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■Calling 〜渡夢〜■

ともやいずみ
【3524】【初瀬・日和】【高校生】
 鈴の音がする。
 夢の中で。
 踏み込まれたくない夢というもう一つの世界。
 人外のモノを封じる退魔士は、夢の中にてその刃を振るう……。
Calling 〜渡夢〜



 初瀬日和はベッドの上でごろんと転がった。
 机の上にある写真立ての写真に視線を遣り、嘆息する。
(私って……)
 写真は、日和と……その彼氏だ。
 この間、遠逆和彦と会った際に携帯で写真を撮ろうとしたが彼は遠慮した。
「どうしてですか?」
「……写真を残すと呪詛に使われる」
 理由が彼らしい。
 呆然とする日和の様子に彼は申し訳なさそうにした。
 明らかに彼が特殊な環境下にあるのが、痛いほど伝わったのだ。
 それを思い出して日和は自分の携帯電話を取り出す。メールの受信はほとんど知り合いと、彼氏。和彦は携帯を持っていないので、勿論メールは入ってこない。
「い、一枚くらいなら……」
 仕方ないなあという感じで渋々承諾した和彦は、きちんと日和とツーショットで写ってくれた。
 むっとしたような表情の和彦を見て、日和はくすりと小さく笑ってしまう。
「しばらくしたら消してくれ」
 彼はそうも言っていた。
「絶対に残さないと約束してくれるなら……いいよ」
 その写真がこれだ。
(和彦さんて……なにかに狙われてるんでしょうか。憑物とかじゃなくて、人間とかにも)
 遠逆の家はあまりいいところじゃないと彼は小さく言ったことがある。恨みを抱いている人間もいるかもしれない。
 日和は想像したあとにハッとしてうな垂れた。
(和彦さんは……私を、その、意識してくれてるような気がしますけど……)
 自分だって彼は大切な存在だ。好意を向けてくれたら嬉しい。
 だけど。
 枕に顔を埋めて日和は唸る。
(私……お付き合いしてる人が……)
 しかも、それぞれに、それぞれの存在を秘密にしているのだ。
 彼氏に和彦を紹介したいとはあまり思わない。なにせ彼は子供にすら嫉妬するのである。
(和彦さんは普段は気配を消してますけど……そうしたらどう見えるんでしょうか)
 この間は「冴えない」とさえ言われていた。ということは、普段はまったく目にも止まらない石のようなものなのかもしれない。
(「なんだこの変な男」とか言いそう……)
 やいやい怒鳴る様子を想像して日和は溜息をつく。
 反対に和彦が彼氏の存在を知ったら……。
 青ざめて日和は小さく震えた。
(ど、どうなるんでしょうか……。そ、想像できません……)
 なにしろ和彦は読み難い男だ。
 どちらにしろ……二人を会わせていい結果が出るとは思えなかった。



「罰、なんでしょうか」
 トホホな気分で日和は呟く。
 巨大な鳥かごの中に膝を抱えて座る日和は、目の前を半眼で見た。
 ニヤついている少年が二人。
 一人は日和のよく知る――彼氏。
 もう一人は退魔士の遠逆和彦だ。
 二人とも黒い衣服だ。デザインが違うのは……区別をつける為かもしれない。
(よりによって、この二人の姿なんて……)
 しょんぼりしてしまう日和であった。
 おそらくはここは夢の中で、あの二人は夢魔に違いない。
 捕まるまでのことを思い出して日和は大きく嘆息した。

 ひたひたと裸足で歩く日和は、ぽんと肩を叩かれたのだ。
 振り向いてあっ、と思う。
「和彦さん!」
 と、喜んだのもつかの間。日和は彼の格好に仰天してしまった。
「あ、あの……凄い格好ですね」
 どこかの美少年アイドルが着るような……黒一色の凝った衣服。彼がこんな露出の激しい衣服を着るとは思わなかった。
「日和」
「はっ!?」
 呼び捨てに驚く日和は瞬きをし、頬を赤くして和彦の顔を覗き込む。
「か、和彦さん? どうかなさったんですか???」
 おかしなものでも食べたのだろうか?
 甘い笑みを浮かべるので真っ赤になって日和は動揺してしまう。ただでさえ美形なのに、そういう表情をするのはズルイ。
(ど、どうしたんでしょうか……)
 ぷるぷると小さく震える日和は、どきどきして和彦を見つめた。
「キミに会いにきた」
「ひえっ」
 あまりにも甘い声で囁かれて日和の体がびくっと震える。
「嫌? 俺に会うの」
「か、かかか和彦さんっ?」
「俺のこと、嫌い?」
「ひゃああ! やめてくださいっ! 和彦さんは声もかっこいいんですから!」
 小さな悲鳴をあげて日和は彼との距離をとった。囁かれた耳を手でおさえ、日和は肩で息をする。
「そう。この声に弱いんだ」
 くすりと意地悪く笑う和彦を見て、日和はこめかみを引きつらせた。
(な、なんなんですか!?)
 ぽん、とまた肩を叩かれる。振り向いた日和は目を見開いた。
 見慣れた長身。彼氏である少年がそこに立っている。和彦と同タイプの黒服だ。
「な、なんでここに?」
「日和」
 くいっと指で顎を前に向かされる。目の前に和彦の顔があった。
「よそ見をしないで」
「っっ!」
 鳥肌が立つ。
 カチンコチンになった日和の頭は混乱で思考がうまくまとまらない。
 前には和彦。後ろは彼氏の少年。
 完全に逃げ場がない。
「あ、あ、あのっ、あのあのっ!」
 完全にパニック状態の日和は、がしっと両手首を彼氏に掴まれた。へっ、と日和は目を点にする。

 ――その結果がこれだ。
 鳥かごの中で日和は嘆息する。
(確かに変ですよね。和彦さんは私を呼び捨てにしませんし、あんなに色っぽく喋らないもの……)
 和彦はもっと淡々と喋る。
(きっとこの二人は夢魔か何かが姿を写してるんでしょうね……)
 ひどい。
 顔を俯かせてしまう日和は嘆息した。
「はあ……やっぱり罰なんでしょうか……。だってどちらも嫌いではないのですもの」
 それぞれに良いところがあるのだから仕方ない。
 比べても結果が出るとは思えなかった。
 体が重い……。
(う……目まいがします。やっぱり何かされてるんでしょうか……)
 横になろうかなと考えていた日和は、ぼんやりとする瞳で目の前に立つ二人を眺めた。
(私が消えたら……一番いいのかもしれません。誰も揉めなくてすむかもしれませんし)
 だがこうも思う。
 ここで簡単に諦めたら二人は激怒する。
(でも)
 でも。敵だとわかっていても。
 大切な人の姿をしていたら、やっぱり気持ちが…………。
(和彦さん……ごめんなさい)
 と。
「俺の姿を写すとは、いい度胸だ」
 冷えた声が響いた。同時に、鈴の音が。
 真っ白の世界に、黒い学生服の少年が降り立つ。持っている武器は鎌だ。
 大鎌を振り下ろす彼の攻撃を、憑物たちは避けた。
「か、和彦さん!」
 驚く日和は顔をあげる。和彦はそちらを一瞥し、それから目を細めた。
(……お、怒ってる……?)
 日和から視線を外した少年は、ゆっくりと二人の憑物に、変形させつつある武器を向けた。刀だ。
 刀を構え、その刃に腕を添えるように伸ばし――。
「散れっ!」
 和彦の声と同時に刀の先端から衝撃が放たれた。爆発した力を浴びて、憑物たちは木っ端微塵に吹き飛ぶ。
 吹き飛んだ憑物たちは黒い霧のようになって周囲に馴染むように消えてしまった。
「か、和彦さん……あ、あの」
「日和さん」
「は、はひ……」
 和彦の硬い声に日和はおとなしくなる。やっぱり彼は怒っている。とんでもなく。
(ど、どうしましょう……。やっぱり二人の男性の間でゆらゆら揺れてる私のことで……)
 泣きそうになってしまった。悪気はないのだ。
 だが。
 ほー、っと和彦は安堵の息を吐き出す。
「良かった。無事か」
 その声に。
 日和は羞恥で真っ赤になってしまう。
 彼は日和の身を、こんな辛そうな顔をするほど心配していたのだ。
 和彦に謝りたくなった。
「す、すみません……ご心配をかけてしまって……」
「早く呼んでくれ。来るまで迷ってしまった」
「え?」
「夢魔がちょっとここまでを複雑に入り組ませていて……」
 彼は申し訳なさそうに言う。よく見ればその学生服は所々破れていた。
 日和はその衣服を見てから和彦を見遣る。
「和彦さん、ここに来るまで……」
 はっとしたように和彦は振り向く。武器を強く握りしめた。
「…………」
 ゆっくりと周囲を見回した彼は、唐突に日和が閉じ込められているカゴを、持っていた武器で破壊する。
 驚いて頭を手で覆う日和だったが、壊されたカゴはすぐに霧散してしまう。
「あ……ありがとうございます、和彦さん」
 頭をさげる日和だったが、和彦の様子がおかしいのに気づいて疑問符が浮かんだ。
「和彦さん?」
「……こっちに来い」
 日和の手を握るや、そのままズンズン歩き出す。果てのないような白い世界を、彼らは進む。
 日和には目的地がわからない。出口があるのかさえわからなかった。
「かっ、和彦さん、どこへ行くんですか?」
「…………」
 無言の彼はびくっと反応して視線を上に向けるや駆け出す。いきなり引っ張られて日和はバランスを崩した。
 それを見て彼は顔をしかめるや、日和を軽々と抱き上げた。
「えっ、ええっ!?」
「黙れ! 行くぞ!」
 駆け出す和彦は爆発的な速さで地面を駆ける。
 しゅるりと。
 和彦の両腕に何かが絡みついた。それは糸だ。
「くっ……!」
 ゴムのように伸びる糸によって、和彦の動きが徐々に鈍くなっていく。
「か、和彦さ……」
「くそ……! ここまでか……」
 彼は日和から手を離す。日和はゆっくりと降ろされてから彼を振り返った。
 ずるずると後方に引っ張られる和彦を、日和は青ざめた顔で見つめる。
「和彦さん!」
「大丈夫。まっすぐ歩いていけば、出られる」
「でも和彦さんはどうするんです!?」
「俺は平気だ。このまま巣へ行って退治してくる」
「なら私もご一緒します!」
「ダメだ!」
 和彦は後ろに引っ張られながら拒否する。
「日和さんはすでに体力がないはずだ。目覚めても体が疲れているだろうから、今日は学校を休め」
「でも!」
「…………約束するから」
 彼は微笑む。
「絶対に無事に戻る。約束だ」
 目を見開いた日和から、彼はどんどん離れていく。蜘蛛の糸に絡められた獲物のようだ。
 日和は拳を握りしめて頷く。
「わかりました! 約束ですよ!」
「ああ……!」



「やくそ……く……」
 目覚めた日和は勢いよく起き上がり、すぐにぐったりとしてベッドに戻った。
(体が重い……和彦さんは、無事……?)
 あのまま歩き続けた自分はこうして目覚めたが……。
 コンコン、と窓が叩かれた。日和は横になったまま窓のほうを見る。背中をこちらに向けたまま、その少年は軽く手を振ってみせた。
「和彦さ……」
 彼はそのまま鈴の音と共に姿を消してしまう。日和は驚くものの、やがて微笑んでゆっくりと息を吐いたのだ。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【3524/初瀬・日和(はつせ・ひより)/女/16/高校生】

NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、初瀬様。ライターのともやいずみです。
 揺れ動く乙女心を書かせていただきました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
 和彦の憑物封印にお付き合いくださり、ありがとうございます!

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!