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■閑話休題■

山崎あすな
【1431】【如月・縁樹】【旅人】
 どうした?
 何か、あったのか?

 え? 何も無い?

 そうか……

 厄介ごとを持ってきたんなら、遠慮なく言ってくれ。
 お前の頼みなら、聞いてもいい。

 もし、時間があるのなら、これからどこかへ行くか?

 それとも、店でゆっくり話でもするか?


 ……よかったらで、かまわないんだが……


 お前と一緒にすごせたらいいなと、思ってな。 
【 閑話休題 - ただいま 後編 - 】


 知らないことを教えてもらうことと、完全に失ったものを取り戻すのと、どちらが大変なことなのだろうか。


 目の前で複雑な表情を浮かべながらも、こちらを安心させるためかほんの少し表情を緩ませたファーは、最後の言葉で謝っていた。
「すまない、縁樹」
 完全に暗闇に取り込まれ、消えてしまったファーがいた場所に残ったのは一枚の羽根。それが、ファーの背から落ちた羽根だったのか、ファーを取り込んだ羽根なのか、縁樹には判断がつけられなかった。
『縁樹、触ったら危ないよ!』
「でも、これしか手がかりがないよ。ファーさんを、探さなきゃ!」
 ためらってなんていられない。
 あのとき、どうして自分は伸ばした手をためらってしまったのか。たとえファー自身がその手を掴むことをためらっていたとしても、引き止めるべきだった。
「ファーさんは取り込まれてなんかいない。きっと、あの闇にも打ち勝ってる」
 そう想いたい。願いたい。
 胸に宿っている希望は微かなものだ。今まで彼が羽根に触れたとき、あんな風に強く暗闇に取り込まれることなんてなかった。
「縁樹さん」
 弱々しく、永久が声を上げる。
「私の……せいかもしれません」
「え?」
「私、兄さんが永久さんのことどう想っているのか聞いて、それが考え込ませてしまったみたいで」
『永久……』
「私は兄さんが普通の人間じゃないってことぐらいしかしりません。だけど兄さんは兄さんで、でも、私じゃなんの力にもなれないんですっ。だから……だから縁樹さん」
『ボクたちに任せとけって。な、縁樹』
「うん。僕にも何ができるかわからないけど……このままファーさんとお別れするのは嫌だから」
 縁樹は永久に笑って見せた。それから、お店のことをお願いすると、壊れ物を扱うようにそっと羽根を抱えて店を出た。
 もう、陽は落ちかけていて、辺りは薄暗い。
 ファーはきっとどこかにいる。
「ノイ、がんばろう」
『まー、このまま放っておけないからね』
「もう、素直じゃないんだから」
『でもさ、当てがないのにどうやって探すの?』
「声」
『はい?』
 突拍子もない縁樹の言葉に、目を丸くするノイ。
「いつか、ファーさんが言ってたよね」
『なにを?』
「自分が自分でなくなったとき、僕とノイの声を聞けば自分を取り戻すって。だから、話しかけよう。この羽根に」
 ファーの姿が見えなくなった後に残ったのはこの羽根だけ。
 間違いなくファーのものだ。だから、この羽根がファーに言葉を届けてくれる。縁樹はそう考えたのだ。
「ファーさんに届くように、ね」
『……わかったよ』
 心の中でそっと、でも強い意志を持って、それぞれの想いを持って、二人はファーへと語りかける。
 行き着く思いは一つ。

 戻ってきてほしい。過去になんて負けないでほしい。
 ここにいる自分たちのところへ、どうか戻ってきてほしい。

「ファーさん」
『ファー』

 そして二人の声が重なった。

「僕とノイが待っています」
『ボクと縁樹が待ってるぞ』

 ◇  ◇  ◇

 遠くから響いてくる声がする。誰の声だかわからないけれど、確かに自分の名前を呼んでいる気がする。
 けれど違和感を感じるのは何故だろう。
 いや、自分の存在そのものに違和感を感じている。
「知りたいのだろう?」
 何を?
「お前の名を強く呼ぶ女への想いを」
 女?
「そうだ。今もお前の名を呼んでいるじゃないか」
 名前?
「聞こえないのか? ああ。そうか。お前にとっては所詮他人なんてその程度の存在なのだろう? だったらもうどうでもいいんじゃないのか? さっさとその身体、俺によこせよ」
 いや……どうでもよくはない。
「ならばどうして、あの声が聞こえない?」
 聞こえているさ。十分聞こえている。ただ、耳には聞こえないだけだ。胸に響いてきている。
 何を言っているのか、はっきりと聞こえるわけじゃない。それが何を意味する言葉なのかもわからない。自分の名前だとしても、今の自分にはよくわからない。
 でも。
 あの声を聞かなければきっと。

「お前に持っていかれていただろうな、この身体。だがどうやら……俺の勝ちだ」

 強く握り締めた手のひらの中で真っ黒は光を放った羽根。次にその手を開いたときは、跡形もなく消えてしまっていた。
 いつもと変わらない羽根を消し去った瞬間の出来事のはず。
 けれど、いつもと違う。

 ◇  ◇  ◇

 縁樹とノイの声が重なりあったとき、突然縁樹の手の中に握られていた羽根が輝きだした。まるで二人を導くかのように、ふわふわと宙を舞い独りでに動き出す。
『縁樹!』
「うん。後を追おう!」
 その先に何かが待っているのだと期待して、縁樹はノイをしっかり肩に乗せなおすと、羽根を追うように駆け出した。
 景色がどんどん変わっていく。人込みの多かった街中から、少し小道に入ったかと思うと、陽が沈みきって辺りが暗くなる。
 外灯が少なく、かなり細い道に入ってきたのがわかったけれど、迷わず突き進んだ。
 縁樹もノイも気持ちは同じ。この羽根が導く先に、きっとファーがいる。
「ねえ、ノイ」
『なに?』
「さっき、ファーさんに僕への気持ちを表わす言葉がないって言われたとき、すごくショックだった」
『だろうね』
 ファーの中で何にも当てはまっていないともとれるその言葉だけれど、実際はそうじゃない。ファーにとっては逆を意味しているその言葉の意味に、縁樹が気づいたのだろうか。
「僕なんてやっぱりファーさんの中で大したことないんじゃないかって」
『縁樹、それは……』
「でもね、ちょっと違うなって、自惚れた」
『え?』
 縁樹が頬を朱色に染めながら、ノイに微笑みかける。
「声、届いたから。どうでもいいから気持ちを表わす言葉がないんじゃなくて、きっとファーさんが忘れてしまった感情の中に入ってるんだよね」
『うん。そうだね』
「だから……無理に表わしてもらわなくてもいいって、思った。僕はそういうところも全部ひっくるめて、今のファーさんが好きだから」
 何食わぬ顔で、さも当然のようにさらっと言ってみせたものだから、ノイも一瞬気がつかなかった。
 けれどすぐに、『縁樹……今』と目を丸くしながら切り返す。
「え? なに? 僕、おかしいこと言った?」
 しかし、逆に返ってきた縁樹の言葉にがくりと肩を落としてしまった。同時にほっとする気持ちもどこかに隠して。
『無自覚……』
「何が?」
『いーよ、もう。それよりも、ちゃんと見てないと見失うよ!』
「あ、うん。わかった」
 おしゃべりはここまで。
 心なしかスピードを上げた羽根を追うため、縁樹とノイは目の前に集中した。
 細い路地を駆け抜けること数分。突然辺りに広がりが見えたかと思ったら、行き着いた先は海。
「うわぁ」
『あんな道もあったんだ……』
 海へは何度か出たことがあったけれど、あんな入り組んだ路地を抜けてきたのは初めてだ。あんなところ、通りたくても迷ってしまって通れないだろうが。
 一番に目に入ったのは闇の中だというのに、その闇よりも黒さを感じさせる羽根を生やし、背を向け立っている人物。
「ファー……さん?」
 恐る恐る近づきながら話しかける。
 ためらいを覚えるのは、その背に生えた翼が見慣れた片翼ではなく、対になっているからだ。
「……その声は、「縁樹」か」
 静かに振り返った男が声を発する。間違いなくファーの声。ファーの顔。でも、どこか違う人物を思わせる気配、雰囲気。
『お前、ファーじゃないだろう?』
「ああ」
「じゃあ、ルシファーさんになっちゃったんですか?」
「それも違う。元に戻る寸前で、声に引き止められて、中途半端な状態で元に戻った。だから、曖昧な双方の記憶しかない」
 近寄りがたいような、ファーの時に冷たささえ感じさせる瞳がない。
「その声の主が、お前だ。縁樹」
「僕……?」
「お前の声が強くファーであった存在を引き止めて、過去を拒絶した。けれどその一片で、どこか過去とともに失ったものを手にしたいと願うファーがいた」
『それって……まさか』
 男が手を伸ばす。あまりに自然と行われた仕草に、縁樹は抵抗の一つも見せなかった。彼の手は、そのまま縁樹の頬にあてがわれた。
「お前への気持ちだ」
『あの、バカっ。だからあんな風に闇に取り込まれたりしたんだろう!』
「だがそれほどまでに欲していたんだろう。縁樹に対する何にも表現できない気持ちを」
 迷って、苦しんで、探して、でも見つけられなくて。見つけてしまったら、きっと昔の自分に戻ってしまうという恐ろしさから、手が出せなくなって。
 でも、見つけたくて。
「この気持ちをはっきりさせないと、お前を傷つける。そう……思っている」
「そんなことありません!」

 縁樹が俺にとって……どんな存在なのか、表わす感情を失ってしまっているから

 あの言葉を聞いてしまったときは確かにショックだったけれど、今ならばそれもファーなのだと言える。
 失ってしまったから、今のファーがいる。
 その今のファーを、縁樹は――
「そのままのファーさんでいいんです。無理に思い出さなくても、言葉に表わしてくれなくても、その分僕がファーさんへの気持ちを口にします」
「……縁樹」
『縁樹』
「大好きです。大切な人です。いつだって、僕が帰ってきたい場所に、ファーさんがいます。待っていてほしいんです。ファーさんのところに帰ってきて、必ずいいたい言葉があるんです」
 今日は、タイミングを失って言えなかった言葉。
 当たり前かもしれないけれど、それを伝えなければ始まらない。
「僕のただいまに、応えてくれるおかえりは、ファーさんであってください」
 大好きな甘いものと、優しい気持ちになる紅茶の香りで包まれる路地に入ってすぐ、ドアに手をかけてそっと開けると軽快なカウベルが鳴って、カウンターで働いている彼と目が合う。
 そして、「いらっしゃい」をもらうと必ず返す言葉。

 ――ただいま――

「どうやら、過去に苦しみながら生きていく必要など、俺にはないようだな」
「え……」
「対の翼を抱えていれば、いずれ過去の記憶、感覚、感情の全てが蘇るだろう。そうなったときに、俺が俺でいられる自信はない。だとしたら、決別していたほうがましだ」
 けれど、ためらいがあった。決別してしまったら、今は思い出しているこの気持ちを、また忘れなければいけない。
 今度こそ、二度と手に入らないかもしれない。
「反則技……かもしれないが、お前にこれを預けておく」
 男は自分の翼に手を伸ばし、一枚羽根を抜くと、そっと口付けた。そのまま、縁樹の手の中に羽根を握らせる。
「害はない。ただ……「ファー」が一生想い出すことのできない想いが、そこに詰まっているだけだ」
 手のひらから伝わる温もり。目を閉じると、聞こえてくる聞きなれた声。
「いつもお前を――想っている」
 男はファーと同じ顔で、ファーが見せたこともないようなやわらかな微笑みを作り、縁樹を強く抱きしめた。
 そのまま、気を失ったかのように力が抜ける。
「ファーさんっ!」
『お、おい、ファー!』
 対となっていたはずの翼の片翼が散り、風に舞う。残ったのはいつもの片翼。それは、ファーがファーであることを選んだ証拠。
「……おかえりなさい。ファーさん」
 気を失っているファーに、縁樹そっとつぶやいた。
 手のひらの中に預けられた羽根は、常に縁樹に伝えてくる。ファーとしては伝えることのできない想いを。

 ……お前が好きだ。縁樹。

 ◇  ◇  ◇

「兄さん、この後誰かくるの?」
「ああ。縁樹とノイが旅から帰ってくるから遊びにくると、手紙をもらった」
「珍しいですね、二人が宣言してから来るなんて」
「そうかもな」
 兄、と永久が呼んだ人物は背中に漆黒の片翼を生やしてはいるものの、どこをどう見ても人間と変わらない。名前は遠藤ファーという。もともと異世界からこの世界へやってきたファーに、苗字はなかった。永久の父の誘いにより養子としてもらい、戸籍をつくり、現在では家族として扱ってもらっている。
 永久にとっても、初めてできた兄の存在に、喜ばしいことこの上なかった。
「よほど、何かあるのかな」
「いや……そうではないだろう」
 たまたま送られてきた手紙の中に、たまたま日付が指定してあっただけだ。せっかくだからと、ファーは晩御飯を豪華に用意しているがいつもこういうわけではない。
「お前も食べていくだろ」
「あー……どうしようかな。夏休みの宿題があるし、邪魔しちゃ悪いしなぁ」
「ん?」
 夏休みの宿題の辺りははっきり聞こえたが、だんだんと小さくなる永久の声に首をかしげるファー。
「そう言えば、今度はどこに行ってたの? あの二人」
「行き先は聞いてない」
「そうなの?」
「いつもそうだ。帰ってきてから、話を聞かせてもらえる」
「へぇ」
 だから待っているんだ。
 続いた言葉を吐き出したとき、ファーは自分が一体どんな表情をしているか気づいただろうか。いや、鏡が目の前にあったわけではないから、絶対に気づかなかっただろうし、核心的に作った表情でもない。
 ファーは自身が抱えている一人の女性への思いを、忘れてしまった。
「そう言えば昨日、不思議な夢を見た」
「夢?」
「ああ……俺が暗闇に捕らわれる夢だ。けれど、不思議と嫌な夢じゃなかった。頭がはっきりとしていて、普段抱えている曖昧な感覚がなくなった」
「へぇ。で? 今はそれ、覚えてるの?」
「いや。まったく」
 夢の内容なんて、覚えていられるわけがない。だからこそ、「夢」を見れるのだ。忘れてしまった全てを思い出し、なおかつ自分でいられたなんて奇跡。夢でしかありえない話だ。
 そんなとき。
 カラン、カラン。
 店内のカウベルが軽快に鳴り響く。
 ファーは手に向けていた視線を上げて、開かれた扉を見つめた。そこに待っていた影を見つけて、いつものように声を上げる。
「いらっしゃい」
 夕陽が差し込むドアの向こう。
 一歩、店に足を踏み入れながら――

「ただいま」
『ただいま』

 二人の声が、重なった。


 ◇  ◇  ◇



 おまけ

「縁樹、顔が赤いが……大丈夫か?」
「え? あ、だ、大丈夫ですよ!」
「そうか?」
「はい!」
 必死に自分の顔の赤みを誤魔化そうとする縁樹を横目に、ノイがため息一つ。
『……一体、あの羽根は縁樹に何を言ってるんだか……』
 昨日、起きた出来事は、縁樹とノイと永久の中だけの秘密となった。ファーは夢だと思っているようだから、都合がいい。
 しかし、あのとき縁樹が手にした羽根を、絶対にノイには触れさせてくれないのだ。妖しすぎる。
『縁樹』
「ん? なに? ノイ」
『羽根、ボクが預かってあげようか?』
「いい! これは僕が持ってるから」
 妖しい。これは絶対なにかあるに違いない。
 今度こっそり、縁樹が眠っているときにでも、あの羽根に触ってやろうと、決心したノイだった。



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■       ○ 登場人物一覧 ○       ■
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 ‖如月・縁樹‖整理番号:1431 │ 性別:女性 │ 年齢:19歳 │ 職業:旅人
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■       ○ ライター通信 ○       ■
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この度は、NPC「ファー」とのシチュエーションノベルとなる、「閑話休題」の
発注ありがとうございました!
縁樹さん、そしてノイさん、またお二人にお会いできて本当に嬉しいです!
二人の関係を一歩進めるお話ということで、前後編で描かせていただきましたが
いかがだったでしょうか?
縁樹さんのほうは相変わらず無自覚、な雰囲気をださせていただきましたが、
今回はとりあえず、ファーの気持ちを伝えさせていただこうかと、
ちょっと長めにつらつらと書かせて頂きました。
かなり趣味に走って、好き勝手やらせてもらってしまったのですが、気にいっていただければ
光栄に思います。
では、またお気軽に紅茶館「浅葱」に遊びにきてください。
心から、お待ちしていますv

                         山崎 あすな 拝