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■Calling 〜小噺・暇〜■

ともやいずみ
【4345】【蒼王・海浬】【マネージャー 来訪者】
 たまにはこんな日があってもいいんじゃないだろうか。
 戦いで傷ついてばかりのあなたに、せめてもの休息を。
 だって……全てを封じてしまったら、もう会えないかもしれない……。
 せめてこのひと時……あなたと一緒に……。
Calling 〜小噺・暇〜



 雨が降る。
 道路を叩くその水音。
 傘を打つ音。
 蒼王海浬は車を駐車場に停めて、歩いていた。空はどんよりと曇り、涙のように雨を垂らす。
 肌寒い空気だ。
 海浬は傘を片手に、明日の予定を考えていた。とりあえず帰ってゆっくりして、それからだろう。
 雨は激しく降り続けている。これでは、外を歩くのも困難だ。マンションまでの距離はかなり短い。すぐだ。それが幸いであった。
 海浬は持っていた傘を軽くあげる。視界が少し広くなった。
 自分のマンションの正面玄関まであと少し。だが、そのマンションの入口付近で雨宿りをしているらしい人物を見かける。
 長い髪と衣服は水を吸って重そうだ。前髪から流れる水滴を彼女は拭っていた。
(あれは……遠逆月乃?)
 無言でじっと雨を睨む少女は、面倒そうに濡れた衣服を絞る。絞ったスカートからは雨水が地面にぼたぼたと落ちた。
「月乃」
 声をかけると、彼女はぴくりと手を止めてからゆっくりとこちらを刺すように見る。色違いの不吉な目で。
「蒼王、さん」
 なぜここにという響きがあった。海浬は彼女のすぐ後ろの建物を指差す。
「俺のマンションはここだ」
「……すみません。お邪魔でしたか」
 雨の中に歩き出そうとする月乃を、海浬はさらに言葉をかけて止めた。
「雨宿りか?」
 問いかけに彼女は視線だけ向けてくる。足を一旦止めた。
「違います」
「違う?」
「雨宿りをする必要性は、ありません。濡れて重い衣服から、水を搾り出していただけです」
 声が冷たい。
 海浬は嘆息すると、傘を畳む。もう入口で、雨は入ってこない。
「なんなら、シャワーくらい貸すぞ」
「は?」
 眉をひそめる少女を見遣り、彼は素っ気なく言う。
「濡れたままだと風邪をひくだろ」
「…………」
「そんな目で見るな。月乃はまだ高校生だろ。そんな年下に手を出すわけない」
 海浬から見れば高校生は十分子供の領域に入るのだ。子供に手を出すわけがない。
 だが月乃からしてみれば気にする部分も多いだろう。男の暮らす部屋に気軽にあがりこめないかもしれない。
 月乃は首を緩く横に振った。
「遠慮します」
「……なにもしないと言ってるだろ」
「そういう意味ではありません。もう帰るつもりです」
「送ってやろうか? 車で」
「機械は嫌いですから、いいです」
 徹底的に拒否をする月乃をしばらく眺め、それから海浬は嘆息した。
「なら、タオルくらい貸そう。それならいいだろ」
「はあ?」
「小さな親切だ」
「……小さな親切」
「誓って何もしない。月乃の自由にしてくれればいい」
「その言葉を疑っているわけではありません」
「?」
「わかりました。タオルだけお借りします」
 顔をしかめて月乃は頷く。海浬はそれを見てマンションに入っていった。



 視線をゆっくりと部屋の右から左へ移動させる月乃。
「広いですね……」
「広いほうがいい」
「…………」
 眉根を寄せる月乃に、海浬は尋ねた。
「狭いほうがいいのか?」
「狭いほうがいいです」
 だからどうしたという会話ではある。
 タオルを受け取った月乃は、入口であるドアを振り返り、何か考えていた。おそらくいざという時に素早く逃走できるようにだろう。
(逃走経路の確認とは、念の入ったことだ)
 そう思わずにはいられない。もしかして彼女の習慣なのかもしれなかった。
 髪を拭く月乃に、海浬は飲み物と食べ物を出した。
「どうせ座らないんだろ?」
「座りません」
 きっぱりと言い放つ。
「だと思った」
 濡れている衣服で座るわけがない。そういう頑固な性格だろうことはわかる。
 着替えも受け取らないだろうが、一応言ってみることにした。
「着替えを貸そうか?」
「結構です」
 やっぱり。
「濡れていると気持ち悪くないか?」
「……他人の家で衣服を脱ぐほど、私は緩んだ女ではありませんよ」
「その服、何か仕掛けがあるのか」
「……そういうことにしておきましょう」
 海浬は苦笑のような溜息を吐く。
 あまりにも。
(かたくな、というか)
 全くこちらに気を許さない。
「月乃は、誰に対してもそうなのか?」
 ソファに座って、突っ立って髪を拭いている月乃に尋ねた。
「なにがです?」
「その態度」
「……相手にもよりますけど」
「なるほど」
 月乃は自分でもきつい態度をとっていると自覚しているようだ。
「あ、それ食べてくれ。小食で、減らないんだ」
 皿に盛られたさくらんぼを見て、月乃は困惑する。横にはジュースもあった。
 さらにはクッキーもある。
「……ご自分で食べないんですか?」
「貰うことが多いし、俺はあまり食べない」
「勿体ない。目が潰れますよ」
 食べ物を粗末にすると目が潰れる、ということらしい。
 月乃は立ったままさくらんぼを食べ始める。
「濡れたままで、いいのか?」
「いいです。寒くはないです」
 とりあえず月乃は出されたものを食べてさっさと帰りたいようだ。
 海浬は立ち上がり、それからキッチンへ移動した。
(細いくせによく食べるみたいだから、持って帰ってもらうか)
 嬉しそうに甘いものを食べるところを見ると、嫌いではないようだ。
 適当な紙袋に貰ったものを入れていく。
「月乃」
 戻ってくるとさくらんぼを筆頭に、全てが綺麗に片付けられている。あっという間であった。
「これ持って帰ってくれ」
「? なんですかそれは」
「うちの余りモノ。食べてもらえる人に食べてもらったほうがいいだろう」
「…………」
 月乃は渋々というように紙袋を受け取った。
 外はまだ雨だ。
「缶詰と、果物、菓子なんだが」
「……本当に目が潰れますよ、あなた」
 呆れたように言う月乃は、タオルを渡してくる。
「洗ってお返ししようと思うんですが……」
「そんなのは気にするな」
「あなたはそう言うだろうなと思っていました」
 海浬はタオルを受け取った。水分を吸って、すっかり重くなっている。
「月乃は高校生だろう? 学年は……二年か?」
「そうです」
「じゃああと一年で受験か。いや、もう受験に取り組んでる最中か」
 月乃は不思議そうな顔をした。それがなんなのだという表情だ。
 進んで会話をしない二人では、会話が弾むわけもない。
 好意を基本的に受け入れない月乃では、難しい。
 相手の本質を見抜くような性格の月乃は、間違いなく詐欺にはあわないだろう。相手を言葉でやり込める姿が想像できる。
「友達とかいるのか?」
「いません……。なぜそんなことを訊くんですか」
「月乃のことを何も知らないからだな」
「知らなくてもいいと思いますよ。あなたとは知り合いなだけで、友人でもなんでもありませんし」
「興味が少しあるだけだ。それに、話すと気が楽になることもあるだろう?」
 馬鹿正直に答える月乃をじっと見つめる。
 彼女は目を細めた。
「余計なお世話です」
「そうやって拒絶ばかりしていて、寂しくないか」
「少なくとも、あなたを頼ろうなどとは微塵も思ってません」
 なぜ、という声が海浬の中でする。
 彼女に悪意は抱いていない。ならばなぜ、ここまで彼女は……。
 冷えた瞳を海浬は見つめる。
(まるで鏡のような目だ……)
 深い闇ならば、同じものをそっくり映す。
「だいたいあなたは、他人に興味のない方では?」
「そう見えるか?」
「見えますね。広く浅く、というイメージができます」
「広く、浅くね」
「人にばかり尋ねるのは、あまり良くないと思いますよ」
 だが月乃はこちらに質問をしない。そういう気がないからだろう。
 だからこそ、海浬の一方的な会話になってしまうのだが……。
(月乃こそ、他人に興味がないんじゃないのか)
 そうぼんやり思う海浬に、彼女は口を開いた。
「……今日は、本当にご馳走になりました」
 ぺこりと月乃は頭をさげた。綺麗に腰を曲げて。
「礼を言われるようなことはない」
「……あなたらしいですね」
 苦笑すると月乃はきびすを返す。それに海浬も続いた。
 ドアを海浬が開けると、月乃は外に出る。
「車で家まで送るが……。雨だぞ、まだ」
「……雨でも晴れでも、私にはあまり関係がありません」
「本当に車が嫌いなんだな」
「…………」
 無言の月乃は歩き出す。かちかちと、廊下を照らす明かりが点滅した。
 海浬は怪訝そうにそちらを見る。
 消えては点いて、消えては点いて。
 次第に消える時間が長くなる。そして、気づけば月乃の姿が忽然と消え失せていた。闇に溶けるように、だ。
 ぱち、と明かりが点いたそこには誰も居ない。それに点滅もなくなっていた。
 微かに届く鈴の音。
「……お大事に」
 そう小さく言うと、海浬はドアを閉めた。
 外はまだ雨が降っている。
 窓を叩く音。流れる水。
 まだ、降っている――――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【4345/蒼王・海浬(そうおう・かいり)/男/25/マネージャー 来訪者】

NPC
【遠逆・月乃(とおさか・つきの)/女/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、蒼王様。ライターのともやいずみです。
 すみません……どうにも月乃ははっきり好意を示されないと近寄らないようで……。これでも少しは歩み寄った感じになっております。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました。書かせていただき、大感謝です。