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■Calling 〜渡夢〜■

ともやいずみ
【2734】【赤羽根・希】【大学生/仕置き人】
 鈴の音がする。
 夢の中で。
 踏み込まれたくない夢というもう一つの世界。
 人外のモノを封じる退魔士は、夢の中にてその刃を振るう……。
Calling 〜渡夢〜 



「ここ、どこ?」
 疑問符を頭の上に何個も浮かべて、赤羽根希はうんざりした表情で呟く。
「なーんか、やーな空気」
 どんよりという言葉がぴったりだ。
 広大な屋敷は、古いつくりをしていた。
「タイムスリップしたみたいな気分……。これで『おじゃる』とか言ってる人がいたらどうしようかなー」
 それでは平安時代である。
「なんでここ、暗いのかなあ」
 濃い霧で覆われた屋敷には、太陽の光すら届かない。薄暗い、夜明け前の雰囲気がある。
 歩き回る希は、中庭らしい場所でとうとう座り込んでしまう。足が疲れてしまった。
「だいたい……どこなのよ〜、ここはあ〜」
「…………こんなところで何してる」
 突然声をかけられ、希は立ち上がって背筋を伸ばす。
「ご、ごめんなさいっ! でもあたし、ここがどこだかわからな……」
 ゆっくりと振り向くと、黒い着物姿の幼い少年が立っている。見覚えのある顔立ちだった。
「か、和彦くんっ?」
 仰天する希だったが、慌てて口を閉じる。いくら似ていても和彦のわけはない。彼は高校生くらいのはず。目の前の少年はどう見ても小学生だ。
「……おまえ、どうして俺の名を知っている?」
 一瞬で。
 希の喉もとに黒い刃の先端が突きつけられている。少年が握っている刀の刃だ。
(きゃああああああああっっ!)
 心の中で絶叫をあげる希であったが、体は完全に硬直して動かない。
「おまえ、何者だ」
「あ、あた、あたしは……っっ」
 希の耳に、錆びた歯車の音が聞こえた。え? と疑問に思うが、今はそれどころではない。
 みしみしみし……。
 砕けそうな歯車の音はやがて消えてしまう。
 虚ろな瞳になってしまった少年は、ハッとして視線を屋敷のほうへ向ける。
「……時間か」
 そのまま、まるで希など初めからいなかったように武器を影に戻して歩き出した。
 ちんぷんかんぷんな希は、そんな少年の後ろをこそこそとついて行く。
(和彦くんに瓜二つなんて……きっとなんかあるわ)
 うん。ぜったいそう。
 妙な確信を持ってついて行く希は、草履を脱いであがっていく少年を追いかけようとするが……。
 バン! と透明な何かにぶつかって希は打った鼻を擦る。
「いたぁ……。なによこれぇ……」
 ぺたぺたと目の前の壁を触った。透明な壁だ。
 廊下を歩いていく少年を目で追いかける希は嘆息する。
「あーあ、行っちゃった……」
 残念そうに呟く希はぽんと肩を叩かれて悲鳴をあげた。
 と、その口を誰かの手が覆う。
「むぐぐ……!」
「静かに」
「む?」
 視線をそちらに向けると、見知った少年が居た。希の口を塞いでいるのも彼だ。
「ぷはっ。か、和彦くん!」
「…………どこにでも現れるなあ、あんたは」
 呆れたように言う和彦の前で、希は腰に両手を当てる。
「あー! 忘れてる!」
「なにが?」
「言ったでしょ! 和彦くんのためならどこにだって行くわよ、あたしは!」
「…………だからって、こんなとこに来たらダメだろ」
「こんなとこ?」
 そういえばここはどこなのだろう?
 首を傾げる希を見て、彼は口を開く。
「夢の底」
「夢のそこ?」
「俺のね」
「ええっ! か、和彦くんの!?」
 きょろきょろ。
 周囲を見回す希は、尋ねる。
「てことは……さっきの男の子はやっぱり和彦くん?」
「……まあな。俺は夢はみないが、過去の記憶がそれに近いかたちでここにあるんだ」
「?」
「わからないと思うから、理解しなくていい」
「でもさ、てことはここは和彦くん縁の地なわけだ。どこなの?」
「実家」
 さらりと言われて数秒。
 希は理解してから顔を引きつらせた。
「ええー! こんな広いお屋敷に住んでるの!? もしかして和彦くんて、お殿様???」
「なんだそれは。確かに家屋は古いものだが……殿様なんていないぞ、うちには」
「だってだって! すごいすごい!
 あ、でも健康にはよくなさそうよね。空が曇ってるし、霧もあるし」
「結界の中にあるからな、うちは。一般人は入って来れないし、見えないんだ」
「すごい秘密主義ね……」
 徹底ぶりがすごい。
 希は改めて屋敷を眺める。
「でも……静かよね。ほかに人は?」
「いるよ。気配を隠してるだけだ。それに、一族全部が住んでるから、そんなに広くはないぞ」
「…………ど、どういう家なのよ」
 霧であまり視界がよくないため遠くまで見えないが、もしかしたらもっと広いのかもしれない。
 希ははあっと嘆息した。
「和彦くんはお金持ちだったんだ……」
「金持ちではないと思うが……。ただ、古いだけで……」
「まあ確かに、便利そうな家には見えないけど」
「不便だぞ」
 さらりと言う和彦は、なんだか動き難そうだ。
 希は「ああそうだ」と口を開く。
「でも、なんであたしここに居るんだろ?」
「……俺と同調したか……まあ、理由がなんにせよここから早く出たほうがいい」
「待ってよ。なんだか和彦くん、調子が悪そうじゃない?」
 彼は軽く目を見開いた。
 そして視線を伏せる。
「……いや、べつ……」
 がしっと両手を握られて和彦は目をぱちくりとさせて希を見つめた。
「また! すぐそうやって隠し事しようとする! この際だから言っておくけど!」
 真っ赤になって希は詰め寄る。
「あたしは和彦くんが一番大事なんだから! 和彦くんが辛いと、あたしも辛いの!」
「…………」
「わ、わかるでしょ! だ、だからぁ……そ、その、そういう……ほら、アレよ!」
「……それは……俺に好意があるのか?」
 単刀直入すぎる言葉に希は全身を赤くした。
「か、和彦くんはもうちょっと空気を読んだほうがいいわよ……」
「ないのか? あるのか?」
 平然と尋ねてくる和彦に、希は降参する。こういう性格なのだ、そういえば。
「あ、あるわよ! あるある! 大有りよ!」
「…………」
 彼はふっと、笑った。なんで笑うのかと希は思ったが。
「そうか……。じゃあ、俺と一緒だな」
「へ?」



「あ、あの、さっきの……」
 そう訊こうとするものの、彼は一向にその話題を口にしない。
「さて、どうやってここを崩そうかな」
「崩す?」
「まあ見てろ」
 きょとんとする希ではあったが、廊下を後ろ向きに歩いてくる黒い着物の少年を見て驚く。
 和彦を見ると、彼は頷いた。
「な、なにあれ! ちょっと気持ち悪いかも……」
「巻き戻されているんだ。繰り返している、ここは」
「繰り返しているぅ!?」
「ある一定の時間になったら、歯車を強制的に反対側に回しているんだ。おかげで……ここの俺は一向に前に進めない」
「じゃ、じゃあどうするの?」
「歯車を壊しに来た」
「ええっ? あ、あたしにも手伝える?」
「いや……ここは希さんはよく知らないだろう。俺がなんとかする」
「ええっと……それじゃああたしはどうしたらいいの?」
 こんな見知らぬ場所で。
 和彦は後ろ向きに歩く少年を指差す。
「あいつを足止めしてくれ。その間になんとかする」
「う、うん。わかった」
 駆け去る和彦の後ろ姿から目を離し、希は少年のほうを見遣った。少年は草履を履いて庭に戻ってくる。
 本当に、映像を巻き戻しているようだ。気味が悪い。
(えっと、あれも和彦くんなわけよね? でもここが過去の記憶の中ってことは、会話できないはず……。でもさっき会話したし、記憶の中とは違うのかなって……あーもう! グダグダ考えたってしょうがない!)
 とにかく足止めすればいいのだ。
「和彦くん!」
 声をかけると、ぴたりと少年は足を止めた。そして希のほうを見遣る。虚ろだった瞳に、光が戻った。
「誰だ、おまえ」
(ええっと、どうしよう……)
「お、おねえさんはー…………」
「妖魔は入れないはずだ。……普通の人間も」
 鋭い瞳になる少年に、希は近づく。
「残念だけど、あたしは普通の人間なの。いやまあ……ちょーっとばかりフツーとは言い難い力は持ってるけどね」
 和彦のような妖魔退治の専門家というわけではない。
 少年は少し目を見開いた。
(あ、やっぱり和彦くんだ)
 この癖のような動作は、彼がよくするものだ。
「普通の人間か。へぇ……」
「感心されちゃった……。
 でも和彦くんはここでなにしてるの?」
「なにって……修練だ」
「修練?」
「…………」
 黙ってしまう少年。希は、出会った頃の和彦を思い出す。
 今では感情を出してくれるようになっているが、最初はこうだった。表情がなくて、冷たい声で。
(こんな小さい時から……)
 希は屈み、彼の肩に両手を置いて視線を合わせる。
「忘れないで」
「?」
「諦めないで。和彦くんが辛い時は、絶対に力になる。どこへだって飛んでいくわ!」
「……おまえ、なにを言ってる?」
「和彦くんの心が、荒涼としてても…………あたしはそこに花を咲かせる努力をする! だから!」
 だから。
「諦めないで。あたしは希。あなたの未来の……友達だよ」
 驚きに顔を強張らせる少年から、希は視線を逸らさない。
 今の言葉は希自身にも向けたものだ。
「と、も、だ……ち?」
「うん。まあ、友達というか……」
「………………そうか」
 少年は遠くを見るように、苦笑した。
「俺は……未来で、おまえのような女と出会うのだな」
「うん」
 べき、と歯車が壊れる音が響いた。希は空を見上げる。雲間から光が射した。
 目の前の少年の瞳が虚ろになる。
 カチン、と何かがはめ込まれるような音。
 そして世界は完全に停止した。
「希さん」
「! か、和彦くんっ?」
 後ろから駆け寄ってきた和彦に、希は笑顔を見せた。
 抱きつきそうになってしまうが、やめる。
(嫌がられたら……)
 そう思ったのだが。
「どうした?」
「え? あ、うん。なんでもないっ」
「そうか?」
 和彦は両手を広げる。
「ほら」
「え? え?」
「抱きつきたいんだろ?」
「ええーっ!」
「もうすぐ目覚めるんだから、少しくらいは」
 頬を染めて言う和彦を前に、希は吹き出してから抱きついた。勢いよく飛びついたのに、彼はしっかりと希を受け止める。



 むくりと起き上がって希は欠伸を一つ。
「うあー……。あたし、いっつもいい夢ってみないんだけど……なんか」
 いい、夢っぽかったかも。
 そっと自身の手を見下ろして、拳を握る。
「だ、抱きついちゃった……」
 今日はいいことありそうな気がしてきた……!



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【2734/赤羽根・希(あかばね・のぞみ)/女/21/大学生・仕置き人】

NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、赤羽根様。ライターのともやいずみです。
 なんだか少し恥ずかしい感じになってしまいましたが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
 和彦の憑物封じにお付き合いくださり、ありがとうございます!

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!