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■笛の音誘えば■

むささび
【0086】【シュライン・エマ】【翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
 丁度、黄昏時だった。昼間のうだるような暑さも少しはおさまり、と言いたいがそれ程でもない。段々と薄暗くなる木々の間を歩いていると、不思議な笛の音が聞えてきたのだ。
祭囃子のようだった。この辺りの神社で祭りがあると言う話は聴いた事が無かったし、そもそもこの近くに神社などあっただろうかと思いながら進むと、木々の向うに灯りが見えた。いくつもの提灯が並んで揺れている。やはり、祭らしい。だが、これが普通の社ではなく、普通の祭でも無い事に気付くのに、時間がかからなかった。すぐ傍の屋台に居た少女のせいだ。真白な髪に紅い瞳をした彼女はこちらを見ると、にっと笑って言った。
「おやおや、また迷うて来た者がおるらしい。まほろの社に続く道は、一つでは無いからのう」
 まほろの社。それがこの社の名。今日は夏祭りの日なのだと言う。
「折角ここまで来たのなら、少うし、遊んで行くがよかろ」
 彼女の誘いを断る気には、ならなかった。


笛の音誘えば

 丁度、黄昏時だった。昼間のうだるような暑さも少しはおさまり、と言いたいがそれ程でもない。段々と薄暗くなる木々の間を歩いていると、不思議な笛の音が聞えてきたのだ。
祭囃子のようだった。この辺りの神社で祭りがあると言う話は聴いた事が無かったし、そもそもこの近くに神社などあっただろうかと思いながら進むと、木々の向うに灯りが見えた。いくつもの提灯が並んで揺れている。やはり、祭らしい。だが、これが普通の社ではなく、普通の祭でも無い事に気付くのに、時間がかからなかった。すぐ傍の屋台に居た少女のせいだ。真白な髪に紅い瞳をした彼女はこちらを見ると、にっと笑って言った。
「おやおや、また迷うて来た者がおるらしい。まほろの社に続く道は、一つでは無いからのう」
 まほろの社。それがこの社の名。今日は夏祭りの日なのだと言う。
「折角ここまで来たのなら、少うし、遊んで行くがよかろ」
 彼女の誘いを断る気には、ならなかった。屋台を背に、何故かすまし顔の少女の名を、シュライン・エマは知っている。彼女が居るのなら、不思議な祭りも安心して楽しめそうだ。
「そうさせていただくわ、鈴さん」
 ニッコリ笑ってそういうと、天鈴(あまね・すず)はうむ、と頷き、
「それにしても、よくよく怪異に縁のあるお方よのう、シュライン殿も」
 と眉を上げて見せた。

「それにしても」
 参道を歩く人々を見回しながら、シュラインはうーん、と軽く唸った。それを見て、鈴がくすっと笑って、
「色々な者がおるであろ?」
 と先を言った。その彼女のすぐ脇を、パタパタと足音だけが駆け抜けていく。向かいから歩いてくる二人組みはどう見ても首が長く、彼らの後ろでは頭の長い老人の集団が、跳ねるようにして騒いでいる。
「正直、一瞬百鬼夜行かと思ったわ。この人…?達、みんなこの街に住んでるの?」
「そういう者も居るがの。色々じゃ。皆祭りを楽しみにしておっての。この社が開くのをずっと待って居る。ほれ、こわもての奴らも爺どもも、心なしか楽しげにしておるであろ?仙人もアヤカシも、ここでは皆仲良う集うておる」
 鈴の言う通りだ。シュラインは面白いわね、と呟いて、参道に並ぶ夜店に目をやった。手前にあるのは、輪投げ屋、ヨーヨー釣りもあるようだが…中でもシュラインが目を止めたのは、金魚すくいらしい屋台だった。あれならば、割合と得意だ。だが、傍に行ってみると、水槽の中で泳いでいるのは金魚ではなかった。もっと細長い、まるで…
「水龍じゃよ」
 横から覗き込んだ鈴が、言った。
「と言うても、本物ではないがな。それでも、多少の雨を降らせたり、小さな虹を作る程度は出来るぞ」
 やってみるか?と言われるまでもなく、シュラインはひょいと屈みこんで、店主に金を払った。300円と言うのが高いのか安いのか、ついでに言えばどう見ても人では無さそうな店主が、得た金をどうするのかも分からなかったが、とりあえず渡されたポイは、少し形こそ変わっているものの、金魚すくいのそれと同じようだ。コツも、金魚すくいと同じだと良いのだが。と思っていると、すぐ隣に、着物姿の小さな女の子が座った。
「一回」
 と言って、ポイと椀を受け取った。こんな小さな子でも出来るのかしら、と思いかけて、シュラインは違う違う、と首を振った。小さな子供は外見だけの事。こちらを見上げて一瞬微笑んだ表情は、どう見ても大人の女性だった。
「桜の精じゃな、おぬし」
 鈴の言葉にこくりと一つ頷いて、桜の精はポイを構えた。気配に気づいた水龍たちが、水槽の中をぐるぐると廻り始める。皆、水面と水底を行き来しつつ、何故か同じ方向に流れていく。桜の精のポイが動いたのは、中でも大きな一匹が、ふわりと水面をかすめた瞬間だった。ぴちゃん!と激しい水音がして、彼女の椀に一匹の水龍がつるん、と収まったのを見て、シュラインは歓声を上げた。
「凄い…!ねえ、コツとか、あるのかしら?」
 思わず聞くと、桜の精は小首を傾げて、
「一つだけ。後ろから追うのではなく、前から。小さな子ならば、そう難しくはありません」
 と小さな声で言った。要するに、コツまで金魚すくいと似ているという事か。
「よーし!そういう事なら」
 はりきるシュラインに反応したのか、水龍の速度が増す。だが、桜の精に言われた通り、ポイを構えたシュラインは、ぐるぐると廻る水龍たちのうち、一匹に狙いを定めた。大きさは中くらい。ポイの大きさからして、この程度ならいける、と思ったのだ。狙った水龍が水面近くに上がってきたのを見はからって、ポイを素早く動かした。ぴちゃん、と水しぶきがあがる。手ごたえは、あった。
「どうじゃ?」
 覗きこんだ鈴が、おお、と声を上げる。シュラインも椀の中を見て目を丸くした。中に入っていた水龍は狙っていたものよりもずっと大きなものだったからだ。
「これは凄いな。この店の目玉ではないのか?のう」
 と鈴が言うと、店主はまあ、と苦笑いしつつシュラインを見て、
「お客さん、運がいいや」
 と頭を掻いた。だが、こと水龍すくいに関しては、幸運もそこまでだったようだ。その後二、三回トライしたものの悉く逃げられ、ポイは破れてしまった。
「でも、これならちょっとした夕立くらい、呼べますよ」
 桜の精が慰めるように言うと、店主も頷いて、ぱん、と手を叩いた。途端に椀の中の水龍が舞い上がり、すうっと広がってシュラインの身体の中に消えた。
「後は名前をつけてやれば、あいつは完全にお客さんのもんになる」
 店主が言った。
「名前?」
「そうじゃ。まあ、式のようなものじゃからの。後で好きな名前をつけてやると良い」
 鈴が言うと、店主もそうそう、と頷いて、力を使いたい時にはその名を呼ぶのだと教えてくれた。名前をつけるなんて、何だかペットを貰ったみたいで少し面白いなと思ったが、よくよく考えてみれば本当の金魚すくいでも、すくった金魚には名前をつけてやるのだから、当たり前といえば当たり前なのかも知れない。シュラインは店主と桜の精に礼を言い、水龍すくいの屋台を後にした。シュラインたちと入れ替わるようにして、老人と妙齢の女性の二人連れが、水槽の脇に屈む。店主はすぐに、次の商売にかかっていた。祭りは盛況で、他の夜店も賑わっていた。射的にも人だかりが出来ていたし、お好み焼きの屋台はおいしそうな香りを漂わせていたが、シュラインが引寄せられたのは、大きな氷が置かれた屋台だった。天女のすもも飴、と書かれた下には、氷で冷やされた大きなすもも飴が並んでいた。
「うわあ、懐かしい。売ってるお姉さんも綺麗」
 と言うと、売り子の女性が恥ずかしそうに頬を赤らめる。
「一つ、下さいな」
5百円と言う値段が高いか安いかも、また得た金を天女が何に使うのかはやはり全く分からなかったが、渡された大きなすもも飴は、きらきらと輝いていてこれまた美しかった。勿体無いなと思いつつも一口齧ると、それはそれは美味しくて、これは決して高い買い物ではなかったなと、満足の笑みを浮かべたシュラインだったが。ふいに身体が軽くなり、シュラインは小さな悲鳴を上げた。足元に違和感を感じる。恐る恐る下を見ると、やはり…。
「天女のすもも飴じゃからの」
 驚くシュラインの様子が面白かったのか、鈴が楽しそうに教えてくれた。
「ひと時の事とは言え、空を飛ぶ事が出来るようになるのじゃ。ほれ」
 自身もひょいと舞い上がった鈴に手を取られ、シュラインの身体は更にふわりと舞い上がる。
「うわああっ、凄い!」
 と言いながらも、すもも飴を食べていると、上空からさらさらと衣擦れの音が聞えてきた。
「天女…!」
 さっきの屋台の売り子も天女じゃがの、と言う鈴に構わず、シュラインはぐっと彼らの方に身体を伸ばした。どうやらそれが、『飛翔』のコツだったらしい。シュラインの身体は彼らの方にすううっと近寄って行く。自分の力で『飛べ』た事に喜んでいる内に、天女たちに囲まれていた。笛の音が、聞えてくる。シュラインを囲んだ天女たちが、舞い始めた。ひらりひらりと衣をなびかせ、天女たちが舞い、見上げる客たちの上に花を降らせた。
「綺麗ねぇ」
 呟くと、舞っていた天女の内の一人が、シュラインの手を取り、抗う間もなく踊りの輪に引き入れられた。天の舞姫たちはくるりくるりと廻りながら、段々と上昇し、やがて社は街の灯りと闇の間に消えた。すぐ傍に、東京タワーの光が見える。これも綺麗といえば綺麗だけど、と思っていると、天女が微笑んでまた手を引いた。ぐん、と身体が持ち上げられて、更なる高みへと引き上げられる。風にのり、物凄い速さで飛んだ先に、ぽっかりと闇が開け、次の瞬間、シュラインは静かな光の中に居た。
「…うわあ…」
「富士、か。もう雪は無いな」
 いつの間にか付いて来ていた鈴が言った。月明かりに照らされた富士の山頂には、鈴の言う通り白い雪は見えない。黒々とした山影の周囲には、深い森が更なる闇をたたえている。ひっきりなしに過ぎていく赤い光は、車だろう。山裾の湖が月明かりに輝いて見えた。無論、それらの湖も、人の生活とは無縁ではなく、周囲には様々の灯りが見える。大きな富士と言う山に、自然に抱かれた人の灯りだ。シュラインはそれもまた、美しいと思った。少なくとも、自分を連れてきてくれた天女たちは、そう思っているのだ。
「綺麗ね」
 シュラインの言葉に、天女が嬉しそうに笑った。

「中々、信心深いのう、シュラインどのは」
 地上に戻った後、社にお参りをしたいと言うと、鈴は感心したようにそう言った。
「そうじゃないけど。…でも、今日は楽しかったし?」
 そうか?と鈴が笑う。
「だから、ありがとうって気持ちと、また来てもいいですか?って、お願い、かな」
「なるほど」
 鈴が頷く。まほろの社の本殿は、参道をずっとずっと抜けた所にあった。社の祭りである筈なのに、この辺りはまだ静かだ。お参りをする人は少ないのだろうかと聞くと、鈴はいや、と首を振り、
「祭りのはじめと終わりに、みな礼に来る。シュラインどのと同じようにな。祭りはまだ続く故」
「そっか。じゃあ、私は先に」
 シュラインはぽん、と賽銭箱に五円を投げ入れて、鈴を鳴らした。しゃんしゃん、と澄んだ音がする。この音も、ちょっと素敵ね、と言うと、鈴がまた嬉しそうに笑った。また、笛の音が聞える。次の舞が始まるのかも知れない。

<笛の音誘えば 終わり>


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086/ シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

<登場NPC>
天 鈴(あまね・すず)

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■         ライター通信          ■
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シュライン・エマ様

ライターのむささびです。この度は『笛の音誘えば』、ご発注ありがとうございました。まほろの祭りは、お楽しみいただけましたでしょうか?
今回は、水龍すくいにて少々大きめの水龍をお持ち帰りいただいたようです。夕立くらいは降らせられるとの事ですので、涼を取るのにでもお使いいただければ光栄です。それでは、次は玲一郎のご案内となりますが、しばしお待ち下さいませ。

むささび。