大事な人が逝ってしまったから。
そうして、また「死」が、時音を連れて行こうとしているように思えたから。
だから、歌姫は時音の手をしっかりと握りしめた。
時音を連れて行かせないために、今できることはそれくらいしかなかったから。
時音が突然苦しみだしたのは、そんな矢先のことだった。
頭を抱えて膝をつき、言葉にならない叫び声を上げている。
何が起こっているのかは歌姫にもわからなかったが、時音の身に何か良からぬ事が起こりつつあることだけは間違いなかった。
それ以前の問題として、追っ手の問題が解決したわけではない。
突然の時音の異変に相手も戸惑っているようではあるが、気を取り直して向かってくるのは時間の問題だろう。
とにかく、まずはここを離れなくては。
幸い、歌姫の手元には「万一の時のために」と時音が渡してくれた時空跳躍の血印がある。
歌姫はとっさに歌で結界を作ると、その隙をついて時空跳躍を発動させた。
あやかし荘に戻った後も、時音の状態はいっこうに良くなる気配はなかった。
それどころか、錯乱状態に陥ったらしく、「ごめんなさい」「姉さん、皆を殺さないで」などと泣き叫び続けている。
幼なじみの死がきっかけとなって、何か過去の辛い記憶が甦ったのだろうか。
最悪、それがきっかけとなって、以前加地葉霧(かじ・はきり)が言っていたような精神汚染が再開された恐れもある。
そんな時音に対して、歌姫ができることと言えば、時音を抱きしめ、歌い続けることだけだった。
少しでも時音の気持ちが落ち着くように。
少しでも、彼の不安や悲しみを取り除けるように。
その甲斐あってか、やがて時音は正気を取り戻した。
「歌姫さん……ごめん、なんだか心配をかけたみたいだ」
おそらく、歌姫を安心させようとしたのだろう。
時音にしてみれば精一杯の笑顔のつもりだったのかも知れないが、それが彼の心からの笑顔でないことくらい、歌姫にはすぐにわかった。
必死で笑顔を作っている裏で、心はまだ涙を流し続けていることも。
だから、歌姫は歌い続けた。
時音の気持ちが、少しでも安らげるように。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜 来客は矢継ぎ早に訪れて 〜
それから、どれくらい経っただろうか。
歌姫の歌の力か、それともたまっていた疲労のせいか、時音は深い眠りについていた。
加地が訪ねてきたのは、ちょうどその時だった。
「僕は忠告したはずだが……まあ、何にせよ無事で何よりだよ」
彼はそう言うと、眠っている時音の方に目をやってこう続ける。
「時音クンはお疲れのようだね。起こしても悪いし、また出直すとするかな」
どうやら、彼が用があったのは、歌姫ではなく時音の方らしい。
だが、彼の方に用はなくても、歌姫の方は、彼に大事な用があった。
加地ならば、時音があんなことになってしまった理由について、何か心当たりがあるかも知れない。
そう思って歌姫が問いただしてみると、案の定、加地の顔から笑みが消えた。
「どうにかする方法はある。ここは僕に任せてくれないか」
彼はそう言うと、歌姫の返事も待たずに眠ったままの時音を担ぎ上げて、時音の部屋へと向かう。
その後を、歌姫は離れないように追っていった。
時音の部屋につくと、加地は時音を降ろし、通信機で誰かと連絡を取り始めた。
「ああ、僕だ……そうだ、すぐ来てほしい……場所は例の部屋……早ければ早いほどいい……」
通信の相手はわからないが、どうやら誰かをここに呼んでいるらしい。
やがて加地は通信を終えると、歌姫の方へ向き直った。
「このままの状態では危険だ。一度薬で落ち着かせ、その間にちゃんとした処置を行う必要がある」
薬?
処置?
それらの言葉に何か不吉なものを感じて、歌姫は再度加地を問いつめる。
しかし、加地はその問いに答えてはくれなかった。
「大丈夫。処置が終われば彼は元に戻るから。キミは心配しなくていい」
それだけ言うと、彼はさっさといずこかへと立ち去ってしまったのである。
加地の態度を見る限り、彼の言う「処置」が単なる治療であるとは考えにくい。
むしろ、歌姫に説明できない、説明すれば反発されるようなことを、「処置」の名目で行おうとしている、と考えたほうが自然だろう。
もしそうなら、何とかして阻止しなければならない。
とはいえ、歌姫一人でそれを阻止するのは、どう考えても難しかった。
それに、仮に加地のやろうとしていることを阻止したところで、それで時音は助かるのだろうか。
現に、時音の症状は刻一刻と悪化してきており、今ではかなりの熱を出して昏睡状態にまで陥っていた。
歌姫のそんな考え事は、誰かが扉をノックする音によって中断された。
もしや、加地の呼んだ人物が来たのだろうか。
歌姫は、おそるおそる扉を開け――目の前にいた人物の顔を見て、安堵の息をついた。
「あ、歌姫さん。頼まれてたお仕事、終わりましたよ」
夏だというのに、黒一色のワンピース姿で現れたその人物は、もちろん、黒須宵子だったのである。
ともあれ。
せっかく見つかった貴重な味方を帰す手はない。
歌姫が半ば強引に宵子を部屋に引っぱり込むと、宵子はきょとんとした顔で歌姫を見つめ、やがて横たわっている時音に気づいて、大きく目を見開いた。
「時音さん!
もしかして毒? それとも呪い!?
呪いならこの私が直ちに呪詛返しを!!」
そう叫ぶなり、カバンの中から次々と怪しい器具を取り出し始める。
その様子に、以前「時音の記憶を取り戻そうとした」ときのことが頭をよぎった。
完全に勘違いしている宵子の腕を引っ張り、激しく首を横に振る。
その努力がギリギリのところで功を奏したか、宵子は準備をやめて不思議そうに呟いた。
「……違うんですか?」
その後。
「つまり、これからここに来る人をやっつけてほしい、と、そういうことですね?」
歌姫の歌と身振り手振りを用いての懸命な説明の結果、さんざん回り道をしながらっも、どうにか宵子からこの一言を聞くことができた。
「任せて下さい。私のクライアント兼お友達の時音さんと歌姫さんに手を出したこと、七度生まれ変わってもトラウマが残るくらい後悔させてあげます!」
力強くそう宣言したあたりに、若干不安なものがなくはなかったが……。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜 全てを知る覚悟を決めて 〜
加地の手配した「技術者」が来たのは、それから十数分後のことだった。
相手がドアをノックするのを聞いて、歌姫がそっとドアを開ける。
次の瞬間、何の警戒もせずに踏み込んできた技術者の額に、宵子の投げた糸車が命中した。
「……っ……」
声にならない声で呻いて、技術者がその場に膝から崩れ落ちる。
それを見届けて、宵子は軽く前髪をかき上げた。
「安心して下さい、急所は外してませんから」
確かにやっつけてくれとは伝えたが、誰も殺せとまでは言っていない。
歌姫が大慌てで抗議すると、宵子は微笑みながらこう続けた。
「冗談ですよ。ただ眠っているだけです。
くすぐろうが叩こうが大声を出そうが、三日三晩は目を覚ましません。
そのかわり、眠っている間中、外界からの刺激に対応した悪夢にうなされますけど……」
何があろうと、絶対この人だけは敵に回さない方がいい。
歌姫は、心の底からそう思わずにはいられなかった。
なんにせよ、これで「処置」を阻止することには成功した。
残る問題は、その「処置」の内容を突き止めることである。
とはいえ、肝心要の技術者が眠ってしまっている以上、手がかりとなるものは彼の持っていた薬しかない。
その薬にしても、成分までは瓶に書いてあったものの、それが何を意味するのかはさっぱりわからない。
歌姫が困り果てていると、不意に、宵子がその瓶をつまみ上げた。
「私の知り合いの知り合いに詳しい人がいるので、ちょっと聞いてみますね」
そう言うが早いか、ラベルの写真を撮って、携帯メールで誰かに送ってしまう。
そのあまりの早業に、歌姫はただただ呆気にとられていたが、今のメールが傍受されていないとも限らないと思い直し、大急ぎで歌による結界を展開し、部屋を封鎖した。
宵子の所に返信が来たのは、それからわずか数分後だった。
「あ、来ましたね。
えーと……その薬、人に暗示をかけたりする時に使う薬みたいです。
わざわざ薬学部の教授に聞いてくれたそうですから、多分間違いないですよ」
その見立てが本当なら、加地はその薬を用いて時音の記憶を操作しようとしていた、という可能性がきわめて高い。
封印していた記憶が甦ったので、それを再度封印しようとしたのだろうか?
錯乱状態の時に時音が叫んでいた言葉から考えても、時音の過去に原因があることはほぼ間違いない。
そして実際、加地は以前にも「自分が時音と歌姫の記憶を閉鎖した」と語ったことがある。
状況証拠は、十分すぎるくらいに揃っていた。
行こう。
そう決心して、歌姫は結界を解き、加地の所へと向かった。
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
後ろから宵子の声が聞こえてきたが、彼女のことを気にかけている余裕はすでになかった。
歌姫の顔を見るなり、加地は小さくため息をついた。
彼女がこのような行動に出ることは、彼にしてみれば想定の範囲内だったのだろう。
だから、歌姫が「時音の故郷が崩壊した時のこと」について訊いたときも、彼は落ち着き払った様子でこう答えた。
「事実は人が受取った時点で『真実』に変わる。
彼の真実に君がしてあげられる事があるのかな? 君にも覚えがないかな?」
重い言葉だった。
歌姫にも、辛い過去があり、心の傷がある。
それ故に、歌姫と時音は、互いの傷の痛みを思いやることができた。
だが、同じ傷を持つものが二人いても、傷を癒すことまでは、できない。
そのことは、歌姫も、そして恐らく時音も、十二分に知っていた。
それでも、と歌姫は思った。
それでも、一緒にいることはできる。
傷を癒すことまではできなくても、傷の痛みを和らげ、忘れさせることくらいはできる。
ちょうど、今まで二人がそうしてきたように。
何と言っても、歌姫と時音は、恋人同士なのだから。
歌姫が毅然とした態度を示すと、加地は再びため息をつき、やれやれとでも言うように首を横に振った。
「そこまで言うなら、仕方がないな」
加地は苦笑しながらそう呟いて……いきなり、部屋の景色が歪み始めた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜 裏切りが全てを壊して 〜
気がつくと、歌姫はいつか見たあの街にいた。
いつか訃時によって見せられた、幼い時音と歌姫が出会った、あの街である。
街には亡者が溢れ、おびただしい数の死体と、破壊された街灯や壁の破片などが散乱している。
と。
その中を、一陣の閃光が駆け抜けた。
一瞬遅れて、亡者たちが次々に倒れ、無へと還っていく。
その向こう側に、光刃を構えて立っていたのは、一人の黒髪の少女だった。
歌姫の知っている姿よりはだいぶ幼いものの、その姿は訃時に――つまり、時音が姉と慕ったという弓原詩織に――よく似ている。
いや、似ているのではなく、恐らく彼女こそが弓原詩織その人なのだろう。
歌姫の見つめる中で、彼女は次々と亡者たちをなぎ倒しながら進んでいき――ふと脇道の方に目をやった。
忘れるはずもない。時音と歌姫が亡者たちに追いつめられたあの袋小路だ。
詩織はその奥に何かを見つけたらしく、驚いたような表情でそちらに向かって走っていった。
彼女が見つけたのは、大怪我をして倒れている一人の少年――時音だった。
彼女は時音にまだ息があることを確かめると、彼をそっと抱き上げ、表通りへと戻っていった。
その後。
九死に一生を得た時音は、命の恩人である詩織によくなつき、いつしか彼女を姉と呼ぶようになった。
詩織の方も、時音をよくかわいがり、姉と呼ばれたことを無邪気に喜んでいた。
世界ではまだ異能者と異能者狩りの、そして退魔剣士と魔との戦いが続いてはいたが、そんな中でも、小さな、しかしかけがえのない幸せが、そこには確かにあった。
が。
その幸せな日々は、唐突に終わりを告げた。
いつものように、詩織は戦いに出ていた。
敵の数は多いが、後れを取るほどの相手はいない。
多少時間はかかるだろうが、負けるはずのない戦いだった。
その敵の一人が、突然こんな事を言い出したのである。
「今頃、異能者狩りがお前の故郷の街に押し寄せていることだろうよ」
「そんな嘘に騙される私じゃないわ」
ただのハッタリに決まっている。詩織はそう確信していた。
故郷の街の情報は、彼女の支援者である政治家の力によって、一切表には出ないようになっていた。
その見返りとして、彼女は時に望まぬ戦いを強いられてはいたが、それも全て故郷を、仲間を、そして時音を守るためだと思えば、どうということはなかった。
それなのに。
「お前は裏切られたんだよ。
お前が頼りにしているヤツは、旗色が悪くなってきたってんで、お前たちを売ったんだよ」
先ほどの敵はそう嘲笑うと、続けて見事に彼女の故郷の街の場所を言い当ててみせた。
「その証拠に、俺たちはお前が来ることもちゃんと知ってた。
もちろん、備えはちゃんとできている」
その言葉とともに、敵の後詰め部隊が姿を現す。
いつの間にか、敵の戦力は当初の情報の数倍にふくれあがっていた。
「さあ、どうする?
慎重に戦えばお前に勝ち目もあるかもしれないが、お前の故郷は確実に焼け野原だな」
彼らの言う通り、一刻も早く街へ戻るためには、いつものように安全第一で戦っている暇はない。
かといって、無謀な突撃をかければ、ここで返り討ちにされる可能性は高い。
では、どうすれば?
どうすれば、故郷の街を――時音を守れるんだろう?
『力が欲しい?』
不意に、どこからともなく声が聞こえた。
姿など見えなくても、声の主の正体はわかっている。
訃時だ。
『私なら、この程度の相手、あっという間に片づけられる』
確かに、訃時の力をもってすれば、この程度の敵、ものの数ではないだろう。
異能者狩りの連中だって、ほとんど何もさせずに返り討ちにすることができる。
その力が欲しくないと言えば、嘘になった。
『守りたいんでしょう? 力がいるんでしょう? 私を受け入れて……それ以外に道はないわ』
その通りだ。
退魔剣士である彼女が倒すべき魔の力を借りることを、人は裏切りだと責めるかもしれない。
けれども、彼女はすでに裏切られたのだ。
そのやむを得ない結果としての彼女の裏切りを、一体誰が責められよう?
いや、そもそも、責められることなど怖くはない。
怖いのは、たった一つ。
時音を失うこと。それ以外にはなかった。
もはや、躊躇する理由はない。
詩織は訃時の力を受け入れ――紅色に染まった光刃が舞った。
戦闘と呼ぶことすらできない虐殺は、ものの数分で終わった。
唯一生き残った先ほどの男が、化け物でも見るような顔でこちらを見つめている。
その男の脳天に光刃を振り下ろすのに、何のためらいもありはしなかった。
その時だった。
「姉さん!」
一番聞きたかった――あるいは、今は一番聞きたくなかった声。
時音だ。
「姉さん! 無事でよかった!」
安心しきった顔で、時音がこちらに駆け寄ってくる。
「独自の調査で、敵が情報より多いことがわかって、大急ぎで助けに来たんだけど……その必要はなかったみたいだね」
どうやら、故郷の街が狙われていることについては、何も知らないらしい。
だが、そんなことはどうでもよかった。
時音は無事だったのだ。
彼を抱きしめようと、詩織の方からも彼に駆け寄り……。
自分の意志に反して、紅色に染まった光刃を振り上げた。
「!?」
詩織の――いや、訃時の一撃を、時音はとっさに受け止める。
「詩織さん! 一体何を……!?」
時音と一緒に来ていた仲間たちが、戸惑いながらも臨戦態勢を取る。
しかし、彼らの抵抗など、訃時の力の前では児戯に等しかった。
そして。
異変を察知した加地が辿り着いた時には、すでに全てが終わった後だった。
ほとんどの戦闘要員が出払っていた街は、あっけなく異能者狩りによって蹂躙された。
詩織を救出に向かった退魔剣士たちも、皆訃時の手にかかり、無惨な骸をさらしていた。
生き残っていたのは、時音ただ一人。
かろうじて残っていた詩織の意志がそうさせたのか、それとも訃時に何か思うところがあったのか、いずれにせよ、時音は傷一つ負ってはいなかった。
けれども、そこで起こったことは、すでに時音の心をズタズタに引き裂いてしまっていた。
抜け殻のようになった時音をかばうように、加地が一歩前に出る。
その様子を見て、訃時は狂気の笑みを浮かべた。
その口から、二つの言葉が同時に紡がれる。
「憎んで、恨んで、殺しに来て! 貴方を想って私は待つの!」
そんな、訃時としての言葉と、もう一つ。
『ごめんね』
かすかに聞こえたその声は、まぎれもなく詩織のもので――まるで、彼女の遺言のようでもあった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜 おまけ・少女は軽く微笑んで 〜
「ええと、なんだかよくわからなかったんですけど……さっきのあれ、私も見ちゃってよかったんですか?」
歌姫が立ち去ってしまった後、ちょっと戸惑ったように、宵子がそう問いかけてきた。
言われてみれば、あまり関係のない彼女にまで時音の過去を見せてしまったのは、ちょっと早計だったかもしれない。
「本当はあまりよくなかったんだけど、見てしまったものは仕方がない。
キミは秘密を守れるね?」
念のためにそう確認してみると、宵子はにっこり笑った。
「こう見えても、私は口が堅いんですよ。
呪術師なんて仕事は、半分が守秘義務でできているようなものですから」
なるほど、確かに言われてみればその通りだ。
それに、加地が見た限りでは、彼女と時音や歌姫との間は、それなりにうまくいっているようにも思われる。
この分なら、まず心配ないだろう。
加地がそんなことを考えていると、宵子は目をきらきらさせながら続けた。
「でも、あれ、昔の時音さんですよね? かわいかったなぁ〜」
その表情は、どう見ても「恋する乙女」のそれ……というより、「大好物を目の前に出された子供」のそれに近い。
「……あー、参考までに、キミは時音クンのことどう思ってるんだい?」
加地がそう尋ねてみると、宵子は嬉しそうにこう答えたのだった。
「お友達で、クライアントで、いじりがいのある人ですね。
さっき見た小さい時音さんならともかく、今の時音さんはちょっとストライクゾーンから外れてますから、それ以上の意識はないですよ」
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1219 / 風野・時音 / 男性 / 17 / 時空跳躍者
1376 / 加地・葉霧 / 男性 / 36 / ステキ諜報員A氏(自称)
1136 / 訃・時 / 女性 / 999 / 未来世界を崩壊させた魔
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
撓場秀武です。
この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。
また、ノベルの方、大変遅くなってしまって申し訳ございませんでした。
・このノベルの構成について
このノベルは全部で六つのパートで構成されております。
今回は一つの話を追う都合上、ほぼ全パートを全PCに納品させて頂きました。
そのため、少々文字数が多めとなっておりますがご容赦下さいませ。
なお、最後のパートは、加地さんのみ違ったものとなっています。
・個別通信(加地葉霧様)
今回はご参加ありがとうございました。
時音さんと詩織さんの過去ですが、「歌姫達に」見せるとあったので、宵子にも見せてしまいましたが、よろしかったのでしょうか?
宵子の感想は最後のパートに書いた通りですので、まあ、さして問題は起こらなさそうですが。
ともあれ、もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。
|