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■おそらくはそれさえも平凡な日々■

西東慶三
【5432】【早津田・恒】【高校生】
 個性豊かすぎる教員と学生、異様なほど多くの組織が存在するクラブ活動、
 そして、「自由な校風」の一言でそれらをほぼ野放しにしている学長・東郷十三郎。

 この状況で、何事も起きない日などあるはずがない。
 多少のトラブルや心霊現象は、すでにここでは日常茶飯事と化していた。

 それらの騒動に学外の人間が巻き込まれることも、実は決して珍しいことではない。
 この物語も、東郷大学ではほんの些細な日常の一コマに過ぎないのである……。

−−−−−

ライターより

・シチュエーションノベルに近い形となりますので、以下のことにご注意下さい。

 *シナリオ傾向はプレイングによって変動します。
 *ノベルは基本的にPC別となります。
  他のPCとご一緒に参加される場合は必ずその旨を明記して下さい。
 *プレイングには結果まで書いて下さっても構いませんし、
  結果はこちらに任せていただいても結構です。
 *これはあくまでゲームノベルですので、プレイングの内容によっては
  プレイングの一部がノベルに反映されない場合がございます。
  あらかじめご了承下さい。
恐怖! 体験入学!?

 高校卒業後の進路を一体どうするか。
 これは、ほとんどの高校三年生に共通する悩みである。
 神聖都学園高等部の三年生である早津田恒も、その例外ではない。
 それどころか、彼の場合、むしろ悩みは人一倍深い方だった。

 就職するといっても、これぞと思う職業はまだ見つかっていない。
 大学に進学するといっても、特に行きたい学部が決まっているわけでもない。
 家業を継ぐという手もあるが、その決意もまだ固まっていない。
 かといって、他の多くの高校生がしているように「とりあえず大学に行っておく」というのも、なんだかただ単に決断を先延ばしにしているようで、あまりいい方法だとは思えない。

 と、こんな何一つ決まっていない状態のまま、ずるずるときてしまっているのである。

 同級生の一人が、「とある大学の体験入学」に彼を誘ってきたのは、ちょうどそんなある日のことだった。
 大学に行くことに決めたわけではないが、行かないと決めたわけでもない。
 それなら、一度くらい見に行っても損はないだろう。
 そんな軽い気持ちで、恒は首を縦に振った。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 そして、その当日。

「本校では、文字通りの『体験入学』を行っています」
 集まった体験入学希望者の面々に、受付の女性はきっぱりとそう言った。
「パンフレットと体験入学者用バッジの配布が終わり次第解散となりますので、パンフレット内の案内を参考に、それぞれ興味のある講義、もしくは施設の方へ足を運んで下さい」
 どうやら、体験入学用の講義ではなく、普通に行われている講義や、普段通りに開かれている施設に顔を出して雰囲気をつかめ、ということらしい。
 確かに、興味の対象がしっかりと定まっている参加者にとっては、これは非常に嬉しいサービスといえるだろう。
 だが、恒のように「なんとなく来てしまった」者にとっては、むしろ迷惑きわまりない話である。
「さて、どうしたもんかな」
 そう呟いて、恒はパンフレットを片手にあてもなく歩き出した。





 それから、数時間が過ぎた。
 たまたま通りがかったグラウンドでなぜかカバディ(れっきとした体育の授業であり、これでも単位が取れるらしい)に参加させられたり、「陰謀論研究」なる講義に迷い込んで単なる被害妄想のようにも思われる話を延々と聞かされたり、前衛芸術部とやらの製作した「芸術作品」と称する物体Xをうっかり目撃して精神にダメージを受けたりと、次々と想定外の事態に巻き込まれているうちに、いつしか時刻は正午過ぎとなり、恒は次第に空腹を覚え始めていた。

(そろそろ昼飯にするか)
 そう考えて、恒は手元のパンフレットをめくった。
 食事ができそうなところは、学生食堂と、「食文化研究会」などの料理系の部活動や研究会の施設くらいだろうか。
(やっぱり、無難に学食にしよう)
 これまでの経験から「妙な部活動や研究会に関わるとろくなことにならない」という教訓を得ていた恒は、ものの数秒でそう決めると、学生食堂で昼食をとることに決めた。

 パンフレットの地図を見る限り、現在地から学生食堂までのルートは二通り。
 一つめは、学生食堂との間にある研究棟群をぐるりと迂回していくコース。
 そしてもう一つは、研究棟の間を抜けていくコースである。

 距離的には、研究棟群を突っ切ったほうが圧倒的に近いが、妙なトラブルに巻き込まれる可能性もなくはない。
 しかし、道なりにいけばトラブルとは無縁かというとそうでもなく、実際、先ほどなどはなぜか大名行列に遭遇して、かなりの時間足止めを食ったりもした。
(どっちも何が起こるかわからないなら、近い方がいいか)
 そう考えて、恒は研究棟群を突っ切るルートを選択し……ものの数十秒後には、その決断を後悔することとなった。

 二つ目の角を曲がったところで、恒は自分の目を疑う光景に遭遇した。
 なんと、真夏だというのに真っ黒なフード付きローブを纏った明らかに怪しげな集団が、地面にこれまた怪しげな文様が彫り、怪しげな器具が並べて、なにやらとんでもなく怪しげな儀式のようなものを執り行っていたのである。

 絶対に関わってはいけない。
 恒の頭の中の警報装置が激しく危険を告げている。
 もちろんその警告に逆らう理由は何もなく、恒はその場で回れ右を――しようとして、足下で何かが倒れるような音を聞いた。

 おそるおそる足下に目をやると、なにやら怪しげな蝋燭立てのようなものが地面に倒れて転がっている。
 認めたくはないが、自分が誤って蹴り倒してしまったことにほぼ疑いの余地はなかった。
 黒ローブの集団の責めるような視線が、恒に突き刺さる。

 と、そのローブの集団の中から、一人の黒髪の少女が歩み出てきた。
 どうみても大学生には見えないどころか、女子高生にしてもやや幼いような印象を受ける。
「あ、えーと」
 恒は謝罪の言葉を口にしようとしたが、それより先に、その少女が口を開いた。
「この私を黒須宵子と知ってのことですか?」
「え、いや、そんなことは……」
 恒は慌てて否定したが、それは事態をますます悪化させる役にしか立たなかった。
「では、所詮は小娘と侮って、平気で儀式の場に踏み込んだんですね?」
「いや、そうじゃなくて、俺、本当に知らなかったんですけど!」
 宵子の誤解に、必死で弁明しようとする恒だったが、もはや彼女たちにとってこれ以上の問答は無用らしかった。
「なんにせよ、儀式を邪魔した罰は受けてもらいます」
 その言葉とともに、呪いのエネルギーが恒に向かって放たれる。
 それを、恒はとっさに手で弾き返した。
 弾き返された呪いが命中して、黒ローブの一人がばたりと倒れる。
 その様子を、宵子や残りの黒ローブは一瞬驚いたように見つめていたが、すぐに我に返って、呪いの第二波を放ってきた。
 恒はそれもどうにか弾き返し、その流れ弾を受けてまた一人黒ローブが倒れる。
 それを何度か繰り返している内に、とうとう黒ローブの集団は全滅し、残っているのは宵子一人となった。

「よくも私に恥をかかせてくれましたね?」
 引きつった笑みを浮かべる宵子に、恒はなおも弁解を続ける。
「いや、俺、別にそんなつもりじゃ……」
 けれども、そんな言葉で事態を丸く収めるには、すでに溝が深まりすぎていた。
「今さら言い訳してもムダです」
 きっぱりとそう言い放つと、宵子は懐からなにやら小さな水晶球のようなものを取り出した。

 どうやら、これ以上の話し合いは無意味らしい。
 そうなれば、とるべき手段は、一つしかなかった。

「す、すんませんでしたっ!!」
 とりあえず謝罪の言葉を口にすると、恒は今度こそ回れ右をして走り出した。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 恒は走った。
 走って、走って、走り抜いた。

 相手は女性、それもだいぶ小柄な少女である。
 さすがにもう逃げ切れただろうと思って、恒は後ろを振り向いた。

 彼の目に映ったのは、人力車を引きながらこちらに向かってくる大柄な男の姿。
 そして、その人力車の座席に座っていたのは……もちろん、宵子だった。
「宵子さんに仇なす不埒者! そこを動くなあぁっ!!」
 そんな男の絶叫とともに、先ほどよりやや強力な呪術攻撃が矢継ぎ早に襲ってくる。

「お、俺が何したってんだよおぉ!!」
 呪いのエネルギーを四方八方に弾き飛ばし、周囲に迷惑をかけまくりながら、恒は再び逃避行を開始したのだった。





 研究棟の間をすり抜け、陸上部のトラックを横切り、学生食堂の裏を駆け抜け、自動車研究会のテストコースを突っ切りながら、恒と宵子のデッドヒートは続いた。
 研究棟の中から何か悲鳴が聞こえたり、トラックの片隅で破壊音が聞こえたり、学生食堂から警報が鳴り響いたり、テストコースを過ぎた辺りで救急車や消防車とすれ違ったりするたびに、恒の胸は痛んだが、だからといって足を止める訳にはいかない。
「武満さん、しっかり! もう少しです!!」
「うおおおおっ! 宵子さんのためならこれくらいっ!!」
 決して軽くはない人力車を引っ張りながらも、武満と呼ばれた大男は疲れた素振り一つ見せず、恒にほとんど引けをとらないスピードで追いかけてくる。

 このままでは、とても逃げ切れそうにない。

 その時、恒の目の前に細い路地の入り口が見えてきた。
 中はだいぶ複雑に曲がりくねっているようで、人力車で突っ切るのはかなり難しそうだ。
(これなら、何とか逃げ切れるかもな)
 一も二もなく、恒はその中へと駆け込んだ。

 左へ曲がり、右へ曲がって、突き当たりのT字路を右。
 さらにその先の十字路を左へ曲がって、次の突き当たりをもう一度右……に曲がった辺りで、恒はふとあることに気がついた。

 ただの脇道にしては、どう考えても入り組みすぎている。
 おまけに、両脇にある壁はどこからどう見てもただの壁で、建物か何かの一部であるようには思えない。

 ことここに至って、恒は自分が逃げ込んだのがただの路地などではなく、巨大迷路であることにようやく気づいたのであった。

 さらにまずいことに、恒の予想に反して、迷路の中でも追撃の手がゆるむことはなかった。
 なんと、武満は迷路の入り口で人力車を放棄し、宵子を背負って走ってきたのである。
 当然、人力車に乗っていた時よりは宵子の動きも制限されるため、攻撃自体はいくぶん緩やかになってはいたが、そのぶん武満の走るスピードが上がったため、恒はほとんど全速力で走り続けなければならなかった。

 このままでは、今度こそ本当に追いつかれる。
 もはや打つべき手もなにも思いつかず、恒が半ば諦めかけた、まさにその時だった。

「……っ!!」
 突然武満が足を止め、その場にうずくまった。
 これまではおくびにも出さなかったが、どうやらかなりの数の「流れ弾」を食らっていたらしい。
「しょ、宵子さん……すみません」
 彼は最後の力を振り絞ってそれだけ言うと、そのまま意識を失った。

 ともあれ、これで今度こそ逃げ切れる。
 そう考えて、恒は目の前の角を曲がり……そこが行き止まりであることに気づいて愕然とした。

「行き止まりですか? 残念でしたね」
 宵子の顔に、勝ち誇ったような笑みが浮かぶ。
「私の儀式を邪魔した報いは受けてもらいます」
 先ほどまでの「質より量」のめった打ちの呪術とは違う、強力な術の気配。

 これは、さすがにまずい。

「いや、邪魔したことは謝るから、あんまり荒っぽいことは……な?」
 恒は慌ててそう言ったが、宵子は全く聞く耳を持とうとはしなかった。

 かくなる上は、どうにかして彼女の術を防ぎ、次が来る前に横をすり抜けるなりなんなりするしかない。

(ええい、どうにでもなれっ!)
 恒がそう覚悟を決めるのと、宵子の術が完成するのとは、ほとんど同時だった。

 飛来する呪いのエネルギーを押し返すように、恒は両手を突き出した。
 恒の想像を遙かに超えるエネルギーに、逆に恒の方が押し込まれそうになる。
 それでも、恒はあきらめることなく、両手の平にさらに意識と力を集中した。

 やがて、恒の力が呪術の力に並び、そして上回り……次の瞬間、信じられないことが起こった。

 宵子の背後から、突然巨大なミミズとウミウシのあいのこのような化け物が現れたのである。
 恒が弾き返した呪いは、一直線にその化け物へと向かって飛んでいき――。

「しゃげええええぇぇぇぇぇっ!!」

 特大の「流れ弾」をまともに受けて、化け物は耳をつんざくような声で叫ぶと、それっきり動かなくなったのであった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「……えーと」
 しばしの沈黙の後、先に我に返ったのは宵子の方だった。
 彼女は背後の化け物と目の前の恒とを見比べた後、小さくため息をついてこう言った。
「なんだか、助けられちゃったみたいですね。
 本来なら、儀式の邪魔をした罰として『害虫にやたら好かれるようになる呪い』の一つもかけたいところですが、今回だけは見逃してあげます」
 なんだかよくわからないが、どうやら許してもらえたらしい。
「そうか、よかった」
 恒は心の底からそう言うと、改めて彼女の後ろに倒れている化け物を見つめた。
「それにしても、こいつは一体……」
 その言葉に、再び宵子の表情が険しくなる。
「多分、UMA研かどこかの実験動物だと思いますけど……なんにせよ、ここにいるとややこしいことになりそうですね。
 とりあえず、大至急ここを離れましょう」
 確かに、これ以上ややこしいことに巻き込まれてはたまらない。
 恒が首を縦に振ると、宵子はにっこり笑ってこう続けた。
「じゃ、武満さんの方よろしくお願いします」
 彼をここに置いていく訳にはいかないことはわかるが、なにしろ身の丈二メートルはあろうかという大男である。
 かなりの距離を走らされた後に科せられる労働としては、さすがに少しハードすぎる。
「え? お、俺が運んでくの?」
 恒の口から、自然とそんな言葉が出る。

 が。
「他に誰がいるんですか?」
 言われてみれば、今ここにいるのは、気絶している当の武満をのぞけば、恒と宵子しかいない。
 そして、小柄で見るからに非力そうな宵子に力仕事は全く期待できないとなると、やはり、恒が運ぶ以外の選択肢はなかったのである。
 やむなく、武満の巨体を背負い、宵子とともに出口へ向かって歩き出す。
 ところが、行けども行けども出口らしきものは見あたらなかった。
「で、出口はどこに……?」
 恒がたまらずにそう口にすると、宵子は小さく首を横に振ってこう答えた。
「私にもさっぱりです。ここの迷路研究会が造る巨大迷路は意地悪なことで有名ですから」

 その後、二人は暇つぶしにいろいろ雑談しながら迷路の中を歩き回り、どうにかこうにか迷路から脱出できた時には、すでに日もとっぷりと暮れていた。





「もうこんな危険なところに来ちゃダメですよ〜」
 笑いながら手を振る宵子に見送られて、恒は東郷大学を後にした。
 残ったのは、最初に配られたパンフレットとバッジに、別れ際にもらった宵子の名刺。
 そして、数々の非常識な体験の記憶と、極度の疲労だった。

 もちろん、こんな「体験入学」が、全く進路決定の参考にならなかったことは言うまでもない……。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 5432 / 早津田・恒 / 男性 / 18 / 高校生

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■         ライター通信          ■
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 はじめまして、撓場秀武です。
 この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。

 なんだかビックリ箱をひっくり返したような話になってしまいましたが、こんな感じでよろしかったでしょうか?
 できれば最後は仲直りで、ということでしたので、オチはこんな感じにしてみました。

 もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。