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■死人狩り■
深紅蒼
【0351】【伊達・剣人】【エスパー】
 普段、セフィロトから回収された物品を扱う事が多い『裏』。しかし、窓口である男は今日に限って別の事を言いだした。
「人間の死体を集めている」
 この時代、人間は容易く死ぬ。撃たれても怪我をしても病気になっても、あっさりと死んでしまうのだ。勿論、殺しても死なない様な奴も沢山いるが‥‥だから、死体を集める事はそう難しい仕事ではない。『裏』が出す依頼なら、まさしく『裏』の意味がなくてはおかしい。
「さすがにビジターは察しがいい。欲しい死体は完全な生身。サイバー手術を行っていないモノが欲しい。それも、出来れば若い女がいい」
 だが、男はすぐに言葉を続ける。
「使い道は秘密だ。こっちも入手経路は不問にする。死体は新鮮なほど都合がいい。モノに応じて値段を決めさせてもらう、それでいいな」

 『裏』が死体を集めている事はすぐに伝わった。概ね良い値をつけて買い取ってくれるらしい。中には生きている人間を殺して直ぐに引き渡す『ずるい奴』まで出ているらしい。

「景気が良いのか、それとも悪いのだか‥‥」
 聖カリスト教会、通称カタコンベの神父、ヴェラティオ・オランスはその話を聞くと端正な顔を少し歪めた。

 仕事として死体を集めるのか、それともそれを阻止するのか。まったく違う事をするのか‥‥才覚を手に命を賭けて。それがここの唯一の掟。 
◆◇新鮮で綺麗な死体◇◆

 探すとなると結構ないものだ‥‥伊達・剣人(だて・けんと)は軽く溜め息をついた。

 混沌‥‥と言って良い程、ここマルクトには様々なモノがごちゃ混ぜになって存在している。善良も献身も裏切りや殺戮さえも‥‥ここでは隣り合わせに存在する。
 剣人がその『依頼』を引き受けたのは、それほど立派でご大層な理由があるわけではなかった。強いて言えば、きっかけが欲しかったのかもしれない。悪を追うには悪と無縁ではいられない。その世界を知らない者にはピッタリと扉を閉ざしてしまうモノだからだ。本当に心の底から求める願い‥‥魂に刻んだ誓いの為なら、この手を汚す事などなんでもない事だ。そう、そう思えないほど柔い心は持っていない筈だ。だから‥‥これは剣人にとって必要な事であった。

 何かが心の網に引っかかった。剣人は飲みかけのグラスをテーブルに置く。何時来てもここの酒はどこか後味がピリリと来る。ヤバいものでも入っているんじゃないかと疑いつつも、時折この危険な刺激が欲しくなって出向いてしまう。悪い癖だと苦笑し、まだ半分も残っているグラスをそのままにして金をグラスの横に置く。だいたいの場所は見当がついていた。脇道から表通りに、そしてまた脇道へと入る。更に崩れた塀を乗り越え、別の路地へと入る。そこにその女はいた。

 若い女だった。薄いスケスケの服を着ている。どこか場末の酒場か、もっと直接的に男の欲望を満たす店で支給するような服だ。がやがやとうるさいこの街で、何故かここだけが異様に静かだった。
「何か用?」
 女が話しかけてきた。浅黒い肌が薄い布越しにあらわになっている。赤い唇は肉感的で色っぽい。
「あぁ。だが最初に聞かせてくれ。あんた生きてる? それとも死んじまってる?」
 女は3秒だまって剣人を見つめ、それからプッと吹き出した。
「なによ。あんた、その目、ちゃんと見えてんでしょう?」
 痛いところを突かれた。が、しょうがない。見えすぎて困る事だってあるのだ。TPOを考えると実体ではないと思うのだが、鮮明に見えすぎて女が生きてるのか死んでるのかわからない。ここはキレて見せるべきか、それとも下手に出てみようか? 剣人が考えていると女は柔らかい笑顔を見せて近づいてきた。
「‥‥ごめんね、あんたにはあんたの事情ってものがあるんだよね。アタシはもう随分前にオールサイバーにしてるけどまぁ生きてる人間の部類だよ。こんなご時世だからね、死にかけたんだけど天国の狭き門ってのはくぐれなかったみたいだ」
「そうなんだ。その‥‥なんだ、ありがとうな」
 女があまり自分の事を話したくないようだったので、剣人は礼を言って離れようとした。「ちょっと待ちなよ。あんただろ? 新鮮で完璧な生身の死体を探してるってのは。アタシ、案内してやれるよ。来るかい?」
 剣人は立ち止まった。危険かもしれないと心の何処かが警告を発する。けれど、判っていて乗ってみようと思う。
「オーケィ。連れてってくれ!」
 瞬時に剣人はそう返答した。


 そして、今剣人は追われていた。背中にはでっかい荷物がずしりと肩にのしかかる。白い簡素なワンピースを着た綺麗な‥‥死体だ。
「聞いてないだろ! こんな話」
 全力疾走しながら剣人はすぐ横を一緒に走るあの女に文句を言った。女は平気な顔で剣人と同じ速度で走っている。
「そりゃそうだよ、言ってないからね」
「曰く付きの死体なら最初からそう言え! っていうんだよっと‥‥」
 走る剣人の耳元を弾丸がかすめて通った。追っては剣人の頭部を狙っている。確実に殺すつもりだ。サイバーでも脳をやられれば死んでしまう。頭部の装甲が柔い筈はないが、威嚇でもなく、荷を取り戻すだけのつもりでもなく、確実に殺す気なのだ。当然サイバーでない剣人が喰らえば即死だろう。
「だってさ。その女は組織の裏切り者なんだよ。そこへ死体を運び出す男が来れば、まぁ仲間かと思って口封じか制裁で殺すんじゃないか?」
「だから! 聞いてないってんだよ!」
 追っ手は3人。皆が殺気を帯びている。やらなきゃいつかやられる。そして、今ここで死ぬわけにはいかなかった。
「‥‥ったく、しょうがないな」
 人気のない方へと剣人は逃げる。そして路地のドラム缶の脇に女の死体をそっと置いた。
「覚悟しな!」
 だみ声で聞き取りにくいが、それは追っ手の1人が発した声だった。3人とも銃を構えている。
「あぁ‥‥これで終わりだ」
 剣人の右手に力が集中する。光が集約し形を作る。それは形あるモノとないモノを壊す物でないモノ。光は銃の形を取り、それが放つ青い光が3人の男達を包み、そして消した。

 男は軽く一礼した。
「確かに『ブツ』は受け取りました。報酬はいつも通りに‥‥」
 女の死体はかなり良い状態だったらしい。『裏』の男はどことなく嬉しそうだった。窓口を離れ外に出ると、あの女のがいた。今はあの時よりはもうちょとだけ露出が少ない服を着ている。
「これでよかったのか? あの子を安らかに眠らせてやりたかったんじゃないのか?」
 女は首を横に振った。
「いいんだよ。あの子の魂ってのはとっくに上に行っちゃった筈だからね。それに、アタシはあの子を殺した組織より、あんたの手に渡った方が溜飲が下がるのさ」
「‥‥そんなもんか」
「そうさ。じゃまた‥‥アタシが恋しくなったら初めてあった場所においでよ」
 女は笑って投げキスをし、そのまま歩き去っていった。

 剣人は1人になった。ふと立ち止まって振り返る。『裏』が集めた死体をどう扱いのか、気にならないと言えば嘘になる。今はまだ何もわからないが、これは心に留めておこうと思った。1つ、仕事が終わった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0351/伊達・剣人/男性/23歳/正義の味方】
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■         ライター通信          ■
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 大変お待たせ致しました。アナザーレポート・PCゲームノベルをお届けいたします。ヤバい仕事ですが、お引き受けいただきありがとうございました。NPCの女になんだか気に入られてしまっています。年上の女性のハートをくすぐる何かがおありなのでしょうか(笑)。
 また、新しい展開となりましたら、名も無きNPCと一緒にご参加をお待ちしております。また、その時にお逢い出来ると嬉しいです。