■幻想風華伝 ― 夢の章 ―■
草摩一護 |
【5542】【ー・ノイ】【旅人】 |
いくつかの激闘の果てに白亜の秘密が明らかとなった。
白亜とは死人の少女。人の夢見る世界を現実化する能力の結晶体。
人の夢を叶える事を望みながら死んだ少女は、死んで尚、その願いに縛られ続ける。
白はそんな彼女を哀れみ、【硝子の華】を作り上げた。
それが花開いた時、それを咲かせた者は白亜の真実を知るように。彼女の想いを知るように。そうしてその人が白亜を鎮魂してくれる事を願って。
しかし何時だって想いも寄らぬ事は起きるもの。
現実世界と物語とを繋ぐ役目を果たしていた冥府は白亜に恋するあまりに彼女の物語が永遠に続くように願い、彼女を連れ去ってしまった。
冥府が逃げ込むのは人の夢物語であったり、花物語であったり、御伽草子の世界であったり。
冥府が逃げ込めば、そこに白亜も居る。白亜は叶える、その物語で叶えられなかった物語を。人魚姫は泡と消えずに王子様と恋をして結婚して、シンデレラの義姉は王子と結婚をし、シンデレラを苛め続ける。眠り姫の呪いは永遠に解けぬまま。そして物語の魔王は現実世界へと飛び出し、人の世を不幸にする。
故に、物語から物語へと旅する風、兎渡はしょうがなく今日も皆さんを物語の世界へと案内します。ぐちぐちと愚痴を零しながら。
そして花が関わる物語には白とスノードロップがお供して、時には綾瀬まあやがお供します。
紫陽花の君、十六夜は時には信頼するのもいいでしょう。でも時には邪魔をします。あなたの敵。しかしそれはしょうがないのです。紫陽花の花言葉はうつろぎ。気まぐれな紫陽花の君にはご用心してください。
それでは準備はよろしいでしょうか?
あなたさまが、兎渡と共に物語の世界へと行くご用意とお心構えは?
― ライターより ―
要するにお任せノベルです。
PLさまがシチュエーションノベルのようにプレイングで起承転結、もしくは起・承・転ぐらいまでを指定してくださって、あとはお任せでも良いのです。それに草摩が考えた物語を組み合わせますので。御伽草子、という感じになるようにまとめます。
基本的に完全お任せで結構ですよ。^^
これには、白(花が指定された時に限り)、スノードロップ、兎渡、紫陽花の君、綾瀬まあや、が同行します。
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『幻想風華伝 ― 夢の章 ― 黒い王女と騎士』
【女の子なんだから】
「ねえ、ノイ」
「ん、何、縁樹?」
「眠り姫様って運が良いよね」
「………何をいきなり、縁樹?」
「だって悪い魔法使いの呪いで百年の眠りに陥っちゃうのは、ちょっと怖いけど、でも眠り姫様にとってみればそれはほんの一眠りの感覚だったんでしょう? ぐっすりと眠って、しかも百年も眠っていられて、それで起きてみたら王子様が自分をキスで起こしてくれていたなんて、女の子にとってみればものすごく幸せで嬉しいんじゃないかな〜って」
そこは静かな浜にある廃屋。
その廃屋の雨戸を開けて、海から吹いてくる潮風が廃屋の中に入ってくるようにしたそこで縁樹とノイ、それからおまけ、というかこうなった原因の綾瀬まあやとスノードロップ、それから保護者の白さんは床の上にレジャーシートを広げて皆で寝ていた。
夜空には満天の星、BGMはさざなみの音色。ちょっと蚊が嫌だけど、それさえ目を瞑れば最高の一夜を明かす場所。
ああ、でもやっぱりノイ的にはおまけたちが邪魔?
「なんか、ものすごく失敬な言葉が聞こえたような気がする………」
のそりと起きて、まあやは寝癖のついた髪をくしゃくしゃと掻いた。
「空耳だ。悪魔女」
縁樹との大切な一時の邪魔をするまあやにぼそりとノイの毒舌攻撃。
「………お散歩したい」
と、言って、起き上がった彼女が多分、「ぐぅえ」、とノイを踏んだのはわざと。
「重い。重い。足が重いっていうか、綿がはみ出るから」
「あら、これは失礼。おほほほほほ」
そう言いながらまあやは砂浜に下りた。
それから裸足で海辺の方に歩いていく。
縁樹は腕時計のライトをつけた。昼間のビーチバレーボール大会でまあやとコンビを組んで出場してゲットしたBaby Gショックだ。しかも限定ヴァージョン。まあやとおそろい。
時計の文字盤はお洒落なかわいらしいデザインだけど、暗闇でライトを点けると、文字盤にはかわいいイルカの絵が現れる。
ノイは縁樹とおそろいが欲しくってまあやに強請ったけど、くれなかった。だからノイはちょっとむっそり。
「わぁ、こんな時間。まあやさん、ひとりでお散歩だなんて危ないよ」
「大丈夫だよ、悪魔女なんだから」
「もう、ノイ。僕はまあやさんよりもお姉さんなんだから、年下の子が危ない事をしていたら、怒ってあげたり、守ってあげたりする権利と義務があるんだから!」
両拳を握って縁樹が言う。
ノイはぽかーんとして、それから手を叩く。
「そっか。縁樹はあの悪魔女よりも年上なんだから、ばんばんと怒っていいんだよ! っていうか、怒ろうよ! あの横暴女に。うん。はい、縁樹。これからはこれであの横暴女に!!!」
縁樹は便宜上永遠の19歳。だから高校生のまあやよりも年上! なんでそんな素適な事実に気がつかなったのだろう?
ノイは後ろのチャックに軽やかな動きで手をまわして、チャックを開けて、そして真っ白で巨大なハリセンを取り出した。
思わず縁樹は苦笑を浮かべる。
「………ノイ。とにかくまあやさんだって女の子なんだから、夜の海をひとりでお散歩だなんてダメ!」
ひょいっと縁樹は肩を竦めて立ち上がって、浜辺に下りた。縁樹はちゃんと靴を履く。
――――――――――――――――――
【ボクは知っている………】
「もう、縁樹は本当に優しいんだから」
縁樹は浜辺をまあやを追いかけて走っていく。
それをシートの上で見守るノイ。
「って、ボクは何をほのぼのと見送っているんだ、縁樹を」
ノイは慌てて縁樹を追いかけようとするのだけど、そのノイをひょいっと白が持ち上げる。
「大丈夫。そん所そこ等の男の子…特に夜の海で女の子をナンパしてどうにかしようというようなお馬鹿な男の子たちにあの二人がくっついていったり、どうにかされるような事はありませんから」
「っていうか、まあやさんに半殺しにされるのがオチでし♪」
白とスノードロップは右手の人差し指一本立てて言う。笑顔でさらりと。
「うぅ。白さん。でもボクの縁樹がそれはそれであの悪魔女の悪影響を受けないか心配だよ! 真っ白な新雪のようなボクの縁樹が」
あの女は顔は綺麗だけど、腹の中はどろりとどす黒い。いったいこれまでどれだけ酷い目に遭った事か!
頭を抱えて悩むノイに白はくすくすと笑う。
「だけど縁樹さんはもっと仲良くなりたいようですよ。さんから、ちゃんへ。もしくは呼び捨てとか。まあやさんは誰にでも壁を作っていますから」
「…うん、それはわかっているよ。あの悪魔女、ボクを苛めている時はやけに生き生きとしているくせに、笑い顔を形にする時はちっとも目が生きていない。まるであれじゃお面だ」
「だから、ね。縁樹さんは」
ノイは白から顔をそらす。
「ボクは縁樹が傷つくのが見たくないだけだい。だってあの悪魔女は………」
縁樹がどれだけ想おうが、下手をしたら想うから、拒絶しそうだ。
自分が嫌いだから、自分を好く者を傷つける。そういう女。
だから縁樹が遠ざけられて、そうさせた自分に怒ったり、余計にまあやに同情して苦しまないか、って心配で。
「わたしは縁樹さんが大好きでし♪ 優しくって、良い匂いがして、ふわぁーっとしていて。だからきっとまあやさんも仲良しさんになるでし」
お気楽馬鹿一代。スノードロップはにっこりと笑う。
どうやらこの虫、自分を元気付けてくれているらしい。
「仲良しさん、ね。だからそれはそれで困るって」
ノイはごろりと横になる。
「あーぁ」
虫に心配されるなんて、ボクもどうかしている。
でもノイにとっては縁樹はそういう娘なのだ。
大切で大好きな半身。何よりも優先して、守ってあげたい娘。
どの、縁樹も。
「そう、ボクは縁樹が好きなんだ」
「大丈夫。それもちゃんと縁樹さんはわかってくれていますよ」
白はにこりと微笑む。
だけどその表情がほんの一瞬だけ哀しげな表情に変わったのは、ノイが浮かべた表情を見たから。
「スノー」
「はい、なんでしか、白さん」
「花火を買ってきていたのを忘れていました。今からやりましょう。縁樹さんとまあやさんを呼んできてください」
「はいでし♪」
飛んでいく虫。
ノイは溜息を吐く。本当にお気楽な奴は羨ましい。
「さてとこれで当分はお話ができるかな?」
白はにこりと微笑む。
「ねえ、ノイ君。どうして縁樹さんの居ない所で彼女の名前を口に出す時、時折哀しげな顔をするんですか?」
ちょっと驚くノイ。
「それを訊くかな、白さんは?」
「いけませんか?」
「うん、秘密。今はまだ」
「今はまだ、ですか」
「うん。この世界に本当に闇の無い場所なんかないから。いつだって闇はある」
そう。そしてその闇の中からあいつはボクたちを見ている。
「そうですか。それは残念です。でも、ノイ君。味方はたくさんいますから、その時は手を伸ばしてくださいね。いつでもきっとあなたたちの周りの人たちは手を伸ばしてくれているから」
「白さん。…………うん、ありがとう」
ありがとう。
伸ばされている手、本当に取れたらいいな、いつか。
あいつの手の上から、縁樹とボクが飛び出す時に。
ノイは自分の手を見る。
そう。それは確かな確信で、今は予感という形を取って胸にあるから。
―――きっと、縁樹はボクが本当の事を言ったら、怒るだろうって。
出逢ってきた縁樹。
ボクは本当は縁樹が知らない縁樹も知っている。
今の縁樹が何人目で、前の縁樹がどんな娘か、って事を。
他にもいる縁樹。
縁樹は、縁樹だけど、でも縁樹は他にもいる。
嬉しい事、哀しい事、怒った事、笑った事、たくさんたくさんあった。
………どの縁樹にも。
ボクはその全てを覚えている。
ボクがそれを覚えててあげなくっちゃならないから。
だけど縁樹が知っているのは、覚えているのは優しい記憶だけ。
哀しい記憶、泣きたくなるような記憶、酷い記憶は忘れている。奪われてしまっている。
あいつに――――
ボクはそれを知っている。
だけどボクは知っていても何もしてあげられない。
それを何とかしてあげたいけど、してあげられない。
あいつの手の上から飛び出せば、今はまだ縁樹がどうなってしまうかわからないから。
それが怖い。
だから行動を起こせずにいるボクは。
あいつが憎い。そして怖い。
縁樹を作ったあいつ。
縁樹から記憶を奪うあいつ。
ボクは知っている。一番最初の縁樹からずっと一緒に居た。
どの縁樹も毎日を一生懸命に生きている。だからたとえ哀しい、泣きたくなるような記憶でもそれは心の宝石。
その宝石を誇りに変えて、彼女たちは凛としなやかにどこまでもカッコよく前に歩いていた。
でも奪われる。死んだら、それが。
その事実が堪らなく悔しくって、哀しくって、だからノイはそれを縁樹に言えない。言えばきっと縁樹は哀しむから。
だからこそノイは縁樹の隣に居る。隣に居て、いつか縁樹が忘れてしまう記憶もノイがちゃんと覚えている。その縁樹が生きた証をちゃんと自分が大切に保管しておけるように。それが今彼にできる、せめてものあいつへの反抗。
そして縁樹のためにしてあげられる事。
胸を張って言える。自分は彼女の騎士なのだと。今は風車に立ち向かうような騎士を演じているけど、絶対にいつか魔王に囚われた姫君を助けてみせる、って、心に誓っているんだ。
その誓いを心の宝石にして、ノイは縁樹の隣に居る。
今はまだ、その心の宝石は冷たく痛いけど、いつか絶対にそれがあいつを倒すための力となるから。
彼は真に姫の騎士であった。
「白さん」
「はい?」
「…………ありがとう」
「いえ、どういたしまして」
「それにしても縁樹たち遅いね。悪魔女と虫はどうでもいいけどさ」
背伸びしてノイは遠くの方を見て、それからコタンコロカムイの羽根に乗って飛び上がる。
夜の海はたださざなみの音色が休む事無く聞こえるばかりで、他の音は何も聞こえない。
「わわわわ。まさか縁樹たちの身に何か起こったんじゃ?」
縁樹とまあやが一緒なのだ。またぞろ何か変なトラブルに巻き込まれたとも考えられる。
しかも縁樹の愛銃はノイの中なのだ!
「ちょっと、ボク、縁樹を探しに行ってくるよ」
言うが早いか夜の浜辺に飛び出そうとしたノイは誰かの顔にぶつかった。
「うわぁ。誰だ、こんな夜中に! さっさと寝なさい!!!」
思わず説教するノイ。
白はライトでその誰かさんを照らす。
夜闇からライトの光りで照り出されたのはひとりの銀色の髪のおかっぱさんだった。
「兎渡さん」
白がその彼の名前を口にした声の響きに、何となくノイは嫌な予感がして、そしてそれは当たっていた。
――――――――――――――――――
【それは縁樹だからだよ】
「ここが物語の中?」
「そうだよ、ノイ。じゃあ、後は頼んだよ」
「ああ、頼まれた。って、ちょと待てぇ! あんたは手伝わないのかよ、この『黒い王女』の物語を解決するのを」
ノイが文句を言うと、ノイをこの世界に連れて来た銀髪のおかっぱ、兎渡は思いっきり嫌そうな顔をした。
「どうして私がそんな事をしなくっちゃならないんだい、馬鹿馬鹿しい。私がするのは冥府と白亜によって滅茶苦茶にされた物語を元に戻せる者をその物語に連れてくるだけです。それがルールで、そのルールでさえ面倒臭いのに。しかも紫陽花の君までもが余計な悪戯をするから」
紫陽花の君、その名前が出た途端にノイは渋い表情になる。
この兎渡によると、その女が迷惑な事に縁樹とまあやをこの世界に連れ込んでしまって、そしてその二人がこの世界から脱出するにはこの物語をハッピーエンドにするしかないそうなのだ。
「まったく。連れて行くなら悪魔女だけにしとけっていうのに」
「でもそうなっていても、結局は僕らはここに来ているでしょうがね。縁樹さんなら必ずまあやさんを助けにくるはずですから」
悪戯っぽく笑いながら言う白。
言われなくっても充分にそれがわかっているだけにノイのやり場のない怒りや不満がいよいよと高くなっていく。
「うわぁー」
体長50cmの人形から今しも噴火しそうな火山のような危険な気配を感じたのか、兎渡は本当に跳ねるような足取りで、この世界から去っていった。
その後ろ姿にノイは飛び跳ねる。
「あー、もうッ!!!」
冥府と白亜。それは物語から物語へと逃げているお訊ね者の二人。正確には冥府が白亜を連れて逃げている。
人の望みを叶える存在の白亜は、冥府の望みを叶えているだけなのだ。
しかしこれまた困った事に白亜はそういう存在だから、逃げた先々の物語の内容を変えてしまっているのだ。登場人物たちの願いを聞いて。
そしてノイたちはこの物語が壊れてしまった世界にやってきた。
「黒い王女、か」
ぞっとしない表情でノイは目の前にある古城を見つめた。
ここにこの物語に出てくる者たちが住んでいるのだ。墓守の一家。
ノイはそらんじる。物語を。
「呪われた黒い王女が生まれた。彼女は年頃になって死んでしまうが、しかし夜毎に棺から蘇って墓守を殺す。だけどひとりの年老いた男が超自然現象の助言で三晩の墓守をこなして、王女の呪いを解いた。黒い王女は白い王女へと転生し、墓守と結婚する、か」
「そうです。一般に知られている眠り姫は眠っている姫に王子がキスをして助けるというものですが、それから派生したいくつもの似たような物語もあり、そして実は眠り姫の物語は魔女の呪いが姫を不幸にする、という目的が完遂されている物もある。曰く、死体愛好家の王子。曰く、眠っている眠り姫に悪戯をした王子。眠り姫は眠ったまま子どもを産む。おおよそ、子どもには聞かせたくない惨い物語ばかり」
「本当に。ボクの縁樹には聞かせたくないよ」
「この物語において白亜は誰の物語を叶えているのか、それはわかりません。眠り姫…この物語では黒い王女。彼女を救うはずだった墓守は殺されてしまったのですから。自分の番が来る前に、何者かに」
「うん。兎渡の話だとそうだよね。しかもありえない殺され方、って。どうだろう? 黒い王女が?」
「彼女は墓守だけを殺すはずです。それに確かヴァージョンによっては眠り姫を助けてから殺される王子もいる」
「本当なの、白さん?」
「はい。眠り姫も話によっては末子成功譚型の話があるのです。三人目の、つまり末の弟が成功すると。そして上の二人は見事に眠り姫を娶った弟を殺してしまうと」
「つまり今回もそれが? 上の二人の誰かが犯人で、白亜に頼んだ。や、でも願いが実現するなら、自分が黒い王女を助けるか」
黒い王女も考えられない。
自らの忌まわしき運命を変えてくれる人間を殺すなど。
ノイは前髪を掻いた。
「どうしますか? 僕らも縁樹さんたちを追いかけますか? 縁樹さんたちと一緒に黒い王女の呪いを解く」
「でもそれだけじゃ足りないからあの馬鹿兎はボクらをここに連れて来たんでしょう? 黒い王女を助け、同時に犯人を見つける。そうじゃなきゃ、この物語は解決はしない」
「そうですね。でも縁樹さんはどうして黒い王女の呪いを自分で解こうとしたのでしょう。ここで犯人を見つけ、そしてまた新たな墓守を見つけて、その彼を助ければ、物語は話通りに進んだ。その方が物語を解決しやすかったのに。聡明な縁樹さんが少し焦りすぎのような感じがしますね」
「だからさ、それは縁樹だからだよ」
ノイはもう本当に縁樹ったらしょうがないなー、というような笑みを浮かべた。それは子どもの悪口という自慢を口にする親の顔。
「黒い王女って、綾瀬まあやそのままじゃない。生まれた瞬間から呪われていて、周りの人間を不幸にして。だからあの悪魔女が隣に居るから余計にさ、黒い王女を早く救いたいって。彼女が幸せになる姿を見せて、励ましたいとかなんとか。本当に縁樹らしいよ」
そしてノイは古城を見る。
だからこそここに居る殺人犯を早く捕まえないと。
じゃなければ、そいつが黒い王女を助けようとしている縁樹たちに何かをするかもしれない。
それだけは本当に絶対に阻止しないと。
大事な縁樹はボクが守るんだ!
「そうですね。では、行きましょうか。事件を解決にしに」
「うん」
ノイは人形から歳相応の姿になる。
人形ヴァージョンは奥の手。そして、彼が持つチャックに、ナイフ、コタンコロカムイはさらにその奥の奥の手だ。
――――――――――――――――――
【ここで殺されたんだ】
古城は曰く付きの城だった。
かつてこの城に攻め込んだ夜盗がすべて古城の中で死んだのだ。
その死因や、どのような形で夜盗を撃退したのかの記述は残されてはいないが、しかしこの古城自体に何かの秘密がある事は明らかだった。
そして昨夜、黒い王女を救うはずだった墓守が死んだ訳だが、その死因という奴は果たしてその過去の夜盗撃退と重なるのであろうか?
ノイは今もなお壁に残る血の跡を見つめながら、それを考えている。
「お話を聞くに特殊能力、というのは関係がないのかもしれませんね」
「うん、白さん。これは何らかのトリックかもしれない。この古城自体に仕掛けられたからくりを使った。問題はその仕掛けを見つけられるかどうかだけどね」
ウインクするノイ。古城に仕掛けられたトラップは噂に聞く夜盗撃退がその目的だろう。ならば簡単にそれが見つけられるわけがない。
「参ったね」
ノイはその場に座り込む。
「ノイさま、白さま、お食事の用意ができました。どうぞ、食堂へ」
そう言ってきたのはここで働く召使の男だ。
ノイと白は、ノイがローマ法王庁ヴァチカンにおいて枢機卿を勤める者の子息であり、その見聞を広めるための旅の途中であるという事になっている。白はその従者だ。
ここは物語の世界で、そしてやはりその物語のカラーを把握し、利用した方が動きやすく、受け入れられやすいのだ。この物語は宗教色が非常に強い。
食堂に入ると、この古城に今現在居る人間のすべてが揃っていた。
「こんばんは。ノイ様、白様。何かおわかりになられました?」
どこか猫を思わせるような笑みを浮かべながらそう言ったのはミリーシャ・ノイン。この地方を治める貴族の良き相談役を勤める才女だ。歳は20代半ばぐらい。そのような彼女が何故に黒い王女の墓守の家にいるかは後ほど説明しよう。
「遅かれ早かれ彼はそうなる運命だった。何故なら今晩からあの黒い王女の墓守に就くはずだったのだから」
本当の彼の運命を知らずにそう口にしたのは死んだグレバーの兄、ミハエルだ。
先ほどの召使、それにミリーシャの侍女たちも顔色が悪い。
ちなみに下働きはここの家の召使がひとり、そしてミリーシャの侍女が五人、それから最後の客人、マンチェスター・ウィリアムの従者が六人。
マンチェスターはヴァチカンの職員で、グレバーの友人だった。グレバーは元はヴァチカンの神父であったらしい。
その友を久方ぶりに訪ねてきたら、こんな事になってしまった。
彼は親友を亡くしたショックから未だ立ち直れずにいるようだ。
席についたノイはミリーシャに軽く肩を竦めてみせた。
「ダメです。まるで見当がつかない」
「人間に、見当がつくはずがありません。あれは神による神罰だったのですから」
「トリシャ」
うめくようにミリーシャの侍女がそう口にして、ミリーシャはその侍女をぴしゃりとキツイ口調で嗜めた。
ノイは白いテーブルクロスの上に肘をついて両手の指を組んで、その指の上に顎を乗せた。
「神罰、というのは初めて聞きましたが?」
ノイがそう言うと、皆は少々居心地が悪そうな顔をした。
ミリーシャは小さく溜息を吐くと、魅力的な怜笑を浮かべながら赤いルージュが塗られた薄く形の良い唇を動かす。
「昨夜は激しい雨の夜でしたわ。雷もひどかった。私(わたくし)はその落雷の音と同時に甲高い悲鳴を聞いたんですの。そしてその悲鳴の方へと走った。わかりますわよね? そう。事件が起こったんです。悲鳴を上げたのは先ほどの侍女。トリシャ。彼女がグレバー様の第一発見者でした。私が彼女の下に辿り着き、グレバー様の部屋を見た時、落雷の光りが窓から差し込んできたんです。そしてその光りに照らされたのは美しい少年。いえ、少女だったかもしれません。………そのどちらでもないでしょうか? だってそこにいたのは見目麗しい天使だったのですから。天使がいて、そして次の落雷の光りと音に私が思わず目を瞑った次の瞬間には天使は消えていて、そうして古城を取り囲む壁、ちょうどグレバー様の部屋の窓の向こうの壁に彼の身体が、磔にされていたんですの」
ミリーシャが自分が見た事を話すと、マンチェスターはただ一言、うめくようにこう言った。
「畏れ多い」
と。
+++
「あぁ〜、頭が割れそうなぐらいに意味がわからない。というか、育ちの良い枢機卿の子息を演じていた自分に疲れた」
ぱたりとノイはベッドの上に寝転がる。
「中々の好演技だったですよ、ノイ君」
にこりと笑う白にノイは目を半眼にした。最近気付いたのだが、この人はものすごく穏やかで優しいが、同時に随分と茶目っ気がある。今回の枢機卿の子息の事だって………。
「もう、ボクが従者の方が良かったよ」
白はただただにこにこと笑うばかり。
「でもほんと、事実はどこにあるんだろうね、白さん。本当に天使が殺した?」
グレバーの死体は外の壁に磔にされていた。しかも高さでいえば三階の位置に。それは彼の死体と、彼の部屋の窓の位置で証明された。下ろすのにも随分と手間取り、たくさんの人手を要したという。つまりがそれだけ彼の死体をあそこに磔にするのは骨が折れるという事だ。
実行犯はひとりとは考えられない。
ではひょっとしたらこの古城に居た全員で彼を殺した?
ありうる。街ぐるみで行われた殺人というのも実際に存在するのだ。
「縁樹が居てくれたらな」
ノイは枕に顔を埋めながらぼそりと呟く。
縁樹は何をしているのだろうか? 大丈夫だろうか?
考えるのは縁樹の事ばかり。息苦しい。縁樹不足だ。
「だぁー」
ノイは枕を壁に向かって放り投げた。
白がくすくすと笑う。
「確かに天使が、殺したのなら、説明がつきますね。あの殺され方に関しては。それでは、その殺された理由は? まさか天使が衝動殺人、だなんて事はありえないでしょう?」
「そうだね、白さん。うん、とにかく話してみよう、皆と」
+++
「私がここに来た理由ですか?」
「はい。なぜにあなたのような人がここに?」
ノイはミリーシャの部屋を訪れていた。
今、ノイたちが借りている部屋と同じ客間。階はノイたちの部屋がある階の下だ。そしてグレバーの部屋とも同じ階。
ただベッドと備え付けの台があるだけの簡素な部屋だが、そこを使っているのが女性だというだけで、それでもどこかその部屋は良い香りがし、そして華やかに思えた。
「長くなります。少しお待ちください」
不躾な質問にもミリーシャは気を悪くせずにノイを部屋に迎え入れ、彼をベッドに座わらせて、侍女に持ってこさせた温かい蜂蜜酒をノイに手渡した。自分はワインを飲みながらわずかに両目を細めて、記憶を反芻させながら、それを言葉に紡ぐ。
「私は月に一回、カナーバ修道院を訪れるのです。そこにいる司教様とお茶をするために。そしてそこに逃げ込んできている女たちの話を聞くために。離婚するには女は男からそれを認めてもらうしかありません。ですから女はその修道院に逃げ込むのです。運がよければそこまで妻を追い込んだと男は離婚します。しかし運が悪ければ、男が死ぬまでそこにいなければなりません。グレバー様の奥様は残念ながら後者という事になってしまいましたわね」
ノイは目を見開く。
「彼は結婚をしていたんですか?」
「ええ。ローマに居た頃は良い夫だったといいます。しかし彼はある時に変わってしまった。魔鏡を手に入れた時から」
「魔鏡?」
「はい。それを手に入れて彼は人が変わり、ヴァチカンを退職して、ここへ引っ込んだと。彼の一族がここへ来たのはつい最近で、それまでは彼はひとりでここに暮らしていたそうです」
「奥さんはその魔鏡が怖くって?」
「はい。正確的にはその魔鏡を手に入れた彼が彼と彼女の子どもを殺したから、と」
ノイは絶句した。
「それで彼女は修道院に逃げ込んだのです。そして私はその魔鏡とやらに興味を持ってここへ来ました」
にこやかに微笑むミリーシャ。ノイは苦笑した。
しかし余計に話が見えにくくなった。
「天使に魔鏡か」
「マンチェスター伯。閣下もその話はご存知のはずですわ」
彼女がそう言った瞬間だった。そのマンチェスターとミハエルの怒鳴りあう声が聞こえてきたのは。
+++
「何を言い争っているんですか?」
斜に構えながらノイは言い放った。
胸倉を掴みあって口喧嘩をしていた二人は気圧されたように口を閉じて、手を離す。
「魔鏡だよ。魔鏡が消えてしまった。それを隠したのがミハエルだ。グロバーを殺したのもこいつじゃないのか?」
吐き捨てるようにマンチェスター伯は言った。
ミリーシャの落ち着きが無くなる。
「やはりマンチェスター伯、あなたも魔鏡を」
「二の次だ。私はグロバーの身を心配していた。いつかこうなるんじゃないのかって。だから私はあいつに早く捨てろ、と。昨夜ここに来たのも、胸騒ぎがしたからだ。あいつを殺したのは魔鏡だ。私はそれを捨てるためにここにいる」
それからマンチェスター伯はミハエルを睨んだ。
「俺だって知らないよ」
うめくように言う。
「ここには鍵がかかっていた。いや、かかっていたと想っていた。この地下の部屋はグロバーの趣味の部屋で、ここに魔鏡は飾られていたんだ。ほら、そこの壁。その壁の釘に魔鏡を引っ掛けて。しかし魔鏡は無くなっていた。誰かが持っていったんだ。俺は見たぞ。昨日までは…弟が死ぬまではそこの壁にあったとな」
ノイは頷く。
「鍵がかかっていたはずの部屋に鍵はかかっていなかった。そしてあるべき場所に魔鏡は無かった。じゃあ、ひょっとしたらここが」
「ノイ様?」
ミリーシャが驚いたようにノイの名前を呼んだのは、ノイの手にいつの間にか霧吹き機があったからだ。
あらためて部屋を見回す。
不思議な部屋だ。部屋の中には何も無い。ただの何も無い部屋だった、ここは。
ノイは霧吹き機の中身を部屋のあちこちにかけ始める。
それから灯りを消した。
闇の中で、部屋の一辺だけが、青く光っていた。
ノイはそれを見て、頷いた。
「ここで殺されたんだ、彼は」
+++
「つまり殺害現場はここだった、という訳だ」
ノイは溜息を吐いた。
そして顔をしかめる。
「余計に判らなくなった」
「なにがです?」
白は小首を傾げる。
「だって犯人はここで彼を殺した。そして部屋を染めたこの部屋の血はすべて洗い流したのに、鍵はかけてはいなかった。しかも壁に磔にしてまでしたのに。中途半端だよ。血を洗い流したり、死体を壁に磔にしたり、そんな時間があったらこの部屋で殺人を起こした事実を完全に消すべきじゃ。扉に鍵さえしていれば、ここが殺害現場だったとはひょっとしたら気がつかれなかったかもしれないのに」
うめくように言うノイに白は静かに微笑む。
「本当はノイさんにもわかっているのでしょう?」
ノイは苦笑する。
「しなかったんじゃない。できなかった?」
ミリーシャたちがグレバーの死体を見つけるのがあまりにも早すぎて、扉を閉める事ができなかった。そして………
「おそらくは魔鏡も返しそびれた」
間抜けだね、とノイは肩を竦める。
「とにかくもう一度、あの部屋、あそこを調べなくっちゃ」
――――――――――――――――――
【殺せたらね】
「これで夜盗が全滅したのもわかるね。夜盗が目指す物は宝物庫。その宝物庫こそが大きな仕掛けだった。本当にムカツクぐらい人間を知り尽くした合理的且つ残虐な仕掛けだよ」
そうだとわかっていてもそれを見抜けないからこそ仕掛けは仕掛けたりうるのだ。
三日目の夜。ノイは焦燥に駆られ、苛ついていた。縁樹たちは無事だろうか?
白は古城の外を調べていた。
ノイは部屋を調べている。
それにしてもノイはこの部屋に居ると機嫌が悪い。
……………湿気が多いからだ。
「うわぁー。湿気る。湿気る。身体が重い」
どうにも人形ヴァージョンのせいでそういう感覚が抜けない。
人形?
そうだ。今の視点は15歳の少年の視点。これは人知を超えた者が作り出したトラップだ。ならば人ではない視点で見たら?
そしたら見えないモノが見えるかもしれない。
ノイは人形の姿となる。体長50cm。ペットボトル一本分の重さ。転瞬、部屋のどこかでがしゃん、と音がした。
そして浮遊感がノイを襲う。まるでそれはシーソーに乗っているかのような。(前に縁樹とまあやにハムスターやスノードロップと遊びでシーソーに乗せられた。)
そう。シーソーなのだ。部屋には秤が仕掛けられていた。部屋に誰も居ない状態、になると部屋の壁が開くようになっていた。
そして出てきたのはひとりの少年だった。裸の美しい少年。その彼の顔を見た瞬間にノイの中ですべてが繋がった。どうして犯人がグレバーを殺さなければならなかったか。
少年は本当に天使のように美しかった。
そして動く人形、ノイにも驚かないどころか興味を示している。純粋無邪気な幼い子どものように。
「いや、こいつ、幼い子どもだ…。子どもなんだ、こいつは…」
少年の見た目は15,6歳だ。だけど、その表情は幼児だ。
「あぁー。あぁー」
この少年は誰だ?
いや、知っている。ノイはこれが誰なのか。
ノイは怒る。そしてあらためて理解する。この怒りが殺人を犯させた。犯人に。
彼はノイを捕まえる。そして「あぁー。あぁー」と言いながらノイで遊び出した。
ノイは泣きそうな顔でその彼を見ている。
彼もまた、運命を弄ばれている。
そして奪われてしまった。時間を。
彼はこの古城の裏に閉じ込められていたのだ。
「うるぅわぁー」
ノイは雄叫びをあげた。怒りに任せて。
彼はそれに怯えて、ノイを投げつける。
怯え暴れる彼を、ノイは少年の姿となって、宥めようとして、そしてそいつと目があった。
闇の中で瞬く目。
壁が閉まり、そうしてその瞬間部屋の真下から凄まじい勢いで水が吹き出した。
その轟音に重なって、頑丈な扉の向こうで白の叫ぶ声がする。
「ノイさん。地下水です。この古城の真下には地下水が流れているんです」
「遅いよ、白さん」
ノイは苦笑して、彼を抱きしめたまま水の圧力によって押し流される。
天井の板は回転式となっていた。その向こうに道があった。その道を水圧で噴き上げられている。そして決められたルートを取って、ノイは凄まじい水の圧力で壁に叩きつけられ………
―――もしもノイが水圧によって叩きつけられていたら、間違いなく大ダメージを喰らい、彼も死んでいたはずだ。
だがノイには縁樹との旅で手に入れた力があった。コタンコロカムイの羽根。
まるでサーフボードかのようになったそれの上に彼を抱き上げながらノイは乗っている。その力で噴き上げる水を逆流して、トラップから脱出したのだ。
そして真下の古城をきつく睨んだ。
そこからは犯人が何食わぬ顔で白たちと一緒に出てきた。
+++
「その彼は?」
そう言いながらもミリーシャには見当がついているのかもしれない。
眉根を寄せた彼女の顔にはとてもやり切れなさそうな表情が浮かんでいた。
「そうです。グレバーとあなたがカナーバ修道院で出会った女性との間で生まれた子です」
ノイは頷く。
彼女は口を両手で覆い隠した。
「どうして?」
悲しみと怒り。彼女は本気で怒っていたし、そして泣いていた。
彼は、「あぁー。あぁー」と言いながら子どもが父親に歩み寄るようにミハエルに近寄って、彼の服の裾を掴んだ。「あぁー。あぁー」、本当に嬉しそうに笑っている。
そしてその顔が歪んで、ついで泣き顔に変わったのは、ミハエルが声を押し殺して泣き出したからだ。
「この子はずっとこの古城に隠されていました。死んでいなかったんです。グレバーの奥さんが殺されたと想っていた子どもは。殺されるよりも惨かったかもしれない。ずっと俗世から隔離されて、時間を奪われて」
「どうしてこんな事に…」
うめくミリーシャ。
「妻が、弟の妻が悪かったのだ。男と不貞をやらかすから」
「不貞? 彼女が不貞と?」
責めるようなミリーシャの声。
「彼女はそんな事をするような人では」
「しかし弟は妻が不貞をやらかし、そしてその不貞の果てにこの子が生まれたと思い込んでいた。弟はずっと妻を、そしてこの子を恨んでいた」
「あぁー。あぁー」彼の身体のあちこちには古傷がある。きっとグレバーに虐待をされていた。
「あぁー。あぁー。あぁー」
彼はミハエルに心から懐いている。
ミハエルは心からずっとこの彼を守ってきたのだ、嫉妬と憎しみに囚われた弟から。
しかし犯人はその彼をもノイごと殺そうとした。
「この彼はあなたのお子さんなんですか、マンチェスター伯」
ノイは責めるような声で言う。
そう。ノイは確信した。彼こそが犯人だと。そう思うピースはあったのだ。
そしてマンチェスター伯は懐から拳銃を取り出し、その銃口を、ノイに向けた。
「見事だよ、ノイ。完全犯罪だと想っていた」
確かにノイが人形の姿を持っていなかったら、解けなかった。あのトリックは。
「それは私の子どもではない。私は彼女とは肉体関係は無かった。私は望んだが、彼女も私を愛してくれていたが、しかし彼女は彼を裏切ろうとはしなかった。たとえ破産しそうな家を救うためだけに結婚したグレバーにも義を通したのだ。この子は間違いなくグレバーの子。なのにあいつは、グレバーは…」
「だからこの子を見た時に、殺意が芽生えた」
「そうだ。あいつが彼女と離婚すれば、私達は結婚できていた。なのにあいつは彼女を縛るために離婚はせず、そしてあいつと彼女との息子をこのような目に遭わせて。だから私は!!!」
ノイは首を横に振る。
「凶器は魔鏡。それで彼を殴り殺した」
「そうだ。魔鏡は私の部屋にあるよ。ミハエルを犯人にし、彼は古城ごと焼き殺すつもりだった」
残虐な笑みを浮かべる。
ミリーシャは哀しげに顔を左右に振る。
「あなたが修道院へ通っているのは知っていた。彼女はこうなる事がわかっていて、私を」
ヴァチカン職員ならば修道院にも出入りできる。ノイはそう想ったのだ。それに夫の友人と、女が不貞をやらかすのは別に珍しい話ではない。
本当に実に簡単な犯人探しだった。
「トリックは古城の下を流れる地下水路の水を利用したトリック。それでグレバーを壁に磔にした」
「そうだ。グレバーが見つけ出したトリックだ。あいつは伝説の類が大好きで、それと同じぐらいにそのトリックなどを見つけるのが好きだった。私の殺意には気付かなかったようだがな」
そう言った彼にノイは笑った。とても意地悪に、残酷に。
「馬鹿だな、あんた。あんたはこれで何もかも無くしたじゃないか。未来も、地位も、信望も。それがグレバーの最後の復讐だったんじゃないのか?」
ノイの言葉にマンチェスター伯は顔を真っ青にし、そして震える手で撃鉄をあげた。
「おまえらを殺せば済む話だ」
「殺せたらね」
ノイは吐き捨てる。
そして銃弾が発射されると同時に姿を人形に戻し、投げナイフ。
一本が銃口に突き刺さり、暴発。
血塗れの手で顔を押さえて、しわがれた声で呪詛を吐く彼にノイは扇のようにコタンコロカムイの羽根を煽った。
巻き起こった風はマンチェスター伯を壁に叩きつけ、そして彼は気絶をした。
―――ノイがその事件を解決したのは縁樹のためで、そしてノイは故にそれを解決するとコタンコロカムイの羽根で墓所へと向かった。
しかしそこに居るはずの縁樹たちはおらず、途方にくれるノイ。
その時ノイの背中のチェックが内側からの強烈なアタックで開き、それが出てきた。
「くぅおらー、千早。ボクのチャックが壊れたらどうするんだよぉ!?」
大声で非難する。
しかし千早はふん、と首を振った。どうやらずっとノイの中に住処のルージュケースごと入れられていたのが不満らしい。
ノイは肩を竦める。
そのノイに千早は乗れ、と首を振った。
「千早? そうか、おまえ。わかるんだな」
ノイは千早に乗る。
そしてノイは千早の能力によって、縁樹の元へとあらためて出発したのだった。
――――――――――――――――――
【ラスト】
現実世界。
夜明け前の砂浜。
縁樹はまあやに独占されていた。
………しかもまあやは縁樹に膝枕をされている。
そんな風に二人してすやすやと眠っている姿を見ると、微笑ましいと想う前にまあやに対して殺意にも似た嫉妬を覚えてしまうのが常だ。
「いやいや、縁樹も大変だったし、がんばったんだ。あの悪魔女も大変だったし。今日ぐらいは」
そうそう。縁樹の計画も上手く行ったみたいだし、今日ぐらいは。
ノイはなんとかそう納得しようとしたけど、でも………
「あっかんべー」
縁樹の太ももに頬をすりすりして、あっかんべーをしてくるまあやを見て、ノイは呆気なく叫ぶのだった。
「こらぁー、そこー、ボクの縁樹に気安くすりすりするなー!!!」
夜明け前の砂浜に、楽しそうな縁樹たちの声が響き渡る。
今日も暑くなりそうだ。
― fin ―
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【5542 / ノイ / 男 / 15歳 / 旅人】
【1431 / 如月・縁樹 / 女 / 19歳 / 旅人】
【NPC / 白】
【NPC / スノードロップ】
【NPC / 綾瀬まあや】
【NPC / 紫陽花の君】
【NPC / 兎渡】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、ノイさま。
こんにちは、如月縁樹さま。
いつもありがとうございます。
このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。
今回はご依頼、ありがとうございました。
ノイさんのお話はダーク風味で、書かせていただきました。^^
古城の仕掛けなのですが、水圧は地下水を機械で圧縮し、それによって水を噴射させる装置が宝物庫の床下にあって、装置の機動スイッチが入れられると、床が割れて、水が噴出すのです。そしてその宝物庫に居た人間は水圧で流し飛ばされて壁に激突して、圧迫死するのです。グレバーの場合はそれ以前に殺されていたわけですが。
古城にはその噴き出した水の経路なんかもあったりして、しかしそれはわからぬように目の錯覚などを利用して完全に隠されているのです。
あの宝物庫に秘密の隠し通路があるのはグレバーとミハエル、マンチェスター伯、そして息子だけが知っており、仕掛けはグレバーとマンチェスター伯しか知りませんでした。
息子は犯行を行ったその夜に偶然たまたま見つけてしまったのです。
その後の展開としては、魔鏡はミリーシャによって封印され、そして息子も母親と共に暮らしております。たまにはミハエルの元にもお泊りで遊びに行っているはずです。
裏設定としてはこんなところでしょうか?^^
にしてもノイさん。
小さなぬいぐるみの体で色んな重い秘密を背負っていたりして大変そうなのに、縁樹さん、紫陽花の君なんかに執着されて、まあやのような悪魔女の毒牙からも縁樹さんを守らなきゃで、本当に大変そうですよね。^^;
がんばれ、ノイさん。(><
でも男にとって一番の強敵は実は彼女の女友達。二人だけの秘密は当然の如く女友達に流れているわ、彼女を独占されるわで、気を抜いていると、あれよあれよという間に邪魔をされている。。。。。
ノイさんとまあやの争いはこれでまた一段と熾烈な物になるかもしれませんね。^^;
本当にノイさん、大変そうです。がんばれ、ノイさん。負けるな、ノイさん。きっと良い事があるさ!!!(^^
でもノイさんと縁樹さん、その二人の絆の間には本当には誰も入ってはこれませんですよね。^^
ノイさんほど縁樹さんを想っている人はいないんですから。^^
それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
ご依頼、本当にありがとうございました。
失礼します。
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