■I’ll do anything■
九十九 一 |
【3805】【近衛・誠司】【警視正】 |
都内某所
目に見える物が全てで、全てではない。
東京という町にひっくるめた日常と不可思議。
何事もない日常を送る者もいれば。
幸せな日もある。
もちろんそうでない日だって存在するだろう。
目に見える出来事やそうでない物。
全部ひっくるめて、この町は出来ている。
|
影の道
署内、資料室付近。
なぜここにいるのかや、警備はどうなっているのかという疑問は……彼らに対しては今更であるのだろう。
「………」
近衛が仕事の依頼をして、やけに早く話を取り付けられたと思ったらこれだ。
グレーのスーツを身につけた男は、違和感なく風景にとけ込み、そこに居るのが当たり前のような表情をして資料を読みふけっている。
白昼堂々と警察署内にいる偽警官。
その正体は近衛が依頼を持ちかけた裏の仕事を一族ぐるみで行っている血族の一人、夜倉木有悟だ。
相変わらずろくでもないと思わないでもないが、これから近衛が依頼する事の内容を考えればさしたる問題ではないだろう。
こちらに気づいているだろうに、何も知ら無いと言った風な顔をしている。
何か言うべきか迷ってから、それも癪に障ると横に並び、同じく資料を手に取りながら全く別の話題を持ちかけた。
「調べ物、ご苦労様です」
「警視正もお忙しそうで」
たった今気づいたふりをして、白々しく返される返事。
「この間は色々とお世話になりました」
「楽しんでいただけたなら幸いです」
何を指しているかは明白だ。
時折冗談のようにくだらないネタを仕込み、反応を見て楽しんでいる節がある。
この様子ではこの間の資料調達の件も、想像通りの言葉が返されるだろう。
「今度何かお礼に伺いますよ」
「警視正が喜んでもらえたら、それで結構です」
解る者が耳にしたなら、笑えるぐらいにとげとげしい以外の何者でもない会話は……そう長く続かなかった。
いつまでも遊んでいる訳にもいくまい。
人が捌けたのを確認してから話を切り出す。
「頼み事が一つあったはずですが」
「その件ですが……少しばかり変更をさせていただきました」
「………?」
差し出された書類に書かれた言葉の羅列。
最初は事件もろともすべてを闇に葬り去ってしまう事を計画していたが……今回は生かそうという。
「一任されたのは俺です、少し回りくどいですがそれでお願いします」
「珍しい事を……」
事故死にしてしまうよりは、多少穏やかな手だ。
「お互いにとって悪くない話でしょう……」
暫くはごたごたするだろうが表沙汰にして上手くやれば、事件すらも利用できるだろう。
「この代わりというのは?」
「まだ若いですが、腕は確かです」
仕事に関してのみは信用できる。
そうでなければこの世界では到底やっていけるはずがないのだから。
「彼が断ったらなら、俺が片付けますよ。明日の晩まで、空きがないんです」
「……解りました」
多少計画のずれは出来たようだが……十分に許容範囲内だ。
書類を返しながら、近衛は部屋を後にした。
一本の電話がかかってきたのは、少し前に壊れた方の携帯だった。
「はい」
『………え』
「あっ……」
今は携帯も番号も新しく変更し、そっちにだけに出るようにしていたのである。
なのにただ持っているだけだった方の携帯にうっかりと出てしまったのは……啓斗にすらどうしてか解るはずもない。
これまでにも数回、かけ間違いかはたまた別の意図からか……何度かかけられていたのは知っていたが、その内容も聞いていなかった。
そもそも留守電にしか繋がらないだろう事は向こうの方が良く解っているはずなのに……等といった疑問が一瞬にして脳内を駆けめぐるが、それは相手も同じなのだろう。
形容しがたい沈黙から先に立ち直ったのは、僅かに相手の方が先だった。
『………直したんですか?』
「少し、前に」
『……………そうですか』
正直に言ってしまったのは、すでに出てしまった後だからであり、同時に相手が珍く動揺して居る気配を感じ取ってしまったからかも知れなかった。
「………」
『………』
言いたい事は次々と浮かんでくるのだが……思考が追いつかない。
沈黙が重い。
なんだか訳がわからないまま、嫌な汗がどっと噴き出してくる。
なぜこっちにかけたのかを聞きたくとも、直したのを黙っていた後ろめたさもあり……夜倉木が深く追求してこないのも、いつものように言えない事があるからだろう。
そんなどうにもならない膠着状態が数分ほど続いた後。
「……あっ」
『……啓斗?』
落ち着いて考えさえすれば、あそこまで壊れた携帯からデータが復元したとは……普通は解らないはずだ。
それを解ってしまえさえすれば、幾らか落ち着きも取り戻すという物。
「なんか……用があるんじゃないのか?」
『……はい、依頼をしたくて』
止まりかけていた思考が動き始め、そこで夜倉木からの言葉に気く。
「依頼?」
珍しい事があった物だと思いながら、啓斗は幾つかの条件と共にその件を引き受けた。
仕事の依頼をされたと聞かされた北斗は、裏の仕事であると知り眉を寄せる。
「平気なのかそれ?」
「そう思ったから二人で行けるように頼んだんだ」
「まあいいけど」
ここで万が一断ったとしても、啓斗は一人で行動してしまうだろう。
それなら一緒に行った方がよほど安全だ。
何しろ啓斗は冷静そうに見えて、時折突拍子もない行動を取るのだから。
そもそもこんな胡散臭い仕事を回すのもどうかしている。
電話しているその場にいたのなら、受けはしなかったのにと思う。
だが一度承諾してしまった以上、後から断るのは不利益にしかならないだろうし、何より啓斗の性格から言っても今からどうにかするのも難しい。
ため息を付きつつ、顔を上げる。
「詳しくはどうなってるんだ」
「ん、ザッと聞いただけだからな、詳しくはこれからだそうだ」
「なんだよそれ!?」
「俺も同じ事を思ったけど、話を聞いてから断ってもいいそうだ」
少しばかり予想と違っていた気はしたが……直ぐに新たな疑問が浮かび上がる。
「聞いた時点で断れないとかじゃねぇよな?」
「それもちゃんと聞いた。後で断っても夜倉木がどうにかするって言ったんだ」
「………」
それはそれで啓斗にとっては断りにくい気もするが……。
「……?」
風変わりな状況に首をかしげずには居られない。
「そこまで言われたら、話ぐらい聞いてみようと思ったんだ」
「……なるほど」
関わる一端が僅かだが見えた気がして、北斗も同じくうなずいた。
そうまでして持ちかけられた依頼は、いったいどんな物なのだろうかと。
■都内某所・喫茶店
なぜここを指示されたのか、最初解らなかったがなるほど……。
「……ここも関係者なのか」
人目に付きにくい場所に通されたのもそのためだろう。
「よく解りますね」
「気配が違う」
「なるほど……」
独りごちた啓斗に納得したように頷く、この席に案内した店員は、彼にも見覚えがあったのだろう。
「状況は?」
「そうだったな」
反対側の席に座り視線を二人に戻したのが正式な依頼人、近衛誠司。
「早速本題に入ろう」
口元を隠しながらの会話から、それだけで慎重で用心深い性格なのだと解る。
その上に近衛の言った本題は書類や筆談で行い、表向きに交わされる会話は全く別の物だ。
「ここに呼んだ張本人が来ないのは、珍しいと思いませんか」
「……確かに」
「なんかあるんだろ」
「あり得そうですね」
傍目には親戚か何かにでも見えるような会話とは裏腹に、白い紙を埋めていく走り書き。
曰く、とある有名私立校にて日常茶飯事に起きているという犯罪行為の隠蔽の数々。
毎年のように行われている裏口入学。
有力者の子供の起こした傷害事件を何度も揉み消した。
学校への寄付という名目で行われている金銭のやりとり。
金の出所は少し調べたら税金から出ていると直ぐに解った、他にも権力を思いつく限り悪用しやりたい放題なのだ。
学園の理事と政治家と……あつまさえ警察上層部まで関わっている悪質な事件。
すべては酷いの一言に尽きる。
それ故、証拠を確かな物にするために、学園に忍び込み理事の所有物から証拠を盗み出して欲しいそうだ。
「何か聞きたい事は?」
「………いえ」
「では」
問いかけられた事は一つ。
受けてもらえるか否か?
啓斗がペンを取り、問いかける。
【依頼を受けなかったら?】
詳細を聞いてなお、断る事も出来ると言った。
それを確認したかった意味も含まれていたのだが……表情一つ代えずに近衛は余白に短く書き込んだ。
【彼が動くそうです】
イコール、何人かが不慮の死を遂げる。
結果は……初めから決まっていたような物だった。
■理事長宅
午前二時。
現在地は理事の家。
四階建ての無意味に広い屋敷は、私立校の理事という地位だけで建てられたとはとうてい思えないような豪華さだ。
侵入先を理事長の自宅にしたのも、他よりは遙かにやりやすいからである。
その分不正行為の証拠を置いてあるとは限らないリスクもあるが……一般の家にしては少しばかり厳重な警備だ。
お陰でここに隠しておきたい物や、後ろめたい事があるのがよく解る。
人は隠しておきたい物ほど手元に置いておきたい心理が働く、ならば隠し場所は書斎か寝室のどちらかだろう。
隠し部屋、なんて物があれば話は変わってくるが……そこまでしてないのは地図と屋敷内を調べて確認済みだ。
敷地内に侵入し、気をつけなければならないのは定期的な見回りと、最新のセンサー多数。
それらを潜り抜けながら最初に向かったのは、四階の奥にある理事の書斎。
「………」
これはと思った場所を探し当てた啓斗が、軽く手をこまねいて北斗を呼ぶ。
様々な可能性を考え行動していたのだが……。
「………」
額縁の裏の金庫。
側にあるからという安心感からだろう、最後の詰めが甘い。
セオリー通りの場所だが、次の見回りまで5分程。
鍵をどうにかするにしては短い時間だ。
今これをどうにかするのは難しいが、後で報告しようとしっかりと記憶しておく。
後は……。
机の上にあるノートパソコン。
いっその事これをそのまま持って行ってしまった方が良いかも知れない。
メールでやりとりしていた場合、それもそのまま証拠になるだろう。
手を伸ばしかけた啓斗は、びくりとのばしかけた手を引っ込めた
「……!」
見られていた。
今、誰かに……確かに見られていた。
何かを察したらしい啓斗につられた北斗も窓の方を見る。
このままここにいては危険だと全身でそう感じる。
乱暴な手段だが、本体ごと持って行ってしまおう。
幸いにしてノートパソコンだ、さして荷物にもならない。
懐からロープを取り出しつつ、パソコンを掴むようにして走り出したその時。
「待った、そっちの窓はだめだ」
「何でっ!?」
ぐっと互いの袖を掴んで身をかがめ、ドアの方へと移動する。
静にと忠告し、窓の外をうかがう、外には近づいてくる何台ものパトカー。
目的地はこの家だ。
警報のたぐいはしっかりと回避したはずだと言うのに。
「……何でだ?」
確かに見回りの時間から考えてもおかしい。
「考えるのは後だ、急ごう」
気配に気をつけつつ、頭の中に地図を展開する。
反対側から逃走するのは当然だが、出来れば回避しやすい入り組んだ所からの方が良い。
「……二階の客間の窓が裏庭に面してたはずだ」
「了解」
警察は既に扉から中へと入っているから、こうなればセンサーも何も関係ない。
脱出のルートを考えつつ、部屋から出ようとしたその時。
「………なっ!?」
「何だよ」
扉が開かない。
同じように試した北斗も駄目だった。
入ってくるときに鍵はなかったが……誰かが閉めたのだろうか?
気づかれずに?
「……時間がない」
「他から行こう」
天井裏でもどこだって良い。他のルートは幾つだってある。
素早く天井に手を伸ばしたその時。
「おとなしくしろ!」
強く扉を開く音と共に、警官が4.5人ほど雪崩込んでくる。
「………!」
顔が隠れているのを再確認し、不安定な体制では危険だと伸ばしていた手を引っ込めて窓の方へと飛び退いた。
おかしい、到着からこの部屋に来るのが早すぎる。
不自然なことがあまりにも多すぎた。
なぜかを考えてしまいそうになる思考を押し殺し、脱出ルートを考える。
思考する時間は、幸いにしてまだある。
何かのきっかけで直ぐにでも崩れそうな硬直状態を保っているのは、二人と警官達の間にある机ひとつだけだ。
この状態なら窓から行くしかない。
北斗が目をくらまし、その間に啓斗が外への脱出ルートの確保。
言葉にせずとも、意思の疎通はたやすい。
計画を実行に移そうとしたのを見計らうかのように割り行ってくる声。
「指示をお願いします、近衛警視正」
「……なっ!」
警官たちの背後。
連絡を取っている警官はは昼に話したばかりだ。
特徴を代え、上手くなじんでいるが解らないはずがない。
それに聞き捨てならないのは、依頼人であるはずの近衛の名前。
あっけにとられ、騙されたという考えが浮かびかけた啓斗に、僅かに視線を向ける。
疑問に思っていた事が、一度に解ってしまう。
なるほど……これは、確かに仕組まれていたのだ。
事件を裏で済ますのではなく、明るみに出すために。
「応援を」
その一言は周りだけでなく、確かにこちらに向けても告げられている。
「行くぞ」
「……くそっ!」
今度こそ、二人はその部屋からの逃走を開始した。
予想通り、向こうは上々の出来。
「警視正、姿を見失ったとの報告が」
「捜索の範囲を広げてください。上からのお達しです、念入りに取られた物がないかの確認をしてください」
「はっ!」
入れ替わるように訪ねられる言葉。
「被害者が捜査しなくて良いと言っておられますが」
「急なことで混乱して居るんですよ、しっかりと保護して差し上げてください」
あまり強くごねると何かあるようで不自然だと、直ぐに気づくはずだ。
強い否定も。
どのみちすべてが明るみに出るのが遅いか早いかだけの違いだが……それは近衛には無関係だ。
それ以降も細々と入ってくる連絡を手早く処理しながら、傍目には気づかれないように情報を有利なように操作していく。
後は筋書き通りだ。
不幸な事に盗難に入られた有名私立校の理事宅。
警察とのつながりがあるだけに、迅速に処理しろと上からのお達しがあったのだ。
動くのに何の問題もない。
簡単に方が付くと思ったのだろう。
内密にだ何だのと細々と指示が入っていたが、それは当然無視をした。
念のため幾人かを隔てて指示が来るようにしておいたから、連絡ミスでかたづけられるし。
そもそもあと数日で失脚する身なのである。
何故なら残念な事に、忍び込んだ相手はとても優秀で、色々な物を盗み出されてしまった。
念入りな調査中に、色々と良くない書類が見つかり問題になる。
そこから色々な繋がりが発覚するまで……後もう少し。
「警視正、ご子息の部屋から薬物が」
「先日の傷害事件の凶器と思われる物が発見されました」
「警視正、金庫から書類が」
人の口には戸は立てられない。
派手に動いた物だから、人が集まり始めているし、一般人に紛れて記者も集まり始めている。
明日には新聞の一面のトップを飾る事間違いなしだ。
「もう少し調べてください、理事の部屋は特に念入りに」
慌ただしく、事は動いていく。
一段落したのを見計らい、僅かな間だけだがらと席を立つ。
今回の件で教えられた喫茶店は、色々な意味で使い糧が良さそうだった。
新聞を読みながら、背中合わせのシートに座った相手に声をかける。
「ご苦労様です」
「まだ事件は終わっていません、盗難の件も上手くお願いします」
「それは偶然は言ったと言うことで処理しておきました……ところで」
「………」
何を問うかは、相手も既に解っているのだろう。
「ここまでして、何から遠ざけたかんですか?」
「何のことですか?」
「視界に置いておきたかった、の方が正しいと?」
「さあ」
何か理由がなければ、ここまで回りくどい手は使いたがらない。
その意図を二人と話していて予想し、カマをかけたのだが……反応を見る限りそう間違っては居ないようだ。
この件で恩を着せられないようにするには、この程度は言っておかねばなるまい。
そんな意味を含めた会話だったのだが……。
入り口からその存在を主張しながら歩いてきた啓斗が、近衛のテーブルにノートパソコンをトンと乗せる。
北斗も一緒だった。
「………」
「…………」
「……」
「……………」
それぞれの思惑と共に落ちる沈黙。
身動きが取れなくなりそうな無言が続いた後………。
「あんた等の方が達悪いだろ?」
「落とし物を届けて助かります」
「利用したのか?」
「ご苦労様です」
口を開いたのは同時。
てんでバラバラ、全くかみ合っていない。
「戻る時間ですから、これで失礼します」
「………」
逃げるのかというような視線で見られていたが近衛に無関係だ。
依頼は、一応の決着を見たのである。
三人がどうなるかはもう少し様子をいたい気もしたが……近衛にとっての仕事はこれからだ。
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0554/守崎・啓斗/男性/17歳/高校生(忍)】
【0568/守崎・北斗/男性/17歳/高校生(忍)】
【3505/近衛・誠司/男性/32歳/警視正】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
発注ありがとうございました。
如何でしょうか?
陰謀渦巻く出来になりました。
酷い大人二人は怒って良いと思います。
ちなみにどうやって警察署には入れたのかや、
何をしていたのかはちゃんと考えてますのであしからず。
それでは、楽しんでいただけたら幸いです。
|
|