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■新人女子社員物語■

朝霧 青海
【1252】【海原・みなも】【女学生】
 入社式を終えてはや3ヶ月が過ぎた。いわゆる五月病も乗り越え、真面目にひたすら上司の言う事を聞き、自分なりに懸命に仕事をしてきたけれど、楽しい気分で仕事をすることが出来ない自分がいる。
 武川・亜紗美(たけかわ・あさみ)、今年の3月に大学を卒業したばかりの新人社員。思えば4月、社会人生活に大きな不安とわずかな希望を抱きつつ、Y・Kカンパニーの傘下であるこのデパートメントストア「Y・Kストア」に入社したはいいものの、学生の頃に想像していたのとはあまりに違う社会人生活に、最近体の疲れを感じるようになり、職場の同僚達ともうまくいかずに、まだ半年もたっていないのに、仕事をやめようか否かと、考えるまでになっていた。
「だけどね、この不透明な経済なのよ。次の仕事がいつ決まるかなんてわからないじゃない」「やめたきゃやめればいいのよ、まだ若いんだし」「やりたい事をやるチャンスかもしれないわよ」「せっかく入ったのに、もったいない。もう少し頑張らないと」
 亜紗美の心の中に住んでいる自分が、日々頭に中に現れては、色々な事を言うのであった。おかげで、亜紗美の心はなかなか定まらない。
「私、どうしたらいいのかしら」
 毎日悩んで過ごしているせいで、ちっとも日常が楽しくならない。その真面目な性格のおかげで、仕事はこなしているように見えるが、朝職場に行くのが苦痛でしょうがない。最近は、朝になると腹まで痛くなってくる。
 そんなある日、上司から今度の連休に、「夏物大バーゲン」イベントをやると伝えられた。それは、今出ている夏の服や雑貨、家電などを割引し、5000円ごとにくじを一枚引いて貰い、様々な賞品が当たるという夏の販促イベントであった。その為、店全体がそのイベントの準備で慌しくなり、当日には臨時バイトも雇うとのことで、亜紗美もその準備に追われていたが、そのイベントが終わったら、自分自身で決断を下そうと思っていた。



「社長、どうなさいました?」
Y・Kカンパニーの社長室で、社長の夜月・霞(やづき・かすみ)に秘書の白波・渚(しらなみ・なぎさ)が問い掛ける。
「いやあ、今年の新人もまた、個性派揃いだなと、思っていたところだ」
「そうですね、まだ、学生気分の社員もいるようですけど」
「しかし、あの娘。迷っているようだな」
 霞がぽそりと呟く。
「新人の、亜紗美って娘だ。あいつは、将来作家になりたいそうだが、どうも腹がなかなか決まらないらしい。今も仕事をやめるかやめないかで迷っている。このままひとつの事をやり遂げれば、自分にもっと自信が出るだろうにな。だからああやって、いつまでもグズグズしていて、一向に成長しないのだ」
「だけど、それは性格なのでは?」
 渚がそう言うと、霞がにやりと笑って見せた。
「ふふ、甘いな。私には見えるんだよ、あの娘の未来がな。私の能力を忘れたわけではないだろう?あの娘、ちょっと自信がついたら、結構いいところまでいける。夢だって叶えられる。だけど、このままじゃ無理だ。自分で自分の才能をつぶしている」
「社長、今度は何をお考えに…」
 渚が不安そうな表情をしているので、霞は今度は穏やかに笑ってみせた。
「今度あのデパートで夏のイベントやるだろ?臨時でバイトを募集して、売り場手伝ってもらうんだが、もしかしたら、あの娘を元気付けるいい連中がくるかもしれないと思ってな。ああいう悩みってのは、同僚同士じゃ愚痴になりがちだが、部外者なら違う視線で見てくれるからな」
「なるほど。そういえば社長、そのイベントのくじの一等は何ですか?」
 すでに刷り上っているイベントの広告チラシに、目を落としながら渚が言う。
「海底旅行だ」
「えええっ〜!?」
 霞は真面目な表情で、秘書に返事をしたのであった。
『新人女子社員物語』



 いよいよ、本格的な夏が到来した。
 Y・Kシティの様々な店では夏の商戦を開始、世間的に2月と8月は売上がダメ、と言われる中、それぞれの店の店員達は売上を伸ばす為にこぞって様々なイベント企画を開始した。スタッフ誰もが、あわただしく売り場を駆け回っていた。
 それはY・Kシティで一番大きなデパートであるY・Kストアも同じであり、男性スタッフなどは、クーラーが利いているにもかかわらず、汗を流している。臨時のアルバイトを雇わなければ仕事が追いつかないほどで、スタッフは夏の商戦用の値札をつけかえたり、売り場を作ったり、アルバイトにレジの打ち方を教えたりなど、残業が続く毎日であった。
 内心、早くこの夏の大セールの期間が終わって欲しいと思っているものもいるのだが、その中で、今年4月にこのデパートへ入社したばかりの新人社員、武川・亜紗美(たけかわ・あさみ)は、この大きな仕事をかかえつつ、ずっと悩み続けていた。
 自分自身に自信が持てない自分。何となくこのデパートに入ったけど、本当は作家になりたかった。けれど、今のご時世、それだけでは食べていけない。自分のやりたい事を仕事に出来た人は、ほんの一握りの人間だけだ。この先の事が不安で、ずっと悩み続けて、亜紗美はこのところずっと疲れてしまっていた。
 正直、区切りにしようと思っているこの夏の大仕事も、乗り切れるかどうかもわからない。楽しい事を考えようとしても、まったく意味が無かった。何よりも自分はこのままでいいのかどうか、良くわからなくなっていた。



「短期アルバイトの海原・みなも(うなばら・みなも)です。今日はよろしくお願いします」
 Y・Kストアの夏の大バーゲン会場で、本日の朝礼が行われていた。
 この夏の大バーゲンの臨時アルバイトにみなもも応募し、すぐに採用され、この場にいるのであった。
「では、みなもさんは、雑貨売り場の陳列とレジをお願いします。雑貨売り場の担当は、武川・亜紗美です。何かあったら、遠慮なく聞いて下さい」
 夏物売り場の責任者らしき男性が、みなもに話し掛けてきた。男性はみなもに亜紗美を紹介すると、また別のアルバイトの方へと行き、それぞれのポジションを分配している。
「武川・亜紗美さんですね。ご指導、よろしくお願いします」
 みなもは、深々と頭を下げて、その女性・亜紗美へにこりとして挨拶をした。みなもの視線に気付いたのか、亜紗美はわずかに会釈をしたが、その顔にはどことなく元気がないと感じた。
「では、今日一日よろしくお願いします!」
 売り場の責任者のその声が合図に、皆が一斉に動き出した。売り場には波の音と、ハワイアンのような音楽が掛けられ、照明も突然明るくなった。
 みなもは中学生であった。日本の法律でも、中学生はまだアルバイトが出来ず、このY・Kストアの臨時アルバイトも、高校生以上が対象であった。本当はみなもはこの場にいてはいけないのだが、亜紗美の依頼を聞き、中学生の自分でもどうにか話を聞いて挙げられないかと、Y・Kカンパニーの社員に尋ねたところ、特別に社長の夜月・霞(やづき・かすみ)から、みなもを高校生として扱ってくれ、との許可が出たのであった。だから、今、この売り場ではみなもは高校生と言う事になっている。
 まわりの本当の高校生達を見て、どうにかその雰囲気に合うようにと思いながらも、みなもの視線は亜紗美の方ばかりを追いかけていた。
 桃色の浴衣を着て、黒い髪の毛を後ろにしばっただけの亜紗美は、浴衣が派手な色彩をしているものの、どこか地味な印象を受ける。雰囲気が暗く見えるのは、やっぱり心の問題かしらとみなもが思っている時、亜紗美がこちらへとやって来て、みなもに話し掛けてくる。
「みなもさん、レジ打ちやった事あるかしら?」
「レジ打ちはやったことがないですけど、がんばって覚えますっ!」
 みなもが元気良く返事をすると、亜紗美は少しだけ笑って見せた。
「とても元気が良いのね」
 どことなく、その言葉はみなもを羨ましそうに思っているようにも聞こえた。
 そしてすぐに、みなもは亜紗美からレジの打ちかたを習い始めた。この売り場で使っているのがポスレジであったため、数字キーを押さなくとも、バーコードにスキャナーを当てれば勝手に商品の値段をレジが読み取ってくれるので、さほど難しくはなかった。
 だが、釣銭を渡す為、レジにセットされた金を取り出すのがなかなか難しく、みなもは何度も手を滑らせて、レジの金を床に落としてしまった。
「レジ、思ったよりタイミングが難しいですね」
 それでもみなもは練習を繰り返し、やっと金をうまく取り出せるようになっていた。
 それからしばらくの間は、みなもがレジ打ちをやり、もう一人、別のアルバイトがクジ引きを、亜紗美が二人の様子を見ながら、雑貨売り場に来た客の応対をしていた。
「あら、隣りの夏服売り場、凄い混雑してきたみたいですね?」
 みなもはそう言って、客が切れたところで、夏服売り場の方へと視線をやった。ほとんどが若い女性の客ばかりであるが、夏服売り場はかなり混雑しており、客は身動きが自由に出来なくて、顔をゆがませたり、人を押しのけたりしていた。
 その場にいるスタッフだけでは手が足りなくなったようで、雑貨売り場にいた亜紗美は、応援しにいくようにと言われてしまい、夏服売り場へと移っていった。
 みなもがいる雑貨売り場とは比べ物にならないぐらい、夏服売り場のスタッフは慌しく駆け回っており、見ているだけでも大変そうであった。
 しばらくしてみなもは、他のスタッフから商品の陳列をやっておいてくれと頼まれ、レジを別のアルバイトへ交代して、商品の陳列を始めた。
「う〜ん、ディスプレイとかと同じ感じでいいんでしょうか」
 学校の部活などでこういったものを並べた事はあるものの、実際の店だとまた、勝手が違うのかもしれない。
「売れる配置、お客様に見やすく取り易い配置は教えてもらった方がいいのかな」
 自分の積んだ商品を、近くから見たり遠くから眺めたりしながら、みなもは並び具合を確認していた。並べながら、値札も貼らないといけないので、なかなかスムーズに並べる事は出来なかった。
 その後も少しずつ、みなもは商品を陳列していった。亜紗美の事を気にかけつつ、自分の仕事はちゃんとやろうと意識しながら並べていたので、時間はどんどん過ぎていった。



「洋服売り場、凄く混んでいるんですね」
 みなもは近くに立っていた若い女性の客に話し掛けられた。年齢は、あまりみなもと変わらないかもしれない。十字架を首から下げ、穏やかな顔つきの優しそうな女性であった。
「はい。朝からあの売り場だけはずっと混んでいて。社員さんも大変そう」
 みなもは値札を貼りながら、雑貨を棚に陳列しつつ、その女性へと返事をした。
「あれじゃあ、亜紗美さんも疲れてしまいますね」
 みなもがぼそりと呟いた時、急にその女性の顔つきが変わった。
「亜紗美様って、今言いました?」
 ブタの形をした蚊取り線香を、床に落とさないようにしながら棚に並べているみなもに、その女性が尋ねてくる。
「あ、はい。あの、浴衣を着ている若い方がそうです。この雑貨売り場の担当だったんですが、思ったよりも洋服売り場が混んだので、あっちに応援に行っているんです」
 みなもが亜紗美を手で示すと、その女性は目を細めてその方向に顔を向けていた。そして、何かを考えているような表情をする。
「亜紗美さんに、何か用事なんでしょうか?」
 みなもは首をかしげて、少女に問い掛けた。
「はい。私、ちょっとした依頼を受けて、亜紗美様の悩みを聞いて差し上げようと思いまして」
 それを聞いて、みなもはその女性がどうしてここに来たかを、やっと理解する事が出来た。
「そうなんですね。実は、あたしもなんです。あたしはまだ中学生ですけど、お話相手になれればいいなと」
 みなもがにこりとして答えた。
「では、同じ依頼を受けたのですね。私は、マイ・ブルーメ(まい・ぶるーめ)と申します。何とか、亜紗美様とお話出来れば良いのですが、お忙しそうですね」
 マイは小さく息をついた。
「あたしは海原・みなもです。アルバイトとしてこちらに入って、何とか亜紗美さんの近くに行ける様なポジションにしてもらいました。休憩時間にでも、お会いできるかなと思ったのですが、こんな混雑ですからね」
 そう言って、みなもは苦笑いをした。
 あっちの仕事が終われば客に呼ばれる、客に呼ばれたと思ったら他のアルバイトから質問をされる、といった具合で、亜紗美は半分混乱しているようにも見える。
「確かに、ゆっくり時間をとるのは難しそうですね」
 マイが呟いた。
「それにしても、みなも様。中学生の貴方が、良くアルバイトとしてここへ入れましたね?」
 マイがみなもを見つめた。
「本当は駄目なんですけど、この依頼の話を聞いた時に、Y・Kカンパニーの社長さんから特別にl許可をしてもらったんです。一応、高校生って事にしてもらって」
「社長様の許可ですか。道理で、高校生にしては若いな、と思ったのですよ」
 にっこりとしてマイは答え、話を続けた。
「しかし、困りましたね。これでは、お話をするタイミングがつかめそうにないです」
「この様子では、休憩時間もないかもしれないですよね」
 みなもは眉を寄せてマイの顔を見つめる。
「では、少し様子を見ましょうか」
 マイがそれだけ言うと、売り場を見る振りをしながら、亜紗美の様子をしばらく見つめる事にすると言って、売り場を眺め始めた。みなもは再び、商品の陳列へと戻ることにした。
 亜紗美の接客はどうもテンポが悪く、時には客に文句を言われていた。そんな時は、もっとベテランの人ならどうするのだろうと、みなもは思っていた。



 やがて、時計が12時を過ぎた頃、アルバイトから順番に休憩を取り始めた。みなもが社員に聞いた話では、休憩時間は1時間だそうで、時間までに売り場へ戻って来れば、どこへ食べに行っても良い、ということになっているようだった。
 それなので、みなもはマイと一緒に、デパートの一角にある、誰でも利用できる休憩場でランチをとることにしたのであった。
「私、シスターやっているのです。いつもは行きつけの商店街で買い物をするのですが、せっかくなのでこのデパートで買い物をしようかと」
「そうなんですか。あたしは今夏休みなんで、アルバイトするにもちょうどいいかなと。部活は入ってますけど、幽霊で」
 みなもはマイと、そんな雑談をしていた。亜紗美の話も出たが、本人がいないところで悩みの相談などは出来ない。これは、亜紗美が仕事を終えるまで待っていた方がいいか、と、2人で話している時であった。
 疲れた顔をした亜紗美がこちらへ歩いてくるのが、みなもの視界に入った。
「亜紗美さんですね?休憩時間、取れたのでしょうか?」
 マイも不思議そうな顔をしていた。
「亜紗美さん、お疲れ様です」
 みなもが亜紗美に声をかけると、亜紗美は少しだけ笑って、倒れるように近くの椅子に座り、そのまま顔を下に向けてしまった。
 その様子を見て、みなもはマイと顔をあわせると、そっと亜紗美に話し掛けた。
「亜紗美様、少々、ご一緒しても宜しいでしょうか?」
 ゆっくりと落ち着いた口調で、マイは亜紗美の隣りの席へと座った。続いて、みなももマイの隣りへと座る。
「私、マイ・ブルーメと申します。亜紗美さんが、仕事の事で大変に悩んでいると聞きました。少しでもお役に立てれば良いと思いまして、こちらへ伺いました」
「あたしもなんです。Y・Kカンパニーの社長さんから、特別に許可頂きました。本当は中学生なんですけど」
 マイに続けてみなもがそう言うと、亜紗美は大きなため息をついた。
「そうでしたか。心配かけているのですね、私は」
 落ち着いた口調ではあったが、元気のない病人と話しているような印象を受けた。
「悩みがあるなら、話してみませんか?」
 マイは亜紗美に問い掛けた。
「社会人の方の悩みを、あたしがどこまで聞いてあげられるかわからないですが、亜紗美さんに元気出して欲しいです。あたしが言うのも説得力ないかもしれませんが、まだ若いのですし、まだまだこれからだと思いますから」
 みなもは優しく答えた。
「亜紗美さんの休憩時間を、ずっと待っていたんですよ、マイさんと2人で。あまりにもお忙しそうですから、帰りの時間まで待っていようかと話していたところです」
 亜紗美はしばらく黙っていたが、やがて小さく口を開いた。
「あの売り場の私の上司から、しばらく休んでいいって言われてしまったの。さっき、お客さんを怒らせてしまって。ちょっと、商品を間違えただけだったんですけどね。その人、すっごく怒って、もうこんな場所には来ない、とか怒鳴って」
 マイもみなもも、じっと亜紗美の話に耳を傾けていた。
「それで、上司からお前は疲れているようだから、しばらく休んだ方がいいって。それは心配してくれているのだと思うのですが、なさけなくなってしまったんです、自分が。最近、悩んだまま仕事をする事が多くて、朝から疲れているみたいで」
 亜紗美は顔を伏せていた。
「亜紗美様は、まだ今年仕事を始めたばかりなんですよね?」
「はい。4月に入って、もうすぐ4ヶ月目になります」
 マイの問いかけに、亜紗美が答えた。
「それなら、無理はありません。亜紗美様だけではありませんよ。世の中の人全てが、今の自分に自信を持って仕事をしていると思いますか?皆、悩みながら生きているんです。私、色々な仕事をして色々な方とお話していますから、良くわかりますよ」
 マイが何かを思い出したような表情をしながら、言葉を口にした。
「でも、まわりの人はそんな感じには見えないです」
「見えないだけです。人の心なんて、簡単にわかるものではないでしょう?私の経験からして、悩んだ人はそれだけ成長しています。悩まない人は成長しないものですよ」
 そのマイの言葉に、亜紗美は顔をあげた。
「やりたいもの、好きなものが見つからないから、こうして色々な職種のアルバイトをしているんですけど、亜紗美さんもそうなのでしょうか?」
 今度はみなもが問い掛けた。
「経験を積む為に、あたしはアルバイトをしたいんです。今から色々な事を学べば、大人になった時に必ず役に立つはずですから。亜紗美さん、何かやりたい事あるんですか?」
「私は、作家になりたいの。昔からその夢追いかけていたんです」
 みなもの問い掛けに、亜紗美はやや笑顔を見せていた。
「学生の時は、色々な物語を書いていたわ。でも、社会人になると、自分のやりたい事をやる時間も、なかなかとれなくなってしまうんですよね。だから、このままどうしていいか、わからなくなってしまったんです。この今のイベントが終わったら、この仕事やめようかと」
「亜紗美様」
 マイが真面目な表情を浮かべた。
「好きな事を仕事に出来るのが、一番良いのでしょうが、なかなかそうはいかないですからね。ただ、さきほどみなも様も言いましたが、まだお若いですから。時間はいくらでもあります。悩めるなんていいではありませんか。世の中には、その選択肢すらない方も、沢山いらっしゃるのですよ」
「そうですね。亜紗美さんは、まだこれからですから。最初から自信のある人なんていないと思います。あたしには、頑張ってくださいとしか言えませんが、悩んでいるのは亜紗美さんだけでないです。あたしだってそうです。でも、色々な経験を積んでいれば、その中から答えも出ると思いますから」
 みなもとマイの言葉を聞き、亜紗美は何かを考えているような表情を浮かべていた。
「ただ、亜紗美様。最終的に決めるのは亜紗美様ですからね。私やみなも様の言葉は、アドバイスでありますから、答えではありません。そのあたりは、ご自分でじっくりと考えてください」
 マイがそう言った時、休憩場の反対側の通路から、浴衣を来た別のスタッフが小走りに走ってきた。
「亜紗美さん、休憩交代ですって。売り場に戻ってくれと、伝言されて」
 亜紗美はそれを聞くと、すぐに椅子から立ち上がり、にこやかな表情でみなもとマイに頭を軽く下げた。
「マイさんに、みなもさん。有難うございます。こんなに心配してくれる方がいるなんて、思わなかったですよ。だけど、嬉しかったです。お2人の言葉を参考にして、私、もう少し考えてみます。本当にありがとう」
 その言葉を最後に、亜紗美は売り場へと戻ってしまった。
「あたしも、そろそろ時間です。マイさん、あたしも戻りますね。依頼とはいえ、アルバイトの途中ですから」
 みなもは席から立ち上がると、マイに笑顔を見せた。
「マイさん。亜紗美さん、少しは元気出たでしょうか」
「出たと思いますよ。ここへ来るときと、顔つきが違いましたから。さて、少しは売り場がすいたでしょうか。私も買い物をして、帰る事にしましょう」
 マイと一緒に売り場へ戻り、みなもは再びレジ打ちに戻った。何時の間にやら、クジ引きでは一等が出たようで、どんな人が当たったのか、みなもは少しだけ気になった。
 売り場には亜紗美もいる。大きく何かが変わったわけではないが、先ほどとは違い、どことなく楽しそうな顔を見せているのを見て、みなもは一安心したのであった。



 2週間ほどして、みなもがアルバイトの賃金を取りにY・Kストアを訪れた時、亜紗美の姿は売り場にはなかった。
 近くの社員に尋ねたところ、ストアの広告部門へ移ったとのことであった。何かを制作する方が、亜紗美には向いていると上司が判断して異動させたらしい。
 そこで亜紗美がどんな思いで仕事をしているのかはわからないが、きっと、悩みながらも自分なりに答えを出して仕事をしているのだろう。(終)



◆◇◆ 登場人物 ◆◇◆

【0126/マイ・ブルーメ/女性/316歳/シスター】
【1252/海原・みなも/女性/13歳/中学生】


◆◇◆ ライター通信 ◆◇◆

 海原・みなも様

 シナリオへの参加有難うございます、ライターの朝霧 青海です。みなもさんとは、かなりお久しぶりとなりました(笑)
 今回は、人生の悩み相談室みたいなノベルになりました(笑)みなもさんのアルバイトの様子は、かなり私の実体験が入っておりまして、レジのやり方や商品の陳列などは、私がやったことをもとにして、それにみなもさんらしいアレンジを加えて描いてみました。中学生は、アルバイト出来ませんが、そのあたりは、社長の威光でクリアしてみました(笑) 
 それでは、どうもありがとうございました!